第41話 残党狩り
魔族軍の幹部を撃破して以降も燃える王宮より脱出を図る魔族は多数いた。しかしそのほとんどが人類軍の部隊によって屠られていく。
相手が集団でなく、個人の魔族が相手ならば、決して倒せない相手ではないのだ。
やがて王宮内にいたと思われる魔族の討伐が完了。念のため、延焼の恐れのある付近の建物を破壊した上で、王宮の火災はそのまま放置することにした。
ランバールの中心でいまだ赤々と燃え続ける王宮は、暗くなった夜空の下で今だ燦然と輝き、その炎で王都を照らしている。
残すは壁外に放置したままの魔族の残党ぐらい。
通常の軍隊であれば、司令部を潰してしまえば組織は瓦解するものだが、果たして魔族軍にも同じ理屈が通用するのかは未知数だけに警戒はいまだ解けない。そんなことを考えていると…
「斥候からの報告!」
ランバールの王都内にある宿屋を軍が接収し、そこを人類軍の司令部として使用。そこで司令官やら軍団長などを集めて会議をしていると、外より伝令兵がやってきて報告があった。
「壁外の魔族軍に異変あり!行軍が乱れ、脱落者が発生中!」
「ほう?奴ら、外の井戸を使ったみたいだな?」
突然の伝令兵の報告に一瞬、会議に参加していた司令官や軍団長の表情に緊張が走るが、その内容を聞いて表情が和らぐ。
外の井戸。壁外で人類軍が確保していた井戸にはあらかじめ毒を入れておいたのだ。魔族軍はおそらくそれを飲んで体調を崩しているのだろう。
「敵が残したものは安易に使用しない…戦場ならば常識的なことだと思うのだがな。まさか引っかかってくれるとは」
と鼻で嗤うルクス団長。そんな声につられて他の軍団長からも笑い声が漏れる。
正直、人類軍側としては引っかかってくれれば儲けものぐらいにしか考えてなかったのだが、どうやら魔族軍はそうとう喉が乾いていたようだ。まあ既に王都内の水源を枯らして一日以上経過してるからな。どうしても水が欲しくなったのだろう。
ちなみに殺傷性の高い毒を入れるという案もあったが、それだとすぐにバレる恐れがあったので、あえて体調不良を起こす程度の毒を選んだという。
すぐに死者が出たら警戒され、井戸の使用を禁止してしまう。しかし腹を下す程度の弱い毒ならば、たまたま運が悪かったぐらいにしか思わず、そのまま利用し、余計に被害が拡大する可能性が高いからだ。
「それで?奴らは現在どうしている?」
やがて司令官の男が伝令兵に報告を促す。
「現在、残党は東門からの侵入を諦め、野営中であります!」
「野営?どんな具合だ?」
「開けた平原で各部隊に分かれ、少数の見張りを立てて雑魚寝しております!」
ふむ。要するに野宿ってことか。
まあそうだろうな。奴らは急拵えで編成された部隊だ。まさか壁外に追い出されるとは思ってなかっただろうし、瑪瑙部隊を用意しているわけもないだろう。
援軍を求めようにも王都内の魔族軍は既に殲滅済み。他の魔族軍は近くにはない。もっとも近くても隣国を支配している他の幹部軍だろう。
救援を求めようにも、そんな遠くまで移動する食料も水もない。奴らにはここで人類軍を追い出す以外に方法はないのだ。
もちろん、そんな真似はさせないが。
伝令兵からの報告を聞くと、椅子に座る司令官は目をつむってしばらく考えてから、やがて口を開く。
「夜襲には絶好のタイミングだな」
■
――ランバール壁外・魔族軍野営地
太陽が沈み、すっかり暗くなった夜の平原。唯一の光源といえば夜空に浮かぶ満点の星空と青白く輝く月。そして…
「火矢を放て!」
「チッ!人間どもが!またか!」
闇夜に紛れて一斉に火矢が放たれる。大量の燃える矢が夜の空を照らし、魔族軍の野営地へと降り注ぐ。
「ハッ!馬鹿が!どこを狙ってる!当たってないぞ!」
確かに壁外に出た魔族軍は野営の準備などできないので、松明も無しに満点の星空の下でただ寝る以外のことしか出来なかったが、それが幸いしたのか人類軍の火矢は魔族軍とは見当違いの方向に飛び、まるで当たらない。
いくら矢の名手がいたところで、松明一つない暗闇なのだ。当たるわけがない。
たまに運よく魔族軍の方へ飛来した矢が魔族の一体に命中するが、硬い皮膚を持つ魔族に矢は刺さらず、そのまま弾かれて火矢は地面へと落ちるだけだった。
やがて落ちた矢の火を踏みつけて消してしまえば、再びあたりは闇夜に包まれて魔族軍の位置は不明になる。
「隊長!どうする!」
魔族の一人が部隊長の魔族へと声をかける。
この魔族の部隊を率いる隊長を見る魔族の面々。その顔を見ながら、部隊長は思案に暮れる。
これが通常であれば、人間を殺せと迷わず決断したことだろう。しかし、現在はタイミングが悪い。
なにしろ井戸の水を飲めば体調不良になるわ、瑪瑙部隊がいないので食料は無いわ、なにもすることがないから寝ようと思ったらこの騒ぎだ。
腹は立つ。怒りもする。だが、それ以上に警戒してしまう。
人間は雑魚だ。だが馬鹿ではない。
怒りに任せて突撃して本当に大丈夫なのか?罠ではないのか?そんな疑問が過る。
なにより現在は夜。いくら闇に目が慣れたとはいえ、どこに人間の軍勢が潜んでいるかわからない。突撃したところで既に誰もいないというのではそれこそ徒労に終わる…
「チッ、しつけーな!だからそんな矢が効くわけねえって言ってるだろ!」
部隊長がそんなことを考えていると、再び人類軍が斉射を開始。飛んでくる火矢を剣で払い、地面に落ちた火矢を踏みつけて火を消すとそんな魔族の罵声が聞こえてきた。
ふむ、奴らはなぜ火矢などを放っているのだ?いくら火がついているとはいえ、所詮は矢だ。そんなもの、魔族の硬い皮膚の前では役に立たないことは承知しているはず…
…なるほど、そういうことか。
魔族の部隊長は一つの天啓を得た。
「それにしてもあいつら、嫌がらせか?一体いつまで火矢を放つつもり…」
「馬鹿野郎。そうじゃねえだろ!」
そう言って部下を叱咤する部隊長。
「いいか、あいつらの目的は矢で攻撃することじゃねえ。周囲を見ろ、火矢のせいで俺たちの場所がバレ始めてる」
「え?あ、本当だ!」
もともと松明の用意もできずに暗闇の中で野営していた魔族軍。しかし、現在は人類軍が放つ火矢のせいで辺りが明るくなり、魔族軍の全容が遠目からも把握できるようになっていた。
魔族の部隊長はようやくこの攻撃の意味を悟る。
――俺たちの場所を特定してから本格的に攻勢に出るつもりだ。そうはいくか!
舐められている。人間の分際で、魔族を舐めやがって。
その思考が魔族軍部隊長の男の感情に火をつけた。
「全員武器を取れ!今すぐあの人間どもを皆殺しにろ!」
「「「おおお!」」」
部隊長の命令に、周囲にいた魔族たちが一斉に雄叫びをあげる。その目には朝からさんざんな目にあった事に対する憎しみが宿っている。
やがて部隊長の下令に従って魔族軍が集結。あとは一言命令を発するだけで1000以上もの魔族軍が襲撃できる状態に入る。
その間にも人類軍からの火矢は止まることなく、何度も魔族軍の上に降り注ぎ、それがさらに魔族たちの怒りをヒートアップさせていた。
やがて遠く、闇夜の中に火がともる。どうやら人類軍が魔族軍に向かって攻勢に出るつもりなのだろう。夜の平原の奥、暗闇の中で松明の火がついた。
――あそこか。あそこにいるんだな!
「全軍、突撃!人間どもを蹴散らせ!」
「「「おおおお!!」」」
その命令に魔族軍は陣形など無視してダンゴ状態になったまま一斉に駆けだす。巨体を持つ魔族の軍勢が迫りくるその足音は強烈で、それ以外の音は一切聞こえないほどだった。
「人間は皆殺しだ!」
「ひゃっはー!」
「おらおら!倍返しにしてやるよッ!」
「ひゃははは!俺の獲物はどこだ!」
「…ってあれ?人間はどこだ?」
「魔族軍、包囲完了しました」
「火魔法部隊、斉射!」
「ぎゃあああああ!」
人類軍のものと思しき松明を目印に全速力で駆けてきた魔族軍。しかし到着してみれば、そこには誰もいなかった。どう考えても罠である。
しかしそれに気付く前に一斉に四方から大量の炎の渦が押し寄せてきて魔族軍を焼いていった。
「し、しまった!罠だ!全員、ここから脱出しろ!」
「うおおおお!ぐほ!なんでこんな場所に壁が?」
突然の事態に脱出を試みる魔族軍たち。しかし彼らを囲むようにしていつの間にか土の壁が出来上がっていた。
■
――人類軍・本陣
「見事に引っかかりましたね」
「ああ、嫌がらせの火矢が効いたな」
そう言って遠巻きより土の壁によって包囲され、焼き殺されている魔族を鑑賞する僕とルクス団長。
魔族に矢を撃っても効かないことは最初からわかっている。あの火矢は嫌がらせ以外の何ものでもない。
奴らを怒らせ、挑発し、いつでも土魔法で壁を作れるこの場所へと誘導するための嫌がらせだ。
やがて怒りに任せてこちらにやってきたタイミングに合わせて土魔法で周囲に土の壁を構築し、脱出路を塞いだ状態でさらに火魔法を斉射。土の壁の中で魔族の軍勢を炙っていった。
ついでに王都にあった大量の藁に火薬を交ぜた状態で地面に置いておいたので、炎は瞬く間に広がり、あちこちで誘爆を引き起こし、さらなる炎上を起こして魔族どもを悲鳴と共に焼いていった。
――ふぅ、やっと終わった。
これでランバール王都にいた魔族軍はすべて討伐できたはず。ランバールでの戦争はこれで終わる…ぐッ!
どくん、どくん。
それは突然起こった。
心臓が破裂しそうな程に脈動し、脳に亀裂が走るような痛みが発生する。
通信石は使用してない。にもかかわらず、『エヌティーアール』が発動した。ここから遠く離れたカルゴアの王宮。僕の手が届かない場所で、僕の知らない寝取られが始まった。
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