第79話 白の魔女
白の魔女。
それは魔術国家ディストグルフにおいて最高位の称号を持つ魔女ルシアの二つ名。その特徴的な容姿から付けられた彼女の名に相応しい通り名でもある。
元々は魔術結社アクレアイズにて上位導師として魔術の研究に携わっていた研究者でもあったのだが、魔族の世界侵攻の際に人類軍へ従軍する。
今は人類軍での軍事作戦に従事しており、主に魔術部門における軍事顧問として活動している。
魔術のエキスパートであるため本来であれば参謀や幕僚以上しか参加できない作戦会議などにもアドバイザーとして参加している、らしい。
それだけ聞くとえらく優秀な御仁のように思われる。実際、優秀なのだろう。
しかし、初対面の印象がアレだっただけに、どうも苦手意識があるかもしれない。
「おや?おややや?あなたはネトラレイスキー卿ではありませんか!一体どうしてここに!?あー、わかりました。アレですね?」
純白の洗練されたローブを着こなすその銀髪銀目の魔女は、こちらの姿を見つけるとパっとその銀の目を輝かせてこちらにやってくる。そして、したり顔で言う。
「やはり菊門虫を試したくなったのですね?ふふふ。わかります。あれ、ハマる人が実は多い…」
「…先日は黒槍を使わせて頂きまして、誠にありがとうございます。今回は折り入ってお願いがありまして…」
「黒槍?こくそうって何ですか?」
「導師。きっとつよ槍のことですよ」
「あ、つよつよ槍ことですか?ええ、聞きましたよ。随分派手に暴れたそうで。まだデータ解析が終わっていないので詳しくはわかりませんが、あの高密度の魔力量、ふふ、素晴らしい結果が期待できますね」
ふふふ、と笑みを浮かべてペラペラと喋りたいことをガンガン勝手に喋るのは、先日黒槍を持ってきた魔術国家の白き魔女、ルシア・パルディアスその人だったりする。
今日――僕らはゼイラにかかっている弱体魔法を解いてもらうべく、この白の魔女に会うことにした。
といってもどこにいるのかわからないので所在地をルクスに聞いたら、魔術演習場にいると言われたのでゼイラを伴ってそこに向かった。
魔術演習場とは主に魔術向けの訓練や実験などをするための演習場である。王都から少し離れた場所にある、広く遠くを見渡せる開けた土地だ。
この魔女からもらった例の槍は一旦人類軍を通じて魔術結社の人たちに返却されている。どうやら色々と調べたいらしい。
次の軍事行動までには返してもらえるとのことなので、今度の戦いでも使えるのだろう。
あの武器は、近接攻撃しかできない僕が唯一遠距離攻撃ができる武器だからな。あるに越したことはないが、無いと困る。
そんな演習場には今、白の魔女だけでなく、他にも多くの魔術師たちがいて、各々がそれぞれの魔術的な研究に没頭していた。
魔術師のほとんどが黒いローブを着ている中で、一人だけ純白のローブを着ているので、ルシアの居場所は一目ですぐにわかった。
導師と呼ばれるくらいだからきっと彼らの中でも特に偉い立場にいるのだろう。
白の魔女が変なことを言う度に、傍にいる黒ローブの男の魔術師が訂正を加えてくれるので、僕としても話が脱線せずに助かった。
「――ふむ。つまりそのエチエチな冒険者の弱体化の呪いを解いて欲しいと?」
エチエチ…うん、まあ確かにそうだな。
僕は一緒に連れてきたゼイラの姿を見る。なにしろ身請けしてすぐに連れてきただけに着る物が無かったので、とりあえず執事に頼んで外出用の服を買ってきてもらったのだが、サイズが合わなかった。
「うん?そうか?そんなエロかったかなあ?」
ゼイラ本人は特に気にも留めず、なんとなくといった様子で自身の格好を見る。
ゼイラの服装は、白いタンクトップに黒いショートパンツという、一見するとシンプルな格好だ。
しかし体格の大きいゼイラが着ると、ただのショートパンツがタイトで腰のラインがよくわかるセクシーなホットパンツになるわ、タンクトップをその大きな胸で盛り上げて谷間が見えるわで、うん、確かにエチエチかもな。
クルリとその場で一回転すれば、ホットパンツから尻の割れ目のラインがちょっと見えてるし。
その一際大胆な格好が、冒険者特有の凛々しい表情とあいまって妙にマッチする。ゼイラはどんなダサい服を着ても上手く着こなしてしまいそうだな。
「別にいいですけど、タダ働きというはなんだか嫌ですね」
白の魔女はゼイラをチラチラ見つつ、そんなことを言う。ゼイラの何かが気になるらしい。
白い魔女は、「あ、そうだ!」とポンと手を叩くと、
「良かったら卿の体液を一リットルほど貰えないですか?ちょっと研究材料として使いたくて」
「え、体液をですか?それは…うーん、ちなみに体液ってどの体液ですか?」
「別になんでも…いえ、そうですね。血液、尿、唾液、涙、リンパ液、骨髄液、精液、えーい、取れる液体全部ください!」
「…あの、唾液とかで勘弁してもらえませんか?」
「唾液、一リットルも出るのですか?」
さすが英雄ですね~、そんな唾液が出るなんて凄いですね~、となんだかわけのわからない称賛を浴びる。いや、流石に1リットルも唾液は出ないよ。
「へぇ。精液でもいいの?ならリューク、アタシが絞ってやろうか?」
こらゼイラ。手を上下に動かすんじゃありません!君はもう娼婦じゃないんだよ!
ゼイラは他人との距離感があまり無いタイプなのだろう。目を細めて笑みを浮かべると、僕の肩に腕を載せて、ふぅと首筋に吐息をかけながら手を上下に動かす。
彼女の体がぴったりと僕の体に密着し、胸の柔らかな感触になんだか変な気分になる。
まったく。これだからナンバー1の娼婦は困る。男を誘惑する技術が高すぎる。
「私としては精液でも構いませんが…そんなに出せるのです?出るなら出るで世界記録ではありますけど…」
「いや、冗談ですから!真面目に取り合わないでください!」
そんな出るわけないだろ。出たとしてもその時は死ぬよ。そんなに出したら干からびて死ぬだろ!
「人種の平均は一回あたり15mlですよ?…英雄なら1ℓもできるのかしら?」
「だから違うって言ってるでしょ!…そうなんだ?」
無駄な雑学を仕入れてしまった。
「というかどっちにしろ体液1ℓは多すぎませんか?もっと減らして欲しいのですが」
そもそも体液1ℓが無理がある。
「おや?本当に体液をもらえるのですか?ふむ、言ってみるものですね…そうですね、でしたら尿サンプルと毛髪を10本ほど…切っていいですか?」
もしかして髪の毛を抜こうとしていたのだろうか?まあ10本ぐらいなら…いやダメか。やっぱ切ってもらう方がいいよな。
「それで良ければ…」
まさかこの年で尿検査をするとはな。…なんか恥ずかしいな。しかしこれもS級冒険者の本来の力を取り戻すためだ。我慢しよう。
その後。魔導士たちに言われるがままに毛髪と尿のサンプルを渡した。
「ふふ、ふふふ、これが英雄の細胞ですか…一体どんな結果が出るのか見ものですね…ふふふふ」
白の魔女は人の尿サンプルをうっとり嬉しそうに眺めている。高名な魔女でなければただの変態のような光景だった。
「…導師。ではサンプルは保管しておきますね」
「ふむ。任せます。大切に保管なさい」
「ハッ!」
やがて白の魔女ルシアは名残惜しそうな顔をしつつも、僕の尿サンプルと毛髪を別の魔術師に手渡してこちらを向く。
「それでなんでしたっけ?確か魔王の細胞から従順なクローンを生み出す研究の話でしたか?」
「いえ、このゼイラにかかってる魔法を解いて欲しいという話です」
「ああ、そういえばそっちの話でしたね。では拝見しますね」
…今なんかとんでもない話をしたような気がしたが、白の魔女ルシアはゼイラに近づき、目をカッと見開いた。
「すごいおっぱいですね。…触ってもいいですか?」
「それ、関係あるのか?」
「何が関係しているのかわからない、それを研究するのが私たちの仕事です」
「なんかいいこと言ってるみたいだけど、ただ触りたいだけだろ?…有料だぞ?」
「ふむ。残念です」
と、なんだか名残惜しそうな顔をする魔女のルシア。やがてすっと目を細めると、「ああ、弛緩魔法ですね」と呟く。
「この魔法を使うと体がリラックスして緊張状態が解けるので、治療魔法としてもよく使用されますね。本来は人体にとって有益な魔法なのですが、使い方次第では相手の力を奪って麻痺状態にもできますね」
淡々とゼイラにかかっている魔法を分析するルシア。淀みなくスラスラと解答するところを見るとやはり専門家という感じだ。
「この手の魔法の厄介なところは、治癒魔法に属しているので通常の解除魔法だと解けないのですよね。なかなか手が込んでますね。一体誰にかけられたのです?」
「S級冒険者チーム『烈華』のベルドットという魔女ですね」
「ベルドット、ですか…知らない名ですね」
むむむと眉を寄せながら呟くルシア。まあ魔女といってもたくさんいるからな。全員と知り合いってわけにもいかないか。
「あの導師…ベルドットさんは確か学院の同期では?」
「あ、そうなのです?うーん、ああ、そうだそうだ。思い出しましたよ。確か学院で成績トップの秀才のベルドットですね!そうだ、思い出しました!ベルちゃんといえば首席のベルちゃんじゃないですか!」
いや~、懐かしいですね~と銀髪をなびかせながらニコニコと笑みを浮かべて思い出を語る魔女ルシア。
「あの導師…ベルドットさんは副首席ですが?」
「ああッ!?嘘をつくのではありません。彼女以外に誰が首席だというのですか!」
「いや、だから導師が首席だったはずでは?」
「…え、私って首席だったんですか?」
「…はい。あのー、面倒な行事を嫌って何もしない導師の代わりにベルドットさんがすべての雑務をこなしていたので、本来は副首席なんて無いのですがその時代だけベルドットさんが副首席として活動されていました」
「ああ、だからベルちゃん、いつも私の近くにいたんだ。…てっきり私のことが好きなのかと思ってました…」
魔術師と魔女の会話のおかげで、なんだか妙な沈黙が生まれた。
なんというか。ベルドットさんはどうやらかなりの苦労人だったらしい。彼女のせいでゼイラが戦えない状態になったわけなのだが、きっと彼女のことだ。それはその時において最善の行動だったのかもしれない。
というかこの魔女さあ、がっつり知り合いだったわ。
「…今は非常時です。昔話に花を咲かしている場合ではありません。さあ、本題に入りましょう!」
と、まるで今までの会話の流れを全部ぶった切るようにして本題に戻りたがる魔女ルシア。
こっちとしてもそれはそれで問題ないから別にいいんだけどね。
「―で、どうやってゼイラの魔法を解くのです?」
「簡単ですよ。ちょうど今、魔法の解除ににうってつけの魔道具がありますので」
――こちらへどうぞ、と言うと、魔女ルシアは僕らを別の場所に案内する。
そこには、かつて魔族軍が王国へ侵略した時に使用した巨大な丸い球体があった。
それは――
「マジックキャンセラーですか?」
「おや、御存知で…ああ、そういえば卿は現場で戦ってましたね」
ルシアはその黒い球体に手を置く。
「戦場で鹵獲した後、いろいろ改良を重ねた試作品です。今のマジックキャンセラーならばそれこそどんな魔法だろうとキャンセルできますからね!えっと、では冒険者さん、私の手を握ってください。そうそう、これでパスを繋げれば確実にキャンセルできる、はず!」
「…え?ちょ、導師!なにやってんですか!こんな場所でそんなもの使ったら…あぁ!」
てきぱきとマジックキャンセラーの装置を動かすと、ルシアはゼイラの手を握り、そしてマジックキャンセラーを起動させる。
ウィンウィンという音が鳴り響く中、事態を遠巻きに見守っていた別の魔術師が慌てた顔をしてこちらにやってきた。
「導師!ここでは今、魔法を使った実験をしてるんですよ!」
「…あ、そうだった。やべ」
そんなこっちの思惑を無視するように黒い球体から淡い光が沸き起こり、ドンッと衝撃波が発生。周囲に振動が伝わる。
そして…ドンッ!とそこら中の計器が振り切れ、瓶が割れ、なにかの装置が爆破し始めた。
「うわああ!研究サンプルが!」
「うわああ!魔王の死体が動いた!…あれ――これ成功したかな?」
「ミルキーちゃんが爆発しやがった!なんてことしてくれんだこの野郎!」
まさに阿鼻叫喚。突然マジックキャンセラーが発動されたことで、周囲で行われていた魔術的な実験が無理やり停止され、なんだかとんでもない事態が発生していた。
その様子を見て、魔女は…
「あー、ごめんごめん。今戻すわ」
「あ、ちょっと待って導師!確認もせずに起動させない、あああ!」
ガチャン。ルシアが再びマジックキャンセラーの操作をすると、再び周囲に衝撃波が走り抜け、やがて急停止した魔力の流れが再び動きだす。
「火を消せ!今すぐ鎮火…ぎゃああ!なんか火の勢いが増しやがった!」
「あ、動いたと思ったのにまた倒れ、え…ちょっと待って。魔王の心臓が鼓動してる?首もないのにどうやって…」
「うううう、ミルキーちゃん。ごめんよ、…あれ触手が生えてミルキー君になってる?」
「……」
悲鳴、怒号、破壊音、ぬめぬめな濁音。あらゆる音が響く魔術演習場。そんな地獄を作り出した張本人であるルシアはこちらを見ると、
「ふむ。魔法は解除されたようですね。実験成功です!」
僕はゼイラを見て言う。
「どうだ?」
ゼイラは自分の両手を開いたり閉じたりを繰り返し、やがてこちらを見ると、
「…戻ったぜ」
と胸を張って答えた。
いろいろと被害が出たが、とりあえず当初の目的は達成された。こうして元S級冒険者の戦力が手に入った。
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