第91話 間男部隊

 カルゴア-ミルアドの国境沿いにいた魔族軍は、一般的な魔族の歩兵が中心の部隊で、幹部以上の強力な個体がいないことは事前の斥候による調査で確認されていた。


 今回の作戦では、小銃部隊と魔導騎兵という新しい兵科の実戦でのデータが欲しいということで、彼ら小銃部隊と魔導騎兵を中心に魔族軍を攻める計画が立案されていた。


 その結果がこれである。


 魔族軍は小銃部隊と魔導騎兵の部隊にいいように蹂躙され、手も足もでない。まさに結果としては上々であろう。


 魔導騎兵と小銃部隊を上手く運用することができれば、たとえ相手が魔族軍であっても打ち破れることがこれで証明された。


 もっとも、それは今回みたいな大隊以下クラスの局地的な戦闘だからこそ実現できたとも言える。


 これが小銃の威力であっても斃せないような幹部以上の強力な個体がいる戦闘や、大量の奴隷兵を使った大規模な戦闘の場合、今回みたく上手くはいかないだろう。


 あくまで戦術レベルでの勝利であり、戦略上の勝利とはまだ言えない。


 やはり決め手が必要だ。魔族がどんな手を使ったとしても打ち破れるような、強力な決め手が…それは…


 僕は魔族軍の趨勢を見守る。そして、


「――そろそろ、か」


 小銃部隊と魔導騎兵の部隊の連携により、今や魔族軍は完全に瓦解しつつある。もはや陣形の立て直しは不可能だろう。


 となると、敵が取れる次の手は限られてくる。


 玉砕覚悟で攻めるか、それとも被害覚悟で撤退か。どっちを選ぶにしろ、こちらが取る手は一つしかないのだが。


「…ローゼンシア」


「なんです?」


 僕は馬に乗るローゼンシアの方を見て命令を出そうとし、しかし躊躇する。


 別に、シルフィアでも良いのだ。フィリエルでも良い。だがルクスからは、できればここでのデータが欲しい、とも要望を出されていた。


 今回の戦いは、まさに前哨戦だ。


 魔王もいないし、幹部クラスもいない。大量の奴隷兵もおらず、特殊な魔法や兵器が使われることもない。まさに敵は一般の魔族中心の部隊である。


 そのため、多少の失敗であれば挽回がきく。新しいことを挑戦するには格好の場でもある。


 だから、つまり、…今回が初めての参加であるローゼンシアを間男に抱かせるにはもっとも適した場面でもある、ということだ。


 わかっている!…わかっているんだ。


 いつかやらないといけない、ということは。


 現在の状況は悪くないが、良くもない。


 なにしろ僕の加護を発動できる女性は、シルフィアとフィリエルの二人しかいないのだ。


 二人しかいないのでは、負担が大きい。もしも二人の身に何かあったらどうする?この加護で戦い続ける限り、どうしても人材の確保は必須なのだ。


 小銃部隊と魔導騎兵の部隊は、確かに魔族との戦争で有効打に成れる戦力であることが今回証明された。


 だが、この戦力で魔王、もしくは幹部クラス以上の強力な個体が斃せるとは正直思えない。特に大陸北部での魔族の大勢力との戦闘となれば尚更だ。


 小銃と魔法は確かに強力だが、幹部以上はそれ以上の防御力のある鋼のような皮膚を持つ。鉛玉をいくらぶつけても効果は薄いだろう。魔法の火球をぶつけても斃せそうにない。


 足りないのだ、力が。必要なのだ、圧倒的な力が。


 魔族は強いが、人類にだって強力な戦士はいた。そんな戦士たちが魔王や幹部などの強力な個体に敗れることで、人類は敗北させられたのだ。


 そんなことは、もうさせない。これ以上の敗北は人類の滅亡を意味する。


 だから、やらねばならないのだ。それはわかっている。


 むしろ好都合じゃないか。こんな失敗が許される場面で、加護を試せるなんて、絶好の機会じゃないか。…クソがよ。


 一瞬だが、躊躇した。これは軍人として良くないことだ。僕は改めて命令を下す決断をする。


「…特殊作戦、頼めるか?」


「…ああ、そういうことですか?」


 今回の戦いにおいて人類軍が圧倒していたせいか、今まで退屈そうな顔をしていたローゼンシア。そんな彼女の表情が歪み、怪しい笑みが漏れる。


 特殊作戦とは要するに、僕の加護の発動のことだ。つまり、僕と相思相愛の女性を他の男に抱かせて、加護の発動条件を成立させることだ。


 もちろん。遠く、カルゴアの王宮には現在、シルフィアとフィリエルがスタンバイしている。通信石で指示を出せば、きっと間男に抱かれ、そして僕は加護を発動できるだろう。


 しかし、今回はローゼンシアがいる。そして間男部隊もいる。新しい兵科はなにも小銃部隊と魔導騎兵部隊だけではないのだ。間男部隊もまた、新しい兵科ではある。極秘だが。


 新しい兵科ができた以上、どこかの実戦で試す必要性はどうしてもある。


 わかっている。軍隊である以上、これが必要なことであることは重々承知しているのだ。


 もちろん、内心では嫌だ。せっかくローゼンシアと仲良くなれたのに、なんでこんなすぐ誰かに抱かせないといけないのか、それも自分の意思で抱かせないといけないのだろう?という疑問はある。


 だがそれが軍隊というものだろう。上官の命令ならば、たとえ自分の女でも寝取らせないといけない…あれ、軍隊ってそういうものだっけ?なんだかもうわけがわからないよ。


「そんなに苦しむ必要ないですよ?」


 僕の心情を察知したのか、ローゼンシアはニヤニヤと笑みを浮かべている。


「だって私も興味ありますから。ふふ、どんな感じなのでしょうね?」


 ローゼンシアは、すべて理解している。その上で、楽しんでいる。


 そうだった。ローゼンシアは、好意的だったのだ。他の二人とは違う。明確に拒否したルワナとも違う。


 彼女は、浮気をしたいわけではない。ただ、セックスという行為に興味を抱いているのだ。それもあえて好きでもない男とする行為に対して強い興味を持っている。


 特定の誰か、僕以外の男に興味があるわけではない。だから浮気ではない。ただ、肉欲を感じたいのだ。


 もちろん、だからこそ――彼女は僕が求めない限り、自分から他の男に抱かれに行くつもりはないようだ。彼女の僕に対する愛情は本物のようで、彼女も僕との信頼を裏切るつもりはない。


 しかしそれは言い方を変えると、許可さえあればやるということでもある。


 なにせドウラン国という、剣の国に生まれたお姫様だ。生まれた時から力を求めることを宿命付けられ、生きるためには実の親すら殺さないといけない、過酷な運命を背負っていた女の子だ。


 覚悟が違う。ローゼンシアは、覚悟が完了しているタイプのお姫様だ。


 彼女はまさに目的のためならなんでもする、それこそ親すら殺す、そういう覚悟を無理やり強いられ、受け入れ、そして今まで生きてきたのだ。


 そんな過酷すぎる運命を背負いしお姫様からすれば、他の男に抱かれるだけで強くなれるなんて加護は生ぬるい代償なのかもしれないな。


 いや、それどころか、僕が彼女を抱いた時、つい本気を出して頑張ったせいで、その、彼女はとてもセックスという行為を気に入ってしまった。むしろノリノリである。


 ――僕のせいなのか?僕がローゼンシアにエッチの気持ち良さを教えてしまったせいなのか!こんなことなら、下手くそにやれば良かったのか!


 でも僕が下手だと今度はシルフィアとフィリエルが奪われる恐れもあるし。一体どうなってんだ?


 …とにかく、裏切りでないのであれば、抱かれても良い。いや良くはないが、我慢できる。裏切るのはダメだけど、裏切りじゃないのであれば、やってもいい。


 問題は、その後だ。彼女は他の男に抱かれることがどういうことか、まだ知らない。それを知ってしまった後、彼女はどうなってしまうのだろう?


 それを考えると非常に恐ろしく、怖く、そして…


 なぜかそのことに興奮する僕がいた。それがもっとも恐ろしかった。


 僕は、ローゼンシアを見て、告げる。


「…準備をしてくれ。僕からサインを出したら――やってくれ」


「はーい。わかりましたー。ふふ、待ってますね💓」


 やがて彼女は馬を歩かせ、部隊の後方へ。間男部隊のいる馬車へと向かっていく。


 あの馬車は…名目上は第六騎士団専用の補給用の荷馬車だ。しかし他の補給部隊と違って、あの荷馬車には高い防音性能があり、内部の音が外部に漏れないように、特別な仕様で出来ている。


 荷馬車の中はそれなりに広く、清潔なシーツと柔らかなマットレス。媚薬や精力剤などなど、僕の加護をサポートするための様々な物資がある。そういう意味では補給部隊と呼ぶに相応しいかもしれない。


 もちろん、その真の目的は…そこで寝取られをすることだ。


 僕の加護の秘匿性を考えれば、こんな軍人と敵がいる戦場のど真ん中で行為をするなんて、御法度である。いや、加護の件がなくてもダメだろ、普通。


 しかし、僕の加護がそういう仕組みなのだから仕方があるまい。


 ちなみに、間男部隊はルクスの契約の加護により、秘密は厳守されている。もしも秘密を漏洩した場合、加護が発動して間男は死ぬ。…そう、間男は秘密を漏らしたら死ぬのだ。…うーん、死んでくれねえかな?


 まあ、だから間男から僕の加護の秘密が漏れる心配はない。そういうところは抜かりないのだ、あの王子は。


 ちなみに、間男部隊の荷馬車には高級なお酒なども用意されており、もしも事情を知らない兵士に聞かれたら、勝利の酒を用意したとでも言い訳する手筈になっている。


 そんな間男たちがいる部隊へとローゼンシアが向かっていく。彼女は馬車を降りて地面に立つと、一瞬こちらを振り向き、笑みを向けてきた。口をパクパク動かして、何かを伝えてくる。


 大丈夫、とでも言っているのだろうか。


「あれ?ローゼンシアは?」


「…そろそろ決着がつきそうだからな。酒でも取りに行かせた」


「へえ、気が早えな。でもそうだな。酒は早いに越したことないか」


 いつの間にかローゼンシアが消えたことに不信を抱いたのか、ゼイラが僕に聞いてくる。僕はそんな彼女に事前に考えておいた言い訳をする。


 なんだか僕が間男になった気分だ。なぜこんな言い訳を?


 やがて…ローゼンシアは兵士たちに紛れるようにして荷馬車の後ろに消えていく。彼女の紫色のポニーテールが見えなくなり、近くには間男部隊の男たちがいるだけだった。


 あの中の誰かが、これからローゼンシアを抱く。いや、もう馬車に間男はいるのかもしれない。そうだよな、僕が見ていたらバレるもんな。


 もちろん、本気で探そうと思えば、間男を特定することは可能だ。しかしそれはやらない。だってやったら、殺してしまうかもしれないし。


 正直、ルワナの時だってちょっと危なかったよ。あの時はほら、やや不発気味で理性が勝ってたからまだなんとか抑えられたけど、本気で加護が発動してたらたぶん殺ってたからね。あの公爵のこと。


「うん?…へえ。奴ら、撤退する気か?」


 僕の苦しい胸中とは裏腹に、戦場を見つめるゼイラ。やがて魔族軍に動きがある。敵は、どうやら撤退を選択したようだ。


 なんだ、玉砕じゃないのか。そっちの方が楽だったのにな。


 ――逃げられると面倒なんだよな、追いかけるのが。


「中隊長!司令より突撃命令です」


「…わかった」


 僕の部隊にいる小隊長が司令部からの旗の動きを見て、僕に伝えてくる。


「うっしゃ、やりますか。ニーナ、頼むぞ」


「はいはい、肉体強化魔法ヴェルサーラング、防御強化魔法ディフェンシブ、攻撃強化魔法オフェンシブ、それと…」


 ニーナはゼイラに近寄ると詠唱を奏でて補助魔法をかけていく。信頼できる相手でないと魔法がからないというのは本当みたいだな。


 ニーナが魔法を唱え、淡い光が彼女の体を包むと、ゼイラの体より圧のようなものが感じられ、力が宿っていく様子が伝わってくる。


 馬の上で、赤い髪をなびかせつつ、ゼイラは呟く。


「…ああ、良い…この感じ、久しぶりだな。力が漲る…ありがとなニーナ。後ろにいろよ?」


「はいはい、頑張ってね」


 馬の上で恍惚とした表情を浮かべるゼイラ。彼女はニーナに一言お礼を述べると、背中にある大剣を握りしめ、片手だけで抜き取る。


 あの大剣、かなりデカいな。100キロ以上はありそうだが、それを片手だけで軽々と持ち上げるあたり、そこはやはりS級冒険者か。


「うん?これか?竜殺しの大剣だよ」


 僕の視線に気付いたのか、彼女は自慢気な顔をして大剣を掲げて僕に見せつけた。


 それは大きく、無骨な剣だった。おそらくミスリル以上の金属を使用しているのだろう。非常に頑丈そうで、人間よりもモンスターを斃すための武器という感じで…まさに魔族を斃すにはうってつけな大剣だった。


 ゼイラは完全に戦闘準備が整っている。


 あとは僕だけだ。僕は後ろの荷馬車にいるローゼンシアに伝えるべく、彼女専用の通信石に魔力を込める。


 ……ドクン。

 

 やがて合図が伝わったのだろう。何かが始まった気がした。


 ローゼンシアは、もう脱いでいるのだろうか?その肌を晒し、僕以外の男に抱かれる準備をしているのだろうか。


 …どくん。どくん。


 やがて何か、力が伝わってくる。――始まろうとしていた。

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