第62話 ルワナとシルフィア
その後。
いろいろと議論を重ねた結果、結論は出なかった。
当たり前だ。金貨5万なんてほいほい払える額ではない。たとえ金の価値が暴落しているとしても、だ。
せめてあと9.9割ぐらい価格が暴落してくれたらなんとかなるかもしれない。しかしそこまで金の価値が暴落したら、きっとカルゴアの経済が破綻してしまうだろう。
かといって、もう一つの公爵の提案もほいほい呑めるものではなかった。
公爵の要求をまとめると、要するに僕の力を使ってミルアドを取り戻して欲しい、ということなのだろう。それも無償で、だ。
もちろん、魔族の侵略から祖国を守るためならば、利益など度外視で戦っても良いとは思う。しかし、他国のために戦うとなると話は別だ。
そういうのは基本的に人類軍の仕事だろう。
僕ら第六騎士団は確かに人類軍の麾下に加わっているが、あくまで友軍としてだ。
敵ではないし、なんなら人類軍の指示に従って行動もする。しかし、絶対的な味方というわけではない。
もしも人類軍がカルゴアに敵対するようなことがあれば、僕らはカルゴアの味方をするし、カルゴアを犠牲にするような作戦を立案すれば協力はできない。
そんなのは当たり前のことだ。共に戦うのは、あくまで共通の敵がいるからであって、そうでないなら話は別なのだ。
――ではどうする?
僕は一瞬、脳裏にルワナのことを思い出す。
本名はルワナ・オード・リッシュナーと呼ぶらしい。現国王の二番目の妃の娘らしい。
ミルアドの国王はなかなか好色らしく、公妾や愛人を多く抱えていたそうだ。正妻だけでは満足できず、側室も多い。それだけに子供の数も多かったそうだ。
カルゴアには現在、そんな国王の子供たちが多く避難しており、ルワナはそんな王族の一人のようだ。
…ただ避難に成功した王子や王女と違って、肝心の王本人が避難に失敗して行方知れずらしいのだが。
どうやら子供たちとは別ルートで祖国より避難したらしいのだが、何かあったのかもしれない。詳しいことはルクス王子が知っているので別に僕が知る必要はないだろう。
問題は、そんな親が行方知れずの中でルワナを抱いてしまったこと。一体あの時、なにがあったのだろう?というか僕はいつからこんなにも簡単に女性に手を出す男になったんだ?
…おかしい。加護の件があるので可能な限り女性を抱こうとは思ってはいる。しかし、だからといってこの速度は尋常ではない気がする。
………
………
………
ま、まさか!
そんなこと、ありえるのか!
僕は脳裏に浮かんだある考えに戦慄を覚える。
違うと信じたい。しかし、今までの行動を振り返ると、どうしてもそうだとしか思えない。
ま、まさか…僕って実は好色な人間なのだろうか?
違うと信じたい。そんな次々と女性をハンティングするような好色でスケベな人間ではないはずだ!
僕はリューク・ネトラレイスキー。カルゴアの伯爵貴族だ。名家の生まれであり紳士たる僕が女性にふしだらな男なわけがない!
「ルクス王子」
「ん?なんだ?」
館の玄関ホールにて。帰り支度をしている僕はルクスに声をかける。
「僕って、女性にだらしない人間だと思いますか?」
「…え?」
あれ?なんでこんな、今更なに言ってんのコイツ?みたいな顔されないといけないのだろう?
ルクスはしばらく呆然とした後、「そんなことないぞ」と励ましてくれた。なぜか僕の方を見なかったが。
え、違うよね?僕、そんなふうに思われてないよね?
「そろそろ馬車が来るな。わかっていると思うが今日のことは他言無用だぞ」
あれ、なんか無視されたような。なんか最近、扱いが雑になってる気がする…気のせいかな?
「リューク!待って!」
屋敷の前に王族用の馬車がやってくる――その時。後ろから声をかけられる。見ればルワナだった。
ルワナは息をハアハアと荒げて僕の方に近寄ってくる。
「ルクス王子、ちょっと良いですか?」
「…わかってると思うが、余計なことするなよ?」
なぜこんな懐疑的な目で見られないといけないのだろう?僕、なにか機嫌を損ねるようなことしたかな?
僕はジト目でこちらを見るルクス王子に「任せてください」と声をかけ、そしてルワナの方へ行く。
「ルワナ、どうかしたかな?」
「うん、その、会いたくなっちゃって…ダメだった?」
ルワナはうるうるとした目で僕の方を上目遣いで見て、甘えるような声で言う。顔はとても可愛いのだが、燕尾服を着て男装をしているだけに、なんだか妙な気分になるな。
「そんなことないよ。会えてうれしいよ」
「本当に?…ねえリューク…」
なんだか思いつめるような顔をするルワナ。
「ん?なにかな?」
「…リュークは、また迎えに来てくれるよね?」
それは…どういう意味なのだろう?
ルワナの顔は赤く染まっている。だがその瞳は、なにか怯えてるような、不安がっているような気がした。
「あ!ごめん、違うんだ。ボク、リュークを困らせるつもりはなくて…ただその、なんか大変なことになっちゃったから…えへへ…うん、リュークはさ、その…ボクのこと…あ💓」
短い髪を指で弄り、まごまごと何かを言おうとしてはぐらかすルワナ。そんな彼女を見て、僕はさっと彼女を抱き寄せてその柔らかな唇にキスした。
「…ん💓…あ💓…はあ、はあ…リューク、どうして?」
「今すぐ連れ帰っても良いんだよ?」
「え?そ、そんなのダメだよ…だって、そんなことしたら…戦争になっちゃうよ?」
…それはマズイか。
うん、そうだよな。ルワナは可愛いボーイッシュ系執事であるのと同時に、ミルアドの王女様だもんね。勝手に連れ帰ったら、ミルアドと戦争になっちゃうよ。
正直、ミルアドが現在、どの程度の戦力を有しているかはわからない。ただ今日の小銃の射撃訓練の様子を見る限り、ミルアドもただ漫然とカルゴアに滞在しているわけではないようだ。
有事に備えて軍を増強しているのは確実だ。…まったく、勝手に他国の領土内で軍を増強しないで欲しいよな。
…もっとも、それは他の国も同様なのだが。
今は魔族がいるからカルゴア内で揉めることはない。しかし、これは危険な状態ではないだろうか?
例えばもし。ミルアドにしろ、他の第三国の勢力が軍を増強してカルゴアの王宮を攻めたら?
その時は一巻の終わりだな。
最近、どうも王宮内がゴタゴタしてるなあとは思っていたが、なるほど、どうやらカルゴアの高官たちは第三国の武力蜂起を警戒していたのかもしれないな。
「ねえリューク?」
「うん?なんだい?」
僕の腕の中にいるルワナ。彼女からはなんだか甘酸っぱい香りが漂ってきて、抱きしめているとその柔らかい女性の体の感触になんだか変な気分を催してしまいそうだった。
「ボクって、お荷物かな?」
「うん?いや、軽いと思うけど?」
「え?えっと、…あ!もう!ボク、太ってないよ!」
「はは、ごめんごめん…ルワナ、君のことで責任を取るという言葉に二言はないよ」
「…本当に?ボク、金貨5万枚の女の子だよ?」
それは確かにえげつない金額だよね。
「ボクと一緒にいても良いことなんて…ないよ?執事の仕事だって最近始めたばかりで全然ダメダメだし、人付き合いも苦手だから社交とかもできないし…できることなんてお姫様でいることだけ…それ以外はなにもできない…それに…えへ、えへへ…よく考えたらボク、リュークにあげられるものって何もないね」
彼女は笑ってそう言う。でも目は涙で滲んでいて、とても本心から笑っているようには見えなかった。こんな顔をさせるつもりはなかったのだが。
…利益を考えれば、冷酷に扱うべきかもしれないな。
確かに王女に手を出したが、それだけだ。酒に酔った勢いで手を出した。それだけだ。
だから、切り捨てようと思えば、切り捨てることもできる。僕が責任なんて取らない、知ったことではないとルワナを無碍に扱えば、それで終わってしまう話だ。
そうすれば、交渉は有利に進むだろう。僕が余計なことさえしなければ、ミルアドどころか、他の国さえ併合できるかもしれない。
魔族との戦争を利用して自国の領土を拡張する。ふふ、なかなか良い話ではないか。
逃げてきた他国の人間には悪いが、そもそも自国さえ守れない王族に価値などあるのか?
そんな無能な王に代わって力のあるものが支配する。良い話じゃないか。民もきっと救われるだろう。
――ただそれをやると、確実にルワナは救われないだろうけどな。
「ルワナ」
「あ、ごめん、変な話しちゃったね。ううん、忘れて。大丈夫、ボク、平気だよ。だってお姫様だもん」
正直なことを言えば、もしかしてこの男装の王女様は、あの公爵とグルではないのかな、とも思った。
実はあのワインになにか仕込んでいて、泥酔させて良いように利用するつもりだったのでは、とも思った。
でも違うのかもしれないな。
真相はわからない。だが、ルワナはそんなに悪い子ではないのかもしれないな。ただ世間を知らない、それだけだ。
「君を僕の女にしたい。いいかな?」
「え?」
「ルワナのことが本当に好きになった。だから僕のものにしたい」
「…ボクが欲しいの?」
「ああ」
「それって、ボクを政治の道具に利用するってこと?」
一体なんの話だろう?そんな事はしないが…
「僕の女にして、幸せな人生を送らせたいって事だよ」
「え?え?で、でも…本当に?」
「ああ。政略とか道具とかそんなのは関係ない。ただ僕と一緒に暖かい家庭を築いて、家族と一緒に団欒の時間を過ごして、子供に恵まれて、穏やかに暮らす。そんな退屈で平凡で普通だけど、それでも幸せな人生を送らせてあげよう」
「へ、へへ、すごい幸せだね、それ…でもそんなことしても、リュークにはメリットなにもないよ?」
「あるよ。ルワナが僕の女になる。それが最大のご褒美だよ」
「そ、そうなんだ…なんか照れちゃうな」
「…好きだよ、ルワナ」
「だ、ダメだって今そんなこと言ったら」
「大好きだよ」
「うぅ、本当にダメ…そ以上言われたら…」
「ルワナのことが好きだ、大好きだ」
「うぅ、やめてよ…」
僕の腕の中にいるルワナの体温がなんだか急上昇している気がした。彼女の体が熱くなり、なんだか湿っぽい。
「………ダメなのに…本当に好きになっちゃうよ…」
ルワナが僕の胸に顔を押し付けながら何かを小声で言う。
「ねえリューク」
なんだか今まで以上に甘えるような声だった。
「シルフィアって誰?」
おっと、なんか爆弾きちゃった。
「うん?うん?どうしたのかな?シルフィアは…その…僕の大事な人の名前だけど、一体どこでその名を?」
「うん、リュークがね。寝言って言ってたんだ」
ああー、なるほどね。はいはい、全部理解しました。なるほど、どうやらうっかり寝言でシルフィアの名前を口走っちゃったようだ。
なーんだ。その程度か。なら大丈夫。まだ戦える。まだ試合は終わりじゃないよ。
「ボクのこと、シルフィアって呼びながら抱いてたけど、どうして?」
…あー、これはまずい。
ルワナはとても純粋無垢そうな、澄んだ瞳で僕を見上げる。まさかこんな邪気のない美少女から、こんな棘付きの言葉を頂戴することになるとは思わなかったよ!
しかし、うん、納得だ。
なんで僕、酔ってるとはいえ知り合ったばかりの女の子に手を出したんだろうって疑問に思ってたんだけど…あー、なるほどね。シルフィアだと思って抱いてたんだ。
納得!納得だよね!ハハハ!…どうしよう?
「ふふ、冗談だよ」
「え?」
ルワナは悪戯に成功した子供みたいな笑顔を浮かべて僕から離れる。
「大丈夫、わかってるから。リュークはすごく偉い人だからね。きっと恋人もいっぱいいるんだよね?」
「いや、そんなことは…」
まだ二人しかいないよ?…あれ?二人いるって十分好色なのでは?
「あの時ね…リューク、ボクのことすごく愛情こめて抱いてくれてね、ボク、なんだかすごく幸せな気分になれた…好きになるって、素敵だよね…だからね、こんなふうに抱いてもらえる女の子に、ちょっと嫉妬しちゃった。ねえリューク、次はボクのこと、ちゃんと名前を呼んで抱いて欲しいな」
――約束だよ、とそれだけ言い残してルワナは館へと戻っていった。
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