第39話 ランバール領戦争 王宮
走る馬の上で大剣を振りまわし、魔槍より黒い雷を迸らせながら、僕は城門を抜けて王都へと侵入。それにつられるようにして後続の部隊が次々と王都内へと進軍を果たした。
既に魔術部隊によって城門は閉鎖されているので、背後より魔族軍から襲撃されることはないだろう。
もちろん、別の城門から入ることは可能だろうが、魔族の足では時間がかかる。既に別動隊が他の城門へと向かい、今頃は土魔法で門を塞いでいることだろう。
王都の中央通りを馬に乗って進軍する人類軍。その道中、目に入るのは破壊された家屋や人間の死体ばかりだった。
死屍累々。そこかしこに転がる遺体の数々。魔族は人間を殺すことはあっても掃除することはないようだった。
どうやら魔族たちは王都中の人間を殺しまわっていたようで、血まみれの死体もあれば焼き焦げた死体などもあり、それらは腐乱して放置されている。
「…これは、予想以上に酷いですね」
僕の背後に馬に乗ってついてくるローゼンシアの声が届く。僕は…
『………あ💓……ん💓』
ぐっ…しまった。まだ加護を発動させたままだった。脳内にシルフィアの喘ぎ声と、頬を赤くさせながら気持ち良さそうにしている彼女の表情が映像となって浮かぶ。役目は果たしたし、もう切るか。
僕は通信石に流れる魔力を遮断し、もう止めるように合図を送る。
『………ダメ、それ以上されるとイッ…え?…ま、まって…ん💓…もう、お終い…お終いだから、リュークの通信が切れて…あ💓ダメ💓ダメ💓…ダメなのに💓…💓…』
早く終われや!
『……』ブチッ。映像と音が途切れた。
シルフィアが止めろって言っただろ!いつまでやってんだこのクソ間男が!
「あれ、リューク様、黒ーラが止まりましたね」
「…う、うん。…黒ーラってなに?」
「黒いオーラ、略して黒ーラですが?」
いや、そんな当たり前みたいな顔されてもな、初耳の単語なのだが?
女の子って、略すの好きだよね。
まあ別にどんな呼称をしようが自由なのでどうでもいいんだけどね。それよりも…
「街中に敵がいないですね」
「ほとんど壁の外に出たからな。今いるとしたら――王宮か」
ルクス団長のその予想通り、王宮へと先行する騎乗部隊が魔族軍と遭遇したとの報告がくる。僕らもそちらに急ぐと、王宮へと続く城門の前に二体の魔族がいて、進路を塞いでおり、先行する部隊と交戦中だった。
「かかってこい、人間ども!この腰抜けどもが!」
「おらおら!どうした!来ないからこっちから行くぞ!」
門を守護する二体の魔族。その魔族を遠巻きに30人ほどの別の騎乗部隊がいる。
「二体か…どうする?リューク、お前が行くか?」
「…命令ならば」
「あの~、私、魔族と戦ってみたいんですけど、いいですか?」
二体といっても、相手は魔族。まともに戦ったらただでさえ数が少ない人類軍の兵士の数が減ってしまう。
かといってあまり僕の加護を乱発すると、いざという時に使えないリスクがある。いや、もちろん間男が勃たないという意味で、だ。
くっそ、なぜこんな真面目な場面で間男の下半身の心配をせねばならんのだ?なんか理不尽だな。
「…一応聞くけど、自信があるんだな?」
「もちろん」
とすぐさま肯定するローゼンシア。腰元の剣の柄に手を置き、その綺麗な瞳をランランと輝かせる姿を見るに、よほど自信があるんだろう。
「…まあいいだろう。俺とお前、えっと、ローゼンシアだったか?…この二人で行く。お前たちは援護しろ」
「「了解!」」
ほんの一瞬だけ考える仕草をすると、ルクス王子はローゼンシアの戦闘を許可。そして背後にいる騎士団の面々に援護を任せる。
「うっし!やるぞ~」
「…さて、行くか」
「「補助魔法展開…マズラクスィドルォゲレイド……」」
そう言って馬を降りるローゼンシアとルクス団長。そんな彼らを見守る騎士団と、なにやら詠唱を開始する魔術師たち。
二人は鞘から剣を抜いて門前の魔族に向かう。
「おらおら、さっさとかかって来い…お、ついに来たか?」
「俺の名はジコライ!」
「俺の名はショウライ!」
「死ぬ前にその名をよく覚えてぎゃあああ!」
「あ、すいません、なんか隙だらけだったんで、つい斬っちゃいました。なんで戦闘中に自己紹介とかするんですか?」
「な、なにしやがるこのクソ女!ぶっころしぎゃああ!」
「お前もよそ見すんなよ。…よし、門番は倒した。いくぞお前ら!」
む、ローゼンシア、本当に強いな。
いくら魔族が戦闘中に突然おしゃべりを始めて隙を見せたとはいえ、一瞬で距離を詰めて魔族の右腕を下から斬り上げて撥ね飛ばし、悲鳴をあげる魔族に向かってそのまま喉を斬って絶命させた。
尋常ならざる速度…なにか肉体魔法を展開しているのか、もしくは魔道具を使用しているのかもしれないな。
そして、仲間が瞬殺される光景に驚く魔族の背後にルクス王子が回り込み、そのまま剣を振り下ろして背中を両断。分厚い魔族の肉を切り裂き、そのまま斃していった。
ローゼンシアは剣を振ってこびりついた魔族の血を払う。
「…」
「大したもんだな。…どうした?」
「いえ、なんだかいつも以上に力が湧いたような気がして…」
「それは補助魔法の影響だろうな。ほら、見てみろ」
「うん?」
そう言って背後を見るローゼンシア。その視線の先には第六騎士団の魔術師たちがなにか詠唱を唱えて魔法を発動させている最中だった。
「身体能力…特に腕力を強化する補助魔法を展開している。あの魔法の効果範囲の中なら、いつも以上に力を発揮できるぞ」
「ふーん、なんだか実力じゃないみたいで、ちょっと不本意ですね」
と、なんだか不満そうな顔をするローゼンシア。よく言うよ。相手の不意をついて斬りかかったくせに。
「まあ戦争中だからな。正々堂々とやって負けるぐらいなら、卑怯な方法でも良いから勝って欲しいかな」
「…ま、それもそうですね!」
一瞬、なんだか考え込むような顔をするローゼンシア。しかしすぐに切り替えて門の方を向く。
人類軍の兵たちが門の内部へと侵入し、やがて内側より門を開いていく。
宮殿への道が開く。
「さて、始めるか」
そう言ってルクス王子は兵たちに号令をかける。
■ランバール王宮内部
「なんだと!では救援が間に合わないではないか!」
王宮内の玉座のある間にて、ギュレイドス軍幹部のワルグレイアは伝令からの報告に怒気をあげていた。
「チッ…あの人間どもが…ちょこまかと鬱陶しい…」
伝令の報告によれば、人類軍は現在、王都へと侵入。さらに軍の大部分が王都の壁外へと締め出されてしまったらしく、当面の間、軍の救援は期待できない。
「おのれ…おのれ人間どもが!もう良い!この俺が直々に奴らをぶっ殺してくれるわッ!」
ギュレイドス軍幹部、ワルグレイア。その力は一騎当千。たとえ100体のオークがいようとも、その強靭なる膂力にかかれば軽々と粉砕することができるだろう。ギュレイドスに続いてもっとも腕力のある強力な魔族の戦士だ。
歴戦の人類軍の戦士たちを次々と屠り、人類軍を敗走させていったその力は圧倒的で、並みの戦士ではまず手も足も出ないだろう。
もちろん、そんなワルグレイアにも懸念はある。あのギュレイドス様を斃した人間がここに来ている、というのだ。
ワルグレイアは確かに強力だが、ギュレイドスほどではない。もしもギュレイドス以上に強力な人間と戦うことになったら、負ける可能性が非常に高い。
「ふふ、ならば罠にかければ良いだけのことよ」
ワルグレイアは麾下の魔導士たちに指示を飛ばす。
「宮殿内に毒、麻痺のトラップ魔法をしかけよ!ふふ、ぐはははは!いくら強いといっても万全でなければ力は発揮できまい!さあ、人間どもよ、いつでもかかってこいや!」
「おおー、流石ワルグレイア様。なんという奸計」
「その知略、お見事なり!」
「ふふ、人間どもめ。さあかかってくるがいい。お前たちの命運、ここまでよ!」
「ぐふふふ、楽しみだなあ、あいつらの泣き叫び、苦痛に喘ぐ姿が…ぐへへ」
「…おい、なんか焦げ臭くねえか?」
派手な哄笑をあげるワルグレイアとその取り巻きたち。そんな幹部の様子を遠巻きに見つめる魔族の兵士たち。彼らがその異変に気付いたころには、既に火の手があがり、炎が王宮を包んでいた。
■王宮の外
「よーし、どんどん火矢を放て!王宮を丸焼きにしろ!」
「ああ?燃えにくい場所がある?確か黒色火薬があったな…」
「隊長!近くの建物より油を見つけました!」
「でかした!燃料にしろ!」
現在、人類軍はあらんかぎりの火矢を王宮に放ち、魔術師に火魔法を撃たせ、放火している真っ最中だった。
なにしろ王宮内は敵の本拠地。きっと罠があるだろう。こちらが罠を仕掛ける分には問題ないが、こちらが罠にかかってやる必要はない。さっさと燃やしてしまうに限る。
「でもそれなら都市ごと燃やせば良かったじゃないですか?」
と疑問を呈するローゼンシア。なんて事を言うんだ、この姫様は。それでも一国の姫か?そんなことしたらナルシッサが泣くぞ?いや、王宮を燃やしてる時点で泣くかもしれないが…
「ローゼンシア…今回の主な目的は食料の奪還だから。そんな焦土作戦みたいな真似はできないよ」
「ああ、そういえばそうでしたね…それって食料の件が無かったら王都ごと燃やすつもりだったってことですよね?」
と、再び疑問を呈するローゼンシア。
ははは…なにを言ってるのやら…まあそういう選択肢もあるかな。
今回の軍事作戦は、ランバールにある豊富な食糧を得ること。だから焦土作戦なんてやるわけにはいかない。でも他の国の領土なら…まあ食料の問題はもう解決したし…うん、やるかもしれないな。
「リューク様…」
「な、なにかな?」
「我が国、ドウランの王都でよければいつでも燃やして良いですよ?」
とニッコリ、笑みを浮かべるお姫様のローゼンシア。君、本当に祖国が嫌いなんだね。まあそう言ってもらえたら気が楽になるから良いけど。
そして僕らは燃え上がる王宮を見つめる。やがて王宮内より「ぎゃああああ!」とデカい悲鳴が上がった。
うむ、どうやら魔族たちがどんどん燃えているようだ。
轟轟と燃え続けるランバールの王宮。そこにいたであろう、魔族の軍勢を火が焼いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます