第75話 ローゼンシアのいた国
「次の戦いが始まる」
王宮から屋敷に戻ると早々にみんなにそのことを告げる。
屋敷ではそれぞれ寛いだり仕事をしたりと自由にしていたのだが、僕の言葉を皮切りに室内に張り詰めたような緊張感が生じた。
「それは、やっぱりリュークも戦うってこと、だよね?」
おそるそるといった様子でシルフィアが僕に尋ね、それに首肯した。
「ああ。…といっても今すぐってわけではないけどね。ただ近いうちに遠征に出るから――準備しておいてほしい」
「うむ、わかったのじゃ!リュークも頑張るのじゃ!」
と僕の言葉を額面通りそのままに受け取り、声援を送ってくれるナルシッサ。ニコニコと眩しい笑顔を向けてくる彼女は、何も知らず、ただ僕に純粋無垢に僕を応援してくれる。
…くぅ、なんて穢れのない眩しい笑顔。ナルシッサだけが何も知らないんだよな。まあ教えるわけにもいかないが。
「…リューク様、ご武運をお祈りしております」
「ありがとう、フィリエル」
フィリエルは感情こそ出さず、今はナルシッサのメイドとしてあるべき姿を見せる。しかしその両手は少し震えているようだった。
そして思う。遠くない未来。いずれ再び魔族との戦争が始まる。その時、彼女のこのみずみずしい体が再び、間男に抱かれる。
この綺麗な黒い髪も、メイド服を盛り上げる大きな胸も、スカートから伸びるむっちりとした太腿も、僕以外の誰かに触られるのだろう。
それ思うと…くっ、ダメが今はよそう。今は目の前のことに集中するんだ。僕は次にルワナを見る。彼女は僕に近寄ると、
「リューク…そのボク…」
「いいんだよ、ルワナ。僕の帰りを待っててくれるかな?」
「え?う、うん、…ちゃんと帰ってきてね?」
ルワナはこちらをチラチラと見て、なんだか気まずそうな顔をする。やはり加護を断った件を気にしているのかもしれない。
…僕としては気にしなくて全然平気なのだが、そうもいかないのだろう。
なにしろ彼女以外…シルフィアとフィリエルは戦場で僕が戦う時、加護の発動のために他の男に抱かれるのだ。
ルワナの性格からして、自分だけが他の男に抱かれずに楽をしているようで引け目を感じているかもしれない。
かといって、じゃあ寝取られて来いよとは流石に言えないが。
確かに、彼女は既に公爵に抱かれている…まあ小さいからセーフだったのかな?という疑問はあるのだが、まあ抱かれていたのは事実だ。
彼女のこの柔らかそうなショートの金髪に、張りのある肌。小ぶりながらも触り心地の良いお尻、形の良い胸…彼女のこの健康的な肢体が再び誰か別の男に触られるなんてことがあったら僕は…
一応、ルクスにはルワナが寝取られには参加しないことは伝えている。ただ念のためということで、ルワナ専用の間男は既に用意されているらしい。
だから彼女が返事をするだけで、寝取られる準備は整っているのだ。
ドクン…うん?なぜ僕の心臓は期待するような音をたてるのだろう?望んでないよ?ルワナが寝取られる姿なんて期待してないよ?
「いいのよ、気にしないで」
「…え、でも…」
「大丈夫。あなたの分まで、私たちがリュークをサポートするから。だからあなたはじっとリュークの帰りを願っていればいいんだよ」
俯き気味なルワナにそう声をかけるシルフィア。なんか今日のシルフィア、ルワナに対する当たりが優しいんだけど、なんだか妙な圧があるな。
「う、うん。ごめんね、シルフィア…ボクも本当は力になりたいの…でも…」
「大丈夫、わかってるから。全部私に任せて。それより………」
「え?あ、うん、そうだよね。…そうだよね」
シルフィアは優しい声でルワナに近寄ると、なにか小声で彼女の耳元で囁いた。一体何を言ったんだ?それを聞いた途端になんだかルワナの態度が変わった気がした。
「ふふ…あなた、すごく良い娘ね。私、仲良くなれそう」
「うん、ボクもシルフィアと仲良くなりたいな」
「ふふふ」「えへへ」
ん?なんだ?シルフィアとルワナがお互いになんだか微笑を浮かべているのだが、なんだか妙な圧を感じる。美少女たちが笑いあっているだけなのに、なぜかギスギスしているような…
この二人は、いつかちゃんと仲良くなれるようになにか手を打った方が良いかもな。
…今度二人同時にベッドに誘ってみるか。
さて。この二人も問題なのだが、今はそれ以上に話さないといけない人物がいる。
「へえ、また戦いかあ。今度はどこだろう?」
とこの面子の中で唯一、まったく緊張せずに鼻をかきながら呑気にしている女、ローゼンシアを僕は見る。
「ローゼンシア…」
「ん?なんですか?」
一応、彼女は僕の従者という体裁でここにいるはずなのだが。まあいいか。
「話がある。いいか?」
「え?それってまさか…ついに私の処女も…」
なぜだろう?今まで余裕綽々みたいな面をしていたのに、なんだか急にしおらしくなって顔をピンクに染め始めるローゼンシア。その様子をシルフィアとルワナがなぜか冷めた目で見ている。
「ねえ、シルフィア。あのさあ、リュークってさ」
「…言わないで。これは必要なことだから」
なんだか諦めるような顔をしてお互いに理解しあう二人。あれ?なんか何もしてないのこの二人の仲が進展したような。
なにか誤解をしているような気もするが、今はローゼンシアが先だ。僕は彼女を部屋に連れていく。
「うー、ついにこの時が。ふぅ、ドキドキするな。あんな大きいもの…大丈夫かな?」
この女は一体何の話をしているのだ?
ローゼンシア。強さをなにより重んじる武人たちの国・ドウランの姫君。その国は、今度の戦争で人類軍に占領される予定の国でもある。すべてが終わった時、もう彼女は一国の姫ですら無くなるのだろう。
「立ち話もなんだし、座ろうか」
「う、うん。着たままでもいいのかな?」
なにが?なぜ脱ぐ必要がある?
まあ、とにかくさっさと要件だけ伝えるか。
「――次の作戦の攻略対象なのだが…」
「え?あ、ああ、仕事の話だったんだ。あははは、なーんだ、ビックリしちゃった」
それ以外になんの話がある?
「ミルアド、教国、それとドウランが攻略の対象だ」
「…そう」
おや、意外とすんなり受け入れるな。
今までピンク色だったローゼンシアの表情が急速に冷めていき、いつもの白い肌へと戻っていく。
なんだか目つきも鋭くなり、口は硬く閉じた。
この怜悧な顔だけ見る分には、なるほど、武人の国に生まれた女傑って感じではあるな。
長く綺麗な紫色の髪を持つ絶世の美少女。その整った顔立ちに、この眼光の鋭い眼差しが合わさったら、たいていの男はその凍てついた美貌に畏れつつも好意を抱きそうだ。
…まあ中身が残念であることを知っているのであれば別だが。
「ではようやくドウランの魔族を撃滅するのですね。はあ。まったく、せっかく滅ぶと思ったのに、しぶとい国ですこと」
…うん?なんか誤解してね?
「いや」
ふむ。どうやらローゼンシアは勘違いしているようだな。なんだ、祖国が戻ってくると思っていたのか。
僕は間違いを訂正する。
「次の作戦でドウランは人類軍の占領下に置く。その後は対魔族戦争用の拠点として人類軍より総督府が置かれることになる…ドウランはこの戦いで無くなる予定だ」
「え?」
ローゼンシアの目が見開かれ、その瞳が僕を見る。その顔はなんだかひどく狼狽しているようだった。
「へ、へえ、そうなんだ。…そっか。ふふ、ようやく滅ぶんだ。本当に滅ぶんだね。ふふ、ふふふ、あは…あははは!」
手が震えてる。ローゼンシアは僕から顔を背け、肩を揺らしながら嗤っていた。
顔を背けているので表情は見えない。ただ…
――ざまあみろ、クソ親父、と怨嗟の声が小さく聞こえた。
ドウランという国について、僕はよく知らない。知っている事といえば、大陸の北側に行くための回廊をわたる際に通る国ぐらいの認識だ。
ただ周辺国との関係は良好ではなく、なかなかきな臭い噂もある。
特に剣王…ローゼンシアの父親を含む歴代の剣王については、常人離れした武力を持つ英雄的な一面がある一方で、よくない話も聞く。
もっとも、それは所詮は噂の域を出ないため、真実かどうかまでは知らない。もしかしたら全部がデタラメで、本当は良い王なのかもしれない。そうでないかもしれないが。
それでも、狂気じみた嗤い方をする一方で、たまに嗚咽が漏れるローゼンシアの反応を見る限りでは、そこまで良い父ではなかったのかもしれない。
しばらくすると感情が落ち着いて冷静になったのか、いつも通りの表情に戻ったローゼンシアが僕の方を見る。
「お見苦しいところをお見せしてしまいまた。申し訳ないです」
と一礼し、なんだかしおらしい態度を見せてくる。
「いや、構わないよ。…それで、どうする?」
「…どうする、とは?」
「次の戦いは、止めておくか?」
ローゼンシアは確かに並みの剣士ではない。相応の実力がある。支援魔法でサポートを受けていたとはいえ、魔族を斬り殺せるだけの力を持つ一級の剣士だ。
しかし、いくら強いといっても精神がボロボロの状態では満足に戦えるとは思えなかった。もしも本人が嫌がるようであれば、別に無理をしてでも連れていくつもりは…
「行きますよ。当たり前じゃないですか」
と僕の考えなど無視するように、にべもなく参戦を表明してきた。
「せっかくあの国が滅ぶのです。特等席で見たいじゃないですか」
ふふふ、と小さく嗤う彼女の瞳はなんだか薄暗く、生気が感じられない。
ローゼンシア。前から思っていたのだが、彼女はなんというか、あまり生きることに希望を抱いてなさそうに見えた。
確かに無遠慮で、無作法で、とても一国の姫とは思えないほど非礼ばかりな女だが、それ以上に世間に対して興味がなく、そもそも生きようという気力がないように思えた。
生きる気力がないなら、他人に対して遠慮することもないか。そう、僕には彼女が自暴自棄に見えたのだ。
そんな彼女にどんな言葉をかければ良いのだ?僕はただ、思ったことを口にしてみた。
「…いいだろう。ただ条件がある」
「なんですか?」
「僕の女になって欲しい」
「…はい?」
あれ?こんなことを言うつもりだったのかな?まあいいか。
「えっと、それはつまり、私を抱きたいってことですか?えーっと、うん、まあいいですよ?」
「もちろん抱きたいという気持ちはある。ただ今はそれはいい。そういうことじゃなくて、ローゼンシア、君の心を僕のものしたい」
「ますます意味がわからないですね。…あんまりうざいことを言うと、私、ちょっとキレますよ?」
…ピシッ。急に窓にヒビが入った。
なんだか空気が急にピリついた。あのいつも飄々としているローゼンシアから怒気というか殺意が漏れ始めている。
…あれ?もしかして対応間違えたかな?なんかこの娘、キレ始めてるんだけど?
まいったなあ。近くに間男がいないから、今もしもローゼンシアに襲われたら、僕、確実に死ぬね。うーん、どうしよう?
はあ。まさか間男に助けを求める日が来るだなんて…いや、最近はちょくちょくあるな、そういうこと。
とにかく、なんとか場を鎮めないと!
「その言葉の通りの意味だ。ローゼンシア、君を末永く一生愛し続けて、幸せな人生を送らせてやりたい、そういう意味に受け取って欲しい」
「はあ?最近、リュークのこと色情狂かなって思い始めてましたけど、どうやら本当みたいですね。…まあいいですけどね。私のことを抱きたいならどうぞご自由に?いつでも抱いていいですよ?今日から私はリュークのメスです。奴隷みたいに抱いてよくってよ?」
と、まるで他人言みたいに投げやりなことを言うローゼンシア。やはり彼女はなんというか、まるで興味がない。生きることに。
「ローゼンシア。僕は名誉ある伯爵家の現当主だ。奴隷を抱くわけにはいかない。抱くとしたら、一人の愛する女性として抱く。例外はない」
確かに初対面のルワナを酔った勢いで抱いてしまったが、うん、最終的に愛する女性になったから問題ないよね!
「リューク…だからね…うるせえって言ってんだよ」
パリンと突然、部屋に置いておいたグラスが割れた。ああ、寝酒用に置いておいたあのグラス、気に入っていたのに。
ローゼンシアを中心に温度が急速に低下していく。あ、こいつ、魔法使えるタイプだったのか。
魔力は誰でも有している。しかし誰もが魔術師になれるほどに膨大な魔力を有しているわけではなく、人が体内に宿せる魔力の量には個人差がある。
才能がないのに魔術師になることを望む者もいれば、才能はあるけど魔術師に興味がなくて魔力を持て余している者もいる。ローゼンシアはきっと後者だったのだろう。
彼女にはどうやら並外れた魔力があるようで、それが暴走している。
ローゼンシアから漂う魔力の奔流が部屋の中に満たされ、カタカタと窓を揺らし始めた。
「ごちゃごちゃうるさいですね。抱きたいのか抱きたくないのか、どっちなんですか?」
「もちろん抱きたい」
「なら抱けばいいじゃないですか」
「それだけでは足りない。ローゼンシア…」
これは言ってもいいのか?今の殺意満点なローゼンシアに言った瞬間に首と胴体が切り離されるなんてことはないよね?大丈夫だよね?ローゼンシアの腰には普段から常備している片手剣がある。彼女が本気を出せば僕の首なんて一瞬で斬り飛ぶだろうなあ。うーん、大丈夫かな?今は自分を信じろ!
「君を幸せにしたい。僕の希望はそれだけだ」
「…私には希望なんて無いです」
ぴたりと、ローゼンシアの殺意が止み、部屋の中に満たされていた魔力の奔流がおさまる。
「…私の望みは…クソ親父…あの剣王をぶっ殺すことでした。でももうその望みは叶いません。魔族が代わりに果たしてしまったので。…わかります?」
ローゼンシアは絶望に満ちた眼差しを向ける。
「私、別に魔族を恨んでいないのです。だって私の復讐を叶えてくれたんですからね。ここに来たのは、なんとなく。死ぬ前に、いっぱい食べてお腹を満たしたいと思ったから…だから適当に人がいる場所へ向かっただけ。ただ運が良かっただけ。本当はさっさと死ぬ予定でした」
――でも今は違いますよ?とローゼンシアは続ける。
「今は、あの国が滅ぶところを見たい。剣王とかいう歴代の馬鹿たちの妄想が作り出した牢獄が潰れるところが見たい。ねえリューク。いいよ、あなたの女にして?その代わり…」
――あの国をぶっ壊してくれないかな?とローゼンシアは僕に願いを言う。
「約束してくれるなら、心からあなたを愛してあげる」
僕は、
「いいよ。叶えよう」
と約束した。
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