第33話 協力

 ルクス王子の加護よる契約が完了し、これで晴れてフィリエルに僕の加護の秘密を打ち明けても問題ない状態になった。


 フィリエルと相思相愛になり、恋仲になり、ルクス王子の加護の力で情報漏洩対策も済んだ今、あとはもう加護の内容を話してフィリエルに協力…つまり…彼女を間男に寝取らせれば、僕の加護を発動させられる。


 ついに、すべての準備が整ってしまった。


 昼下がりの王都。王宮から屋敷に戻る帰路で、僕はその事で頭がいっぱいだった。


 屋敷と王宮までの距離は近い。今日はとてもよく晴れた青空。太陽の日差しが綺麗に整備されている王都の歩道に降り注ぎ、魔族に滅ぼされかけている世界とは思えないほど平和的な王都の街並みを僕に見せてくれている。


 なんて平和なのだろう。この平和な街、そして市民の暮らしを守るためにも…僕は彼女たちを間男に抱かせないといけない。クソがッ!


 他に方法があるならば、それを模索したい。


 人類軍は確かに強い。これがゴブリンやオークの大軍ならば、人類軍だけでも十分に対応できるだろう。


 しかし、相手が魔族ともなると話が違う。


 魔族は強い。対峙したくとも人間側の勢力が弱すぎて、足元にも及ばない。


 前回のようなゾンビアタックが次回もできれば良いのだが、あの死霊魔法は死んでから半刻以内の死体でないと効果を発揮できないらしい。


 なによりあの作戦を遂行するには高威力の爆破魔法を撃てる純度の高い火の魔石が大量に必要になる。現在のような物資が足りない状況ではとても高純度の魔石を集められず、そう簡単には実現できない作戦だ。


 魔族を斃す案があっても、実現できない、それが人類軍の現状でもある。


 あの時のあの作戦は、たまたま運が良かったからできた作戦、なのだろう。


 なにより厄介なのが、前回の防衛戦と違って今回はこちらから仕掛ける攻城戦。


 これが人間相手の戦ならば、敵の大将を倒してしまえば都市の制圧は可能だ。しかし、相手は魔族だ。


 僕が単身で乗り込んで大将を倒したからといって、それで戦いが終わるわけではない。現地にいる魔族、すべてを殺してようやく都市の制圧は完了する。


 僕一人の力なら、大将だけを狙える。しかし、それだけでは不十分なのだ。


 僕はちらりと前方を歩くシルフィアとフィリエルを見る。二人とも楽しそうに談笑しながら歩いている。


 昨夜の件以来、なんだか二人の関係が発展したような、仲が良くなったような気がする。


 …まあ、確かにあの夜のシルフィアの顔は凄かったからな。あれを見たら、シルフィアのことをそんなに怖い人とは思えない、むしろ面白い人ぐらいに思われた可能性すらあるな。


 うん、だから、あの夜はあれでよかったのだろう。そう納得することにした。


 …この二人なら、大丈夫なのか?


 シルフィアに関して言えば、大丈夫だと思う。僕の加護は相思相愛でないと発動しない。そして僕の中にある加護が、シルフィアとの関係はいまだに良好だと告げてくる。


 …正直、よくこの状況でシルフィアと相思相愛でいられるよな、と自分でも驚くほどだ。しかしシルフィアは間違いなく僕のことを愛してくれてる、それは加護を通じて理解できた。


 こんな最低な加護だが、加護があるおかげでなんとなくだけど、相手との関係の良し悪しがおおよそだがわかる事に最近気づいてきた。


 だからフィリエルに関しても、僕のことを好いている事はなんとなくだけど、加護を通じて理解できる。そして僕も彼女のことを愛している。


 …一度に二人の女性を同時に愛するとは…ちょっと前までの僕なら考えられないな。


 いや、二人どころか、今後はそれ以上の女性を愛さないといけない。でないと加護の力を十分に発揮できず、人類を救うという使命を果たせない恐れがある。


 そうだ。僕は今後、一人でも多くの女性を抱かないとならないのだ。そのためにも軟派な男として生きると決めたのだ。だから、シルフィア以外の女性のことを愛す、それはそれで良い。なんなら他の女性だって愛する覚悟はできている。


 それはそれで良い。…本当は良くないが、使命の前では仕方のないこと。そして今考えるべき本当の問題とは…果たして話しても大丈夫なのか?という点だ。


 フィリエルはまだ詳細を知らない。彼女は、僕の加護がなにか危険な条件を内包している、ぐらいにしか思っていないだろう。


 世界を守るため、ランバールを取り戻すため、そしてなによりもナルシッサを助けるため、そんな思いから身を投じる覚悟をフィリエルは決めている。そんな真剣な思いを秘めていることが、僕にはなんとなく理解できた。


 …大丈夫だろうか?


 そんな真面目な覚悟を決めている女性に向かって、世界を救うために間男に抱かれてもらえないかな?なんて言って大丈夫だろうか?


 呆きれないだろか?僕なら絶対呆れるし、なんならキレると思う。


 もしかしたらそれをキッカケに僕のことを嫌いになってしまい、加護の条件が不成立になる可能性すらある。


 …その時は、仕方ない。シルフィアに頑張ってもらうしかない。


 ドクン、ドクン…その想像に思い至った瞬間、脳裏に裸のシルフィアが他の男に抱かれ、気持ち良くなって喘いでいる映像が過った。


 ズキッ…く、頭が痛い。バカか僕は。今のはただの妄想…おや?なんか指先から黒いオーラがにじみ出ているような…いや、止まった。


 ふぅ、危うく妄想だけで加護が発動するところだった。危ない危ない。


 …いやだ。本当に嫌だ。


 シルフィアが抱かれるのは、すごく嫌だ。かといって、フィリエルが他の男に抱かれるのも嫌だ。


 でもやるしかない。そして言うしかない。


 僕はフィリエルの後ろ姿を見る。晴天の青空の下で、ショートカットの黒髪がよく似合っている彼女。メイドのエプロンドレスを着て前を歩いているフィリエル。


 彼女を見れば、そのメイド服の下にある素肌だって思い出すことができる。


 あの白く柔らかい肌が、大きな胸が、丸みを帯びた尻が、可愛らしいお腹が…そしてあの可愛い顔が…そして…そして…フィリエルの大事な…、僕だけが知っていたフィリエルの体が他の男の手によって、触られ、そして…


 ぐああああああッ!やめろバカ!こんなところで妄想するな!危うく加護が発動するじゃねえか!


 …はあ、はあ、いっそ妄想で発動してくれたらどんなに良かったことか…しかし、僕にはわかる。今のは僕の中に眠っている黒いオーラが刺激されて暴れただけで、決して発動したわけではないことに。


 加護が共鳴し、体内で暴れ狂っている、その感覚は理解できた。しかし、それだけだ。決して発動することはない。


 加護は厳重なのだ。条件を満たさない限り、どれほどそれっぽい事があっても発動はしない。


 やがて屋敷の門が見えた。常駐している衛兵が僕らを確認すると一礼し、そして門を開く。


 門を抜け、屋敷に戻る。


「む!おぉ、フィリエル、帰ったのじゃな!お帰りなのじゃ!」


「はい、ナルシッサ様、ただいま戻りました」


「ふぅ、ただいま~。あの魔術結社の人たちのせいで、なんだか疲れちゃったね。リューク、どうする?とりあえずなにか食べる?」


「うん?ああ、そうだね。とりあえず食事にしようか」


 ちょうど昼過ぎ。僕はメイドに指示を出して昼食の準備をしてもらう。やがてみんなで食事を取り、他愛のない会話を挟みつつ、やがて食事を終えてひと段落ついたところで、


「フィリエル、話がある。いいかな?」


 と切り出した。


「承知しました」


 フィリエルはなにか覚悟を決めたような顔をする。


「あの、ナルシッサ様に別れの挨拶をしても?」


「え?いや、今生の別れとかないから、そこまでしなくても良いと思うよ?」


「え、ああ、そうなのですね。…ふぅ、命を取られる心配まではないのかな?あ、すぐに命を取られるわけではないってことかしら?」


 やっべえな。フィリエルの想像が予想以上に深刻だ。早く伝えた方が良いかもしれない。


 僕はフィリエルを自室に招き、椅子に座ってもらう。


「じゃあ、本題に入ろうか。僕の加護についてだけど…」


 背筋をピンと伸ばし、真面目な顔をして僕の話を聞くフィリエル。ギュっと拳を握りしめ、恐怖に負けまいと根気をふり絞っているように見えた。そんなフィリエルの非常に深刻な態度を見ていると、正直、これから真実を打ち明けて寝取られトークを真面目にする自分がかなりバカみたいだった。しかしそれでも話した。


 僕の加護には相思相愛の女性の協力が必要なこと。


 協力とは、他の男に抱かれること。


 そして抱かれている最中でないと僕の加護が発動しないこと。


 この内容は他言してはならず、他言するとルクス王子の加護が発動して命を奪われること、などの話をした。


 当初こそ真剣な顔をして聞いていたフィリエル。しかし、話が進むにつれて当惑し、首を傾げ、なんだか話したそうに口を開けたり閉じたりして、しかしそれでも口を挟むことなく最後まで聞いた。


 やがて話が終わった時。フィリエルは顔を伏せ、肩をなんだか震わせていた。


「――ッ、リューク様」


 この声は、どっちだろう?怒ってるかな、それとも悲しんでいるのか、どっちだ?


 やがてフィリエルは顔を上げる。


「それで話はお終いですか?」


「え?ああ、うん、そうだね」


「それが、リューク様の加護の条件、なのですね?」


 と念を押すように聞いてくるフィリエル。


 僕は、


「そうだよ。これが僕の加護の条件だ」


 と彼女の質問を肯定する。


 すると彼女は僕から顔を反らし、目を瞑り、しばらく黙った後、そして…


「ふあああああ、よかったあああ、なんだ、その程度の条件なんですね!ああ、もう私、命を捧げろって言われたらどうしようかと心配してました~。ああ、良かった~」


 と安堵し、なんだか嬉しそうな顔をされた。


 …しまった。フィリエルを脅し過ぎた!


「えっと、フィリエル?その、今の話を聞いて、改めて聞きたいんだけど、どうする?やるのかな?」


「え、ああ、はい!もちろんです!人類を守るために、私、リューク様の加護の条件、謹んでお受けします!」


 となんだかやる気に満ちた目をして間男にヤラれる宣言をするフィリエル。


 ちょ、ちょっと待ってよ!なんか予想外なんだけど!


「え?でも…本当にいいの?だって、その、他の男の人に抱かれるんだよ?わかってる?それってハグって意味の抱くじゃないよ?本当にヤるって意味なんだよ?」


「リューク様、私だってもう大人です。それぐらいの意味はもちろんわかっています。要するにリューク様とやったことを、別の殿方にやるってことですよね?…大丈夫です、私、ヤレと言われたらいつでもヤレます!」


 だからなんでそんな決意に満ちた目で寝取られに同意するの?おかしいじゃん。それにヤレるって言うか、君はヤラれる側なんだよ?


「でも、そうですね、一つ聞きたいことができたのですが、よろしいですか?」


 フィリエルは眉根を寄せて、なにかに気付いたのか、やけに深刻そうな顔で聞いてくる。なんだろう?


「うん、いいけど、何かな?」


「その、リューク様の加護の条件は承知しました。ただそうなると、リューク様はもしかして、加護の能力を引き出すために私に近づいた、ということでしょうか?」


 …まあ、そういう話になるよね?


 さて、どう答えるべきか。


 僕は腹を決める。


「フィリエル。僕は君が好きだ」


「それは、存じています。加護が発動するということは、リューク様も私のことを好いているということですから。それと、私も今さら何を聞かされてもこの気持ちを変えるつもりはありません。――だから本当のことを教えてもらえますか?」


 そしてフィリエルはまっすぐに、その決意に満ちた眼差しを向けてくる。この目は、本当のことを教えて欲しいという目だ。もしも嘘や偽りを述べたら、その瞬間に関係が終わってしまう、そんな気がした。


 だから話した。


「フィリエル…君に近づいた理由については、その通りだよ。加護の条件がある、だから近づいた」


「そう、なのですね」


「ごめん、それについては謝る。君のことを利用する形になってしまった。申し訳ない」


「…本当に悪いと思っています?」


「ああ、言い訳はしない。もしも僕のことを殴りたいというのなら、喜んで殴られよう」


「…私も、リューク様のことを利用しようとしました」


 それは、あの晩のことかな?


「私が体を差し出して、それで国が救えるなら、それでも良いと思っていました。でも今は違います。ナルシッサ様のことが大好きで、あの方を救いたい。そしてあなたのことも大好きで、これからも一緒にいたい、そう思っています」


「…そうか」


「だから、リューク様を利用しようとした私が、リューク様のことでとやかく言うのは筋違いですし、私なんかに言われたくもないでしょうし、厚かましくて、とても図々しい事なのは重々承知しています。それでもやっぱり、好きな人に利用されるのは、あまり良い気分ではないです」


 ――だから殴らせて頂きますね?とフィリエルは云う。僕はそれに頷いた。


 そして、ドゴッ、と鈍く強烈な音が屋敷に響いた。


 僕は頬を差し出したのだが、その意に反してフィリエルは腹に蹴りを入れてきた。


 殴るって言ったじゃん。それ蹴りだよ。


「ふぅ、偉い人を殴るってなんだか清々しいですね」


「そ、そうか。うぅ、めちゃくちゃ痛い…フィリエル、君の気が済んでよかった…うぐ…」


「やだ、本当に痛そう。ご、ごめんなさいリューク様。手加減できなくて…」


「いいんだ、君に許してもらえるなら、いくらでも腹でも頬でも差し出す、そういう覚悟で君のことを好きになったんだ。いくらでもこの身、叩いてくれ給え」


「そ、そうなんですね。…リューク様は、私のこと、愛してる、それに間違いはないのですね?」


「ああ、好きだ。君のことは必ず幸せにする。それについてはネトラレイスキー家の名誉に誓って約束しよう。うぅ…いてて…」


「…それは、加護があるから好きになった、ということですか?」


「違う…フィリエル、君がとても魅力的な女性だから、だから好きになった。確かに近づいたキッカケは加護かもしれない。だが、好きになったのは君が可愛いからだ。そこは勘違いしないで欲しい」


「…もう💓。わかりました。私も生涯をかけてあなたを愛します」


 そう言って腹をさする僕に近づくフィリエルは、優しく僕の額にキスしてきた。


「…フィリエル」


「リューク様、頑張って世界をお救いください」


「あ、ああ。任せてくれ」


「はい、私も頑張ってリューク様のお手伝いをしますから」


 と笑顔を向けてくるフィリエル。


 頑張る、か。ふふ、それって間男に寝取られるって意味での頑張るなのかな?


 僕はフィリエルのことが好きだ。彼女も僕のことを好きになってくれている。


 そして彼女は僕の加護について知り、協力を約束してくれた。


 こうして準備はすべて整った。あとはランバール奪還のための遠征軍が出発するその日を待つだけとなった。


 刻一刻とその日――シルフィアだけじゃない。今度はフィリエルも間男に抱かせる日が近づいている。

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