第49話 感謝
「すごいのじゃ!あの魔族を斃すなんて本当にすごいのじゃ!」
「ふふ、ナルシッサ様にも見せてあげたかったですよ、私の雄姿を!」
王宮の近くにある屋敷に戻ると、ナルシッサが目を輝かせてローゼンシアの話を聞いていた。
ローゼンシアはまるで自分こそが英雄であるかのように、誇らしげに語っている。
……お前、いないなあとは思っていたが、ここにいたのか。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ムッ?ゴシュジンサマ?あ…お、お帰りになっていたのですね!」
「のじゃ?あっ、リュークなのじゃ!お帰りなのじゃ!」
メイドが礼儀正しく僕を迎えてくれると、ようやく気付いたのだろう、ローゼンシアとナルシッサがソファから立ち上がってこちらに来る。
ナルシッサは満面の笑みで、ローゼンシアは取り繕ったような笑みを浮かべて僕を歓迎する。
「ああ、帰ったよ」
僕はまずナルシッサに笑顔を向け、そしてローゼンシアを見る。彼女はすっっと目を反らした。
「…先に戻ってたんだな?」
「え、ええ…その、疲れてたんで」
そっかー。疲れてたんだ。じゃあ仕方ないか。そうだよなー。疲れたんなら、早く帰りたいよなー。
「そのわりには随分、楽しそうに喋ってたみたいだが?」
「それはその…私…、お肉を食べればすぐ復活するタイプなので」
「ローゼンシア様は帰宅早々、ステーキを3キロほど食しておりました」
と教えてくれる屋敷のメイド。それは凄いな。
「ふむ!すごい食べっぷりだったのじゃ!見てて清々しいくらいじゃった!」
まるで追い打ちをかけるように首肯するナルシッサ。その言葉を聞いて、なぜだろうね?変な汗がローゼンシアから溢れている。
なるほど。まあローゼンシアは一国のお姫様だからね。ある程度わがままを言っても許されるか!主を放置して勝手に帰った挙句、主より先に食事を取るとか従者ならあり得ない愚行だが、お姫様なら問題ないかもね!もしもこれが貴族の従者なら鞭打ちの刑だけど、他国のお姫様なら問題ないか!
「いや、違うんです」
と何か言い訳めいたことを言おうとするローゼンシア。
「お腹が空いてたので、まあいいかって思って」
言い訳じゃなかった。
はあ…
僕はくそデカいため息をつき、「わかったよ」とローゼンシアを許すことにした。
「ローゼンシアも頑張ってたからな。それぐらいのことで怒らないって…許すよ」
「そ、そうですよね!へへ、さすがリューク様!やっさしいいッ!ひゃっほお!」
許すと言われた途端、軽いノリで喜びを表現するローゼンシア。そこに反省するような素振りは微塵も欠片もなかった。果たして本当にこの女は一国の姫だったのだろうかと疑問が一瞬、頭をよぎる。
「ふぅ、安心したらお腹が空きましたね。今夜の晩餐はなんですか?」
「…お肉料理ですよ」
「え!またお肉ですか!うーん、まあ美味しいものはいくら食べても問題ないですね!期待してますよ、じゅるり」
一体どんな宮廷生活を送ればこんな姫が誕生するんだ?ドウラン国でなにがあったのだ?
見た目だけなら極上の美少女のローゼンシア。しかし中身が残念すぎる…黙っていれば本当にただの美少女なのだが。
僕がそんな疑問を抱いていると、ナルシッサが僕の服の裾を掴み、こちらを見上げる。
「ん?どうかされました?」
「ありがとうなのじゃ」
そう言ってペコリとお辞儀をするナルシッサ。
「妾の…妾たちの国を救って感謝するのじゃ。亡き父王と民に代わって厚くお礼申し上げます、リューク卿」
さきほどまでの爛漫な笑みを消え、真面目な顔をして礼を述べるナルシッサ。
――取り戻す。
今回の戦いで確かに魔族からランバールを取り戻すことはできた。しかし、その領土は今後、協議によって分割され、様々な国に割譲される。
一応、僕もランバール軍の兵士になりすまして魔族軍の幹部を斃すという功績をあげておいたので、ランバールにも領土交渉の発言権が無いということはない。
…まあバレてるだろうが。
そう、僕らがやったことは人類軍の上層部の連中には思いっきりバレてはいる。しかし、あえて黙認されていたし、なんならランバールには幹部を斃せるほどの戦士がいると吹聴しているほどだ。
なぜ黙認するのか。その理由は主に二つ。
まず一つ目が敵側に嘘の情報を掴ませて攪乱させるため。魔族に対抗できる人材が僕だけとなると、いろいろと不都合が出る。
たとえば今回みたいに僕が遠征に出ると、カルゴアが留守になって防衛が疎かになり、そこを突かれると国が滅ぶ、などがその典型だ。
しかし僕以外にも魔族と対抗できる戦力があるとなれば話は別だ。たとえ僕が遠征中でカルゴアを留守にしたとしても、まだ戦力が残ってるというのであれば魔族が襲ってくるリスクが下がる。
それが一つ目。そして二つ目の理由は、単純に恩を売りたいという政治的な理由だったりする。
人類軍に所属する軍人のほとんど、いやほぼ全てといって良いだろう。彼らはいまだ祖国を奪われたままなのだ。
人類軍がどれほど精強であっても、魔王はもちろん、幹部すら斃せない。どうしても僕の力は必須になる。
だからこそ、多少のことは自由にやらせてやる、その代わり祖国の奪還に協力しろ、ということなのだろう。
それら二つの理由から、僕がランバール軍の軍人と偽って参戦したことは、人類軍の上方部では公然の秘密として黙認されている。
人類軍の目的は確かに人類という種を守ることだ。しかし、そこで戦う兵士たちにも人生があるし、祖国がある。見返りもなしには戦えないのだ。
だからこそ明らかに軍規に違反している行為だが、黙認されているし、なんならそれを理由に今後はいろいろな取引がされることだろう。
そんな政治的な思惑もあってか、僕の働きは無駄にならず、ナルシッサも領土分割に意見できる権利はある。
ただそれは、とても小さい権利だ。ナルシッサが女王として君臨できる領土は、以前よりも小さいだろう。
それでも彼女は文句ひとつ言わず、僕に感謝を述べていた。
まだ子供。でも王だ。
「私からも感謝いたします、リューク様」
――どくん。心臓が唸る。
体が強張る。心臓がぎゅっと掴まれたような気分になる。しかし、彼女を見ないわけにはいかない。
彼女はずっとそこにいた。そもそも、いて当然なのだ。なにしろ、フィリエルはナルシッサ付きのメイドなのだ。というか、彼女の安全を保証するといってここに滞在させたのは僕自身なのだ。
今まであえて見ないようにしていた。しかし、もう無理だ。
ナルシッサの背後に控えていたフィリエルは、すっと頭を下げてお辞儀をし、感謝の意を述べる。そこにいたのは僕の恋人ではなく、ランバールの一市民としてのフィリエルだった。
「ありがとうございます。土地を取り戻してくれて。そして魔族を斃してくれて。きっと、これできっと…彼らも浮かばれるでしょう」
彼らとはすなわちランバールの国民のことだろう。
ランバールの王都にいた市民は、6割ほどが虐殺されていた。
残りの4割は奴隷として働かされていた。
ルクス王子の話では、その4割はリューゲールの精神魔法によって精神支配されている危険性があるので保護はできない。彼らは隔離されることが決定している。
魔族によって酷い目に遭わされていたからだろう。奴隷となったランバール市民の中には重傷者もいたが、人類軍は一切の治癒活動はしていない。
必要最低限の医療道具と治癒のポーションだけを渡すだけで、隔離の作業が既に始まっている。
ちなみに人類軍の上層部ではその生き残りも殺すべきだという意見もあったらしい。
しかもその意見はかなり多かったらしい。当然だろう。もしもそいつらが裏切り、魔族軍の手引きなどしたら、今度こそ人類が終わるかもしれないのだ。
しかし、せっかくランバールの土地が手に入ったのに、そのまま手つかずで農地を放置するわけにもいかない。
魔族は危険だが、食糧難も危険なのだ。土地があっても農夫がいなければ食料は得られない。
そこで隔離用の農耕地を与えて、彼らにはそこで食料生産の仕事に従事してもらうことになった。
ちなみに彼らが隔離地から出た場合は即座に殺すと決定されている。例外はない。
魔族軍は確かに強く、魔王の実力は異次元だ。しかしそれ以上に、リューゲールの精神魔法は厄介なのだ。
リューゲールの精神支配魔法はいまだ解除方法が不明の、謎の多い魔法だ。その上、精神支配を受けた者とそうでない者との区別がまったくつかないという問題がある。
ちなみに奪還したランバールの王都には、現地の人間とは別に、大陸北部から連れてこられた奴隷兵もいたのだが、衣服の種類が違うというだけで、ランバールの市民と奴隷兵との間に大きな差異はみられなかった。
誰が精神支配を受け、誰が支配を受けていないのか、第三者にはわからないのだ。
だから隔離するしかない。
そんなことを思いつつ、僕は意識をナルシッサとフィリエルに戻す。
この二人は、果たしてどこまで理解しているのだろうか?
僕は眼前で頭を下げて感謝の礼を述べる二人を見て、思う。
もしかしたら知らないのかもしれない。
もしかしたら知っているのかもしれない。
果たしてどちらなのだろう?それは僕にはわからない。
だが、二人に待っている未来が幸せとはほど遠いものであることは、二人ともうすうすとでは感じているだろう。
それでも彼女たちは取り戻したかったのだ。祖国を。
取り戻せた土地はきっと以前よりも小さく、そしてそこには誰も住んでいない。まさに民のいない王だ。
「ナルシッサ様…」
「うむ、なんじゃ?」
僕が声をかけると、彼女は頭をあげ、再びいつものように明るい笑顔を向けてくる。
「…僕で良ければ、いつでも協力致します。ランバールの復興、心より応援しております」
「うぬ?本当なのじゃ!えへへ、やったのじゃ。…うん、ありがとなのじゃ。…フィリエル、これから忙しくなるのじゃ!今からいろいろ準備するのじゃ!」
「え?あ、はい!一緒に頑張りましょう、陛下!」
ナルシッサはフィリエルの手を取ると、そのまま居間を出て自室へと戻っていった。
彼女もいろいろと思うところはあるのだろう。しかし、ワガママを言える立場ではない。
必死になって全部を飲み込んで、耐えているのだ。だったら、僕も耐えるべきだろう。
…というかこんな状況でフィリエルに、間男とはどうだったなんて聞けるわけないよな。どう考えても野暮すぎる。
フィリエルを見た時。どうするべきか、かなり悩んだ。しかしあくまで毅然と振る舞う彼女を見て、僕もそれに倣うことにした。
悩んでどうする?どうしようもないんだ。選択肢なんてなかった。この方法しかないんだ。だったら受け入れるしかあるまい。
大丈夫、大丈夫だ。彼女は…うん、大丈夫なはずだ。たとえ彼女が間男に抱かれたとしても、僕たちの愛に問題はないはずだ。
そうだ、耐えるのだ。耐えて耐えて…そして…
「リューク、おかえり」
そして彼女が声を紡ぐ。
「聞いたよ。たくさん魔族を殺したそうだね」
彼女は口を歪め、嗤う。それはなんだかひどく、優しい声だった。
「私たちの愛の勝利だね」
シルフィアはゆっくりと僕に近寄る。
いつの間にか、居間には僕とシルフィアしかいなかった。ローゼンシアはつまみ食いをするからという理由で食事の準備ができるまでメイドさんの手によって外に追い出されていたからだ。
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