第32話 魔女

 王宮の控え室でシルフィアと昨夜の事やその他もろもろ、特に下半身の事情について話し合っていると、


 ――コンコン


 と扉をノックする音が聞こえた。


 思わず話を中断し、僕らはお互いに見合う。


「誰かしら?」


「ルクスだん、…王子ではないだろうね」


 おっと、まずいまずい、うっかり団長と言いそうになった。流石に王宮内で王子を団長呼びはマズイね。

 

 そもそもルクス王子ならわざわざノックなんてしないだろう。なにしろここは王宮。王族にとって実家みたいなものだし、なにより臣下のプライバシーを気遣うような御仁でもない。


「ネトラレイスキー伯爵、お忙しい中失礼します。お時間よろしいでしょうか?」


 扉の向こうから年配の男性…おそらく高齢の男性の声が聞こえる。


「どうぞ」


「入ります」


 ガチャリと扉が開く。そこには初老の執事と、その背後に何人かの人の群れ…黒いローブを着用していることからおそらく魔術師だろう…がいた。


「失礼します。人類軍総司令官のマルゴ卿よりネトラレイスキー伯爵へ伝言を預かっているのですが、よろしいでしょうか?」


 マルゴ?ああ、人類軍のあの人か。


 それにしても命令ではなく伝言、ね。まあ、あくまで僕らは人類軍の傘下についているというだけで、ひとたび軍を離れてしまえば上下関係は無くなるわけだから、いくら総司令といっても軍務以外で他国の貴族相手に命令はできないか。


 ということは、軍事関係以外の言伝ということか?


「リューク、とりあえず聞いてみたら?」


 と促すシルフィア。まあ、そうだよな、聞かないことには判断しようがない。


「うん、そうだね。…では聞かせてもらえるかな?」


「畏まりました。実はこちらの方々、ディストグルフ国の魔術結社の方たちなのですが、どうしても加護の件で伯爵と相談したいことがあるとのことでして、よろしいでしょうか?」


 …なにがよろしいのだろうか?


 なんというか、要領を得ない発言だな?それは本人も自覚しているのだろう。老執事はなんとも歯切れの悪そうな顔をしている。


「えっと、どういうことでしょう?」


「と申されましても…こちらの魔術結社の方々が伯爵の加護に興味があるようで、加護について相談されたい、との事でして…」


 そう言われ、老執事の背後にいる人たち、黒ローブの魔術師たちを見る。


「あ、こっち見た!」

「あれが例の…へへ…解剖したい…」

「魔力反応3.4…ふむ。一般男性と同レベルの魔力値、と。一体どこにあれほどの力が?」

「ふぅ、男の研究はやる気でないんだよなあ。おや、あっちの女性、良いな。この試験中の強制発情プラグの素体として…」


 本人を前にして勝手にしゃべりまくる魔術結社の面々。ああ、こいつらがアレか、ディストブルグの魔術結社の魔術師たち。


「要するに、そちらの方が僕に用があるってことでいいのかな?」


「…仰る通りです」


 どうやらそうらしい。そして納得。さっきからどうもこの執事の言い方、なんだか言葉を濁すような感じで要領を得ないと思ったら、なるほど、こういうことか。


 黒ローブの魔術師たちから向けられるのは、英雄を見る尊敬の眼差し…ではない。あれは、奇異の目。好奇心の目。そして研究対象を見る観察者の目つきだった。


 明らかに人を見る目ではない。


 こいつら、僕の体を研究するつもりか?


「伯爵…マルゴ総司令官よりもう一つ言伝があるのですが、嫌ならば断わっても良いそうです」


「え、ちょっと待ってよ。話ちがくね?」

「ふざけんなよ、こちらとらやりたくもない戦争に協力してんだけど?」

「そうだそうだ。手伝ってやってんだから解剖させろ」

「む!魔力反応が増加してる…一体どこから…ああ、お前らの魔力か。チッ、紛らわしい。こっそり鼻くそつけてやろ」

「このプラグは現在、犬にしか使用してないのだが素晴らしい効果を発揮していてね。そこのお嬢さん、よかったら一度…」


「お前たち、少しだまれ」


 魔術師たちが各々勝手に喋りたい放題で収集がつかない中。黒ローブの魔術師の一群の中から一人が出て来ようとして…


「ふむ、そなたがかの英雄、ネトラレイスキー伯爵か?私は…いや、お前らどけよ?ちょ、いや、道を開けなさいよ?お前たち、なんで私の前を塞いでいるのですか?」


 ディストグルフの魔術結社といえば、空気を読めない研究者バカの集団として有名だ。だからだろう。


 集団の中から一人が出て来ようとしているのに、誰も道を開けようとしない。その結果として、人垣の中を無理やり割り込むようにして魔術師が一人、集団からひょっこり出てきた。


「はあ、はあ、お前たち、バカなんですか?私が開けろって言ったら道開けなさいよ」


「え?おい導師様が開けろって言ってるぞ!なんでお前ら道を開けないんだよ!」

「いや、お前が開ければいいだろ?え、ていうかそもそも開けろなんて言ったか?」

「言ってないね。導師様、そんなこと一言も言ってないね」

「なんだ、じゃあ導師様が悪いじゃん。人のせいにするとか最低ですね。我が結社の最高位のくせにやることは最低ですね」

「ふう。導師様にこんな事はしたくないのですが、仕方ありません。このプラグを導師様のアナ…」


「いえ、もういいです。とにかく私が話すのでお前たちは下がりなさい」


「下がるもなにも上がってないですね」

「そうだよね。言っている意味、不明だよね」

「それよりその素体について研究したいので導師様こそ下がってもらえます?」


「ちょ、お前ら黙れって言ってるだろ!いい加減にしろよお前ら、そろそろその臭い口を閉じないと爆砕粉塵魔法くらわすぞ!…うん?ああ、申し訳ない。私、魔術結社アクレアイズの上位導師、ルシア・パルディアスです。どうぞよしなに」


 そう言って一礼するのは、黒いローブの一団の中で唯一、純白のローブを着こなしている銀髪の魔女だった。


 白い肌に、銀色の瞳、そして肩まで伸びる銀の髪。上から下まで色素が薄く、どこか透明感のある女性だ。


 見た目だけなら美少女と呼ぶに相応しい美貌の持主でもある。


「実はこの度、伯爵様同様にランバール奪還の任務に我々、アクレアイズの魔術師も参加することになりまして、一言挨拶に伺いました」


 と、先ほどの啖呵を切っていた時とはまるで真逆な、礼儀正しい態度で話しかけてくる魔女のルシア・パルディアス。


 そして僕は気付いている。今のは嘘である、と。だってどう見てもこの人、僕のことを実験対象としか見てないし。ただでさえ面倒ごとが多いのに、これ以上の面倒はごめんである。とりあえず適当にあしらって帰ってもらおう。


「挨拶、ですか?それはご丁寧に。こちらこそよろしくお願いします。ではまた後日、お会いしましょう」


「つきましては一つご相談があるのですが…」


 ダメだこいつ。人の話聞かないタイプだ。


 一応、高位の役職に就いているからだろう。対応こそ礼儀正しい。しかし、その本質は後ろにいる黒ローブの魔術師たちと同じなのだろう。


「えっと、これから予定があるのであまり時間は取れないのですが」


「あ、でしたらちょうど良かった。実は時間のない方のためにオススメの計測虫がありまして…」


 そう言ってごそごそとローブの中より何かを取り出す。彼女の綺麗な手のひらの中には、ぐにょぐにょと蠢く黒い物体がいた。


「これは菊門虫と言いまして、お尻の穴より人体に入って寄生する虫なのですが、この虫の凄いところはですね、宿主のあらゆるデータを排泄物を通じて体外に知らせてくれることでして…」


 訂正。こいつは人の話を聞かないタイプじゃない。ただのヤバい奴だ。


「なにやってんだお前ら?」


 僕が魔女を相手に面倒なやり取りをしていると、控え室の外より声をかけられた。助け船、ルクス王子だ!


「おや?おやおやおや?あなたは実験対象リストナンバー987、ルクス王子ではないですか」


「チッ、またお前らか。いい加減にしろよ、実験には付き合わないって言ってるだろ!」


「そうおっしゃらず。今なら三食カエル肉メニューで歓迎しますよ?」


「それは歓迎じゃない。拷問だ。…それよりリューク、フィリエルを返す。今日はもう帰って良いぞ」


「む?むむむ?なぜネトラレイスキー卿が来ているのか不思議でしたが、なるほど、そういう事でしたか…ふむふむ。実は私、ネトラレイスキー卿のあの加護に興味がございまして…おいお前ら、あれ持って来いよ」


 そう言って後ろの魔術師の一団に指示を出す魔女のルシア。そんな厄介な取り巻きを後ろから見ているフィリエルが、困惑した顔で僕を見る。


「あの、リューク様、これは一体…」


「いや、いいんだ。帰ろう」


 なんか、どっと疲れた。僕らはフィリエルを迎えると、この怪しい魔術師の一団を避けるように部屋を出ていこうとする。


「ああ、お待ちを!このミスリル製の槍はネトラレイスキー卿の加護に反応して上位の雷魔法を無制限に撃てる武器でして、しかも魔力が高ければ高いほど威力も上がる、その名もつよつよ雷槍。略してつよ槍…あれ?ちょっと待ってください…つよ槍って名前、なんか、…強そう…ふふ、ふふふふ、素晴らしい冗句を思いついてしまいましたね」


「うるせえ!そんなくだらねえ冗談のために武器の能力を騙ってんじゃねえよ!」


「え?騙る?いえいえ、今のは決して冗談ではなく…いえもちろん後半は冗談なのですが、性能に関しては本も…ああ、お待ちを!このつよ槍の能力は本当に強そうなんです!」


 魔術結社の一団が背後よりなにか喚いていたが、きっとどうでもいい事だろう。僕らは魔術師の一団をなんとか無視して帰るのだった。

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