第65話 浴場

 屋敷にルワナを連れ帰った僕は、そのまま浴場へと連れて行き、一緒にお風呂に入ることにした。


 その頃には加護の効果も既に切れており、すっかり元の状態に戻っていた。


「えへへ、リューク💓」


「うん?どうした?」


「ううん、なんでもない…ただ呼びたくなっちゃって」


「そっか。僕で良ければいつでも呼んでくれ」


「うん💓」


 なんか、ルワナの好感度がやけに高い気がした。気のせいか?


 何も着てない状態のままルワナを連れてきてしまっただけに、誰かに見られないようにこっそり屋敷に侵入して脱衣場まで連れてきたわけなのだが…これはもしかして、一緒に入らないとダメな流れか?


「えっと、ルワナ…僕は外に」


「一緒に入ってくれるよね?」


 ルワナは細い腕を僕の腰にまわしてギュっと力強く抱きつく。そのせいで彼女の柔らかそうな乳房が僕の胸板にあたってふにゅっと潰れてたわわに変形していた。


 なんだか泣きそうに目をウルウルさせながら上目遣いに僕を見る金髪ショートのお姫様はとても可愛く、そんな顔で見つめられたらなんだか断れる雰囲気ではなかった。


「…体、一緒に洗うか」


「うん💓」


 僕がそう言えば、嬉しそうに返事をするルワナ。彼女は一応、ミルアドの王女様なのだが、出会いが出会いなだけにどうしても言葉遣いが軽いノリになってしまう。


 …まあいいか。なるようになれだ。世界が滅びかけてるのに宮廷のしきたりなど気にしてられるか。


 本来、王女が貴族に嫁ぐなどありえない。王族の嫁ぎ相手といえば同じ王族であるのが宮廷社会のしきたりだし、伝統だ。


 といってもカルゴア以外の国が滅びかけているこの状況でそんなことを言っている場合なのかという感じではあるが。


 いくら利益を重視するミルアドといえど、本来自国の王女を使って間諜みたいな真似はしなかったはずだ。


 それでも奴らはやってのけた。それは、覚悟の証なのだろう。たとえ王族を利用したとしても祖国を奪還したい、そういう覚悟があったからこそあの公爵はルワナを利用する気になったのだろう。


 やり方はなかなか下劣だと思う。だが、祖国を取り戻したいという気持ちまで否定する気はなかった。


 しかし、冷静に考えたらかなり大変なことをした気がするな。なにしろ他国の王女を奪ったのだ。まあ同意の上だし、問題ないか。


「あ💓…もうリューク💓、どこ触ってるの?」


「うん?ああ、ごめんごめん。可愛くてついな」


「えへへ…リュークだけだよ💓」


 脱衣場で服を脱ぐと、一緒に浴場へと向かう。僕より頭一つ分、背が低いルワナは僕の腰に抱きついて離れず、僕もそんな彼女の腰に手を回して一緒にお風呂に浸かった…うん?


 脱衣場の籠に誰かの下着があったような…


「ボク、嬉しかったよ」


 隣り合うように一緒にお風呂に入っていると、ルワナが頭を僕の肩に乗せてくる。なんだか甘えているようだった。


 …うん?なんか浴場の奥の方で誰かが動いたような…湯煙で見えないな。


「リュークにね、ボク、言わないといけないことがあるんだ」


「うん?なにかな?」


 おっと。ルワナが思いつめた顔をしている。なにか大事なことを言うつもりらしい。ただこの大浴場の奥で誰かがいたような気がしたんだけど…まあいいか。


「デオドラにね、頼まれてたんだ。リュークのグラスにだけキツイお酒を入れろって」


「ほう。そうだったのか」


 ああ、あれやっぱりそういうことだったのか。なんか酔いが早いなあとは思ってんだ。


「やっぱり、怒ったかな?」


「うん?うーん、キスしてくれたら許すよ」


「ふえ?…えへ。うん、いいよ…💓」


 ルワナは移動して僕の真正面にくると、そのまま首に手をまわしてキスしてきた。彼女の柔らかい唇の感触が口に伝わってきて、なんだか気持ち良くなる。


「ん💓…ちゅ💓…好き💓…リューク…それでね。酔ったリュークをね、ボク、誘惑しろって言われてたんだ」


「ほう、そうなんだ」


「怒った?」


「そうだな…もう一度誘惑してくれたら許すよ」


「えへ…リューク優しいね…でも違うんだ。ボクね、あの時、途中で怖くなっちゃってね。酔って抱きついてくるリュークにね、やめてって拒否しちゃったんだ」


 目の前にいるルワナは当時のことをなんだか悲しそうな顔をして言う。


 …え?そうなの?ちょっと待って。それってじゃあさ、嫌がるルワナを無理やり…まずいな。


「そ、そうなの?ごめんなルワナ。全面的に謝罪するよ」


「ううん。いいの。だってリューク、ボクが嫌って言ったらちゃんと止めてくれたし」


「あ、そうなんだ」


 ふぅ。助かった。嫌がる女の子を無理やり手籠めにする悪漢になるところだった。


 …あれ?じゃあ僕たちもしかしてやってないの?


「リュークね、そのあと、すごく優しくしてくれた」


 うん?続きか?…あれ?なんか大浴場の奥の方の水面、ぶくぶく言ってね?泡立ってるような…


「ボクのことギュって抱きしめて、頭を優しく撫でてくれてね。シルフィアっていう知らない女の人の名前を呟きながらボクのこと、優しく扱ってくれたんだ」


 そっか、その時シルフィアの名前を聞いたのか。


 ルワナはその時のことを思い出したのか、僕に抱きつく腕の力が強くなる。彼女の体がより密着して、ルワナの柔肌が僕の体を優しく刺激する。


「こんなに優しく抱かれてるのかなって思ったら、その女の人がなんだか羨ましく感じちゃってね。ボク、リュークのことが欲しくなったんだ」


「うん。それで…」


「誘惑しちゃった💓」


 ルワナはやけに蠱惑的な女の顔を浮かべると、僕の口にキスしてきた。それは激しく、動物みたいなキスだった。


「…ん💓…すき💓…ん💓ちゅ💓あむ💓大好き💓」


 そのあと、一方的にされるがままにルワナにキスされ続けた。彼女は求めるように僕の唇にキスし、こすりつけるように体を密着させてくる。


 激しさを増すごとに浴場の水面がパシャパシャと揺れて波打ち、浴場の奥の水面より一瞬、誰かの頭が見えた。


 …あれ、ローゼンシアじゃね?


 ローゼンシアは頭をちょっとだけ水面から出して鼻呼吸をすると、再びちゃぷんと水面の下に潜って水中に隠れた。


 器用な奴だとは思っていたが、ここまで器用とはな。


「リューク…どうしたの?」


「うん?なんでもないよ。それで――どうなったのかな?」


 ルワナの背後にローゼンシアがいる。バラすわけにもいかないので、僕はルワナに話の先を促して後ろに注意が向かないように気を引くことにした。


 …入ってるなら入ってるって言ってよ…そういえば脱衣所に下着があったな。


「…。…ねえリューク…ボクってさ、悪いことしてるのかな?」


「うん?どういうこと?」


 ルワナは沈鬱な表情を浮かべて目線を下げる。


「ボク、デオドラに言われてリュークを誘惑したけど、これは良いことだって言われたんだ。ボクがリュークと結ばれてカルゴアの協力を取り付けることができれば、魔族からミルアドを取り戻してみんなを守ることができる。…辛いかもしれないけど、国を守るのは王族の務めだから、だからこれは必要なことだって言われたの…」


「それは…」


 それは、確かにカルゴア側から見れば利用される形なのだから、面白い話ではない。だがミルアド側からすれば、祖国を奪還するという大義名分があるのだから、ミルアドの視点からすれば良い話なのだろう。


 そもそも何の犠牲もなく利益を得るなんて都合の良い話はないのだ。たとえ王族とて例外ではない。


 確かにルワナは犠牲になるかもしれない。だがその代わり、国を守ることはできる。そんな事は…貴族社会じゃよくある話じゃないか。


「ボクね、王家の女は政治の道具だって意味、子供の頃はよくわからなかったんだ。でも今ならわかるよ。こうやって女であることを利用することで、国は守られるんだね?」


 ふふっと小さく嗤いながらルワナは視線を上げて僕を見る。


「魔族にミルアドが侵略された時にね、お父様はボクらと違う馬車で逃げることになったんだ。ボクたちはカルゴアに。お父様は…ジンライドに逃げることになったの」


「へえ、そうなんだ」


 それは…万が一のことを考えて分けて逃げたってことかな?


 万が一、王が魔族に捕まって死んだとしても、王族の誰かが生き残れば国を復興することはできる。一族全員が死ぬよりも、誰かが生き残る可能性に賭けたのだろう。


 きっと国王は娘が生還する可能性に賭けて…


「お父様ね、愛人と一緒の馬車に乗ってたんだ」


 おっと、なんかマズイ展開だな。


「その馬車はね、商人が乗るような一般的な荷馬車に偽装してあったの。お父様は王なのになんであんな荷馬車に乗るんだろうって思ったけど、王家の馬車に乗ったら敵に見つかった時にまっさきに捕まるもんね。ならどうして、ボクが乗った馬車は王族専用の馬車だったんだろうね」


「…え?」


 それってもしかして…


「ボク、道具にされちゃったんだ。お父様が逃げるための囮にされたんだろうね」


 まあ、そういうことになるだろうな。


「そのことに気付いた時にね、これが道具にされるってことなんだってようやく理解できたよ。都合よく利用されて、要らなくなったら捨てられちゃうんだろうなって…」


「ルワナ…」


「きっとボク、死んじゃうんだろうなってその時は思った。でもね、違ったんだ」


 ――お父様は死んで、ボクは生き残った…とルワナは言う。


「道具にされたボクが生きてて、道具を利用したお父様はきっと死んでる…だってあの時、ジンライドはもう魔族に占領されてたから。お父様は行方不明ってことになってるけど、死んでるよね」


 ――わかんなくなっちゃった、とルワナは僕を見て言う。


「道具にされるってことは不幸になるってことだって思ってた。でも違ったよ。道具の方が上手く生きてる…ねえ、リュークはどう思う?ボクはこのまま誰かの道具になって生きてた方が良いのかな?」


「それで、公爵の言いなりになったのか?」


「…うん」


「でも今は違う。どうしてだ?」


「…それは…わかんない。どうしてだろうね?」


 えへ、と乾いた笑いをするルワナを見て、なんとなく察する。


「ルワナ…僕は君が欲しい」


「うん。ボク頑張るよ。リュークが大好きだから…リュークの道具になれるように頑張る…」


「違うよ、欲しいのはルワナの全部だ。体も心も全部欲しい」


「うん?えっと、良いよ?」


「ありがと。代わりに僕の愛情も受け取ってくれないか?」


「…いいのかな?ボク、ただの道具だよ?」


「じゃあ道具を止めればいい」


「ダメだよ。だって、そんなことしたら、きっと上手くいかないよ?今は大事な時だから、ボクみたいな女はもっと賢く利用しないと」


「それは困る。ルワナは僕の大事な女だからな。幸せな人生を送って欲しい」


「…いいの?」


「いいよ」


「本当に?」


「ああ、本当だ」


「でもボク、デオドラにエッチなことされたよ?」


 うごッ!…ダメだ、動揺するな。くぅ、ダメなのに、思い出してしまう…ルワナがあの公爵に抱かれたことを…


「ち、ちなみに、どんなことされたの?」


「えっと、リュークを誘惑できるようにするためってことで、いろいろ…あ、でも最後まではしてないよ!初めてはリュークだからね!」


 え?そうなの?


「えっとね、これ言っていいのかな?あのね…デオドラは…すごく小さいの…だから届かなくて…」


 …?…??……???……え?


 小さい、小さい、小さいだと?


「ちなみにそれってどのくらい…」


「うーん、これくらいかな?」


 と言ってルワナは小指を立てた。随分小さく綺麗な指だな。これが公爵のサイズなのか。


 え、ちょっと待って。じゃあガチでやってないの?でもそれじゃあなんで加護が発動…いや、発動してない。


 そうだった。思い出した。


 今回の加護。なんか調子悪いなあとは思ってたんだ。シルフィアにも言ったじゃないか。本調子じゃないって。あれは公爵の〇〇〇が小さいから本調子じゃなかったのか!


 なるほど、謎はすべて解けた。


 ってことは、ルワナは本当にまだ穢されていないのか!寝取られたけど、本番は未遂なのか!


「だからボク、ビックリしちゃった。リュークが凄く大きくて…」


 もじもじと顔を赤らめて僕を見つめるルワナ。はは、そう言われると照れるな。


 なんだか急に俄然、やる気が出てきたな。


「ルワナ。君は道具じゃない。僕の大事な女だ。それを今からわからせよう」


「え?どういうこと…あん💓」


 まったく、自分のことを道具だと思うなんて、なんて悪い子だ。こういう子はちゃんとわからせて、自分が大切な女だって気付かせないとな。


「あ、リューク…うん、きて💓」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…💓」

「…デオドラより凄い…あん💓」

「!!!!!!!!!!!!!!…💓💓💓」

「…」

「…え?…でも…あん💓すごい…ん💓」

「…」

「…」

「…」

「…好き💓」

「…ボク、道具は嫌だ…リュークの女が良いよ…大好き💓」


 やがて行為のすべてが終わった。一体なんのためにお風呂に入ったのやら。かえって汚れてしまったような気がしたがまったく後悔はなかった。


「すー、すー」


 よっぽど疲れたのか、ルワナは眠りについてしまった。このままお風呂に入ってたらのぼせてしまうかもしれなんな。そろそろ出るか。


 僕はルワナを抱っこして浴場から出る。その際に、背後を見て、


「長湯するなよ」


 と警告しておいた。


 水面から右手が出て、中指を突き立てられた。


 わかったわかった、早く出るよ。だからローゼンシア、君も早く出ろよ。


   ■


 パタンと扉が閉じる音がして、ようやく浴場に静けさが戻る。


 誰もいないことを確認すると、ザバッと水中から一人の女、ローゼンシアが出てくる。


「はあ、はあ、凄かった。リュークってあんなに凄いんだ…💓」


 長時間、お風呂に入っていたせいか、普段は白く綺麗な肌をしているローゼンシアの体は火照って赤くなっていた。しかし、それ以上に頭の中も火照っていた。

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