第74話 三国同時制圧

「実は娼婦を身請けしたいと思っているのですが、良かったらお金を貸して頂けないでしょうか?」


「お前、不敬罪で死にたいのか?」


 次の日。なんか魔族との戦争の件で王宮に呼ばれたので、まあついでとばかりにこちらの用件を切り出したらルクス王子にめちゃくちゃ怒られた。


 おっと、言葉を端折り過ぎたか。確かに今のセリフではまるで女欲しさに王族から借金をする放蕩貴族みたいだ。


 王宮の執務室にて、ルクスはなんだか酷く疲れているようだった。目の下に隈がある…もしかして寝てないのか?僕は昨夜、娼館で楽しんだ後ぐっすり寝ただけに、なんだかルクス王子ばかりに負担をかけて申し訳ない気分になるな。


 …今度、紅玉の館を紹介しようかな?


 ちなみに紅玉の館では誰も抱いていない。館の淫靡な雰囲気にあてられてとんでもなくムラムラさせられたが、そこはちゃんと我慢した。ちなみに娼館から帰ったことがすぐにバレてフィリエルになんだか悲しそうな顔をされたので、昨夜の晩はフィリエルを抱いた。


 ふふ、拗ねるフィリエルは可愛かったな。フィリエルの機嫌を直すべく、昨夜は彼女の要求にすべて応える形で僕が奉仕する側にまわった。フィリエルはああいうプレイが好きなんだな…今でも柔らかくも熱い彼女の肌の感触を思い出したら…


「おい、聞いてるのか?」


 おっとしまった。ルクス王子がすごい剣幕で叱ってくるので、つい思考がどこかに飛んでしまっていた。


「いくら加護のことがあるからってお前、節操なさすぎだろ…」


「いえ、違うのです。確かに加護の件もありますが、今回は違うのです!聞いてください殿下!!」


「チッ。くだらない理由だったら覚悟しろよ」


 舌打ちこそすれ、ルクス王子は一応聞いてくれるようだった。よし、今度こそちゃんと説明しないと!


 僕は説明する。昨夜のことを。たまたま、そう本当に偶然娼館で見つけた元S級冒険者のことを。その冒険者の力はきっと魔族との戦争で役に立つことを力説した。


 そして、なぜ娼館に行ったのかといえば、聖女様と約束したから仕方なく、そう仕方なく娼館に出向いたことを。実際、僕、娼婦は一人も抱いてないからね!支配人に確認してもらっても良いからね!その点を強く強調して熱心に説いた。


「……後半はともかく、なるほど、S級冒険者か。確かに娼婦にしておくには惜しいな」


「カルゴアには今、Sランク相当の冒険者はいないのですか?」


 別に現役のS級でなくても、元S級であったり、A級やB級でも実力がS級なら問題はない。要は戦える人材が欲しいのだ。冒険者としての資質は今は二の次である。


 しかしルクスは素っ気なく答える。


「いない。というより、実力のある冒険者は組合が潰れて以降、連絡が取れないから音信不通だ。どこかにはいるのだろうが、どこにいるかまでは知らん」


 それは困ったな。っていうか、組合が潰れただけで行方がわからないって、改めて冒険者組合の必要性を強く感じる。


「S級クラスとなるとそもそも人数が少ないし、そういう連中は普段から危険なダンジョンに潜ってるからな。組合がないとまず連絡が取れない。中にはダンジョン攻略に夢中なあまり人類が滅びかけてるってことすら気付いてない奴もいるだろうな」


 遠く、窓の外を見ながらルクスをなんだか苦々しい顔をする。


 冒険者は、その名の通り、冒険が仕事だ。戦いはあくまで手段であって目的ではない。


 そして実力のある者ほど遠く、より危険な辺境へと好き好んで冒険に出る。当然、連絡はつきにくいし、招集をかけても平然と無視するような奴らばかりである。


 特に一般人が入れないような危険なダンジョンの攻略ともなると、何十年にもわたって外部との連絡が取れないなんてこともある。


 長期にわたって音信不通だったせいで死んだと思われていた冒険者があとでひょっこり戻ってくるなんて話もよくあることだ。


 やはり冒険者組合の本拠地がある帝国が真っ先に魔族に潰されたのがまずかったな。進軍のペースがもう少し遅ければ実力のある冒険者を招集できただろうし。


「それで?その魔法剣士は戦う気はあるのか?」


「さあ?まあ今の段階では戦えないので、まずは身請けして自由にしてやらないことには…」


「それは、そうか。ったく厄介だな」


 テーブルを指でコンコンと叩くルクス。なにか考えているようで、しばらくすると口を開く。


「金ならあるだろ。確か魔王を斃した報奨金が国から出たはずだが?」


「え?ありましたっけ?」


「お前、父上の話を聞いてなかったな?人類の英雄に土地だけ与えてお終いなんてわけないだろ。報奨金として金貨2000枚与えたはずだ。それで身請けでもすればいいだろ?報奨金は既に屋敷に送ってあるはずだ。確認しろ」


 そうだったのか。あとで執事にでも確認するか。そういえば王がなんか言ってたような…話が退屈だったから完全にスルーしていた。


 でもそれって僕の財産から払うってことだよな?仕事でやるわけだし、国で払って欲しいよな…とは言えないか。これ以上言うとマジでルクス王子がキレかねないからな。


 せっかく機嫌が直ったのだ。わざわざ怒れる竜の逆鱗に触れる必要はない。話はこのままにしておこう。


「…それで足りないようであれば、そうだな、その時はこっちで多少は援助してやろう」


 おや?言ってもいないのに金が出てきそうだ。


「…随分羽振りが良いのですね?」


「ああ、どっかのバカのおかげでミルアドとの交渉が成ってな。奴らから小銃の製法について知ることができた。既に量産を始めてるのだが、どうもこの話を聞きつけた奴がたくさんいるみたいでな」


 へえ。そんな大事な話がすぐに漏れるだなんて…わざと漏らしたか?


「前払いで小銃の販売を認めてやった。おかげで今まで戦争への参加を渋っていた貴族どもから金を巻き上げることができたぞ」


「それは景気の良い話…うん?確か金貨は暴落中だったのでは?」


「ああ、奴らからすれば今のうちに金貨を武器に変えてこれ以上の損失の拡大を止めたかったってのもあるな」


 と、事も無げに語るルクス。値打ちの下がった金貨で銃を買われたというのに、その顔はなんだか余裕そうだ。


 いくら大量の金貨が手に入ったからといって、価値が下がったらその分だけ損するのではないのか?


「解せないって顔だな?」


 僕の顔を見てなんだか得意そうな顔をする。僕の顔を見るだけで機嫌が直るならいくらでも見せるのだが。


「ええ、現状ですと国が損するだけでは?」


 まあ、国が損する代わりに人類の脅威を駆逐できるなら別に構わないのだが、カルゴアはそこまでお人よしな国ではないだろうに。


「いいか、商売の基本は安く買って高く売ることだぞ。せっかく金が暴落しているのだ。買わない手はないだろ?」


「それはそうですが…それではまるで将来、金の価格が上がるみたいですね」


 そら上がるってことがわかってるなら、たとえ暴落中であろうとみんな金を買うだろ。安くても金を買わないのは、未来のことなんて誰もわからないからだ。


「上がるさ」


 だがルクス王子は自信ありげだ。


「なぜなら、お前が魔族を斃すからな」


 そう言って僕を見るルクス王子。その目は確信に満ちている。まあ、信じてもらえるならそれに越したことはないか。


「現状の金の暴落は、魔族の侵略によって他国との国交が消滅したことが原因だ。だから戻してやればいい。魔族を斃す。土地を奪還する。人を戻す。国交を回復する。それだけで経済は再び息吹を取り戻す。金の流れが始まれば、おのずと金の下落も止まり、再び上がるだろうよ」


 なるほど。要するに金の価格が上がるというよりも、暴落した金の価値が元に戻る、ということなのだろう。


「それには勝たないとなりませんね。もしも僕が負けたらどうするつもりですか?」


「その時は――人類が滅ぶ時だ。どうせ滅ぶならば金の価値などどうでもいいだろ?」


 それは、そうか。ルクスがなぜ自信ありげなのかわかった気がする。


 そもそも人類は一回でも負けたらそれで終わりなのだ。だったら勝つ方に全てを賭けたを方が良いだろう。それだけのことだ。


「――これから魔族への大攻勢が始まる」


 唐突にルクスは切り出す。いや、これが本題だったのかもしれない。


「攻略対象はミルアド、聖マツリガント教国、そしてドウラン国だ」


 ん?ドウラン国…ローゼンシアの国か。


「ミルアドはわかるのですが、なぜドウラン国まで?」


「ドウラン国を落とせば、次の目標は回廊だ。ドウラン国を人類軍の拠点として、エルス回廊の奪取を人類軍は計画している」


 エルス回廊。大陸を南北に分割するボルダイン山脈の唯一の回廊。回廊の南部の出入り口にもっとも近いのはドウラン国だ。


「人類軍の拠点ですか?それだと…」


 ドウラン国を人類軍が占領する、ということか?つまり、元の持主に返すつもりはない、と。


 僕の意図に気付いたのだろう。ルクスは肯定する。


「幸い、人類軍にはドウラン国の関係者はいないからな。心置きなく奪えるな」


 ドウラン国。かつては剣王が支配していた、力こそ正義の国。


 しかし力に頼り過ぎたのか、周辺国との関係性は悪く、味方がいない。


 といっても仲が悪いってだけで交易がないわけではない。なにしろ回廊の出入口にあるドウラン国は、南北の交易を独占できるのだ。なにもしなくてもそこを通る商人たちから金が取れる。


 結局、商業というのは物流が一番儲かるのだろうな。だからこそ周辺国から嫌われているのだろうが。


 そして今、ドウラン国に味方はいない。


 そういう意味ではランバールと似た状況か。しかしランバールと違ってあの国の姫は、なんというか、国を取り戻す気がない。


 …なんだか祖国を恨んでるような節があったからな。


「ドウラン国を人類軍の直轄地とすることを条件に、人類軍とカルゴア、教国、ミルアドが協同で攻めることになった」


 つまり、戦いが始まるのか。再び。


「リューク。しばし待て。次の戦に備えていろ。それまでは女でも好きに抱いてろ。――この戦いで一気に南部領土の支配を人類が取り戻す」


 どうやら着々と次の戦の準備は進行しているらしい。


 ランバールとは違う。ドウラン国はもはや誰も味方がいない。王族にすら見捨てられている。きっと次の戦でドウラン国は完全に消滅することだろう。


 さて、ローゼンシアにはどう説明したものやら。


 …案外喜ぶか?本気で祖国を嫌ってたしな。

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