第93話 北の砦にて
人が行動する理由なんて大別すれば二種類しかない。
好きだからやる人間と、必要だからやる人間の二種類だ。
シルフィアとフィリエルは、どちらかといえば後者だった。
確かに行為の最中に感じてしまうこともあったが、それはあくまでも生理現象だと納得することができた。
実際、内心では嫌だとシルフィアは言っていたではないか。ルワナだって必要なことは理解していたが、それよりも嫌だという感情の方が勝っていた、だからやらなかったのだ。
フィリエルについては、うーん、必要性がまだ勝っていると思う。確かに彼女は行為に慣れ始め、受け入れ始めているが、やはり必要だからやっているという部分が大きい。
では、ローゼンシアは?ローゼンシアは一体どっちなんだ?
「ふぅーさっぱりしたー」
なんだかスッキリ、明るい笑顔を浮かべて特殊部隊の荷馬車から出てくるローゼンシア。
今の彼女はきちんと革鎧を装備し、紫色の髪を後ろに束ねてポニーテールにしている。ただ、しっとりと肌が濡れていた。
頬は赤く染まっており、なんだかいつにも増して色気がある。
「この馬車、すごいですねー。体を洗うための水魔法装置までついてましたよ?おかげで、べとべとにならずに済みました。リュークサマも後で使ってみます?」
とまるで挑発するかのように僕に笑みを向けてくるローゼンシア。そして、
「よっと」
ローゼンシアはそう掛け声をあげると馬に飛び乗る。そしてニタニタと笑みを浮かべる。一体どういうつもりでそんな笑顔を向けてくるのだろう?もしかして煽ってるのだろうか?
「リュークサマ?」
「…ここから北に向かうと、ミルアドの砦がある。現在は放棄され、誰もいないそうだ。今日はそこで野営をする予定だ」
「ふーん、なら野宿せずに済みそうですね」
――では行きますか、と言うとローゼンシアはそのまま馬をゆっくり歩かせる。
現在、魔族軍との戦いが終わり、兵士たちは魔族たちの遺体から使えそうなものを鹵獲している。
さすがにこんな場所までやってくる魔族軍が金目のものを持っているとは思えなかったが、鹵獲は兵士にとって戦利品だからな。
人類軍はただでさえ無償に近い待遇で軍に参加している。戦利品でもないと兵士の士気が下がるからな。
一応、カルゴア領内での略奪は禁止している。しかし、侵犯した魔族軍と、さらに領土外での略奪に関しては兵士の士気を考えて黙認している。
ゼイラたちも魔族軍の残骸から使えそうな武器や食料がないか確認している最中だった。
「あ、そうそう。よかったらどうぞ」
そう言ってローゼンシアはこちらを振り向くと、酒瓶をこちらに放り投げる。それを僕は受け取る。
「どこから持ってきた?」
「もちろん、あの馬車からですよ💓勝利の美酒を持ってくるって名目でしたたからね」
彼女は片目を閉じてウィンクをすると、そのまま馬を歩かせていった。
その酒瓶は値が張ることで有名な高級酒だった。もっとも、今はとても飲む気にはなれない。
「…そこの君」
「ハッ!なんでありますか!」
「これをやる。みんなと分け合ってくれ」
「え、こんな良いものを…ありがとうございます!」
僕は近くにいた歩兵の一人に酒瓶を渡す。たぶん、僕の部隊の歩兵だろう。
兵士は颯爽と走っていき、嬉しそうに他の味方の兵士と何か話し合うと、その兵士と一緒にこちらに向かって頭を下げて礼をする。
そんな兵士に軽く手を振ると、やがて僕も馬を歩かせる。
話したいことはある。ローゼンシアとどうしても話したいことがある。
しかし、ここでは、話せない。他の兵の眼があるからな。
魔族から戦利品をぶん捕っている兵士たちの顔は明るい。
もちろん、まだまだ戦いが続くことは彼らとて知っているだろう。しかし、今の彼らには希望がある。それは勝利という名の希望。
そう、彼らは勝ったのだ。人類を絶滅寸前まで追いやっていたあの魔族たちに、勝ったのだ。
兵士たちが喜ぶのは当然だ。このまま勝利が続けば、いずれは彼らの祖国を取り戻し、再び故郷の土を踏むことも可能だろう。
それは夢かもしれない。しかし、以前と違って実現性の高い夢だ。その夢が、兵士たちの士気を鼓舞し、表情に笑顔を灯らせる。
彼らには明日がある。希望がある。しかしローゼンシアにはそれがない。
彼女の故郷は潰すことが既に確定しているからだ。
だから、ローゼンシアはシルフィアやフィリエルとは違う。彼女には…行動のための必要性がないのだ。
一部の好事家でもない限り、誰だって好きでもない男に抱かれたい女などいないだろう。
それでもシルフィアが他の男に抱かれる道を選んだのは、魔族を滅ぼすという復讐心のためであり、故郷を取り戻すという目的のため。つまり、必要性があるからだ。
好きではないが、必要ならやる。それがシルフィアの覚悟だ。
ならローゼンシアは?彼女には必要性がない。
だって彼女が恨んでいたのは祖国なのだ。古くからの残酷な伝統に縛られたドウラン国に対して強い憎しみを彼女は抱いている。
しかし、その国はもう無い。そして今後、復興する見込みもない。今回の遠征でドウランは潰える。
ローゼンシアは別に、何もしなくても復讐心は満たされるのだ。
ならば、何故やる?必要ないのに、なぜ抱かれる?
それは…好きだから、なのか?
単純に他の男に抱かれることが好きだから、やるのか?
ああ、そうだよな。本人もそう言ってたじゃないか。そうだよ。僕がローゼンシアにエッチの喜びを教えてしまったから、だからやるのではないか。
なんてことをしてしまったのだ、僕は。今になって後悔が募る。だってこんなことになるだなんて、普通、予想できないだろ。
やがて魔族軍からの戦利品の収奪が完了すると、後方に控えていた人類軍の本部隊と合流し、そのまま北へ進軍する。
縦列になった大軍が北へと進み続けると、放棄された砦を発見し、そこで野営をすることになった。
夕日が沈みかける真っ赤な空の下。草原には風が吹き、サラサラと生い茂った雑草が揺れている。その平原にぽつんと石造りの砦がそびえ立っている。
馬を軍に預けると、僕は砦に用意された部屋へと案内される。
先に斥候の部隊が砦を調査したところ、人種はもちろん魔族も砦にはいないようだった。
まあミルアドを支配するといっても、すべての土地を支配できるだけの人数が魔族にはいないからな。
ミルアドを支配する魔族軍は全部で1万ほど。そのうち、3000の部隊は今回の戦いで撃滅した。残るは7000ほどだろう。
その7000の魔族軍は現在、ミルアドの首都に集結している。今回見つけた砦と首都までの距離は遠く、すぐにミルアドの軍隊がここを襲ってくることはまずない。
――別に来てもいいけどな。今はなにかを破壊したい衝動もあったし。
どくん。その考えに至った途端に、心臓が高鳴る。
もしも今、魔族軍が襲ってきたら、僕は今度は誰を間男に捧げるつもりだ?
シルフィアか、フィリエルか、それともローゼンシアか?
加護の人材が増える。それは良いことなのだろう。いや、もちろん心情的には最悪なことだ。しかし、魔族との戦争という実利的な意味では悪いことではない。
問題は、次は誰にするか、だ。
再びローゼンシアを抱かせるのか?
ふふ、それもいいかもな。だって彼女は他の女性陣と違って、楽しんでいるのだ。だったらいいじゃないか。ローゼンシアを可能な限り間男に抱かせれば、いいじゃないか。…本当にいいのか?
いいわけがない。しかし、誰かを選ばないといけない。
懐かしいな、平和だったあの頃が。
ひとたび戦争が始まった途端にこれだ。戦いが続く限り、この苦渋は避けられない。
人類軍は確かに勝利に湧いている。しかし、その勝利が女性たちの犠牲と間男たちのやる気次第であることに気付いている者の数は少なく、ごく僅かだ。
もちろん、間男の心配などしていない。なんなら殺しても良いとさえ思っている。
ただ問題は…奴ら、良い奴らなんだよな。
この砦に向かう最中。もしかしたらローゼンシアを抱いた奴がいるかもしれないと間男部隊に声をかけた。
彼らは一様に尊敬の眼差しを僕に向け、綺麗な敬礼をする。さすが儀仗兵に選ばれる連中だ。上位の者に対する態度だけは一人前である。
間男どもは僕を褒めたたえ、いかに優れた人物であるかを口々に語った。
まったくイライラさせられる。そんなことを言いつつ、命令があれば僕の女を抱くくせによ!
――いや、わかっている。彼らは国に忠義を誓った者たちであることを。命をかけて寝取っていることも、もちろんわかっている。
ルクスが選んだ人選だけあって、間男たちはみな善意の塊のような男たちだった。そこがまた腹が立つ。
くっそ。せめてクソ野郎であれば戦争が終わった後、気兼ねなく殺せたのに。なまじ性格の良い奴らだから殺しにくい。
そんなことを悶々と悩みつつ、砦にある一室のベッドの上で考え込んでいると、
コンコン。
と扉をノックする音がした。そして、
「あのー、私ですー。いいですか?」
とローゼンシアの声がした。僕は彼女を…
「開いてる。どうした?」
部屋に招き入れることにした。
とにかく、間男の件は後回しだ。今はローゼンシアを…僕は彼女を…どうしたらいいんだ?
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