第37話 ランバール領戦争 平原の戦い
「おいおい、あいつら、すごいキレてるな。はは、飲み水がなくなかった事がよほど腹に据えかねたらしいな」
「それはそうでしょう。朝起きて水も飲めないとか、最低の気分でしょうね」
しかも既に渇水魔法を使用してから一日以上が経過している。数百人程度の飲み水であれば果汁やヤギ乳で代用できるかもしれないが、さすがに1万以上の魔族ともなるとほぼ不可能だろう。
平原の遠く向こう側。王都の門より列を成して続々と現れる巨魁の魔族たち。詳しい表情までは見えないが、なるほど、怒り狂っているようだ。
「うおおおおおおッ!」
「わあああああああッ!」
「ぶおおおおおおおッ!」
魔族どもはこちらを指さし、武器を振るい、そして雄叫びをあげて怒りの意を表明している。
たとえ一日、水が飲めなかったとしても、魔族が死に絶えることはないだろう。しかし喉は乾くだろうし、体調不良になる。
人間が水を飲まずに生きられる期間はたったの4日から5日だと言われている。人間よりも体積の多い魔族ならば、さらに多くの水分が必要だろう。
もちろん、あくまで水源が消えたのは王都のみで、王都の外にある穀倉地帯まで行けば井戸より水を得ることができる。
その王都のもっとも近い水源を現在、人類軍が占拠。近づく奴隷兵を次々と殺して水を得られない状態にしているわけだから、なるほど、キレるのも納得だ。
門から現れる魔族の集団は、だいたい100から200といったところか?人間の倍以上の体躯を持つ、緑色の肌をした魔族たち。
そんな巨躯の魔族たちがそれぞれに大剣や戦斧、槍などを持っており、そして、
「うおおおおおおおおッ!」
雄叫びをあげてこちらに殺到してくる。巨大な体を持つ魔族の集団が怒声をあげ、土煙を巻き上げながらこちに押し寄せてくる。
よほどデカい声を出しているのだろう。魔族の雄叫びが大気を揺るがし、びりびりとこちらまで声が響いて轟く。
そんな魔族の群れに対して、人類軍の司令官は、
「重装歩兵部隊、槍衾を敷け」
「魔導部隊、トラップ魔法を展開」
極めて冷静に指示を出して魔族を迎え撃つ準備をする。
「ふむ、人間ごときに水を止められて怒り狂ってるな。にしても真っ直ぐ突進とは…まともな神経とは思えないな?」
「…そうですね」
と僕はルクス団長の意見に同意する。
それはそうだろう。なにしろこちらは都市一つ分の水源を停止させるような一団なのだ。まさか、そんな一団がなんの罠も用意していないと普通なら思わないだろうに。
きっと魔族側としては人間ごとき簡単に斃せるだろうと高を括っているのかもしれない。
まあ、その考えは間違っていない。まともに戦ったら、魔族相手に人間は負ける。だからこそここまで追い詰められているわけなのだから。
そして、だからこそ、まともには戦わない。負けるとわかっていて堂々と戦うバカはいないだろう。
「うおおおおおッ!」
…カチッ。
「うおおおぐほッ!」
それは突然起こった。先頭を走る魔族が爆発した。
ドーンと激しい爆発と同時に魔族の体が地面から吹っ飛び、肉片と一緒に空に舞い散り、バラバラと肉片が地面に落ちていく。
「うお!なんだ!」
「バカ野郎!止まれ!これは罠うおッ!」
「て、撤退!撤退しろ!いいから俺の話を聞け!」
「おのれ人間どもめ!俺の戦斧で八つ裂きにしてぐぼはッ!」
ドドドドーン…連続して爆破が起こり、火柱が上がり、平原に黒い煙がもくもくと舞い上がる。
次々と先頭を走っていた魔族たちは爆破に巻き込まれて肉片を散らしていく。この事態に気付いて足を止まる魔族もいたが、後続から走ってくる魔族の勢いに押され、そのまま一緒になって爆破に巻き込まれて魔族は死んでいった。
「な、なんだ!これは、爆破トラップだ!」
「下がれ下がれ!バカ野郎、押すんじゃねえ!」
「小賢しい人間どもめ!我が剣の錆にしてくれうぎゃあ!」
当初こそ、怒りに任せてこちらに向かって進軍していた魔族の軍勢。しかし、先頭の魔族たちが次々と爆死する中で、ようやくこの異常な事態が全体に知れ渡ったのか、歩みを止め、そして軍が後退を始めた。
「くくく、バカな奴らだ。お前らがくれた火の魔石、まさか俺たちが使わないとでも本気で思ってたのか?」
前回の戦いで魔族軍が使用した高純度の火の魔石。火の魔石にはいろいろな使い道があるのだが、魔族どもが爆破魔法を付与していたせいで、爆破させる以外に使い道がなくなっていた。
だったら、爆破させるしかない。
高純度の魔石が取れるのは主に北部大陸。大陸南部ではほとんど採取はできない。それに加えてベリアル帝国が流通を完全に独占していたので、南部大陸における高純度の魔石の流通量は極めて少なかった。
そんな希少な魔石を魔族がはるばる大陸北部より持ってきてくれたのだから、有効活用するのは当然だろう。
王都の水源を絶ち、内部にいる魔族を外におびき出す。そして王都と水源のあるエリアとの間に大量の火の魔石を仕掛けて地雷原を構築する。
「…なかなか、骨の折れる作業でしたね」
「まったくだ。俺なんて王子なのにな」
それを言ったら僕だって伯爵だ。しかし人手が足りない以上、やらないわけにはいかないのだが、たった一晩で大量の魔石をこの広大な平原に仕掛けるのは非常に苦労の多い作業だった。
…あんな忙しい作業してたんだから、ローゼンシアを抱きに行けないのは当然なのにな。
魔族の軍勢は一旦後退。こちらを睨み、ときどき野次を飛ばしつつも、近づくことができず、地雷原をどう乗り越えるか相談しているようだった。
「さあどうする?ここには井戸があるぞ?喉が乾いているだろう?早く来いよ?」
と挑発するルクス団長。もちろん、これだけ遠く離れているからその声が届くことはないのだろうが、しかし挑発されていることには気付いたのだろう。遠く離れた魔族たちがなにか怒りの声で罵声をあげていた。
やがて魔族の群れが左右に分かれ、そこから人間の兵…奴隷兵がやってくる。
魔族の指揮官らしい者が号令を出し、こちらに指を向ける。やがてボロボロの衣服をまとっている奴隷兵たちがなにも持たずにこちらに向かって走ってきた。
「うおおおおおお」
命令されるがままに集団で走ってくる奴隷兵たち。もはや自分たちがどんな命令を受けているのか、まったく理解していないだろう。ただ言われるがままにこちらに走ってきた。
「ふむ。奴隷に地雷を踏ませて爆破トラップを解除させるつもりか。…想定通りでつまらないな」
やがて人類軍の司令官が指示を飛ばす。
「魔導部隊、トラップ魔法を解除」
「弩部隊、構え」
先ほど、魔族たちが吹っ飛ばされた平原を走る奴隷兵たち。魔族たちはその姿を笑いながら後方より見つめている。
ドドドド…奴隷兵たちの走る足音が殺到する。そして…なにごともなく平原を突っ走ってきた。
「トラップを仕掛けた者が解除できないとでも思ったか?いつでも解除できるし、いつでも再起動させられるぞ?」
やがて地雷原を駆け抜けてきた奴隷兵に向かって、司令官が「斉射!」と指示を出す。
人類軍の弩部隊から斉射されるボルトが次々と奴隷兵たちに刺さり、そのままドサリと平原に倒れていく。
その光景を見ていた魔族たちが嗤うのを止めて、静かになる。そして、
「ぐおおおおおおッ!」
再び怒りの咆哮をあげた。
魔族どもは相当怒っているようだ。しかし、目の前の地雷原のせいで手も足もでず、ただ怒りに任せて叫ぶだけだった。
そんな状態がしばらく続いた後、やがて再び人間を連れてくる。
「聞け、人間ども!」
「うん?なんだ?」
一際デカい声で叫ぶ魔族。
見ると、他の2メートル級の魔族と比べてさらにデカい巨体を持つ魔族が一体。巨大な戦斧を持ってこちらを睨み、そして叫ぶ。
「今すぐこのクソ魔法を解除しろ!でないとお前らの仲間をぶっ殺すぞ!」
「おっと、今度は脅迫か。やることがせこいな」
そのデカい魔族は近くにいた奴隷兵の首を掴むと地面に叩き落とし、そのまま戦斧を振り落とす。
その戦斧は奴隷兵の頭の横に振り落とされたようで、まだ奴隷兵は生きている。
「さっさと解除しろ!でないと次は殺すぞ!」
「ふぅ。今までさんざん人間を殺しておいて、今更そんな脅迫に乗るとでも思ってるのか?――バカが」
まあ、そうだろう。なにより、こちとらさっきからさんざん奴隷兵を弩で殺しているのだ。今更奴隷兵一人や二人のために行動するわけがない。
だからこそ、人類軍に動揺はなく、まったく反応を示さない。ただ無感情というわけでもなく、人類軍の兵士から怒りや侮蔑の感情が魔族に向けられる。
そんなこちらの態度をどう受け取ったのか、魔族軍から嘲笑のような声があがる。そして一人の魔族が地雷原に歩み寄ってきた。
「おい、バカかあいつ?もしかして脅しに屈して解除したとでも思っているのか?」
「…あの、さっき解除して、そのままでは?」
「おっと、そうだったな」
と、おどけて見せるルクス団長。そして、
「魔導部隊、トラップ魔法展開」
まったく躊躇せずに再び地雷原を作動させる人類軍の司令官。こちらのそんな様子に気付いていないのか、魔族の一人が地雷原に向かって歩き続ける。そして、再びドーンと爆破する音が響き、魔族の一体を肉片と変えた。
「なにッ!くっ、お前らには心がないのか!仲間が殺されるってのに良心が痛まないのか!この畜生どもが!」
「なんだ?急に綺麗ごと言い始めたな?…クズが」
やがて巨体を持つ魔族が戦斧を振るう。その戦斧は地面に倒れていた奴隷兵の首を撥ね飛ばした。
「どうだ!見たか!これは脅しじゃねえぞ!お前らが魔法を使う限り、一匹ずつ人間どもを殺すからな!わかったらさっさと魔法を止めろ!でないとぶっ殺すぞ!」
「…チッ、馬鹿が。やりたければ勝手にやれ」
と舌打ちをするルクス団長。
もしかしたらあの魔族は本当にこんな頭の悪い脅しでこちらが屈すると思っているのかもしれない。
しかし、まったく動揺しない人類軍を見てようやく脅しに効果がないと悟ったのだろう。
「くそがああああ!」
と叫び声をあげ、怒りに任せて無差別に戦斧を振るって近くの奴隷兵たちを殺しまくっていた。
奴隷兵は確かに人間だ。しかし助けない。これは人類軍にとって暗黙のルールと化している。
「お前らはやり過ぎたんだよ。もはや交渉してもらえるとか思うなよ?」
ルクス団長の低い声がやけに明瞭に聞こえた。
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