第34話 新しい剣
――夕方。
フィリエルとの話し合いを終えると、屋敷でのんびり。数日後に控えた遠征に備えて英気を養っていた――すると、
「ただいま~。ふぅ、間に合った~♪」
なんだか機嫌の良さそうな声がする。どうやらローゼンシアが帰宅したようだ。
「あ、見て見てリューク様~。この剣、良いでしょ~」
屋敷の居間に入ってくると、鞘から剣を抜くローゼンシア。彼女は剣を片手で構えると、ヒュンヒュンと振り回して空気を裂く音を鳴らし、いかに素晴らしい剣であるかをみんなの前で誇示した。…はは、そんな激しく剣を振り回して、よっぽど嬉しかったんだろうなあ…ここ室内だから遠慮して欲しいんだけど。
「んなッ!!…ロ、ローゼンシア!危ないでしょ!おやめなさい!」
「もう、ちょっとぐらい良いじゃない…よっと」
先ほどまでソファで寛いでたシルフィアが、居間で突如剣を抜いて振り回すローゼンシアを𠮟りつける。頬がぴくぴくと痙攣し、血管が浮かんでいた…あれ、ガチでキレてるかもな。
流石に怒られてまで振り回すつもりはないらしく、慣れた動作で腰元の鞘にカチンと音を立てて剣を鞘に仕舞うローゼンシア。
今日買ったばかりの剣だろうに、なんだか手慣れている。
それに…先ほど室内で剣を振り回していたのだが、その剣先が壁や床に触れることは全くなかった。
確かにこの居間はとても広い。剣を振り回すには十分な広さがある。しかし、この空間にはソファやらテーブルなどの家具があるので、激しく剣なんて振り回しなどしたら普通ならどこかにぶつけてしまうことだろう。
しかし、そうはならなかった。
浮かれ気分に剣を振り回しただけなのだろうが、その実力はやはり本物なのかもしれない。
「それにしても、ミスリル製の剣なんてよく手に入ったね」
「うん?ああ、実はこれ、ミスリルじゃないんですよ」
「あ、そうなんだ」
やけにあっさり剣を手に入れたなと思ったら、なんだ、妥協したのか。まあそうだよな。そう簡単にミスリルの剣が手に入るわけが…
「これオリハルコン製の剣なんですよ~」
と嬉しそうに笑顔を向けてくるローゼンシア。
…はて?オリハルコンって確かミスリルより貴重な鉱物じゃなかったか?
「ふふ、流石オリハルコン…この切れ味、よく手になじむ」
ふふふ、と不敵な笑みを浮かべ、人斬りみたいな発言をするローゼンシア。いや、そうじゃなくて…
「そんな貴重な剣、どこで手に入れたの?」
「ふふ、この剣ですか?実は王都の歓楽街を歩いていたら譲ってもらったんです」
…本気で言ってる?
「あ、疑ってますね。本当ですよ?」
「それはそうだよ。だってオリハルコンだよ?そんな簡単にくれないでしょ?」
「別に簡単とは言ってませんよ?その男の人、私の体をいやらしい目で見てきたので…」
ドクン…心臓が、撥ねる。
え?まさか…ちょっと待ってよ、それって…
まさか、そんな、ローゼンシア、君、体を使って剣を…
「私に勝ったらエッチなことしてやるって挑発したら襲ってきたので返り討ちにしてやりました。この剣はその時の戦利品です」
……なんだ、そんなことか。
あれ?なんで僕、がっかりしてるんだろう?変だな?ローゼンシアが危険な目に遭わず、スケベな目に遭うこともなく、清い体のまま貴重な剣を入手できた、それはとても喜ばしいじゃないか。一体僕は何にがっかりしているのだろう?
もう自分の気持ちがよくわからない。
「リューク様?どうしました?」
「え?ああ、いや、なんでもない。ちょっと考え事をしていて…」
「そうですか?うーん、ま、いっか。それよりリューク様。これで武器は揃いました。私、遠征に参加しても良いですよね?」
「…危険だよ?」
「覚悟の上です」
「…僕の命令は絶対だ。必ず従ってもらう。聞けないなら連れていけない」
「わかってます。ご主人様、なんなりとご命令を。戦場から夜の伽まで、どこまでお供しますよ?」
「いや、そこまで言って…はあ、うん、わかった。じゃあいいよ」
「へへ、やった!ふふーん、よーし、ちょっと外で軽く稽古してきますね!」
そう言って居間を出て外に行くローゼンシア。
というか、さっきからシルフィアの僕を見る目つきがなんだか冷たい。いや、よく見たらフィリエルも…
あれ?なんだか、視線が痛い。二人の視線が僕に突き刺さる。
「いや、違うんだ」
「うん?なにが?大丈夫だよ、リューク。わかってるから」
「え?もしかしてローゼンシア様も?…そうなんだ…私だけじゃなかったんですね」
「あーあ、リュークがフィリエルをイジメる~」
「ち、違うんです。これはその、理解はしているのですが、それでもやっぱり…うぅ…」
「ま、待って!ちょっと待って!本当に違うから!今のはそういう意味じゃなくて、その、とにかく違うんだってば!」
「うんうん、わかってるわかってる」
「大丈夫です、リューク様。これも必要なことなのは承知してますから」
なんだか悲しそうに目を伏せるフィリエル。そんな彼女の肩をポンポンと優しく叩くシルフィア。
なんだろう?これ?まるで僕が恋人の目の前で他の女を口説く軟派野郎みたいじゃないか!…いや、実際その通りかもしれないが…
確かにその通りだけど!だけどさ!だって、そうしないといけないんだもん!君たちだって知ってるでしょ!好きでやってるわけじゃないって!これが、人類を救う上で必要なことなんだってば!
「うんうん、だからわかってるって」
「はい、わかっております。ただ辛くて…」
そう言ってシルフィアは冷たい眼差しを、フィリエルは悲しそうな目を僕に向ける。
くぅ、辛い。なまじ事態を正確に把握している二人なだけに、扱いが面倒くさい。一体僕にどうしろと言うのだろう?
「二人とも、僕は…」
「凄いのじゃ!ローゼンシアは剣の達人だったのじゃな!」
「ふふ、褒めて頂けて光栄です、ナルシッサ様。おや、なんだか部屋の空気が不穏ですね」
二人の面倒な視線を浴びていると、その空気を作った元凶であるローゼンシアがナルシッサと一緒に居間に戻ってきた。
「なんじゃ?」
「どうかしました?」
「いや、なんでもないんだ」
「そうね、なんでもないことよね~」
「そうですね、大したことではないです、ぐす」
「ふにゅ?どうしたのじゃ?」
「…きっとお腹が空いて機嫌が悪いのでしょう。リューク様、私、お腹ぺこぺこです。早く食事にしましょう!ステーキは厚めでお願いします!二枚、いえ今日は三枚いけます!」
「ローゼンシアは本当によく食べるのじゃのう。見ていて清々しいくらいじゃ!」
ローゼンシアは…なんとういか…、僕らの厄介な空気をおそらく察知しているはずだ。にもかかわらず、我関せずという顔でしらを切る。
だが、今の居間の状況を考えると、それが正しい選択なのかもしれない。僕はローゼンシアに同調するように、
「そ、そうだね。食事にしよう。はは、今日は御馳走だぞ!」
と場を濁すのであった。
その夜。僕は自分の言葉を有言実行。ローゼンシアのために厚みのあるステーキを用意してやり、ナルシッサにたくさん食事を進め、とにかく早々に彼女たちの腹を満たして満腹にさせてやった。
「うーん、もうお腹いっぱいなのじゃあ」
「ふう、私もです。こんなに食べたのはあのパーティ以来ですね。ふわあ、そろそろ寝ますか」
たくさん食べ過ぎて幸せな顔をするローゼンシアとナルシッサ。やがて、なんだか眠そうな顔を二人はする。そんな彼女たちとは反対に、シルフィアとフィリエルはなんだか言いたそうな顔をずっとしていた。その顔が気になってこちらはまったく食事どころではなかったほどだ。
「ではナルシッサ様。お部屋に戻りましょう」
「うむ、任せるのじゃ、フィリエル~。ふにゃあ」
「…Zzz…ハッ!…ねむ…、では私も部屋に戻りますね。リューク様、当日はよろしくお願いしますね」
眠そうに欠伸をしつつも、僕を見るときはなんだか歴戦の戦士みたいな鋭い眼差しを向けてくるローゼンシア。そんな目をしないでも、連れていくと約束したのだからちゃんと守るよ。
ただ、今はそれ以上にやることがある。
「二人とも」
「うん?」
「なんでしょう?」
「今夜は僕の部屋に来てくれ」
「…わかった💓」
「…はい💓」
遠征までもう日はない。一度遠征に出てしまったら、もう彼女たちとはしばらく会えないのだ。
だからこそ、不安だ。もしも僕がいない間に二人が…戦場で加護を発動するために二人が間男に抱かれ、そして…
うッ!頭に激痛が…鎮めないと。
すぅ、はあ、すぅ、はあ…
僕は深呼吸をすると、部屋で二人が来るまで待機する。
こんな状況の中で戦場に行くなんてありえない。仲違いだけは絶対に避けたい。できれば関係を修復してから戦場に出たい。でないと不安で心が押しつぶされてしまう。だからこそ、今夜は彼女たちとちゃんと話し合い、仲を深めて…
コンコン。部屋をノックする音がする。
「どうぞ」
僕の言葉を合図にガチャリと扉を開く。
そうだ。とにかく今夜は時間をかけてじっくり話し合って彼女たちの誤解を解き、ちゃんと仲を………なぜか二人ともシースルーのネグリジェ姿でやって来た。
「あの…、なんでそんな恰好で…」
「うん?だって夜に男の部屋に行く理由なんてそれしかないでしょ?」
「リューク様…私、切なくて…」
シルフィアはその赤い髪によく似合う真っ赤なネグリジェで、シースルーだからその下にある肌が透過してよく見えた。
一方でフィリエルは誰が選んだのやら、白のシースルーのネグリジェで、そんな色素の薄い着衣のせいか胸の先端の色まで見えていた。
ただでさえ綺麗な二人の美女。そんな彼女たちが、やたらと煽情的で色っぽく、男を挑発する恰好で目の前にいた。
「ま、待って…今夜は…」
「ねえリューク、私だって不安なんだよ?」
「そうですよ、リューク様…」
そう言って近づいてくる二人。すると彼女たちの方から甘い女の香りが漂ってきて、頭がくらくらする。シルフィアは右から、フィリエルは左から僕の体に抱きついてきて、足を絡ませてくる。
彼女たちの柔らかい肌の感触が伝わってきて、それが心地よく、そして興奮を煽ってきた。
シルフィアとフィリエルは僕のお腹や背中などを触り、抱きつき、そしてふぅと甘い吐息をかけてくる。
「もしかしたらリュークが他の女に取られちゃうかもしれない」
「そんなの、嫌です」
「だったら、誘惑しちゃうしかないよね?」
「私たちがいっぱいご奉仕します。だから…」
「「私たちのこともちゃんと愛してね💓」」
二人の女。顔と体がとても綺麗で、男なら誰もが欲情するような体の美女に迫られ、そして…
僕はすっと手を伸ばして彼女たちの尻を鷲掴んだ。
「あ💓」
「ん💓」
「…わかったよ、今夜…いや、遠征の日の朝までずっと君たちを抱く。絶対に奪われないように、君たちの体に刻み込むよ」
「ふふ…うん💓」
「…はい、お願いします💓」
そして僕は二人を抱きしめると、そのままベッドに向かった。そして…
「…」
「…」
「…ん💓」
「…あ💓」
「…」
「…」
「…」
「ねえ、リューク?もっと激しくしても良いんだよ?」
「あの、リューク様。…優しいのは好きですけど、私ももっと…」
「…」
「はあ、仕方ないね。ねえリューク、もしも遠征中にあの人に抱かれたら、私、今度こそ気持ちよくなって………」
「…」
「…え?シルフィア、どうして急にそんな酷いことを…え?どうして!?」
「……」
「…!!!!!!!!!」
「…!!!!!!!」
「……💓」
「……💓」
「…こんなのダメ………💓」
「…凄すぎです…💓」
「…好き…好き💓」
「…大好きです💓」
「…」
「…」
「…あ、待って…それ以上は…んんッ!…💓」
「…シルフィアがあんなこと言うから…ああッ!…💓」
「…」
「…」
「…」
「…ごめん、ごめんってばリューク、さっきの謝るから…ああ💓」
「…」
「…」
「…」
「…もっと💓」
「…して💓」
「…」
「……………!!!!!!!!!」
「…………!!!!!……!!!!」
「…し、シルフィアのせいだからね!……ああッ!…💓」
「…!!…!!!!……もう…💓💓…リューク💓…!!!……💓…リューク様…愛しております💓…」
「…」
「…」
「「…💓」」
…
…
…
…ふぅ。
最初は優しくするつもりだった。しかし、なんか途中からシルフィアがやけに挑発的なことを言って煽ってきたせいで、なんだか途中からとんでもない事になった気がした。
やってる時は夢中だったのでどうとも思わなかったが、すべて終わった今、やらかしてしまったような罪悪感、しかし最後までやり遂げたという爽快感の二つの感情によって僕の心が支配されていた。
そんな二人だが、現在はねっとり濃厚な汗まみれになって僕の両隣にいて、ぜえぜえと荒い呼吸をあげていた。
「す、すごかった…んッ💓」
「ふふ、こんなの狂っちゃう…ふふ💓」
暗くて表情はよく見えなかったのだが、なんだか酷い顔をしていた。しかしそれでも喜んでいるようにも見えた。
やがて落ち着いてきたのか、荒い呼吸もだんだん静かになり、甘えるように二人とも僕に抱きついてくる。
「リューク…ふふ」
「リューク様…」
「二人とも、その…平気かな?」
「ふふ、リュークのせいで平気じゃないよ」
「そうです。リューク様のせいで私、おかしくなりそうです」
とセリフこそ非難めいた言葉を使っているが、内心では喜んでいるのがバレバレだった。
「ねえ、リューク?」
「うん?なにかな?」
「リュークって、寝取られの話をした時の方がすごく荒々しくて、エッチも上手くなるね?」
「…え?」
「あの、私もそれは思いました。最初は優しかったのに、シルフィアが挑発した途端に…あ、いえ、なんでもありません」
…この二人は、何を言い出すんだ?
「ふふ、ねえフィリエル、遠征の後が楽しみだね」
「…そうですね。シルフィア、すごい楽しみですね」
と示し合わせるように僕を挟んで会話をする二人。ちょ、ちょっと待ってよ。君たち、なにをわかりあってるの?僕にもちゃんと説明してよ!
今夜、こじれた二人との仲を修復することには成功した。しかし、そのせいでなんだか別の問題が発生したような、それもかなり重大で深刻な問題が発生した、そんな気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます