第94話 砦の夜の出来事

「こんばんわ…きちゃいました💓」


 とまるで付き合ったばかりの彼女みたいなことを言って部屋に入ってくるローゼンシア。


 パタンと扉を閉じると、ゆっくりと、しかし確実に僕の方に彼女は近寄ってくる。


 彼女は口を閉じ、その綺麗な眼を真っ直ぐに僕に向けている。僕はそんな彼女の前に立つと、


「さっきのこと、詳しく聞かせてもらってもいいかな?」


 と語りかける。


 僕は、どうしたいんだろうな?


 そんなこと聞いてどうする?


 怒りたいのか?それとも悲しみたいのか?それとも…


「ふふ」


 と微笑を浮かべると、ローゼンシアは、


「いいですよ。教えてあげますね」


 と言って、僕の真正面に近づき、腰に手をまわして抱きついてきた。


 革の鎧を外し、今はラフな服装をしている彼女が抱きつけば、その柔らかな女体の感触が薄い衣越しに伝わってきて、彼女から甘い香りがする。そして…


 ――うっすらとだけど、他の男の臭いもした。


 汗の臭いか、それとも別の何か…当たり前だ。馬車には洗浄用の水魔法装置があったとはいえ、あれでは顔や手を洗うのが精一杯だ。もっと大事なところ…そう、ローゼンシアの大事なところまで洗うには足りない。


 ほんのついさっきまで、彼女は抱かれていたのだ。僕ではない、別の男に。


 あの特殊部隊にいた間男のうちの誰かに、抱かれていた。それは間違えようのない事実だった。


「――もしかして、怒ってます?」


「怒ってないよ」


「そうです?なら喜んでるんですか?」


「いや、流石にそれは…」


 …喜んでいるのか?まさか、そんなはずはない。しかし…いや違うはずだ。


 僕は両手をローゼンシアの背中に回し、ぎゅっと抱き寄せる。


 彼女は抵抗せず、僕に身を任せてくれる。


 ローゼンシアの華奢な女の子の体を抱き寄せることで、より一層彼女の柔らかな感触と匂いを感じ取れるようになる。そこに混じるように僕以外の男の臭いまで侵入してきたが。


「…他の男の人に抱かれたばっかりなのに、それでも抱けます?」


「え?それは…抱けるよ」


 当然だ。既にシルフィアとフィリエル、そしてルワナを抱いてきたのだ。今更間男に抱かれた程度のことで拒否などしない。


「ならキスしてみてください」


 と言って、ローゼンシアは顔を上げる。そこには普段と変わらない、よく整った美少女の顔がある。


 凛とした眼差しはとても綺麗で、吸い込まれそうだ。その唇は柔らかく、なんだかテカテカと輝いてる気がした。


 ローゼンシアの唇が動く。


「この口、まだ洗ってませんよ?」


 え?


「聞きましたよ?リュークの加護って、行為の最中が見られるらしいですね?いやらしいですね?…ふふ、でも、それ以外は見れないそうですね?」


 と不敵な笑みを浮かべて、なんだか試すようなことを言うローゼンシア。彼女は一体ナニを言いたいのだろう?


 ローゼンシアはさらにギュッと僕に抱きつく力を強め、その柔らかな太腿を僕の足に絡め始める。


「私って可愛いじゃないですか?」


「…ああ、そうだな」


「でも、だからってすぐに男の人とできるわけではないですよね?いろいろと準備が必要、だと思いません?」


 それは、どうなのだろう?


 ローゼンシアは確かに絶世の美少女だ。ここまで綺麗な顔をした女性はまず他では見ないだろう。ただ、そうだな、ゼイラと比較してどっちがエロいかと言われたら、ローゼンシアよりもゼイラを選ぶかもしれない。


 ゼイラは、色気がある。ローゼンシアは、そういうものはないかもしれない。


 綺麗な美少女だ。しかし色香が足りない。これがゼイラなら…


「うん?今誰か、別の女のこと想像しました?」


「え、いや、そんなことはないよ?」


「ふーん、そうです?」


 なんだか疑わしい顔をするローゼンシアに対して白を切る僕。とにかく、今は話の先を促そう。


「まあいいですけどね。それで、ですね。ほら、あの時はすぐにでも出撃しないといけなかったじゃないですか」


 と僕に当時のことを思い出させるように言うローゼンシア。あの時は確かに、撤退を始める魔族軍を追撃しないといけないので、すぐに出撃する必要があったな。


「でも、だからって今すぐにできるものではないですからね。だからですね、私、考えたんです。どうしたらすぐにできるだろう、って」


 それは…まさか…そうなのか?


「私、さっき言いましたよね?」


 腕の中にいるローゼンシアの体温が徐々に熱く、汗をかき始めている。


「まだ口は洗ってないですよ、って。どうです?こんな私でもキス、できます?」


 ローゼンシアは、あえて直接的な表現を避けて曖昧にし、ボカすような言い回しをする。だから本当にどこまでやったかはわからない。きっと彼女はその口から真実を語る気はないのだろう。


 きっと、試しているのだ。そんな気がした。


 できるのか、僕に?こんなこと言われて、それでも僕は、ローゼンシアとキスができるのか?


「リューク、どうします?」


 綺麗だ。しかし、どこか人を見下すような眼差しをするローゼンシアに向かって僕は、顔を近づけてキスをした。


「!………💓…ん……あ…💓…ふふ💓信じてましたよ、リューク💓」


 本当はどこまでやったのか、わからない。もしかしたら想像以上のことをやったかもしれない。しかし、今の僕にできること、それは…ローゼンシアを愛する。それだけだ。


 そう、そうなのだ。僕は…


 ――誓ったはずだ。


 この加護を使用すると決めたあの日、あの時から、僕は世界一の女好きのチャラ男になるって決めたじゃないか!


 チャラ男は…チャラ男は、こんなところでキスを渋るような情けない男じゃねえ!やったるぞ!


 たとえ愛する女が他の男のアレを●●●したとしても、そんなの関係ねえよ!!


「…ん💓…ん?…んんッ!んんー!!!!ちょ、まって激しすぎ…ん💓」


 僕は片手をローゼンシアの後頭部に置くと、より激しく彼女の口内を攻め始める。


 突然の暴挙にビクッとローゼンシアの体が震え、なんだかバタバタと暴れ始めたが、もう片方の腕で彼女の体をがっちり拘束。そんな抵抗できない状態のままさらにローゼンシアの口の中まで攻めまくったら、やがて脱力。ぐったりと彼女の体から力が抜け、されるがままに受け入れてくれるようになった。


「はあ、はあ…ん💓、強引すぎですよ?…でも良かったです…ん💓」


 やがてキスを止めると、呼吸を荒くしながらも眼をトロンと蕩かしながら、顔を赤らめ、髪を乱すローゼンシアのなんだか発情している顔に、こちらまで妙に興奮させられた。


「ローゼンシア」


「な、なんです?」


 なんか怯えてる?いや、その割には物欲しそうな顔してるな。


「君のことを愛してる」


「…ふふ…でも私、他の男に抱かれちゃいましたよ?」


 ――汚れちゃいましたね、となんか以前のシルフィアみたいなことをローゼンシアは言う。


 そうだな。確かにローゼンシアは他の男に抱かれた。しかし、それは既に経験済みだ。今更その程度のことで臆してたまるか!


 世界一のチャラ男になる男がよ、他の男の影に怯えてたまるかよ!


「そうだな。他の男に抱かれてしまったな」


「ふふ、そうですね。そんな女は嫌では…」


「だから今から僕の色で染め直すぞ」


「――はい?」


 僕の言葉に、今まで悪女みたいな顔からきょとんと呆気に取られるような顔をローゼンシアはした。


「ローゼンシア。君の心も体も僕のモノだ」


「いや、あの、だからですね…」


「抱かれたばかりで疲れてるかもしれない。それについては申し訳なく思う。だが、これだけは譲れない。ローゼンシア。今から君を再び僕のモノにする。さあ、横になるんだ」


「え、あの、いや、え?だからですね、他の男に…うーん、わかりました。リュークの覚悟、受け取りますね!」


 予想外の行動だったのか、なんだかローゼンシアがあわてふためく。しかし、僕の誠意と覚悟が伝わったのだろう。ついには観念するかのようにローゼンシアは僕にしなだれかかってきて、受け入れてくれた。


 彼女を抱きしめながらベッドの上に倒れていく。


「リューク…ちゃんと私のこと、元の体に戻してくださいね💓」


「わかってる。すべて僕に任せるんだ」


「!…はい💓」


 ベッドで仰向けになるローゼンシア。彼女は一瞬だけ目を見開いて僕をじっと見つめると、やがてなんだか嬉しそうな返事をした。


 そんな彼女にキスをすると、なんだか甘えるような嬌声を彼女は口から漏らす。僕は彼女の唇を楽しみつつ、手を動かして服を脱がしていく。


 ぱさぱさと一枚ずつ彼女の衣服が床下へと落ちていき、最後の一枚を脱がせば、そこにはしっとりと汗で濡れるローゼンシアの裸体が現れた。


 本当に、綺麗な体だ。一生拝んでいたくなる。スレンダーで、キュッとしまるようなクビれのある腰。ムチムチな太もも。それでいて、形の良い美乳が呼吸に合わせて揺れる姿は絶景だった。


「リューク…はやく…きてください」


「ああ、好きだぞ」


「私もです…💓」


「必ずお前を幸せにしてやるからな」


「んん!!…ダメそんな嬉しいこと言ったら私…」


 ――狂っちゃう💓と小さく甘い声をローゼンシアは漏らす。


「…」

「…」

「…」

「…」

「…💓」

「……💓」

「…💓…💓」

「…………すごい」

「………💓」

「………リューク、好き…あん💓」

「…💓…💓…!!!!!!!!!!」

「…💓💓💓💓💓」

「…すき💓」

「…」

「…うん💓💓リュークの方が好き💓ずっと好き💓」

「…」

「…」

「…あの人より…リュークの方が気持ち良いよ💓」

「…」

「…好きです💓」


 その後。ローゼンシアとはたっぷり愛し合った。


 とにかくひたすら彼女に愛情を込めた。その結果、なんだか凄い求められた。今ならどんな下劣な命令をしても聞いてくれそうな、そんな勢いだった。


 やがて行為が終わり、シーツが乱れるベッドの上で、彼女は僕に抱きつきながら、


「ごめんね」


 と一言彼女は謝った。


「うん?何かしたのか?」


「…うん。私ね、リュークに八つ当たりしてました」


 ほう。そうだったのか。てっきり何かの嫌がらせでもしてるのかと思っていたが、本当にそうだったようだ。


「…私ね、羨ましくて。みんなが…」


「そうなのか?」


「うん。だって…」


 ローゼンシアはギュッと子供みたいに僕にしがみついてきた。そのせいで彼女の爪が皮膚に食い込んでちょっと痛んだが、まあ我慢しよう。


「だって…私たちが苦労している時、みんなはこんなふうにエッチなことして楽しんでたのかなって思ったら、急に妬ましくなって」


 それは、ドウラン国での話だろうか。


「世の中にはこんなに楽しいことがあるだなんて誰も教えてくれなかった。ズルいですよ。私の知らないところでみんな勝手に楽しんで」


「…そうだな」


「そう思いますよね?」


 とまるで同意を求めてくるような顔をする。まあ否定する必要もないし、そのまま受け入れることにする。


 僕は彼女の後頭部に手をやり、そっと柔らかい髪を撫でる。すると、ローゼンシアの顔もなんとなく優しくなったような気がした。


「こんな非常時になにやってるんだって、馬鹿なことをしてるのはわかってるんです。ただ、どうしても止められなくて」


 ―私、リュークに嫌がらせをして楽しんでました、と彼女は告白する。


「世界を救ってる英雄に嫌がらせをする。まったくとんでもなく嫌な女ですね?」


「うん?そんなことないよ。好きな女のすることだ。全部受け止めるよ」


「本当ですか?私、これからも同じようなこと、するかもしれないですよ?」


「いいよ。いつでもかかってきな」


「…どうしてそんなに優しいんです?」


「それは…」


 世界一のチャラ男になるためって言ったら怒るかな?…うん、もっと別の言い訳を考えよう。


「ローゼンシアが好きだから。君を世界一幸せにしてやりたい。それじゃダメか?」


「…無理だって思いません?」


「そうかな?」


 ローゼンシアはすっと眼を伏せる。


「だって、こんな世界を憎んでるような哀れな女ですよ?幸せな他人を見れば、壊してやりたいって思うような陰険で悪辣な女です。シルフィアがあなたに愛される姿を見る度に、ぶっ壊してやりたいって思ってましたよ?こんな嫌な女、本当なら追い出した方がよくないですか?」


 なるほどね。本音ではそんなことを考えていたのか。


 …これが普通なら、そんな危ない女は追い出すべきだろう。シルフィアとフィリエル、彼女たちを守るためにも、ローゼンシアは斬った方が良いかもしれない。


 しかし、チャラ男はそんなことしない。


 僕は彼女を抱き寄せる。ローゼンシアは特に抵抗はしなかった。


「さっき言っただろ?世界一幸せにしてやるって。その言葉に二言はないぞ」


「だから無理だって言ってるんですけど?」


「そんなこと言って…できたらどうする?」


「その時は、一生愛してあげますよ?」


「え、そうなの?…ふむ、俄然やる気出た。ローゼンシア」


「なんです?」


「今、覚悟を決めた。お前は必ず幸せにする」


「うーん、無理だと思いますけど、諦める気はないんですか?」


「ない」


「はあ…私、これからも他の男に自分から抱かれに行ってリュークに嫌がらせしますよ?」


「いいよ。…いや、無断では止めてね?加護が発動するんで」


「ふ、ふふ。わかってます。許可なしではやりません。それでいいです?」


「ああ、それでいい」


 そう、これでいいんだ。


 ローゼンシアをそっと抱き寄せ、彼女にキスをしつつ、思う。


 僕には目標がある。シルフィアの故郷を取り戻すこと。これは絶対に成し遂げる。


 その目標に、ローゼンシアを幸せにするという目標が新たに追加された、それだけだ。


「一つ聞きたいんだけど、いいかな?」


「なんです?」


「あの、間男と最後にもう一度会うみたいなこと言ってなかった?」


「ああ、あれですか。もちろん…ふふ」


 そこで彼女はニタニタと意地の悪そうな笑顔を浮かべる。


「どっちだと思います?」


「え?」


「あの人と抱かれてみて思ったんですけどー、なかなかテクがあって良かったんです」


 …え?


「あの王子が選ぶだけあって性格も良いですし、なかなかのイケメンですしー、別に嫌う理由は無いっていうかー」


 ローゼンシアは僕の反応を窺うように見つつ、言葉を続ける。


「あ、もちろんエッチの気持ち良さはリュークの方が上ですよ?リュークとのエッチは、その、すごく幸せな気持ちになって、心が満たされました。ただ、あの男も捨てがたいなーって思いまして。だって私、エッチなこと、好きですし」


「いや、あの…え?」


「もちろん、リュークがダメって言うなら、きっぱり断りますよ?私はリュークのモノですし。アレはなかなか良い男ですが、流石に不貞はできませんからね。そこはちゃんと守ります。でも…」


 ――魔族との戦い、まだ終わってませんからね、とローゼンシアは続ける。


「リュークほどではないですけど、あの男はなかなか良いテクの持ち主ですからね。あんなのを続けたら、もしかした私、堕ちてしまうかも…」


「ちょ、ちょっと待って!ローゼンシア、それって…」


「でも大丈夫ですよね!だって私のことを幸せにできるのはリュークだけですし!だから、リュークに任せますよ」


 ――抱かせるか、止めるか、好きに選んでください、とローゼンシアは言う。


「だって今の私、リュークの従者ですから。ご主人様に命令されたら、断れません。たとえ体が堕ちたとしても、心はリュークサマのものです。だから安心してください」


 ――あの人がどんなに凄くても絶対心までは許しませんよ、とローゼンシアは語った。


 それってどういう意味?もしかして、心は大丈夫だけど、体の方は落ちかけていたって意味?え、どういうこと?ちょ、ローゼンシアさん!あの、詳しく聞かせて…


「大丈夫ですよ」


 ローゼンシアはすっと上半身を起こすと、僕の腰の上に跨るように乗りかかり、そのまま上半身をこちらに倒して抱きついてくる。


 彼女の柔らかな美乳が僕の胸に接触してたわわに弾む。その柔らかな感触から、とくんとくんとローゼンシアの心音が伝わってきた。


「私はリュークのものですから。今、すごく幸せです…」


 彼女は僕の胸板に頬を乗せ、そのまま眼を閉じる。


「今日はなんだか疲れました…このまま寝ていいですか?」


「…ああ、いいよ」


 いろいろ聞きたいことがあった。しかし、今は寝かせてあげることにした。


「あ、そうだ」


 そのまま眠りにつこうという時。ローゼンシアは思い出したように言う。


「本部隊と合流した時、人類軍の後方に別の部隊がいました。…あれ、たぶんドウラン国の軍の残党ですね」


「…え?」


「装備を見ればわかります。彼らは今回、人類軍との混成軍に参加してないって聞いてましたけど、どうして一緒にいたのです?」


「いや、それは…」


 どういうことだ?


「ああ、人類軍とは関係なく、勝手に遠征についてきたのですね。ふーん、まったく面倒な連中です…ふわあ。じゃあおやすみなさい」


 それだけ言い残すと、彼女は僕の胸の上で眠り始める。なんの憂いも無さそう顔をして眠る彼女に対して、僕は思う。


 え、どういうこと?なぜドウラン国の部隊がここに?


 なんだか妙なことが起きそうな予感がした。


「あん💓…どうしてお尻を触るんです?」


「もう一回したくなった。いいかな?」


「…いいですよ💓いっぱい愛してください」


 この妙な胸騒ぎを抑えるように、もう一度ローゼンシアを抱いた。おかげでぐっすり眠れた。


 砦の夜は更けていく。そして朝を迎える。

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