第64話 唐突な加護
…どくん。
…どくん。
…どく…どくん…どく、ドクン!!
「リューク、もしかして加護が発動してるの?」
突然の僕の変化に、シルフィアは瞠目し、声を震わせる。
鋭い頭痛が脳を襲う。血流は激しくなり、心臓は鼓動を増して体内が引き裂かれそうになる。
にも関わらず、体はどんどん軽くなり、力が漲っていく。今ならなんでもできそうな万能感すらあった。
「し、シルフィア、ごめん、僕からちょっと離れてくれ…」
「…加護なんだね、これが…すっごい💓」
体が熱い。感情の抑制が効かなくなる。体内で巨大な力が暴れるような衝動に襲われ、今にも何かを破壊したくなる。
――だが、まだ堪えられる。まだ僕の理性は生きている…なんでだ?
「リューク?聞こえる?私の声、ちゃんと聞こえる?」
「あ、ああ、大丈夫」
「これがリュークの力なんだね…ふふ、凄い、本当に凄い。これなら魔王なんて簡単に殺せるね」
――ふふ、あはは!
となんだか楽しそうな声で嗤うシルフィア。しかし僕はそんな彼女の言葉を否定する。「違う」
「…なにが違うの?」
「確かに力が溢れてる…でも本来の加護はもっと強力だ。こんなものじゃない…発動しそうで、発動しない、なんだか変な気分だ」
「そ、そうなんだ…本調子じゃないってこと?」
シルフィアのその言葉を聞いて、妙に納得してしまう。
そう…確かに常人ならざる力が僕の体に宿り始めている。それが加護による恩恵であることは間違いない。しかし、本当の加護の力はこの程度ではなかったはずだ。
足りない。まだ力が足りない。そんな気がする。
本来の加護の力が魔王100人いても安心して殺せるよ、ぐらいのレベルだとすると、今の加護の力は魔王3人ぐらいなら殺せるよ、ぐらいのレベルなのだ。
黒いオーラもなんだかいつも比べて量が少ない気がする。いつもならもっと凶々しい量のオーラが体内から溢れているのに、今回のオーラは間欠泉みたいに噴出しては止まるを繰り返している。
「この力じゃギュレイドス5体分ぐらいだよ。どうなってんだ?」
「…十分強いと思うけど……ん?え?うそ、ちょ、リューク、なんだか大きくなってない???」
「くぅッ!あ、頭が…た、確かに…なんだ?急に力が強くなってる…一体なにが起きてるんだ!」
「お、落ち着いてリューク…ええー、まだ大きくなって…うわあ、オークみたいに大きくなってる……もしあれで…💓」
再び鋭い痛みが脳を襲う。それに比例するように加護がもたらす力が増し、僕の肉体がますます強化されていく。
…?なぜシルフィアは僕の股間ばかり見ているのだろう?しかもうっとりした目をしている…一体僕の下腹部に何が…ぐぅ!な、なにか映像が、音が、…くる…
やがて映像が脳裏に浮かぶ。そして音が脳に響く。
『……ん💓』
それは女性にしてはやや低音、だけど幼さを感じさせる声だった。
『…あ、まって💓』
その声は、ついさっきまで聞いた声だった。
『…え?…うん…ち、違う、ただ…あ💓』
靄のかかっていた脳裏の映像がだんだんと輪郭を帯びていき、やがてその姿は明瞭になっていき、誰が抱かれていたのかが映像を伴って僕の脳裏に浮かぶ。
『…わかってるよデオドラ…ボク、頑張るよ。ミルアドを取り戻すために、みんなのために頑張るから…だから…アン💓』
とても艶めかしい顔をしている女がそこにいた。
ルワナだった。
お風呂にでも入ったのか、ルワナはしっとりと濡れた肌で、ボーイッシュな感じのする短い金髪を揺らし、女の顔をして体をビクンと痙攣させた。
白くしっとりとした肌に、柔らかくも形の良い乳房が体の揺れに合わせてたわわに弾む。きゅっと締まったお尻はとても形が良く、丸みを帯びた桃尻はとてもキュートで男心を誘うものがある。
ルワナなのは間違いない。ただ今の彼女はとても燕尾服を着て男装していた時の彼女とは似ても似つかない、メスの顔をしている。
この加護は、寝取られた女性の姿しか見せてくれない。だから男が誰なのかはわからない。
でもわかる。今の言葉を聞けば、ルワナを抱いているのがあのデオドラ・ロリコオン公爵なのはすぐに知れた。
「リューク、大丈夫?」
「…」
「そっか、辛いことがあったんだね。ほら、おいで」
「…ダメだよシルフィア。今の僕は、ちょっと狂暴だから、君を傷つけちゃうかもしれない…」
「いいよ…リュークなら、私に傷をつけても良い。好きだよ、リューク」
シルフィアは僕の体を抱きしめる。彼女の柔らかい体の感触が伝わってくる。
――壊したい。この女をめちゃくちゃにしたい。
そんな衝動に襲われ、僕は手を動かして彼女の体を…触る一歩手前で止める。
「どうして?」
「怖いんだ。君を傷つけるのが。加減がわからないから、もし力を入れてシルフィアを傷つけたら…それが怖くて触れないよ」
「…うん、わかった。じゃあリュークはそのままじっとしてて。私が一方的にリュークを慰めてあげる。それならいいよね」
いや、それはそれで生殺しな気がするんだが…でもありがとう。
シルフィアは僕にキスをする。口から首、胸、腕、お腹、と優しく僕の体をキスし、慰めてくれる。
そうこうしている間もいまだに頭には痛みが走り、継続してルワナが寝取られる様子が映像と音を伴って脳裏に反響している。
『…ん💓…え?リュークが何か言ってたかって?えっと、うーん、あん💓まって、思い出すから…ボク、頑張るからアン💓』
「リューク、好きだよ。ちゅ…ん💓…ふぅ、よし、準備万端…ふー、はー、ふー、はー、大丈夫、私ならできる…うーん、できるかな?これ凄い、大きすぎるよ…あの人よりずっと大きい💓」
どうやらルワナは僕との会話の内容を公爵に教えているようだ。もしかしたらルワナは公爵に間諜のようなことをさせられているのかな?
そっか。ルワナは僕のこと、利用していたんだ…ふふ、当たり前か。だってルワナは…ん?
…ところでなんかシルフィアの様子が変だな?なんかすごいエッチな顔をしている。
『…え?加護?うーんと、なんだったかな?…あん💓。ま、待ってちゃんと思い出すから意地悪しないで…リュークの加護は…ん💓』
「…よし、いくよ!リューク、私がちゃんと慰めてあげるからね!……!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!………💓」
な、なんだと?まさかルワナを抱いた時、僕、なにか加護について喋ってしまったのか!これはマズイ。もしも加護のヒミツがバレたら一大事だぞ!
…シルフィア?なんかとんでもない顔してるけど、一体何があった?
『加護について聞いたら、その、秘密だから教えられないって言ってた…え?本当だよ?ボク、ちゃんと聞いて、あ、待って…キスは嫌だよ』
「……ハッ!あれ、私、気絶してた…そっか、あれ、夢だったんだ。そうだよね。あんなに大きいわけな…あ、現実だ…!!!!!!!!!!!!!!!!!!!……あへ💓」
おや?ルワナの様子がおかしい。なんだか公爵を嫌がっているような…なんでシルフィアは笑顔を浮かべながら気絶してるんだ?……これが娼館業界でよく聞く噂のアへ顔か?…僕が妄想の中に沈んでいる間にシルフィアに一体ナニがあった?
『だ、ダメだよ。キスはダメ!だってボク、ボク、リュークの女になったんだもん!やだやだ、やめてよ!…た、助けてよ、リューク!!』
「!」
助けて、だと?
まさか、違うのか?ルワナは本当は裏切っていないのか?
今、ルワナは僕に助けを求めているのか?
くっ、なんてバカなんだ僕は。ルワナが本当は助けを求めているのに、裏切られたかもしれないなんて勝手に勘違いしてショックを受けるなんて。
…助けないと。
…今すぐルワナを助けないと。
「ごめんシルフィア!僕、行かないと!…ん?シルフィア?なにがあった!」
ようやく意識を現世に戻して周囲を見ると、ベッドの上でぴくぴくと痙攣しているシルフィアがいた。
え?シルフィアに何が?っていうか、なんで僕、裸なの?
とにかく僕はすぐに服を着替えると、寝室の窓を開けて夜空に飛び出した。
今日の加護は万全ではない。しかし今行かなければルワナを助けることはできない。いつもより弱い力しか発揮できていないが、それでも常人離れした動きをすることができた。
夜の王都にて、屋根の上を飛び跳ねるようにして移動する。だが、一体どこに向かえば良い?
そんな僕の疑問に加護の力が答えてくれる。加護を通じてルワナがいる方向が伝わってくる。
精確な場所まではわからない。ただ、あっちの方角にいるということだけは加護のおかげでわかった。
なるほど、この加護にはこんな力もあったのか。今助けに行くぞルワナ!
…
■
1分後。
「やめて、やめてよデオドラ。やっぱりこんなのおかしいよ」
「なにを言ってる?今までさんざんうわあ!」
ドガンッ!と激しい破壊音が部屋に響く。壁が崩れ落ちる音と共に、一人の男が外から寝室に侵入してきた。
「え?うそ?」
「な、お前は…リューク殿?」
ベッドの上には男と女…デオドラ・ロリコオン公爵とルワナがいる。ルワナは映像通り、一糸まとわぬ姿で、その綺麗な裸体を晒していた。
その目尻には涙が浮かんでおり、本当に嫌がっていることが見て取れた。
ルワナの姿を見て怒りが沸き起こる。その感情をなんとか抑えて言葉を発する。
「女性の悲鳴が聞こえたので飛んできたのだが…これはこれは公爵ではないか。こんなところで何をしている?」
僕はそんな公爵に向かって言葉をかける。
「これはリューク殿…この部屋には防音設備があるはずなのだが」
「ああ、実は俺、地獄耳なんだよ」
「そ、そうなのか。それは知らなかった」
「リューク!」
ルワナはベッドから逃げるように飛び出すと、僕の方に走り寄ってきてそのまま抱きつく。
裸のまま抱きつくルワナの背中にそっと腕をまわして僕も彼女を抱きしめた。
「あ💓…えへ」
ルワナを救出できた。そのせいか、だんだんと加護の力が弱まっていくのを感じた。
む、これはマズイ。加護の力が消滅する前に逃げないと。
「ふむ、てっきりルワナが襲われているのかと思ったのだが、どうやら勘違いだったようだな。まさか公爵殿が自国の姫を襲うわけありませんものな」
「そ、そのようですな」
「デオドラ殿。ルワナは俺の女だ。あまり妙な事はしないで欲しい。実は俺、かなり短気な性格でね。自分の女に手を出されたと勘違いしたら、うっかり殺してしまうかもしれない」
「そ、そうなのか。今後は自重しよう」
「そうしてくれ。それとルワナが今すぐ欲しくなってな。このまま連れ帰ることにする。代わりといっては何だが、ミルアドの奪還に協力してやろう。これで文句はないな?」
「う、うむ。では契約は成立だな」
「ああ、お互い良い関係でいたいな」
僕は最後に公爵に睨みをきかせてから、ルワナを抱いて破壊した穴から外に飛び出る。
今ならまだ加護の力が残ってる。僕はルワナを抱っこした状態で夜の王都を屋根から屋根へと飛んで帰っていった。
「遅くなってすまんな」
「ううん。へへ、本当に迎えに来てくれたね」
「ああ、約束したからな」
僕の腕の中でルワナは嬉しそうな笑みを浮かべていた。目元にはまだ涙が浮かんでいたが、それでもその笑顔は本物だと思えた…とりあえずシャワーを浴びせてあげよう。なんだかべとべとだった。
■公爵家私邸
「…これが加護の力か。とんでもないな」
「おや、これは殿下。起きていたのですか?」
「あんなバカでかい音がしたら嫌でも起きる…お前、殺されなくて良かったな」
「はっはっはっ…実は昔からここ一番の博打で負けたことないのですよ」
公爵とルワナがいた部屋。もともとは豪勢な部屋だったのだが、今や瓦礫が散乱する廃墟のような様相を呈している。そんな雑然とした部屋に入ってきたのは、ミルアド国の第一王子。
「それで、どうする?妹を奪われてしまったぞ?」
「そうですね。できればカルゴアを内部から落としたかったのですが、アレはダメですね」
「そうか?」
「ええ、あれは気に入らないことがあったらたとえ主君でも容赦なしに殺す人間ですね。彼が留守の間に玉座なんて狙ったら、こっちの命が危ない」
「ふむ…そうか。それにしても随分早く気付かれたな…たいした防諜だ。田舎の小国と思って甘くみたか?」
「甘くみたつもりはなかったのですが…ふむ。ここらが潮時ですね。これ以上の利益を狙うと火傷しそうです。今は祖国のみを取り戻す事に注力すべきですね」
「…それ以上は藪蛇か。そうだな。それにしてもあの力。確実に何かしらの制約を受けてるはずなのだが、一体どんな加護なんだ?」
「さあ?検討もつきませんね。魔族にしか使ってないので人間には使えない制約かと思ったのですが…」
「普通に攻撃してきたな」
「リューク・ネトラレイスキー。一体どんな加護を持っているのだ?」
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