第40話 魔族軍幹部

 ランバールという国は農業しか取り柄の無い国だと言われているし、実際その通りなのだろう。しかしその歴史は意外と古く、王宮も昔ながらの伝統的な設計をしている。


 もちろん、時代に合わせて改修などもするだろうが、その土台となる部分は昔ながらの木造による建築物でもある。


 だからだろう。ランバールの王宮は、とてもよく燃える。


 既に人類軍の火攻めが始まって1時間ほどが経過している。火の手はまわり、火炎が吹き荒れ、かつては白亜の宮殿であったランバールの王宮は今や黒い煙と赤い炎に支配される。


 火災の中でなにかが割れる音や建材がメキメキと破壊する音が鳴り響いている。


 そんな炎に包まれる王宮をじっと見守るほど人類軍は暇ではない。司令官の号令で人類軍の歩兵部隊が燃える王宮を囲み、魔族の逃亡に備える。


 そろそろ日が沈む頃合いだ。空は暗くなり始める。しかし赤く燃える炎によって現場はいまだ明るく、炎の明かりが忙しなく動く兵士たちの姿を赤く照らしている。


 火災による熱気で空気の温度が上がり、そのせいでじっとりと汗が浮かぶ。


 これが普通の人間を相手にした城攻めならば、これで終わりだろう。しかし相手は魔族だ。まだ終わるとは思えない。


「土魔法部隊!指定した場所を除き、一階の窓を塞げ!」

「長槍歩兵部隊、手筈通り移動。陣を敷き次第、命令があるまで待て」


 各部隊の指揮官たちが慌ただしく命令を出し、部隊が動いていく。


 土魔法部隊は王宮の一階の窓のある部分へ移動し、土魔法を使用する。すると地面から土が盛り上がって窓が塞がれていった。


 こうすることで王宮内の魔族が窓や裏口などからの逃亡を防ぐつもりなのだろう。問題は…


 その時。バリンと窓が割れる音がする。音のする方向を見れば、王宮の三階より魔族の姿が見える。


 大人の倍以上ある巨体の魔族がこちらを睨みつけ、吠える。


「お前らの仕業か!…よくもやってくれたな…今すぐ皆殺しにしてやるから覚悟しろ!」


 そう啖呵を切ると威勢よく三階の窓から盛大にジャンプしてくる魔族が一匹。


 王宮は火事。一階は塞がれている。となると、脱出するにはやはり上の階から飛ぶしかないだろう。


「普通の人間ならあの高さだ。墜落死するか、よくて大怪我だが、相手は頑丈だけが取り柄の魔族だからな。あの程度の高さなら落ちても平気だろう…下がただの地面ならな」


 と解説するルクス団長。


「うおおおお…え?うぎゃあああ!」


 威勢よく叫び飛ぶ魔族。しかしちゃんと地面を確認していなかったのだろう。そこには長槍を構える歩兵部隊が穂先を上に掲げて魔族の備えている。


 魔族は強い。人間の倍以上の大きさがある。当然、体重も倍以上だ。


 その体重の重さは戦闘では有利になるが、何十本もの大量の槍の上に落ちる際にはデメリットになるだろう。


 魔族の悲鳴と同時に、ドンと壁に衝突するような音と肉が裂かれる嫌な音が鳴る。


 その音の発生源を見れば、先ほど飛んだ魔族が大量の槍の上に落ちて串刺しになり、絶命していた。


「よし!迎撃に成功したら、後続の部隊と交代しろ!飛んでくる魔族どもは全部残らず串刺しだ!」


 指揮官の号令に合わせて、魔族を串刺しにした長槍歩兵部隊が後ろに下がり、同時に背後に控えていた後続の部隊が前に出て再び槍を構える。


 やがて別の上階の窓から魔族が飛んだのだろう。下に控えている長槍部隊が次々と飛んでくる魔族を串刺しにし、「ぎゃああ!」という汚い悲鳴と肉の裂ける音、そして血しぶきが地面と兵士たちを濡らしていく。


「ふむ。こうも上手く策略にハマっってくれると楽ができて良いな」


「…そうですね」


「だがそうもいかないか。準備しておけよ」


 …はあ。だよね。


 魔族は強い。正面から戦えば普通の人類軍はまず負けるだろう。しかし策次第では労せずして倒すことは可能だったりする。


 問題は、普通以上の魔族が出た場合だ。


「うごあああああああ!」


 ドンと激しい破壊音がする。空気を揺らすような激しい怒声とともに王宮正面の扉が破壊され、中から黒い煙と炎を舞い上がらせながら一体の魔族が飛び出してきた。


 デカい…普通の魔族よりもさらに大きいその巨体。幹部クラスの魔族だろう。


「では任すぞ」


「任されましょう」


 ルクス団長の声に応える僕。


 といっても既に通信石は作動させてある。あとは遠く離れたカルゴアの王宮にいる彼女たち…シルフィアか、それともフィリエルか。


 僕の加護「エヌティーアール」を発動させるには、相思相愛の女性が寝取られる必要がある。


 ちなみにどちらが寝取られるかは、彼女たちの判断に任せることにしている。こちらでルールを作るより、シルフィアたちに自由な裁量をもたせた方が万が一のことがあっても柔軟に対処できるので安全だろうという配慮からだ。


 …なぜ最愛の女性が寝取られるための配慮をせねばならないのだろうという疑問はもちろんあるが、人類滅亡を防ぐためだと今は割り切るしかない。


 そして、再び来る。あの黒い衝動が…


 …ドクン、ドクン。心臓が激しく唸る。きた。


 また、抱かれた。僕の大事な女性が…次は一体どっちだ?順番から考えればフィリエルか?


 フィリエル。ランバールのメイド。祖国を守るためなら自分の体すら差し出そうとする、国に対して忠実で、幼き主を必死に守ろうとしている、とても献身的な女性。


 そんな彼女を僕は愛している。心の底から。そんな彼女が、抱かれる。僕以外の男に。


 嫌だ。そんなの嫌だ。だがしかし、既に事は始まっている…


 胸の中に溜まる黒い衝動が湧き上がる。僕の頭を揺らし、再び情報を僕の脳内へと伝えてくる。


 ぼんやりとイメージが浮かぶ。やがてそれは鮮明になり、脳内に一人の女性のイメージが浮かぶ。彼女はおそらくベッドの上にいるのだろう…


 そして声が聞こえてきた。


 …

 …

 …💓


『……りゅ、リューク、見てる?がんばってね。あん💓私も…ん💓…負けないように頑張るから…あ、ダメ、ん💓』


 …シルフィアじゃん。なんでまた抱かれてるの?


 ま、まさか!


 僕は前回のシルフィアの言葉を思い出す。


 ――前より上手になっている、確か彼女はそんなことを言っていなかったか?


 ドクン、ドクン、血流が今まで以上に早くなり、僕の体内で何か破壊衝動のようなものが暴れまわる。


 そういう、ことなのか?まさか、気持ち良いからもう一回やりたくなってしまった、そういうことなのか!


『りゅ、リューク?聞こえるかな?…ん💓』


 まるで何かに耐えるように必死に甘い声を絞り出すシルフィア。やめてよ、そんな気持ち良さそうな声で言葉を発しないでよ。僕が壊れてしまうよ。


『だ、大丈夫だよ?私、どんな目に遭っても、リュークのこと、心から愛してるよ?だから心配しないで…それを伝えたくて、もう一度することにしたの…あん💓』


 一糸まとわぬシルフィア。火事のせいでここの熱気も凄いが、シルフィアの熱気も凄いようで、彼女は全身汗だくだ。時折、ビクンと体が震えるのは何故なのだろう?


 いや、あの、ええ?


 えーっと、つまりシルフィアは、僕が変な勘違いや誤解をしないように、あえてもう一度チャレンジをしたということなのだろうか?


 その判断は正しいのだろうか?なにか間違っているような気がする。しかしこんな体験は史上初なので、本当に間違っているのか冷静に判断することができない。


『リューク、りゅーくぅ、好きだよ。あん💓…好きなのはリュークだけだよ…ん💓』


 そうやって僕への愛を伝えてくるシルフィア。その顔はとても淫靡で、恍惚としており、まるで最愛の男に抱かれているようだった。


『頑張るから、私、頑張るから、だから早く魔族なんてぶっ殺してきてね…あん💓』


 僕の脳内の映像には、シルフィアしか映らない。だから抱かれるといっても具体的にどんなことをしているかまでは把握できない。しかし…時々彼女の体が不自然に揺れる。その振動が起こる度になんだかよりいっそう気持ち良さそうな表情を浮かべるのは果たして気のせいなのだろうか?


 ――気のせいなわけ、ない。


 力が…沸き起こる。僕の中にある黒い衝動が、黒いオーラが、すべてを破壊しろと伝えてくる。そんな気がした。


 僕はなけなしの理性を総動員して、近くに控えているローゼンシアを見やる。


「うわあ、凄い顔…あの、どうぞ」


 と言って彼女が手渡してくるのは、僕の顔までしっかり隠せるフルフェイスの兜だった。


 今、目の前には魔王軍の幹部がいる。奴を倒せば、今回の作戦において大きな手柄となるだろう。それはゆくゆくはランバールの領土分割の交渉において有利に働く。


 この手柄は、ランバール軍に渡す必要がある。


「お前ら、旗を上げろ!」


「え?あ、はい!」


 僕が背後に控えるランバールの部隊に下令を出す。やがて部隊よりランバールの軍旗が上がる。こうしておけばランバールの部隊だと人類軍へのアピールになるだろう。


 兜で素性を隠し、軍旗を掲げてランバール軍へと偽装する。よし、これで全ての準備は完了だ。


 僕は背中に装備している大剣を右手で掴み上げ、魔王軍幹部へと向かう。


 3メートルを優に超えるほどの巨体を持つ魔族軍の幹部。ただデカいだけでなく、その巨躯は鋼のような強靭な筋肉で作られていることがうかがえる。怒り狂うその魔族は近くにいる人類軍の部隊へと攻撃を始める。


「うおおおお!」

「へ、うわああ!」


 それは一瞬の出来事だった。その魔族軍の幹部が振り上げた戦斧が横に一閃。歩兵部隊は盾でガードをして防ごうとしていたのだが、その盾ごと戦斧が切り裂き、歩兵たちを肉の塊と変えていく。


 あとに残ったのは下半身だけ。やがてバタバタと下半身も地面へと倒れ込む。


「そんな、アルゴとドースが」

「ば、化け物め」


 突然の幹部の襲来に人類軍に動揺が走る。


 幹部クラスの魔族と相対することで、人間と魔族との間にある壁がいかに分厚く、どうにかできるレベルを超えていることを改めて痛感する。


 魔族は脅威なのだ。本来、人間が太刀打ちできる相手ではない、と。


 僕…いや俺を除いて。その場の多くがそう実感したことだろう。


「ふ、ふははは!やはり人間など恐るるに足らんわ!このまま皆殺しどべちゃッ!」


 簡単に人間を屠ったことに気を良くしたのだろう。怒れる魔族軍の幹部は哄笑し、人類軍を見下すような言動を始めた。もっとも最後まで言えなかったが。


 大剣を右手に持ち、俺は地面を蹴り、跳躍。幹部に向かって大剣を振り上げ、そして勢いよく振り下ろす。


 アダマンタイトの大剣は魔族の幹部の頭上をかち割り、肉体を左右に裂き、やがて股を切り裂いて一つの体を左右へと分断させた。


 幹部の体はそのまま二手に分かれて地面にズシンと音を立てて崩れ落ち、ボロボロと内臓をこぼしていった。


「うわあ、もうダメ…え?」

「あれ?あいつ、死んでね?」

「一体誰が…いやこんな事できるのは寝取られ好き…」


「魔族軍幹部は我らランバール軍が討ち取ったぞ!」


「「え?」」


 恐怖、動揺、狂気、混乱…燃える王宮を背景にあらゆる感情がその場に渦巻いていた。


「あのー団長?どう見てもバレてると思うんですけど?あれ大丈夫なんですか?」


「そうだな」


「いいんですか?」


「構わんぞ」


 そんな会話がルクス団長とローゼンシアがいる方から聞こえてくる。


 別にカルゴアとて無償でランバール女王に協力するわけではない。こうやってバレバレな工作でランバールに協力することで、他の国の王侯貴族にもアピールしたいのだろう。


 ランバールの後ろにはカルゴアがいる、と。


 カルゴアに協力すれば、確実に領土が手に入るぞ、と。


 人類軍よりもカルゴアに恩を売った方が良い、そう思わせるためにこんなバレバレな工作をしたのだ。


 実際、その目論み通りの反応が周囲から出てくる。


「ふむ。祖国を取り戻すには人類軍は必要。しかし幹部以上の相手をするとなるとやはりカルゴアに恩を売るべきか?」

「あの力を利用すれば祖国はもとより、北部の領土も狙えるな」

「カルゴアがランバールの後ろ盾となると、今後の交渉も厄介になるな」


 うむうむ。おおむね予想通りの展開か?


 魔族と人類との戦争。この戦争に負ければ人類は滅ぶだろう。かといって、人類も一枚岩というわけではない。


 人類は大事だが、カルゴアの利益も守らないといけないからな。


 外国の王侯貴族がカルゴアに協力的になれば、それはゆくゆくはカルゴアの領土拡張の助けになるだろう。


 そのようなことを考えつつ僕は通信石を切り、遠く離れた王宮にいるシルフィアにもう終わって良いと合図を送る。


『…うん?終わったかな…もう良い…あん💓』


 はよ終われよ!


「か、勝ったのか?俺たち勝ったのか!」

「勝鬨を上げろ!幹部を倒したぞ!」

「なんかよくわからないぞやったぞ!」

「うおおおおお!」


 幹部を屠ってしまえば、あとは普通の魔族だけを相手にすれば良い。事前に決めた通りに作戦を遂行すれば、順調に残党を狩れるだろう。


 なにも問題がなく、順調に進めば、魔族の脅威を払い、人類滅亡という最悪の事態を防げるかもしれない。それが成し遂げられた時、この戦争は終わる。


 この戦争が終わるとき。果たしてカルゴアはどこまで領土を拡張できるのだろう?

 

 そして終わる頃までに僕は彼女たちを守ることができるのだろうか?


 …はあ。


 世界を守り、国の利益を守っても、大事な女性を守ることは全然できないな。そう思うと戦勝に湧く兵士たちと一緒に勝利を祝福する気分にはとてもなれなかった。

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