第38話 ランバール領戦争 挟撃
「…増えてるか?」
ルクス王子がぽつりとこぼす。おそらく城壁の前に並ぶ魔族軍のことだろう。
人類軍と魔族軍は現在、膠着状態にある。人類軍と魔族軍との間には地雷原があるだけに、魔族軍としては迂闊に前に進軍できないからだろう。
このにらみ合いの状態が始まって以降、既にかなり時間が経過している。太陽は傾き、冷たい風が平原に吹く。
魔族軍がこの地雷原を迂回しようにも、この緑生い茂る平原のどこまでに地雷が設置されているか不明なだけに、進軍ルートを考えあぐねているのかもしれない。もしくは…
いずれにしろ、城壁の前に集まる魔族の数は、時間の経過とともに増えており、現在では1000以上の魔族の集団が群れを成してこちらを睨んでいた。
「伝令より報告!」
その時。司令部より報告がくる。
「背後より魔族軍、多数接近!その数、およそ5000!」
「ほう、ようやく来たか。随分早いな」
伝令の報告にルクスは目を細め、それでも余裕のある口調で言う。
突然の魔族軍の出現。それに対して今まで落ち着いていた様子の人類軍が、慌ただしく、そして迅速に行動を展開していく。
司令官より命令が飛び、指揮官の指示で陣形が組まれる。
「重騎兵部隊、前へ!突撃陣形を組め!」
「全軍、突撃の用意!指示があるまで待て!」
現在、人類軍の数は6000。背後より迫ってくる魔族軍が5000。前方に魔族軍が1000。数の上では同数かもしれない。しかし…
「ふむ。奴ら最初から挟撃するつもりだったか?意外と頭を使う奴らだな…想定通りだが」
魔族の足はそれほど早くはない。にも関わらず、これだけの早さで人類軍の背後に回れたということは、おそらく城門前に魔族軍を展開する頃には既に別ルートよりこの大部隊を動かして人類軍の背後を狙っていたのだろう。
「今までの人類軍であれば、この挟撃で詰んでたかもな」
と口を漏らすルクス団長。
実際、そうなのだろう。いくら人類軍が強いとはいえ、それ以上に魔族軍は強い。挟撃などされたらひとたまりもないだろう。
なるほど、妙に前方の魔族軍がおとなしいと思っていたら、そういうことか。奴ら、挟み撃ちにするつもりだったらしい。
「だが今はお前がいる。馬鹿な奴らだ。挟撃とは、バレないようにやらないと意味がないのにな。さあリューク――やれ」
ドクン、心臓が跳ね上がる。ついに来てしまった。
「お前が一番槍だ。あの魔術結社どもから頂いた槍、試しに使ってみろ」
「…了解」
「お、ついに動きますか?ふぅ、腕が鳴る~」
僕の心境など知ってから知らずか、ローゼンシアが馬上で楽しそうな声をあげる。
指揮官の号令に合わせて第六騎士団率いる遊撃部隊が人類軍の前へと移動。突撃陣形を組む。
そして、僕は通信用の魔石に魔力を込める。この通信石に魔力を込めて光を灯らせる―それが遠く離れたカルゴアの王宮にいるシルフィアとフィリエルへの合図となる。
ついに、その時がきてしまった。
通信石が怪しく輝く。そして…ドクン、ドクン…ドクドクドクドク…ドクン!――心臓が早鐘を打ち、そして大きく躍動。加護を通じて心音が僕に報せてくる。
お前の女、寝取られてるぞ、と僕の中に蠢く黒いオーラが報せてきた。
ぐッ…頭が痛い、割れるような激痛が走る…
「あの、リューク様?大丈夫ですか?ねえ団長、なんか様子おかしいですよ?」
「ああ、お前は見るのは初めてか。これがあいつの加護が発動した合図だ」
「ええー…、すっごい凶々しいオーラ出てますけど、本当に大丈夫ですか?なんか鬼みたいな形相になってますよ?」
うるせえなあ、なにごちゃごちゃ喋って…ぐ、ぐあああああ!
入ってくる…頭の中に映像が入ってくる…
激しかった頭痛はやがて沈静化していき、妙に思考がクリアになる。そして、ドクドクと血液が流れるように、遠く離れた地で行われている情事の情報が脳内へと強制的に流れこんできた。
…
…
…💓
…やってる。直接見てるわけでもないのに、それがわかる。今、シルフィアが男に抱かれているという情報が僕の脳内に伝わってくる。そして…
脳内に、イメージが現れる。
そこには一糸まとわず、白い肌を晒し、赤い髪を振り乱すシルフィアの姿がある。彼女の綺麗な肌には汗が浮かび、光沢を帯び、熱を発して淫らに乱れている。
この加護はシルフィアしか見せてくれないから、間男の顔まではわからない。だが、彼女が誰かに抱かれていることだけは、妙に生々しく伝わってきた。
『……ん💓』
色っぽく、艶のあるシルフィアの声が、脳内に響く。
『りゅ、リューク?み、見てるかなあ?連絡があったから、始めた…よ…あん💓』
シルフィアが…なんだか苦悶に満ちた表情を浮かべつつ、言葉を発する。そう言えば加護を発動するとその様子が伝わってくるって教えた気がする。
いや、だからって実況中継しなくてもいいんだけど?
――ドクン、ドクン…今、シルフィアは寝取られている。ガチで。
シルフィアはどうやら男に対して背中を向けているようで、立った状態でなにか壁のようなものに押し付けられているような…胸が潰れているように見えるけど、これは一体どういう体位なんだ?…ま、まさか!
…僕の予想はきっと的中しているのだろう。シルフィアは後ろにいるであろう間男に向かって声をかける。
『こ、こら!…あん💓…ダメ…じゃないけど、そんなに激しくしたらまたすぐに…え?ルクス王子に言われて特訓した?なんで?…あん💓…え?リュークが私のことを傷つけるなって言ったから…ん💓…絶対に私のことを傷つけないように娼館でエッチのやり方を勉強したの?…ん💓…もう、リュークの馬鹿💓…余計なこと言うから…あん💓…やだ、本当に上手になってる💓……すごい💓』
――なんだと?
シルフィアの言葉に耳を疑った。しかし、間違いなく、彼女は間男が上手だと言った。いや、それよりも…今の発言はどういうことだ?!
そんなこと僕は言って…いや、言った。
あれは魔族軍の前哨軍との戦いが終わった夜。テントで確かに僕はルクス団長に、シルフィアが傷つくようなことはしないで欲しい、と確かにそう伝えた。
いや、あれはその、シルフィアを危険な目に遭わせたくないという一心で言ったもので、決して脅しや薬物を使用せずに男としての性の技量を磨いて抱けという意味ではなかったんだけど…ちょ、この間男さあ、なんでそんな曲解すんの!
「うん?どうした?」
「なんかリューク様、団長のこと睨んでません?」
「妙だな。俺はちゃんとあいつの要望は叶えてるはずだが…」
『……もう、リュークのせいだからね💓』
――僕の、せいなのか?
さっきから、シルフィアの喘ぎ声が脳内に響いて止まらない。その声を聞けば、シルフィアが本当に気持ちよくなっているということが嫌でも伝わってきた。たまに僕が悪いと甘い声で罵声が飛ぶのだが――え?これ、僕のせいなのかな?
「あれ?リューク様、泣いてる?」
「一体なにがあった?…おい、魔族軍が後ろから迫ってるぞ!そろそろ突撃しないとまずいぞ!」
一瞬、僕が悪いのかな、とちょっと思った。ルクス団長にシルフィアを傷つけないようにしてくれなんて、そんな注文をした僕が悪いのかな、とも思った。
しかし、違う。僕は真実に気が付いた。
悪いのは、魔族だ。
なぜだろう?一瞬、僕の中で蠢く黒いオーラが、え?その結論おかしくね?と疑問符を浮かべたような気がしたが、関係ない。悪いのは魔族なのだ。
僕の大好きなシルフィアが寝取られるのも、間男がシルフィアを傷つけないようにわざわざ娼館通いして性技を磨いたのも、もとはと言えば人類を滅ぼすとかわけのわからないことを始めた魔族が悪いのだ。
殺さないと。こんな卑劣な行為をする魔族なんて、一匹残らず、殺さないと…魔族は滅ぼさないといけないんだ!!
殺意が湧く。殺してやりたいという黒い衝動が胸の中に満たされる。
「うわ、すっごい、なにあれ?リューク様の体からどす黒いオーラが溢れ出てますね」
「よし、準備はできたな。遊撃部隊、突撃!前方の敵を蹴散らせ!」
「うおおおおおおおお!」
ルクス団長から命令が飛ぶ。僕は右手に握る槍…魔術結社の人たちから譲り受けた槍を強く握り、魔力を込める。
「――許せない」
そして馬を走らせる。既に魔術部隊によって前方の地雷原は解除されている。僕が先頭を馬に乗って走ったところで、地雷は起動しない。
バチバチ…魔力が充足されるごとに、槍が帯電し、電流が迸る音が鳴る。
ほう、なるほど、こういう機能なのか。これは便利だな。
確かあの白い魔女は、加護の能力を込めれば込めるほど強力な雷魔法が撃てると言っていたか?
――試して、みるか。
■城門前―魔族軍
「お!なんだ人間ども、こっちに来やがったぜ!」
「ぐへへへ、馬鹿な奴らだぜ!挟撃されてるとも知らずによ!」
「もう手遅れなんだよお前ら!皆殺しだああ!…なんだあれ?」
およそ三十ほどの騎乗部隊。その先頭を一人の男が馬に乗って魔族軍に突撃してきたのだが、それはあまりにも異様な風体だった。
人間なのは、間違いない。ただその人影から黒い靄のようなモノがあふれ出て、空気を歪めている。
「おい、そうえば聞いたことあるぞ」
「確かギュレイドス様を殺した奴がなんか黒い人間だったって」
「…え?ちょっとまって。それってさあ、あれぎゃあああああ!」
それは突然起こった。馬に乗っている黒い男が槍を天に掲げた途端、黒い雷が空を迸り、魔族軍に閃光を伴って飛来してきたのだ。
ドンドンドンッ。落雷のような激しい音が鳴り響き、次々と魔族の軍勢を蹂躙する。何十本にも及ぶ黒雷が魔族に刺さり、肉を焼き千切り、抉り、削り殺していく。
「ぎゃあああ!」
「うぎゃああ!」
「ひじゃばあああ!」
まさに雨が降るような勢いで黒い雷が天より降り注ぎ、次々と魔族を屠っていく。
「な、なんだよこれ!」
「こんなの聞いてねえぞ!」
「おい、あいつどんどん近づいてくるぞ!」
「やべえ!逃げろ!」
「うぎゃあああ!」
それはまさに地獄絵図と化していた。1000以上いたはずの魔族の軍勢が、空より飛来してくる黒い雷に撃たれ、焼かれ、肉片を散らし、死んでいく。
その襲撃から逃れようと我先にと門に殺到する魔族たち。そんな魔族の背後より、一人の男が襲い掛かってくる。
ブンッ。男は右手に大剣、左手に槍を構え、武器を振るう。
ブシャ。ズシャ。グシャ。
馬上より剣と槍を振るう度に近くにいた魔族たちの肉が裂かれ、骨が断たれ、血風が舞い上がり、そして命を奪っていった。
「クソが!調子に乗ってんじゃねえぞ!ぎゃああ!」
一体の背の大きい魔族が戦斧を構え、馬上の男に飛び掛かる。しかし、黒い男が軽々と大剣を振るうだけで、魔族の体が横に寸断され、悲鳴と共にボロボロと肉片と臓腑を地面に落としていく。
「そ、そんな!あのモブザックがやられた!」
「馬鹿な!あの斧使いのモブザックが一撃だと!」
「だ、誰か、誰かあの人間をとめろおおお!」
鉄の剣すら止めてしまう鋼のような肉体を持つ魔族ども。そんな強靭な体を持つ魔族の体がまるで粘土細工のように千切れ飛び、肉片を散らし、内臓をばら撒き、斬られ、潰され、蹂躙されていく。
たった一人の黒い男の襲撃により、1000以上いたはずの魔族の数はみるみる減っていった。
「こ、殺される…」
「ま、間違いねえ。こいつだ、魔王様をやったのはこいつだ!」
「嘘じゃなかったのかよ!あの法螺話、本当だったのかぐぎゃあああ!」
「に、逃げろ!早く逃げろおおおおお!」
「―殺す」
馬に乗って次々と魔族を殺す黒い男。その目には憎しみに宿る炎がある。その黒い男が魔族に怨嗟の言葉を吐く。
「お前らは殺す。絶対に殺す。一匹残らずだ!」
「な、なんて凶悪な面をしてんだ」
「あいつ、どんだけ俺たちを恨んでるんだ」
「ま、待ってくれ!俺はやってない!数える程度しか人間を殺してない!だから許してぎゃあああ!」
「ふざけんじゃねえ!なんでこんな酷い事するんだ!ちょっと親の前でそいつのガキを食い殺しただけじゃねえかぐぎゃあああ!」
「俺は本当になにもしてえよ!命だけは助けてくれ!彼氏の前でそいつの彼女の頭を潰したぐらいしかしてうぎゃあああ!」
■人類軍
「うわ、凄いな…ハッ!と、突撃!全軍、突撃!」
リューク・ネトラレイスキー伯爵。あの男が率いる遊撃部隊が行動を開始して以降、魔族軍はまるで赤子の手をひねるが如く、蹂躙されていった。
その光景に人類軍は呆気にとられ、普段は冷静な指揮官ですら目を見開いてその動向を瞠る。
やがてハッと我に返った司令官が人類軍に号令を出し、それに合わせて人類軍が前進。散り散りになっていく魔族軍を襲撃しつつ、そのまま城壁の門を抜けてランバール王都内へと侵攻していく。
「むぅ、本当に凄いですね、彼は。聖女様もそう思われますよね?」
「…ええ。どうにかして彼の協力を得たいですね。あの力があれば、聖地の奪還、いえ、それだけでなく………いえ、ダメですね、今は作戦に集中しましょう」
「す、すげえ!すげえぞネトラレイスキー伯爵!」
「英雄だ!寝取られ好き伯爵は英雄だ!」
「ぐははは!このクソ魔族どもが!もうお前らの好き勝手にはさせねえぞ!寝取られ好き様がお前らを蹂躙すっからな!」
リューク・ネトラレイスキー伯爵。その名前は魔族にとって悪夢の名となり、人類にとって輝かしい英雄の名となり始めていた。
やがて城壁前の魔族軍が壊滅。城壁前には魔族たちの死体が転がり、見るも無残な惨状が広がっていた。
「魔導部隊、土魔法を展開!城門を塞げ!」
やがて人類軍の司令官より号令が飛び、魔導部隊が土魔法を展開。城壁の門を魔法で大地より盛り上げた土壁によって封鎖をする。
たとえ扉を閉じたところで、魔族の腕力ならば簡単に門を破壊し、開くことができる。しかし土で埋めてしまえば、いくら力あったところでどうにもならない。
こうして魔族軍の挟撃は失敗。城壁外にいた魔族の大部隊は外に取り残されることになった。
やがて人類軍の背後にいた魔族の大部隊が城壁まで到着。そこに人類軍の姿はなく、あるのは同胞たちの死体だけだった。
「な、なんだこれは!」
「門が土で埋まってるぞ!」
「死んでる。みんな殺されてるじゃねえか!」
「く、くそ、クソがあああああ!」
――魔族たちの同胞の死体の山。挟撃作戦の失敗。そして外に締め出される魔族軍。その事態に怒り、怒声をあげる魔族の軍勢たち。そんな彼らを無視するようにして、人類軍の侵攻は着々と進んでいた。
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