第46話 この二日間の出来事

 ――回想。人類軍が魔族軍を迷いの森へと誘いこむ二日前。


 いくら隣国とはいえ、ランバールの王都からカルゴアの王都までの距離はかなり長い。


 たとえ機動力に優れている騎兵隊だけで行動するにしても、最低でも5日以上はかかるだろう。


 もはや一刻の猶予さえ許されない状況。もしも救援に間に合わなければ、それが人類という種の終わりである。


 先ほど。加護を通じての報告を受けた後。僕はさっそくルクス団長にその旨を報告。すると、ルクスはまったく迷うことなく即座に決断を下した。


「よし、今すぐ救援に行け」


 …いや、行けって言われても。


「それはもちろん、行けるものなら行きますけど、ただ馬では流石に間に合わない…」


「そうだな。馬では無理だな。だがお前は馬ではないだろ?」


 やべえな。この人、もしかしておかしくなっちゃったかな?


 暗い夜の草原にてなんの憂いもなければ迷いもなくそう告げてくるルクス団長の態度を見て、そんな疑問が頭に浮かぶ。


 しかし僕の疑問を払うかのようにルクスは僕の肩に手をポンとおいて、そして冷酷に告げてくる。


「加護を使え。それで馬より早く走れるだろ」


「…え?」


 思わず嫌な声が出る。


「いや、でも…」


「猶予はない。命令だ。今すぐ加護を発動してカルゴアに救援に向かえ。あとのことは俺に任せろ」


 そう言って親指をたてるルクス。


 …え?ちょっと待ってよ。マジでそれしか方法が無いの?


 僕はパニックになりそうな心を無理やり落ちつかせ、冷静に考える。


 うむ、なるほど。確かに時間的な猶予はもうない。一分一秒の遅れが命取りになる。一刻も早く救援…それも魔族を斃せる戦力を向かわせる必要がある…つまり僕だ。


 しかしここからカルゴア王都まで馬ですら5日以上かかる行路だ。いや、下手したらそれ以上かかるかもしれない。そもそもいくら馬が早いからといって馬にも体力はある。一日中走らせるわけにもいかないのだ。


 時には休憩を取りつつ、馬を走らせる必要がある。しかしそれでは間に合わないのだ。


 だが、僕ならできる。加護を発動した状態の僕ならば、できる。


 僕の加護の力に上限はない。発動の条件さえ満たしていれば無尽蔵に力を発揮できるし、その限りにおいて体力が底をつきることもない。水や食料なしで戦える。


 つまり加護さえ発動していれば休む必要すらないということだ。


 …いやいや、無理だよ。だって加護を発動するにはさ、恋人の協力はもちろん、間男の協力も必須なんだよ?


 もたないよ。体力が。1時間ぐらいならもつかもしれないけど、1日以上やり続けろってそれは無理だろ…


「ちょうど二人いて良かったな」


 僕の考えてることを見抜いているかのごとく、言葉を口にするルクス団長。


 そうだった。今の僕には最愛の女性が二人いるのだ。


 一人では体力に限界がある…しかし…交代で寝取られれば…いける…のか?


 え、うそ、マジで?いけるの?いや、いけないよ?いけないけど、いけるのか?もう自分で何を言っているのかよくわからないな。


 いや、待てよ。ダメだ、この方法。だって…


「ルクス団長…この加護は確かに向こうの情景を見ることはできますが、情報は一方通行です。僕の方から情報を相手に伝えることはできません。だから交代でやって欲しいと伝えることは困難…」


「ああ、安心しろ。俺が通信石で指示を出しておく。…お前はなんの気兼ねもなく加護を使用すると良い」


 …すー、はー。よし、まず深呼吸だ。そして考える。


 いや、あの、普通さ、恋人が寝取られることに気兼ねがないなんて事、あり得るの?


 いや、あり得るのか。この人類が滅亡しかねないという状況ならば、あり得るのか。クソがよ。


 塞がれる。言い訳が塞がれる。いや、そもそも軍人として行動している以上、上官から命令されたら拒否などできるわけがないのだ。


 …やるしか、ないのだ。人類を救うために。そして彼女たちを救うためにも、僕は…僕は…これからランバールからカルゴアまでの道を寝取られながら走るしかない…


 一体なにがあればこんな事態になるのだろう?なんかおかしいよ。


「…わかりました。やります」


「ああ、人類の運命はお前にかかってる。必ず世界を救って来いよ」


 その世界さ、僕が救われないんだよな。


 そして力なく通信石に魔力を込める。遠く離れたカルゴアの王宮にて、再び寝取られが始まる。


 やがて彼女たちに合図が伝わったのだろう。あの衝撃が再び幕を上げる。


 ドクン!ドクン!ドクン!強烈な心拍音が僕の胸の中より去来し、全身を震わせる。


 映像が生じ、頭の中に女性の姿が浮かぶ。


『……ん💓…あん💓…りゅ、リューク様?さっきの報告、届きましたか?』


 ああ、やってる。フィリエルがやってる。


 彼女はなにか座るような姿勢で顔を赤らめ、その艶めかしい表情にはうっすら汗が浮かんでいる。喘ぎ声にあわせるように体が震え、まるでなにか下から…そういうことか!


 僕だって、僕だってまだそんな体位でやったことないのに…


 クソが。フィリエルが…間男に…ああああッ!


 なんでだよ。なんでちょっと気持ち良さそうにやるんだよ。せめて嫌そうにやってくれよ。おかしいだろ。いや、もちろんフィリエルが苦しんでいないならそれに越したことはないけどさ。けどさ、違うじゃん。


 僕としている時だって、フィリエルは気持ち良さそうだった。そして今のフィリエルもなんだか気持ち良さそうに見える。


 …違うよね?僕より気持ち良いとか、そんなことないよね?できれば否定して欲しい。


 それにしても、まるで抵抗しないよな。いや、抵抗したら加護が発動しないからそれはそれで困るんだけどね?わかってるよ、抵抗しちゃいけないってことはさ。


 わかってる、わかってるよ。わかってるんだ。


 …はあ。


 ようやく、戦いが終わると思ったのに。


 ようやく、もう寝取られる心配はないと思ったのに。


 なぜ、こんなことに?


 ああ、そうか。そうなのか。


 あいつらだ。魔族のせいだ。


 ――全部、魔族が悪い。


 魔族のクソ野郎どもがよお、俺がいない留守の最中に俺の女を狙うような真似をするかよお、だから寝取られるんだよな!


 こ、殺さないと。一匹残らず、駆除しないと!


「あれ、リューク様?なにやってんですか?もう戦いは終わりですよ?」


「いや、ちょうど今、救援要請があってな。これからカルゴアに向かうんだ」


「あ、そうなんですか…へえ。えっと、これからカルゴアに到着するまでずっとやるってことですか?」


「まあそうなるな」


「ああー、それは大変で。いってらっゃいませ、ご主人様。ご武運を祈りします」


 ローゼンシアが今頃になって従者のようなことを言う。それが余計に腹正しかった。


 こいつ、本当にいつか抱いてやろうか?あ、でもそれすると寝取られるんだよな。



 心臓がバクバクと激しく鼓動する中で、僕の中に鬱々と溜まっている黒いオーラが全身から滲み出てくる。


 力が欲しいか?黒いオーラはそう告げている気がした。


 壊せ、潰せ、蹂躙しろ!!


 この力はすべてを破壊する。なにものもお前を止めることは敵わないだろう。この力があればお前を傷つける全てを破壊できるのだ――と黒いオーラが告げている気がした。


 ふふ、なるほど。それは凄い。いいだろう。この力、存分に使ってやるわ!


「あのクソ魔族どもがあああ!待ってろや!全員、みな殺しにしてやるよ!」


 僕は思いのたけを叫び、黒いオーラの力を存分に利用してカルゴアへと向かう道を全力で駆けだしていった。


 そんな僕の豹変に黒いオーラから、え?いや違う、そうじゃない、そいつら間男じゃなくね?違うじゃん、その力の使い方違うぞ!となんだか動揺しているような気配があったが、きっと気のせいだろう。


「うおおおおおお!」


 夜の闇の中。僕は松明を掲げ、背中に大剣と槍を背負い、全力で疾走する。それはとんでもない早さだった。


 馬よりも早く、風よりも早く、高速で夜の道を疾走していく。


 そんな闇夜を走り抜ける僕の頭の中に、喘ぎ声が響く。


『りゅ、リューク様…アン💓…い、急いでください…アン💓。だめ、そんな早くしたらあなたすぐバテちゃう…え?…もう、仕方ない子ですね…ウンッ💓!』


 え、なにがあったの?おい、このクソ間男。お前、フィリエルに何を言った?


 しかし僕の疑問が彼女たちに届くことはない。僕はただ、間男に寝取られるフィリエルの姿と声を延々と聞かされながら王都へ向けて走るだけだ。


 やがて間男の体力が尽きたのか、フィリエルの映像が途切れる。


 しかし黒いオーラの力はいまだ健在だ。当然だ。既にシルフィアの寝取られが始まっているからだ。


「うおおおおおちくしょおおおおおお!」


 僕はそんな加護の力を存分に発揮して草原を走り抜ける。既に夜は過ぎ去り、太陽が地平線から上がり始めていた。


 そんな早朝の陽光を浴びながらするランニングは、一見すると健康的に見える。しかし、僕の頭の中では、


『あん!あん!あん!なんでそんな体力があるの!…え?敵が迫ってるせいで興奮してる?ちょっとおちつき…あ!……💓』


 馬鹿野郎このクソ間男が!お前、この人類が滅ぶかもしれないって瀬戸際をイメージプレイの一環とでも思ってんのか?


 殺してえ。この間男、いますぐ殺してえよ。


 そんな殺意の衝動が黒いオーラに力を与えたのか、今まで以上に走る速度が上がっていく。


 ぐんぐんと速度が上がり、風景が前から後ろへと高速で流れていく。


 その途上。大きな岩があれば頭突きで粉砕し、川があれば水面の上を走り、ドラゴンが道を塞いでいればその腹をブチ抜いてでそのまま高速で僕は走りぬけていった。


 …あれ?今ドラゴンがいたような…。気のせいだな。伝説の生き物がこんな場所にいるとは思えない。


『あん!あん!…もう💓、ドラゴン級だね……💓!』


 シルフィアは一体なにを言っているのだろう?寝取られている最中になにがあればドラゴンが発生するのだ?


 わからねえ。わからねえが、殺意の衝動は止められねえ!


「うおおおおお!」


『💓』


「うわあああああ!」


『💓』


「ああああ、ああああああああ!」


『『💓』』


 次々と発生する寝取られのイメージを頭の中で鑑賞しつつ、それでも僕は走った。一体僕はなにをさせられているのだろう?そうだ。思い出した。魔族を殺すんだった。


『りゅ、リューク?聞こえる?』


「う、ぐす、うああああ!」


『えっとね、あん、現在、北部のギアド要塞で魔族軍とアンッ💓』


 あれ?もしかして今、大事な報告してる?こら間男!こんな大事な報告してる時にハッスルすんじゃねえよ!殺すぞてめえ!


『人類軍がなんとか魔族軍を抑えてるから…あん…やだ、すごい…あん…』


 ちょ、続きは?今すごい大事な話してるよね?誰がすごいことヤレって言ったよ?すごい大事な話の内容を続けろや!


『王都じゃなくて、北部のギアド要塞に向かってね…あん💓』


 ふむ。なるほど、人類軍は思った以上に奮闘しているようだ。これなら馬でも間に合いそうだな。


 …間に合うのか。じゃあ別に今回の寝取られさ、やらなくても良かったんじゃね?


 そして僕はわずか2日でギアド要塞に到着した。現場の司令官、ロベルという男とその麾下の将官たちは僕を歓待し、詳細を報告する。


 その報告によると、現在魔族軍はエニスの森へ進軍。偽装工作によって間違った情報を与えれた魔族軍は王都とは別ルートへ向かっているとのこと、だ。


 このまま偽装工作に気付かなければ、あと6日は魔族軍の侵攻を遅らせることができるらしい。


 …ふむ。なるほど。


 えっと、つまり、六日以上の猶予があるということか。馬でも間に合ったな。


 ――じゃあ寝取られる必要なかったじゃん。


 その事実に思わず地面に膝をつき、僕は声にならない嗚咽をもらした。


「おい、英雄様が救援にきたって本当か?」

「やったぜ!これで勝つる!」

「ところでなんで英雄殿、泣いてるの?」

「一体ネトラレイスキー伯爵になにが?」

「俺にはわかるよ。きっと俺たちが無事だったことに感涙してるんだよ」

「そ、そうか。流石英雄様だ。心まで英雄なんだな!」

「寝取られ好き伯爵!寝取られ好き伯爵!くぅ、あんた、なんて優しい人なんだ!」

「あんたがいればもう安心だ!魔族を打ち滅ぼしてくれ!」


 醜態をさらす僕に対して、周囲の人類軍は意外と好意的な反応を示してくれた。


 人類軍の優秀な司令官のおかげでなんとか人類滅亡という最悪の事態を防ぐことはできた。それはそれで素晴らしいことなのに、なんだか釈然としなかった。

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