第78話 弱体化の魔法

「――え?アタシを戦わせるために身請けしたの?体目当てじゃなくって?」


 紅玉の館で三人の娼婦、元冒険者とエルフ、そしてロリ猫耳娘たちを身請けし、屋敷に戻るその途中。


 夜の王都を走る貴族専用の馬車の中でゼイラにガチで驚いたといわんばかりの顔をされた。


「当然だろ。それ以外に…………、…うん、それ以外にあるか?」


「なんだその間は?別にいいけどさ。言っておくけど今のアタシ、弱いぜ?あ、もしかして慰安任務をさせるつもりか?」


「違う。そんな真似は………うん…させない」


「もしかしてちょっとそれもアリって考えたか?」


「そ、そんなことない。そのようなことは決して考えてないよ!」


 王都の整備された道を走っているので馬車の揺れは少ない。にも関わらず、さっきからゼイラの娼婦服がひらひら揺れる度にその豊満な胸の谷間や柔らかそうな美女の太ももが目に入って…うん。違うから。そういうことじゃないから。


 すっかり酔いも醒めた今。改めて目の前に座るゼイラを見る。


 ――やっぱり凄い美女だな。


 といってもシルフィアのような凛とした美女というわけではない。同じ赤い髪色だが、貴族のお嬢様なシルフィアと違ってゼイラは野性的な美女である。


 貴族が相手だろうとお淑やかに振る舞うことなんてまずないし、酒が出ればがぶがぶと呑む。しかし、それが様になっている。


 加護の影響で弱体化しているとはいえ、S級冒険者として戦ってきた彼女は体格が良く、胸は大きく、その胸は重力に逆らうように上を向いている。あの布の下には果実でもあるのだろうか?


 それでいて腰回りは細くしなやか。しかしそこに弱さはなく、体は力強さを秘めた肉付きをしている。


 健康的な肉体美に加えて今は煽情的な娼婦服を着ていることもあってか色気が半端ない。


 なるほど。高級娼館で一位になるのも納得だ。彼女はそう、全身がエロいのだ。エロの塊のような体をしている。


「ちょっとゼイラ。英雄の伯爵様がそんな不埒な真似するわけないでしょ?失礼よ」


 と窘めるのはエルフのニーナ。


 こちらはこちらで凄い美女である。ただでさえ美顔で有名なエルフであることに加えて、輝くような緑色の髪は綺麗で透き通るような繊細さがある。


 確かに胸は小さい。しかしその楚々とした美しさは家柄の良い令嬢のような魅力がある。


 そう、ニーナもまた美人であることに違いはない。ただ、エロくはないのだ。なんというか、清楚なのだ、ニーナは。


 …こういう清楚系の美女が娼婦なんてやってるギャップが受けてたのかな?そうかもしれない。


 こうして並べて交互に見ると、なんとなくだが、美形なニーナがゼイラに娼婦の世界で負けた理由がわかる気がする。


「へえ、お兄ちゃんってエイユウなんだあ~。エイユウってなに?」


「モカ。伯爵様はね、魔王ギュレイドスを斃した方なのよ」


「え!そうなの!すっごーい!お兄ちゃん、そんなに強いの!うちの村のデンスケよりも強いのかな?」


 デンスケの実力は知らないが、おそらく魔王よりは強くはないだろう。だから僕の方が強いはずだ。加護が発動すれば、だが。


「――とにかく、そういう事だから、ゼイラとしては僕と一緒に魔族との戦いに参戦して欲しい。いいかな?」


「うーん、まあ身請けされちゃったしな。命令されたら夜伽だろうが夜戦だろうがなんでもするぜ?でもさっきも言ったけど、今のアタシ、弱いぜ?」


 そう言って足を組み、両腕を頭の後ろに組んでなんだか退屈そうな顔をするゼイラ。おそらく本人としてはなんとなく取ったポーズなのだろうが、胸を反らすことでその大きな胸がたゆんと揺れて、その、ついそっちに視線がいってしまう。


 …いかん。そういう目的じゃないから。違うから。


「…なあリューク」


「え?なにかな?」


「別に無理しなくていいんだぜ?アタシは身請けされた。これからはアンタが主人だ。なんでも命令できるぜ?たとえアタシが嫌がるようなことでも…」


 ――今のアタシ、弱いから無理やりできるぜ?…とゼイラは悪戯でもするような顔で言った。


「…しないよ。弱体化の件だが、心当たりがある。教国の聖女を知ってるか?」


「なんだよ。つまんねーな。…ん?聖女がどうした?」


「彼女の加護を使って弱体化の魔法を解いてもらおうと思ったのだが、どうだろうか?」


「ん…無理じゃね?」


 ゼイラは退屈そうな顔をしてにべもなく答える。あてつけで言ってるわけではないよね?


「そうなの?なんで?」


「なんでもなにも…アタシ、別に病気じゃねえし。怪我でもねえからな。これが苦しみを与える呪いだってなら話は別だけど、補助魔法だし。たぶん無理じゃね?だいたいよ…」


 ――弱体化の原因は魔法じゃなくて加護だぜ?とゼイラは続ける。


「魔法のせいで弱くなったんじゃねえんだよ。魔法を受けることを条件に加護が発動して弱くなったってのが今のアタシの状況だからな。しかもこれ、あいつのオリジナル魔法だから、解ける奴がいるとしたらそうとう優秀な魔女じゃねえとな」


 だははは!と弱体化させられた本人のくせしてなんだか嬉しそうに笑うゼイラ。


 優秀な魔女、ねえ。


 僕はなんとなしにニーナを見る。こちらの会話に興味がなかったのか、ニーナはモカの耳を触ってなんだか幸せそうな顔をしていた。


「ふふ、もふもふ…」


「お、お姉ちゃん、あんまり触っちゃダメだよ…そこ敏感…あ」


「…ニーナ、一つ聞きたいんだけど」


「えへ、えへへ、え!あ、はい!なんですか伯爵様!」


 幸福そうに猫耳を触っていた彼女の邪魔をするのは気が引けたのだが、今は仕事が優先だ。


「えっと、ニーナって魔法は使えるよね?」


「それは…ええ、使えますよ??」


 聞かれたことに素直に答えるニーナ。


 森に住む長命種のエルフは、いってみれば歩く魔力体だ。確かに魔力量に個人差はあるが、大半が魔法を使えない人種と違って、エルフは基本的に誰もが強力な魔法を使える。


 もっとも、力が強い反面、魔法を学ぶことにまるで興味がないようで、実実戦的な魔法が使えるエルフの数は少ないらしい。


 ほとんどのエルフが戦闘よりも生活に便利な生活魔法ばかり習得しているらしい。


 魔法が使えるからといってどんな魔法でも使えるわけではない。なによりニーナはそういう戦闘系のエルフという性格でもなさそうだし。


「ニーナはゼイラにかかっている弱体化の魔法は解けるのかな?」


「うーん、どうでしょう?頑張ればできるのでしょうけど、どうやって頑張ればできるのかがわからないですね」


 とわかるようなわからないような事を言う。


「えっと、例えばですね。この馬車って、伯爵様でも作ろうと思えば作れるじゃないですか?」


 と馬車の座り心地を確かめるように話すニーナ。


「でも作ろうと思ったら、設計図とか必要ですし、設計図を描くにしても設計図の知識がいるじゃないですか。それと同じですかね」


「…要するにやり方さえ教わればできるってことかな?」


「そういうことですね。ゼイラにかかっている魔法はそれほど強いものではないです。ある程度魔力を有している者なら誰でも解除はできるかと。ただ複雑な術式がかけられているので、考えるの苦手な人だと解除できないかもしれないですね。やはり専門の解術士に依頼するのが一番かと」


 …やはり専門家に聞いた方が良いか。


「だから言ったろ?この魔法を解くにはあいつと同レベルかそれ以上の魔術師でないとな」


「…ちなみに、その魔女…ベルドットさんってどのぐらいの凄さなんです?」


 魔女ベルドット。ゼイラと同じくS級冒険者チーム『烈華』の魔女。当然、並みの使い手ではないのだろう。


「さあ?アタシも魔法はそこまで詳しくねえからなあ」


 じゃあなんで魔法剣士なんて名乗ってるんだ?そんな疑問は湧いたが、今はその魔女の方が優先だ。


「アタシは肉体魔法専門だから…うーん、そうだな。確かあいつ、リティシアの魔術学院をトップで卒業したとか言ってたような…」


 ゼイラは思い出すように言葉を紡ぐ。


 リティシア魔術学院といえば、魔術国家ディストグルフでも名門の魔術学院だったような…


 ディストグルフ、か。あの白い魔女だったらなんとかできるのかな?


 ただ初対面の印象がクソだっただけに、会い辛いなあ。いや、あの黒槍をくれたことには感謝してるんだけどね。ただほら、やっぱ印象って大事だし。


「ちなみに、だ」


 ニヤニヤとゼイラが思い出すように僕に語る。


「アタシ、無理やりされるのって実は好きだぜ?本来の力があれば娼館の客なんて簡単に殺せるのに…呪いせいで力が出なくて、抵抗しても敵わず、無理やりされる…ふふ、ゾクゾクするな💓」


 目をトロンと蕩けさせ、口元に笑みを浮かべ、はあはあと甘い吐息をもらして男を誘惑する姿勢をするゼイラを見ていると、なるほど、娼婦としての能力もS級らしい。


「ちなみに、アタシがもっとも興奮するシチュエーションを教えてやろうか?」


 と挑発するので、「いや、いいよ」と否定しておいた。


「安心しろ。すぐにでも呪いを解いて本来の力を発揮させてやるよ」


「ふーん、あとで後悔するぜ?弱いアタシを抱けるチャンスなんて滅多にないのにな…くくく」


 と、まるで揶揄うように笑うゼイラ。うーん、もしかしてヤバい女を連れてきちゃったのかな?


 やがて馬車は屋敷に到着する。さてなんと説明したものか。よし、流れに身を任せよう!なるようになーれ!


「さあ、今日からここで暮らしてもらう。といっても基本は自由だ。好きに寛いでくれ」


「へえ、さっすが伯爵様。デカい屋敷だなあ」

「うーん、もっと自然を感じる家が良かったなあ。伯爵様、あの庭に植物魔法で樹木を生やしてもいいかしら?」

「くんくん…肉の香りがする。えへ、えへへ、よだれが止まらない」


 屋敷を見てそれぞれに感想を漏らす三人の元娼婦たち。


 そんな彼女たちを伴って屋敷に入ると、バタバタと奥の方から女性たちがやってきた。シルフィアとルワナだ。


「リュークおかえり~!あのね、ボク、やっぱりいろいろ考えたんだけど、リュークのためならボク…」

「もう、だから無理はしなくて良いって言ってるでしょ?私たち二人でルワナの分も…三人いる?」


 今まで何か話し合っていたのだろうか?二人はなんだか息もピッタリという感じで一緒にやってきた。そして、目の前の光景に同時に硬直する。この二人、本当は仲が良いんじゃないの?


「あ、どうもはじめまして~。ゼイラでーす!紅玉の館でトップ張ってました!よろしく~!」

「ニーナです。元一位です。でもこれからは伯爵様の一番になれるように善処します。よろしくお願いします」

「モカだよ!よろしくね!好きな食べ物は肉全般です!焼きたてのお肉が特に好きです!!」


 ふむ。なんて紹介しようか色々悩んでいたのだが、まあ大丈夫そうだな。なぜ二人とも、そんな辛辣な目で見る?


「リューク、あなた、こんなにも手が早いの?知らなかった…」

「ボクが頑張る必要ないって、こういう意味だったんだ」


 あれ、おっかしいな。加護のことがあるから女性を増やす予定があることはちゃんと伝えていたはずなのだが…。


 その日の晩。シルフィアとルワナにきちんと説明をし、釈明をした後、一発ずつビンタされた。そのあと、怒れる彼女たちを抱いた。シルフィアとルワナの怒りを鎮めるためにもいっぱい奉仕した。最初は怒っていたけど、最後には喜んでもらえた。よかった。こういうプレイもなかなか良いということに気付いた。

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