第48話 帰国
まあ帰らないわけにもいかないのだが。
なにしろあの脅威的な魔族軍から人類が初めて土地を取り戻したのだ。
人類の存亡の危機においてこれほどまでに喜ばしい吉報はないだろう。貴族の一部には苦々しく思う者もいるらしいが、知ったことではない。
人類軍が用意してくれた馬に乗り、ギアド要塞跡地より王都への帰路につく僕と人類軍。
森の中の道を縦二列になって進んでいると、やがて森を抜け、草原を進み、そして遠く向こう側にあるカルゴア王都の城壁が視界に入る。
行軍する兵士たちはみな一様に疲労困憊している。しかしその表情は明るい。たとえ疲労が溜まっていたとしても、希望さえあればなんとか耐えられるのだろう。
――そう、希望なのだ。僕の…僕の加護は。
やがて城門へと近づくと、人の群れを発見する。その軍の群れから騎乗する男が馬を走らせてこちらに近づいてくる。
「よう、間に合ったようだな」
ルクス団長だった。
「…魔族は退けました」
「うむ、ご苦労。大義だぞ」
そう言って馬を横に並べると、ポンと僕の肩を叩く。
「…なぜここで待機を?」
いろいろと言いたいことはある。だが、すべて飲み込んで話をそらすことにした。
「それはもちろん、お前を待っていたに決まっているだろ?これから凱旋式だ。主役はもちろんお前だぞ」
ハハハとなんの憂いも無さそうな笑顔を浮かべるルクス団長。まるでイケメンである。実際、イケメンなのだろう。
僕もこんなふうに割り切れたらどれほど良かったか。いや、割り切るしかないのだ。
「これから勝利を祝うんだ。だからそんな深刻そうな面はやめるんだな。主役のお前が暗い顔をしていると民が不安になる」
「…善処します」
「そうしてくれ」
やがて城門が開く。そしてその奥には、はちきれんばかりの歓声が渦巻いていた。
「うおおおおお!」
「英雄の到着だ!」
「おかえりー!」
「魔族を斃してくれてありがとう!」
視界いっぱいに人が埋め尽くされる。まさに老若男女。カルゴアの市民だけでない。ここに避難してきた外国の市民も集まり、僕らを、そして僕そのものを歓迎している。
そんな市民の集まりを分けるように前進をする人類軍。軍を囲む市民の表情は明るく、笑顔で溢れている。そこに以前のような絶望はない。あるのは希望だ。
喜んでいるのだろう。彼らは心底より喜び、僕らに感謝の言葉を捧げている。
やがて群衆から少女が飛び出してくる。手には花束をもっており、笑顔を浮かべてこちらにくる。
「ねとられすきー伯爵、ありがとー」
まだ小さいからだろう。言葉足らずだが、それでも感謝の言葉を口にして僕に笑顔と花束を向けてくる少女。
なにか釈然としない思いはある。しかし、今は違う。少なくともこの何も知らない少女に感情をぶつけるのは間違っている。そんな気がする。
僕は馬から降りて地面に立つと少女を抱きあげて群衆に手を振る。
「うおおお!」
「あれがネトラレイスキー伯爵か!」
「英雄だ!魔王殺しの英雄だ!」
「キャー!素敵ー!」
「伯爵様~!私も抱きしめて~!」
やめとけ。僕に抱かれると寝取られるぞ。
一瞬、そんな言葉が出かけるが、エへへと笑みを浮かべる無邪気の少女の顔を見て冷静になる。
「…花束ありがとう」
「うん!」
花束を受け取ると、少女を親御さんのもとへ帰してから僕は再び馬に乗る。
――いいんだ、これで。
――いいじゃないか、これで。
僕が耐える。たったそれだけのことで、この何も知らない無垢な民は救われる。
もしも僕が自棄になって寝取られを止めたら、ここにいる人たちはみんな死ぬんだぞ?
魔族に襲われ、殺される。さっきの少女だって例外ではない。
良かったじゃないか。救うことができて。それで何の不満がある?
喜ぶ群衆に手を振りつつ、僕たちは進む。
やがて王宮へ到着すると、人類軍とは別れ、カルゴアの貴族や今回の戦争の功労者などが王と謁見すべく控え室に通された。
そこで待機していると、王室付きの文官が呼びに来て、王と謁見をする。
「ネトラレイスキー伯爵。お入りください」
文官に促されて謁見の間へと通される。
そこには国の大臣や高官、そして高齢の王がいる。
ユートリアス・レイ・カルゴア。この国の王だ。
「ネトラレイスキー卿。…ルクスとも話したが、この度の戦い、並ぶ者のない戦果であった。我が国だけではない。人類にとって最大の功労者だ。そちには最大の賞賛を送ろう」
「勿体なきお言葉です」
「今回のことだけではないぞ?先の戦における魔族軍の撃退、魔王の討伐…。ふふ、まるで物語の英雄ではないか。余ともあろうものがお前の話を聞くだけで子供のようにはしゃいでしまったわ」
それは随分若返ったものだな。もう高齢だろうに。
その後も延々と今回の武勲について話す王。やがて褒美の話へと移る。
「――よってネトラレイスキー卿には土地を与えよう。ランバールの南部の土地を治めるが良い」
「はっ!ありがたき幸せに存じます!」
……うん?ランバールの土地、もらってしまったな。まだ交渉中の予定だったはずでは…
もしかして王の独断で勝手に決めたのかな?と思って周囲を見れば、大臣や高官たちも笑顔で、納得している様子。
どうやら既にある程度の領土分割の目途は立っているようだ。いつの間に…
まあもらえるならそれで構わないが。
ネトラレイスキー家は、伯爵家ではあるが、領地はない。なんでもネトラレイスキー家の人間は代々、強力な加護を有していることが多く、常に王都にいて防衛に努めてほしいとの配慮があったとか無いのか。
その代わりにネトラレイスキー家の当主は代々にわたって軍の高官の地位と、さらにいくつかの鉱山の所有権を有しているので、収入に困ることは無いのだが。
なによりカルゴアは大陸南部にある小さい国だ。国土のほとんどが昔ながらの伝統的な貴族の所領であり、領地貴族がよほどヘマをして領地でも没収されない限り新たに土地を得る機会はない。
いくら権力があっても、いくら財力があっても、余ってる土地がない以上、手に入らない。
だが今回、土地が手に入った。まあそこに人がいるかどうかは不明だが。
やがて王との謁見は終了し、僕は帰路につく。
いよいよだ。いよいよ、対面することになる。
ネトラレイスキー家が初めて領地貴族になれた記念すべき日だというのに…なぜこんな気持ちになるのだろう?僕は最愛の女性たちが待つ屋敷へと向かう。
シルフィア…フィリエル…僕が屋敷を留守にしている間。彼女たちは間違いなく抱かれた。その事実を、本人を前にして受け止めなければならない。なんだか魔王と戦うよりもしんどい気がした。
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