第30話 ローゼンシアの活動

「ふにゅ?フィリエル、出かけるのじゃ?」


「はい、陛下。実は私もこの度、軍事作戦の件で協力することになりまして…」


 朝。


 少し遅めの朝食を取った後。フィリエルはナルシッサに王宮へ出かける旨を告げる。


「そうなのじゃ?ふむ、そうじゃな!みんなが頑張ってるのに、妾たちだけ何もしないわけにもいかんのう。ふむ、妾も手伝えることはなんでもするのじゃ!じゃからフィリエルも頑張るのじゃ!」


「陛下!…私、必ず帰ってきます!陛下のためにどんな苦労も耐えてきますから!」


「ふにゅ?フィリエルは一体なにをするんじゃ?」


「うぅ、ナルシッサ様…抱きしめてよろしいですか?」


「う、うむ。それは良いのじゃが…ふわあ、フィリエルは暖かいのう」


 昨夜、あんな脅すような文句を言ったせいか、まるで今生の別れみたいな真剣な顔で話すフィリエル。そして事情をまったく知らないだけに、不思議そうな顔をするナルシッサ。


 いや、あの、フィリエルに加護の内容を話す許可をもらうためにルクス王子の加護で契約してもらうだけなんだけど…


 しかし事情を知らないフィリエルとしては、きっととんでもなく恐ろしい目に遭うのだと誤解しているのだろう。そう、誤解だ。確かに酷い目に合うかもしれないが、そういう酷い目ではない。酷いの方向性が違うのだ。


 膝をついて優しく、そして力強くナルシッサを抱きしめるフィリエル。ナルシッサのふわふわとした柔らかい金色の髪を撫でるフィリエルの姿はまさに聖母そのものだ。


「では、ナルシッサ様、行ってまいります。お達者で」


「…そんなに遅くなるのじゃ?」


「いえ、お昼ごろには帰りますよ?」


「あ、なんじゃ。意外と簡単な用なのじゃな」


 ナルシッサがなんだか不安そうな顔をしていたので、帰宅できる時間帯を告げると、ホッとした顔をして「それじゃあいってくるのじゃ~」とナルシッサは手を振って僕らが出かけるのを見送ってくれた。


 屋敷のメイドが扉を開けると、そのまま外に出る僕たち。今回、王宮に向かうのは僕とフィリエル、シルフィア、そしてローゼンシア…ローゼンシアがなぜ一緒に?


「あれ?ローゼンシアも出かける予定でも?」


「ええ、実はお腹が空いて、じゃなくて…実は出かける前にリューク様にお願いがあるのですが、良いですか?」


 今日は晴天。雲一つない青空の下、玄関の外でローゼンシアがもじもじと落ち着きのない様子で顔を赤らめながら僕に聞く。なんだろう?まるで年上のおじさんにプレゼントをねだる娘みたいな反応だ…


「実は新しい剣が欲しくて…お小遣いもらえます?」


 どうやら本当にプレゼントをおねだりしたいみたいだ。


「それは良いのですが…えっと、うちの武器庫にも剣はありますよ?」


「あれは鉄製の剣ですよね?魔族と戦うなら、できればミスリル以上の剣が良いのですが」


 ミスリルか。


 ミスリルはアダマンタイトと比較すれば、まだ希少性は低い金属かもしれない。しかし、それでも鉄と比較するなら非常に希少な金属であり、そう簡単に手に入るものではない。


 特に現在は今、他国との国交が完全に途絶えてしまっているだけに、ミスリルどころか鉄鉱石の輸入すらおぼつかない状況だ。


 現状、鉱物に関してはカルゴアの領内にある鉱山に頼っている状況であり、外国からの輸入はまず見込めない。要するに、資材が不足しているのだ。


「申し訳ない…僕の伝手ではミスリル製以上の武器は難しいかもしれない…いや、待てよ?」


「どうかされまして?」


「…そうですね、前回の魔族との戦いで魔族の武器を多く鹵獲したので、もしかしたら良い武器を人類軍が保管しているかもしれないですね」


「うーん、でもそれって魔族の武器ですよね?あまり大きすぎる武器だと私では手に余るかもしれないですね」


「ああ、そうですね」


 確かに。魔族は図体がデカいだけに、魔族の使用する武器は基本的に人が使用するものよりも大きいものが多い。


「さすがに非戦闘型の魔族は戦場には出ないでしょうからね」


「うん?魔族にもそんな弱いタイプがいるんですか?」


「いや、弱いというよりも、非戦闘型というのは要するに成人前、子供の魔族のことですね」


「ああ、なるほど。そういうことですか」


 ローゼンシアは腕を組み、納得したような顔をする。


「悪逆非道な魔族でも、子供に戦わせるなんてことはしないですね……………うちとは大違い…」


「その代わり奴らは奴隷兵を使用しますけどね。奴隷兵の中には人種の子供が参加することもありますよ」


「奴隷兵…そっか。魔族は人も使うんですよね?それなら人用の武器もありますよね?」


「う~ん、あるかもしれないけど、おそらく鉄製以下の武器でしょうね。魔族は特別な理由でもない限り、人間を重用しないので」


「そっか、そうですよね。うーん、どうしましょう?」


 と聞かれても。というよりもしかして、ローゼンシア、遠征、というより戦闘に本気で参加するつもりか?


「あの、もしかして次の遠征に兵士として参加するつもりで?」


「ええ、だって私、リューク様の従者ですから」


 えっへんと胸を反らしてふんぞり返るローゼンシア。その時、彼女の胸がたわわに揺れた。…おっと、真面目に聞かないとな。


「…ちなみに、剣の腕前は?」


「うん?そうですね…盗賊ぐらいでしたら斬り殺せる強さでしてよ?」


 うーん、なら大丈夫かな?


 ローゼンシアは時々、屋敷の庭で剣の稽古をしていたことがあったのだが、なかなかの剣筋だった。試しにシルフィアと剣の稽古をしたこともあったが、単純に剣の腕前だけならシルフィア以上でもあったほどだ。


 もちろん、稽古と実戦は違う。なにより、魔族相手に生半可の剣の腕前は通じないだろう。


 魔族を斃すには、技量よりもむしろ力。剣の筋よりも魔族をぶち殺せるだけのパワーが必要だ。


 僕はローゼンシアの体を見る。


 女性にしては鍛えている方だ。ただ、華奢だ。


 あんなにたくさん食べているのにこれだけ痩せているのは、おそらく日々鍛錬を怠らず、剣を振るって鍛えているからだろう。


 そのせいで、軽い。


 その細くクビれている腰なんて、叩いたらすぐに折れてしまいそうだ。


 シルフィアとの剣の稽古の時、ローゼンシアは速度で圧倒するような戦い方をしていた。一方でシルフィアは帝国で剣を学んだだけあってできるだけ重心を置いてどっしりと構える帝国流の戦い方をしていたのだが、確かにあの速度重視の戦い方ならば、なるほど、盗賊程度なら一蹴できるだろう。


 だが魔族の体は盗賊よりも固い。鉄の剣では斬り殺すのも難しいだろう。斬る前に剣が折れてしまう。


 ぶっちゃけ、斬るよりも火魔法で焼いた方が早いぐらいだ。


 だからミスリル製以上の剣が必要というのはわからない話ではない。しかし、たとえミスリル製以上の剣があっても、ローゼンシアの細い腕では力負けして斃せないのではないのだろうか?


「もしかして、私じゃ魔族は斃せないって思っています?」


「…ローゼンシア。一流の剣士がその辺の魔族一体に負けるなんてよくある話ですよ?」


「でも、リューク様は簡単に魔族を斃しましたよね?」


「それは加護のおかげです」


「加護があっても、武器がないと魔族は斃せないですよね?」


 それはそう。実際、鉄剣で魔族と対峙した際にはすぐに折れたしな。もっとも、剣があった方が殺すのに便利というだけで、おそらく加護の発動状態ならば素手でも魔族は斃せただろうが。


「えっとですね、私の実力不足はこの際無視するとして、良い武器があるに越したことはないですよね?」


「…まあ、それはそうですね」


「一日ください。今日中に必ず武器を見つけてきます。それでお小遣いお願いできません?」


 …別に、無理して戦場について来なくても良いんだけどな。


「ローゼンシア…僕は別に戦場に従者を求めてないからついて来なくても大丈夫なんだけど…」


「リューク様の加護って恋人がエッチすると発動するって本当ですか?」


「なぜ知っている?」


「あ、本当なんだ。ふふーん、当たっちゃった」


 そしてドヤ顔を浮かべるローゼンシア。


 し、しまった!カマをかけられた!


 いや、しかし、こんなピンポイントにカマをかけられるなんてあり得るか?


「ここ数日、リューク様の言動をずっと観察していたんです。そしたらですね、なんか急に軟派な感じになって、ちょっと変だなあ、って思ってたんですよ。特にあのシルフィアが他の女の影を許すってのが不思議でしたね」


 と自前の推理を披露するローゼンシア。


「あの手のタイプは浮気とか絶対許さないタイプですよ?でも許してる。浮気するぐらいなら相手を殺すぐらいしそうなタイプなのに…急に女たらしになるリューク様に、浮気絶対許さないマンなシルフィアが浮気を許容する…それがずっと気になってて」


 ――今、ようやく合点がいきましたね、とローゼンシアは得意そうな顔をする。


「こ、この事は黙っていて欲しい…でないと…」


「ふふ、わかってます。こんな重大なこと、とても話せませんよね?だったら、ちゃんと私の口も塞いでくれないと、ダメですよ?」


 そう言って指で輪っかを作るローゼンシア。それはどういう意味のジェスチャーだろう?


「…いくらだ?」


「金貨10枚で」


「銀貨10枚でいいかな?」


「金貨8枚」


「…金貨2枚で」


「うーん、そうだ!私もリューク様の加護に協力しても良いですよ?」


「え?」


「金貨20枚でいいですよね?」


 と、にっこり。笑みを浮かべるローゼンシア。


 あれ?せっかく値切ったのに、値上がりしてる?


「リューク様、今、悩んでません?」


「え?な、なにを?」


 いや、確かに悩みはある。しかし、なぜ悩んでいることを知っている?


 ローゼンシアは「ふふ」と悪戯でもしそうな笑みを浮かべ、僕に近寄る。


「リューク様、可哀そう…魔族から人類を助けるために必死に頑張ってるのに、そのせいでエッチなことができないのに、他の男たちはせっせとエッチなことをして励んでる。このままだと、リューク様だけどんどん遅れて、他の男と比較してエッチが下手になっちゃいますね?」


「え?」


 どくん。僕の心臓が鼓動をあげる。


 そ、それは…なぜそれを知っている?


 いや、違う。この悪戯っぽい笑みは、カマをかけているだけだ。そうに決まっている。


「い、一体なにを言ってるのかな?僕には何が言いたいのやら…」


「あ、もしかしてカマをかけてるって思ってます?違いますよ?私はただ、ごくごく当たり前の一般論を述べてるだけですよ?」


 え、そうなの?


「だってそうじゃないですか。いいですか、どんな人間も最初は下手くそなんですよ?でもいっぱい練習することで上達するじゃないですか。剣の稽古と同じですよ。練習した人ほど上手くなる。練習をサボれば下手なまま。こんなの当たり前じゃないですか」


 そ、そっか。そうだよね!


 昨夜の件以降、僕は自分の股間の剣の腕前にちょっと自信を失いかけていたけど、そうだよね!こういうことは練習すればちゃんと上達するよね!


「でもリューク様、練習できるかなあ?」


 と突き放すようなことを言うローゼンシア。君は僕をどうしたいんだ?


「だって今のランバールって魔族が支配してるんですよね?魔族の支配地に娼館があるわけないですし、どうするんです?」


「どうするって…なにを?」


「リューク様が遠征中、王都にいるシルフィアたちはどんどんエッチして上手くなるんですよ?」


 ――どくん、どくん。僕の心臓の鼓動がますます早くなっていく。寝取られなんて発生していないのに、僕の胸のうちにある黒いオーラが脈動を始めている気がした。


 ローゼンシアは続ける。


「だって魔族と戦うってそういう事ですよね?リューク様の加護ってつまり、そういう感じなんですよね?」


 一体、この娘はどこまで把握しているのだ?いくらなんでも勘が良すぎないか?


「もちろん、私は詳細は把握していません。さっきの情報をもとに、あれこれ勝手に想像してるだけです。だからもしも私が間違ってるって思ったら、バカな妄想だと思って笑い飛ばしてくださって良いですよ?でもリューク様のその怖い顔、どう見ても当たっているとしか思えないですね」


 え、僕そんな顔してた?


 顔に手をあててみる。ふむ、なるほど、これは確かに良い表情とは言えないね。


「リューク様、隠し事をしたいならもっと腹芸を覚えた方がいいですよ?」


「…うん、そうだね」


「ふふ…それで、どうします?」


「…はは……逆にどうすればいいと思う?」


「今の私はドウラン国の王女ではなく、リューク様の従者ですよ?伯爵様に命令されたら、断れません――遠征中、エッチの練習をさせろって命じられたら、断れませんね?」


 な、ん、だ、と?


「ろ、ローゼンシア…君は…」


 にっこりと微笑むローゼンシア。彼女は口を開けると、


「金貨20枚ですよ?」


 と催促してきた。


 僕は執事を呼んで、ローゼンシアのために金貨20枚をもってくるように伝えた。もちろん、それとは別に従者としての給金も払い、今後とも継続的に雇用する旨も伝えておいた。


 王都には、お金をもらって年上のおじさんと食事やらそれ以上のことをする女性がいるそうなのだが、なるほど、こういう気分なのか。


 まあ僕はまだおじさんってほどの年齢じゃないんだけどね。


「ふふーん、ありがとうリューク様!安心してください!ちゃんと今日中には剣を見つけて万全の準備を整えておきますから!では!」


 そう言うと、金貨の入った袋を握りしめて彼女は走り去っていった。


「リューク?ローゼンシアとなにを話してたの?」


 なんだか怪訝そうな顔をするシルフィアに声をかけられた。


 …違うから。これは、加護の協力者を増やすための行動だから。決して僕が楽しみたいからとか、そういうのじゃないから。


 僕はそんな言い訳じみた考えを胸に秘めながら、彼女たちと一緒に王宮へ向かうのであった。


「…ローゼンシア、新しい剣が欲しいんだって。それでお小遣いをあげてきたんだ」


「ふーん、そうなんだ。そういえば私も新しい剣が欲しいなあ。ねえ、買ってよ」


「…いいよ」


「え、いいの?やった!」


 王宮へ向かう道すがら、僕らはそんなやり取りをしていた。

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