第90話 間おt…魔導騎兵部隊の実力

「はあ、なんで私がこんな場所に…」


 小銃部隊による銃撃で魔族の100体規模の部隊を一掃する光景を眺めつつ、僕の後ろからそんな弱々しくも儚な気な声がする。


 現在。国境を挟む形で魔族はこちらに背を向ける形で縦列になっている。


 それはそうだろう。なにしろミルアドの彼らの拠点に味方だと思っていた魔族軍が侵攻しにきているのだ。


 僕が相手の立場ならば、今すぐにでも救援に行かねばならない。


 そのタイミングで停戦条約を無視して背後より銃撃されたのだ。しかも彼らはまだ小銃の存在を知らない。


 きっとただの短槍の歩兵部隊ぐらいにしか思っていないだろう。


 これが本当にただの短槍の歩兵部隊であれば、100体の魔族がいれば攻められたとしても防ぐことはできただろう。


 しかし現実は違った。


 魔族部隊の本隊が救援のためにこちらに後ろを見せたこのタイミングで、小銃部隊による銃撃を受けることで、国境沿いに残した100の魔族の歩兵部隊が撃滅された。


 そうすることで、魔族の本隊と人類軍側との間を邪魔する障壁はなくなり、いまなら敵が陣形を整える前に背後より強襲できる状況となった。


 …これも人類軍の参謀たちが考えた謀略のうちの一つなのだろう。


 そして現在、こちらの目論み通りに敵は混乱に陥っている。


 突然の横紙破りな停戦条約の破棄。しかもつい先日結んだばかりでいきなりの破棄だ。ここまで堂々と破棄するなど、逆に清々しいくらいだ。


 普通。約束を破るとしたら、もっとこっそり破るだろうに。魔族たちもまさか目の前で条約を破られるとは思ってもみなかっただろう。


 だがこれでいい。魔族との交渉などそもそも論外なのだ。人類を滅ぼそうとする危険な相手と組むなんてあり得ない。


 やがて小銃部隊による掃討が完了すると、大隊長のルクスが前に出て指揮を執る。


 現在、第六騎士団は1000人弱の大隊規模で、ルクスは人類軍の中では大隊長の地位にある。


 この第六騎士団の1000人に加えて、人類軍より2000、一千ずつの大隊が二つ加わる形で3000の前哨部隊がミルアドへの侵攻をすることになる。


 さらに、ここよりさらに後方の位置に人類軍3万ほどの本隊がある。魔族に警戒されないように、本隊は後ろに隠していたのだ。


 言ってしまえばここは最前線である。そんな場所に連れてこられたわけなのだから、なるほど、不満を言いたくなって当然だな。


「しゃあねえだろ。お前がいないとアタシに魔法かけられないんだからな!」


「それのどこか仕方ないのかしら?私の意見が無視されてない?」


 僕が指揮をする100人規模の中隊。そこには現在、ローゼンシアとゼイラ、そしてエルフのニーナの三人がいる。副官として呼んだゼイラはともかく、ニーナは完全に巻き込まれる形で無理やり連れてこられた。不満が出て当然だろう。


「はあ。せっかく身請けしてもらってこれからぬくぬく暮らせると思ったのに…どうしてこんな危険な目に…」


 うるると悲し気な顔をして現状を憂うエルフ。


「安心してくださいニーナさん!」


「そうですよ!もし危険な目に遭ったら…」


「俺たちがこの命に代えても守ってみせますから!」


「あらそうなの?ふふ、期待してますわね」


 そんな悲しみに暮れるエルフを励ますように、わらわらとイケメンな男たちが現れてニーナを元気づけてくれる。


 男たちは戦場に似つかわしくなく、綺麗な顔をしたなかなかの若いイケメンだった。ただ兵士と呼ぶにはあまり鍛えている感じがしない。当然だ。彼らの役割は後方での補給が主な任務なのだから。


 このイケメンたちは、僕の部隊の兵士ではない。ルクス大隊長直属の魔族(M)・特殊(T)・後方(K)部隊。略してMTK部隊である。


 MTK…そう、彼らこそ極秘の任務を受けた秘密部隊…間男の部隊である。ルクスは本当に間男部隊を作ったのだ。あの人はイカれてるかもしれないな。


 現状で三十人ほど。できるだけ見目麗しく、なおかつカルゴアへの忠誠心が高い若い貴族の男が選ばれているらしい。


 ちなみにデカいらしい。もちろん身長の話ではない。


 本来は儀仗兵…祭典や祝賀、葬祭など儀典の場でのみ活躍する、強さよりも外見の良さが重視される部隊に配属される予定だった男たちだ。


 もちろん、魔族と人類の存亡がかかっているこのタイミングで、そんな飾りだけの兵隊に本来役目など皆無である。


 かといって奴らには愛国心以外にこれといって有能さもなく、見た目のルックスぐらいしか評価のポイントがない。


 そんな奴ら、この非常時では邪魔でしかない。本来であればクビにしてやりたいところだ。しかし、なぜか役割があった。ルクスはあえて奴らを第六騎士団に加えた。


 この行動について、政界の一部ではルクスが自身の派閥の勢力を拡大するために貴族の子息を第六騎士団に入れたという噂もある。


 もちろん、そういうルクスに取り入りたい貴族というのは愛国心と忠誠心もあるので、この特殊任務にはうってつけかもしれない。ふざけた話である。


 戦闘力もなく、愛国心と忠誠心はあっても能力はなく、見た目が良いだけの、貴族のごく潰しのような連中。忠誠心ぐらいしか褒める部分がない…ちなみにあっちの方面には自信があるそうだ。一体なぜ?わけがわからないよ。そんな奴らに…そんな奴らに…寝取られるかもれない。


「どうかしましたリュークサマ?」


 僕の異変に察知したのか、ローゼンシアが馬を寄せて僕に話しかけてくる。ところで最近のローゼンシア、なんか様っていう時、発音が妙だな。もしかして本当は様ってつけたくないのかな?


「…なんでもない。それより準備をしておけ」


「はーい…といってもまだですよね?」


 まだって何?まさかこの女、寝取られたいのか?あの連中に寝取られたいのか?


 ち、違うよね?そんなわけ…いや、ローゼンシアならあり得るのか?だって…


「魔導騎兵がまず動くみたいですね」


「え?ああ、そうだね」


 なんだ、そっちの話か。ビックリした。


 後方での補給任務についている間男部隊と違い、前線では現在、新しい兵科の魔導騎兵部隊が動こうとしている。


 …間男部隊の主な任務は安全な後方で補給をすることなのだが…一体ナニを補給するんだろうな!本当にイライラするぜ!


 そんな僕のイライラをよそに、大隊長のルクスが号令を飛ばす。


「魔導騎兵部隊、敵を撃滅せよ!」


「ハッ!全員、続け!」


「「「ハッ!」」」


 号令に従い馬を走らせて先陣を切るのは、黒髪の魔術師であり指揮官の二ムロットだ。


 高速で走る二ムロットの馬。その後続には、二人乗りの騎兵の集団が蹄の音を鳴らし、ドドドドとその走る足音で大気を響かせながら魔族の集団に背後から遅いかかろうとしている。


「チッ、騎馬突撃か…あの数なら10もあれば大丈夫か…お前ら、固まって防御しろ!」


 騎兵突撃は威力があるが、対処も可能だ。これがもしも人種の軍隊であれば、長槍の重歩兵部隊で固めて槍衾を敷き、防御陣形を作れば、多少被害は出るものの騎馬突撃を防げるだろう。


 そして今回は魔族が相手だ。魔族は長槍も盾もないが、頑丈な皮膚という天然の鎧がある。


 そして奴らは人種の倍以上の膂力もある。たとえ30の騎馬が突撃したところで、その防御力があれば耐えられるだろう……と敵は考えているのだろう。


 これが初見で、魔族との戦闘が初めてであれば、魔族を相手に騎馬突撃という無茶な戦法をしていただろう。しかし、今は違う。


「私は左、お前は右に行け!」


「ハッ!」


「おらおら、かかってこいや!…あれ?」


 馬蹄の爆音を鳴らして走ってくる騎兵の集団。先頭を走っていた二つの騎兵が突然、左右に別れて魔族軍の縦列を挟むように横並びになって走っていく。


 突撃してくるかと思ったら、いきなり左右に枝分かれして自分たちと並ぶように走る人類軍の騎兵に呆気を取られる魔族軍たち。


 やがて、先頭を走る指揮官が号令を飛ばす。


「全員、撃て!」


「「「「ファイアーボール!」」」」


 その瞬間、縦列になっていた魔族軍を挟むようにして横を走っていた騎兵たちより、火球魔法が一斉に放たれる。


「ぎゃあ!」

「ぐああ!」

「こいつら騎兵じゃねえ、魔術師だ!」


 気付いた頃にはもう遅く、二人乗りの騎兵から次々と火球魔法の直撃を食らう魔族軍の兵士たち。


 これが弓による攻撃だったら硬い魔族の皮膚を前にビクともしないのだが、炎を伴う火球となれば話は別だ。


 魔族は別に熱に耐性があるわけではない。火を放てば燃えるし、熱ければ火傷もする。爆破すればその衝撃で吹っ飛ぶし、大量に食らえば一度に大量の魔族を殺すこともできる。


「もぐああ!」

「んがは!」

「じゃああ!」

「やきゃあ!」


 ドドドドンと連続する爆発音。辺りには炎が舞い散り、黒い煙が大気を穢す。そしてバタバタと倒れていく魔族の巨体。火球が直撃することで皮膚は焼けて黒く染まり、肉の焼ける臭いにまだ生きている魔族たちが顔を歪める。


 直撃こそ避けたものの、火球の爆発に巻き込まれて腕や足が千切れ飛んだ魔族もいる。


 これからミルアドに帰る準備をしていた魔族たちは装備を解き、気を抜き、二列の縦隊となっていたので、防御陣形を敷く時間もなく、火球魔法はこれでもかと命中していた。


 そんな火魔法の餌食になった魔族軍をしり目に、ドドドドと馬を走らせる魔導騎兵の集団。そのまま駆け抜けて逃げるつもりだ。


「くそが…くそが!お前ら、あの騎兵どもを追撃しろ!」


 突然の攻撃に戸惑いこそしたものの、そこはやはり司令官である。怒りで感情的にこそなるものの、魔族の司令官は近くにいた騎乗している魔族に追撃の命令を出す。


 命令を受けた魔族の騎兵が追撃を開始する。


「てめえら待ちやがれ!ぶっ殺してやる!」

「おらおら!ちんたら走ってんじゃねえよ!」

「ひゃっはー!こいつら遅いぜ!これならすぐ追いつけ…ん?」


 魔族軍の縦隊から飛び出るようにして、軍馬に乗る魔族の騎兵が魔導騎兵の背後より追撃にくる。


 魔族は確かに重いが、その馬は帝国産の品種改良された特殊な軍馬で、魔族の重さなどまるで気にかける様子もなくグングンと速度を上げて魔導騎兵に迫っていた。


 一方で魔導騎兵部隊は二人乗りをしているということもあってか、本来よりも速度が出ず、遅い。


 このままだと魔族の騎兵に追撃される、というその時。


「背後へ斉射!」


「「「ファイアーボール!」」」


「オラオラ…え?」


 指揮官の命令に従い、魔導騎兵たちが一斉に背後から追撃してくる魔族の騎兵に向けて火球魔法を放つ。


 魔導騎兵の杖先から赤い炎の弾が後方へと飛び、そして


「うぎゃあ!」

「めごごああ!」

「しゅわあああ!」


 火球が魔族の騎兵に次々と直撃する。ドンと激しい爆発音と黒煙が上がり、やがてドサリと黒こげになった馬と魔族が地面に堕ちていく。


 そんな様子を遠くより見守る僕たち。


「へえ。魔導騎兵って背後にも撃てるんですね」


「ああ。あれ?演習見てなかった?」


「あの時は聖女様がいたので」


 僕がローゼンシアを見れば、すっと顔を背けて僕からの追及を彼女は逃れた。


 魔族も帝国産の特殊な軍馬を使えば、騎兵として行動できる。これが普通の騎兵であれば、魔族の追撃から逃げられず、そのまま背後より襲われたことだろう。


 しかし、魔導騎兵は背後にも魔法が撃てる。それも正確に。


 なにしろ二人乗りである。一人が馬を操縦する中で、もう一人は魔法に専念できる。おかげで前方以外であれば魔導騎兵は正確に狙った場所に魔法を撃てるのだ。


 確かに二人乗りなんてすれば速度は遅くなり、機動力は落ちる。しかしそれ以上のメリットもある。


 やがて追撃してくる魔族の騎兵を火球魔法で一掃すると、弧を描くように草原を走ってこちらに魔導騎兵が戻ってくる。


 魔導士たちは魔力を使い切ったので、これ以上魔法は使えないだろう。そこで再び、


「ごくごく」

「ぷは!ポーションうめー!」

「この血管がうなる感覚、たまりませんなあ」


 魔力回復用のポーションを飲み、再び次の攻撃に備える。


 まさに一撃離脱。魔術師を馬に乗せ、走らせ、火球を撃って魔族を殺したら、再び戻ってきてポーションで回復。この繰り返しだ。


 魔導騎兵は捕まったらほぼ確実に殺される危険な兵科だ。そのため、上級魔法が使えるような、能力が高い魔術師は騎兵には向かない。


 どちらかといえば、火球魔法が撃てる程度の、ささやかな才能がある程度の魔術師が向いている兵科だ。有能すぎても困るのだ。


 もちろん、使い捨てる気はない。死んでもらったらもちろん困る。だから生きて欲しいという気持ちはある。しかし、うん、捕まったら諦めてね、という感じである。


 ポーションを飲んで回復したら、再び一撃離脱戦法で魔族軍への攻撃を開始する魔導騎兵の集団。


 背後からの不意打ち。突然の奇襲に防御陣形を組む暇も与えず、魔導騎兵による高速での攻撃。そして…


「いくら魔術師といっても連続での攻撃は出来ねえ。休む暇を与えるな!お前ら、敵に突っ込んで本隊を潰せ!」


「そ、そうだよな!今は騎兵は無視しろ!」

「いくぜお前ら!」

「この斧の餌食にしてやるぜ…あん?」


「第一陣、構え、…撃て!」


 騎兵を無視するようにしてこちらに向かって走ってくる魔族の歩兵。そんな魔族の歩兵部隊に小銃を構える人類軍の部隊に迎えて、指揮官が号令を出す。


 ドドドドン!と連続した爆発音。そして一斉に発射される鉛の弾。


「ぎゃああ!」

「まただ…」

「何なんだ、あの武器は?」

「短槍じゃねえのか?なんで槍から火が出るんだよ!」


 魔導騎兵を無視し、直接こちらに向かってくる敵がいれば、今度は小銃の部隊からの銃撃が始まる。


 前面は小銃。横面からは魔導騎兵による攻撃。


 前と左右、三ヶ所より同時に攻撃されることで魔族たちはようやく気付く。


 囲まれている、と。


 縦列になって伸びきった魔族軍の戦線はあまりにも無防備で、ただただ攻撃を受けるだけの良い的である。陣形を組む暇もなく、防御することもできず、ただ一方的に攻撃を浴びるだけだった。


「完封ですね」


「そうだな」


 遠巻きに魔族軍を見ている僕たち。その光景は、まさに完封といっても良い状況だった。


 なにしろあの魔族たちが、手も足も出ないのだ。


 横から逃げようにも次々と魔導騎兵が火球魔法を撃つせいで動けず、かといって前へと突撃すれば小銃の餌食になるのだ。


 魔族はどこにもいけず、ただただ攻撃に晒され、次々と数を減らしていった。


「幹部以上の強い個体がいなければ、人類軍だけでもなんとかなりそうですね」


「そうだな。燃費が悪いけどな」


「大量の魔術師が必要ですからね。魔族相手でないとやらない戦術ですね」


 それはそうだろう。一回の戦闘でポーションをどれだけ消費していると思っているのだ?どう考えても赤字だ。これが人を相手にした戦争ならばこんな燃費の悪い戦術は採用しない。


 しかし人類はもう瀬戸際だ。燃費を気にしている場合ではない。


 これは言ってみれば、対魔族専用の戦術である。人間相手にはまずやらないだろう。


 人類軍もただ負けていたわけではない。魔族を分析し、どうすれば斃せるかを研究していた。


 その結果が、これなのだろう。


 もはやこの段階まで来たら、幹部もしくは魔王クラスの強力な個体がいない限り、敵に突破口など存在しない。小銃と魔法の二段構えによる攻撃を受けて、魔族たちは今まで一度もやったことがない戦術を取らざるを得なくなる。それは…


「て、撤退だ」


 魔族軍の司令官が忸怩たる思いで敗走を告げようとした。


 もちろん、魔族とて一時的に撤退をすることはある。しかし、それはあくまで撤退であり、負けではない。しかし今回の撤退は、明らかに負けていることが明白だった。


「撤退だ!お前ら、今すぐ全力で逃げろ!」


「そ、そんな」

「相手は人間だぞ。逃げるなんてあり得ねえ!」

「じゃあどうするんだよ?どうやってあいつらを斃すんだよ!」

「ぐ、仕方ねえ、逃げるぞ!」


 ――ドクン。


 魔族たちが撤退を始めようとしたその時。空気が変わる。


 重く、どす黒く、殺気が空気を支配し、魔族たちに圧をかける。


 何か、とんでもなく凶悪で、強力で、魔族にとって絶望的な暴力が迫ろうとしていた。

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