第25話 ランバール軍
――早朝。
…ん?
なんだか外が騒がしいな。
ベッドの上で目を覚ますと、外から人のざわめき声が聞こえてきた。
「…リューク様、おはようございます。外に人が集まってるみたいですね…ん💓」
どうやら僕よりもっと早く目を覚ましていたらしい。フィリエルは僕の反応を見てから声をかけてきたのだが、そんな彼女の唇を奪う。
「も、もう…朝ですよ?」
「おはよう、フィリエル。 昨日はよかったよ」
「!…はい、私もです…あ、ダメです、ん💓」
ベッドの上。布団の中にはなにも着ていないフィリエル。そんな彼女の姿が可愛くてつい抱き寄せて彼女の首筋にキスをしたのだが…
「リューク様…あ…ん…いけません…あッ💓」
窓から差し込む朝日を浴びながら、フィリエルにキスの雨を降らす僕。昨日味わったばかりのこの体が一夜明け、体力が回復することで再び欲しくなる…しかし…
ふむ。確かにこれ以上はまずいな。
「どうやら起きた方がよさそうだね。フィリエル…」
「…ん…え?あ、は、はい」
「続きは今夜な」
「…はい💓」
瞳を潤わせているフィリエルに再びキスをすると、僕たちはようやくベッドから降りて着替える。フィリエルはナルシッサを起こしに行くということで先に部屋を出て行った。
それにしても、昨日は凄かったな。フィリエルの柔らかく、気持ち良い肌の感触を今でも思い出すことができる。……はあ、できればその思い出に浸りたいところだが、そういうわけにもいかない。
窓に立って見下ろすと、屋敷の門の向こうに人だかりができている。
それもただの人ではない。明らかに戦闘を生業にするような、戦えるタイプの男たち。
元冒険者を集めるとは言っていたが、ずいぶん好戦的な男連中を集めたみたいだな。
顔に傷のあるもの。筋骨逞しいもの。武器を装備するもの。いろいろなタイプの男たちがそろっているが、共通点は戦えることだ。
着替え終えて扉の外に出ると、この屋敷のメイドが控えていた。…ふむ、フィリエルのことも見られていたかもしれないな。
「ご主人様、兵の準備は整いました。どうされます?先に食事をしますか?」
しまった。いつ集めるか、時間を指定するのを忘れていた。まさかこんな朝早くから集まるとは意外だったな。
「そうだな。奴らはランバールの兵だ。まずはナルシッサの準備ができるまで待ちたい。…食事にしよう」
「畏まりました。では彼らには外で待機してもらいましょう」
「え?あー、そうだな!」
人を集めておいて放置し、あまつさえ食事を取る。ふむ、平民たちが貴族に対して良くない感情を持つのは当然かもしれないな。
「なあ、遅くね?」
「俺たちいつまで待てばいいんだ?」
「知らねえよ。ただ久しぶりのデカい仕事だからな。今は待つしかねえ」
そんな愚痴が門の外から聞こえてきたような気がしたが、これは仕方のないことなのだ。
その後。僕は門の外に集めた元冒険者たちを待たせつつ、のんびり熱い紅茶を飲み、食事を取り、そしてナルシッサの準備ができるまで屋敷の中で時間を過ごした。
せめて庭に待たせておけば良かったかもな。
「リューク!準備はできたのじゃ!」
僕が外の連中についてそんな事を考えていると、ようやくナルシッサの準備が完了したようで、声をかけられた。
「あの外にいる者たちが妾の剣になって戦ってくれるというのは本当じゃ?妾みたいな愚鈍な王でも、本当についてきてくれるのかのう?」
期待半分、不安半分といったところだろうか。
まだ子供。ぷにぷにしていそうな柔らかい頬と柔らかい金色の髪を持つ幼女のナルシッサ。しかしその肩には国家という重すぎるモノが乗っている。
ふむ。確かにそういう問題もあるかもな。いくら報酬を積んだといっても、相手は魔族だ。冒険者といえど下手をすれば死ぬかもしれない。生半可な報酬で見ず知らずの王に忠義を尽くすなどまず無理だろう。
最悪、僕が身銭を切って報酬を払ってやるしかないか?
「お任せください、ナルシッサ様」
「リューク?」
「ここは必ずやなんとかしましょう」
「う、うむ。任せるのじゃ!リュークは頼りになるのう」
僕の言葉にようやく不安を拭えたのか、ナルシッサがいつもの明るい笑みを取り戻す。…ノープランなのだが。
そして僕らは屋敷の外へ。事前に執事長に元冒険者たちを屋敷の庭に集まるように伝えておいたので、彼らは現在は庭にいる。僕らはそんな彼らが集う庭へ向かうのだった。
ざわざわ、ざわざわ。
だいたい30人ほどか。どうやらあのメイドはちゃんと依頼通り仕事をしてくれたようだ。
「静粛に!お前ら、静かにしろ!伯爵様がお越しになったぞ!」
集団の先頭にいるもっさりヘアーの中年の男がこちらに気づくと、冒険者たちを怒鳴って静かにさせる。
「あれは?」
「カルゴア王都の冒険者ギルドのギルド長です。今回は彼に依頼し、人手を集めてもらいました」
メイドに尋ねると、そのような回答がくる。
ギルド長はこちらに気づくと駆けよってくる。
「ネトラレイスキー伯爵様。この度は我がギルドにご依頼して頂き、誠にありがとうございます。恐悦ですが…」
「ギルド長。今は時間がありません。挨拶は不要です。早速本題に入っても?」
「これは失敬しました。…ではご依頼通り、戦闘に長けた冒険者たちを30人ほど集めました。いかようにもお使いくださいませ」
「う、うむ。協力、感謝する」
「勿体なきお言葉、光栄に存じます。…おいお前ら!今から伯爵様からお前らに話がある!静かに聞いてろよ!」
僕と対応する時と冒険者たちに話す時ではまるで態度が違うな、このギルド長。きっと後者こそが彼の素顔なのだろう。
「あれがネトラレイスキー伯爵、人類の英雄か」
「はじめて見たな」
「あんまり強そうじゃないな」
「バカ、加護に決まってんだろ」
「寝取られ好き伯爵か、なぜだろう?初対面なのに、彼とはうまい酒が飲めそうな気がする」
僕は彼らの前に立ち、言う。
「今回は集まってくれたこと、ここに感謝を述べる。君たちには今回、ある任務について欲しくて招集をかけた。仕事の内容は、魔族との戦闘だ」
僕の言葉を聞いて、反応は様々。ただ驚く者はほとんどおらず、ほとんどがやっぱりという表情を浮かべていて、予想の範疇の反応ではあった。
まあこのご時世、冒険者に依頼する仕事といえばそれ以外にないだろう。
「えっと、良いですか?」
と言って挙手をするのは、最前にいる剣士風の男だったりする。
「いいだろう。なにかな?」
「それは魔族の討伐依頼ということでしょうか?もちろんやれと言われればやりますが、ただ我々より伯爵様自らが戦われた方が確実かと思われますが?」
ふむ。冒険者というからてっきり魔族ぐらい簡単に斃せる面子がそろっているのかと思っていたが、そうでもないのか?
「ギルド長…一つ聞きたいのですが、ここにいるのはだいたいどのぐらいの実力の冒険者なのでしょうか?」
「そうですね、ここにいる冒険者となると、だいたいCランクからDランク級の冒険者となります」
「ちなみに、魔族を斃せるランクとなるとどのくらいですか?」
「非戦闘型の魔族であればDランク以下でも十分に対処は可能です。ただ戦線に出てくる魔族ともなると、おそらく危険度Bランク以上。もし自分のランク以上の危険度の対象と出くわした場合は、冒険者ギルドでは逃げるように勧告しています」
ふむ、つまりここにいる連中では対魔族戦において戦力にならないってことか。
…ダメじゃん。なんでこいつらが徴兵されなかったのか、わかった気がする。
「おい、それは流石に言い過ぎだぜ!」
「しょうがねえだろ、魔族って強いんだからよ!」
「せめてゴブリンかオークにしてくれよ!」
「そうだそうだ!」
「それに一体ぐらいだったら俺たちだって斃せらあ!」
「うるせえお前ら!それはお前ら全員がかかってようやく一人斃せるって話じゃねえか!お前ら、弱いんだから黙ってろ!」
ギルド長のあんまりな評価に文句を垂れる冒険者たち。そんな彼らにさらに罵声をあげて一喝するギルド長。
「ちなみに、ここで魔族と実際に戦闘した経験のある人はいますか?」
そう言うと、ちらほらと手が挙がる。
「では実際に魔族を斃したことがある人は?」
挙がっていた手がいくつか下がっていく。残ったのは、3人ぐらい。
「ではその三名、前に出てもらえますか?」
やがて人だかりを割って前に出てくる冒険者が三人。
「名前を伺っても?」
「…ジレイ…剣士だ」
「俺はC級冒険者のヨウドラン、得意武器は槍だ」
「ロアン、D級だ。武器は斧」
「では君たち三人にはこの部隊のまとめ役となってもらう。責任者は僕だ。作戦行動中は僕がこの三人に指示を出す。他の者はこの三人から指示を受けるように」
「…わかった」「了解した」「よっしゃ、俺についてこいよ!」
三者三様、それぞれが反応をする。
「さて、前置きはここまでだ。本題に入る」
あらためて彼らの方を向いて言う。冒険者たちの視線が僕に集まる。
「今回、君たちにはランバール軍所属の兵士として人類軍の遊撃部隊に入ってもらう。作戦行動中は僕の指揮下に入ってもらうが、君たちの所属はあくまでランバール軍だ。ここまでいいか?」
僕の説明にかすかに動揺が走る。
「え?ランバール?」
「ああ、あそこって飯が美味いんだよな」
「でももう滅んでるだろ?」
「だからこれから取り戻すって話だろ?」
流石に冒険者として経験があるからだろう。僕の話を聞いてすぐに趣旨を理解してくれる。
「その通りだ。ランバールの王は祖国を取り戻すつもりだ。しかし兵がいない。そこで今回、君たちにはその兵となって行動してもらう」
「ふーん、なんか面倒そうだな」
「報酬がデカいけど、魔族と戦闘か。危険かもな」
「幼女のために戦うならともかく、偉そうな王族のために戦うとか嫌かもな」
おっと。なんだか冒険者たちの顔色が良くない。
それはそうだろう。祖国の防衛ならばまだ大義名分はある。しかしここにいるのはカルゴアの冒険者であって、ランバールの冒険者ではないのだ。
流石に見ず知らずの王族のために命を張って祖国を奪還しろなんて言われても、そう簡単に納得はしてくれないだろう。
「もちろん、報酬は払う。さらに功績に応じて王…ランバールの王から直々に褒美が出るだろう。ランバールは現在、貴族がいないからな。爵位を得るチャンスだぞ?」
「いや、爵位っていっても、もう国がないし」
「そりゃ貴族になれるならなりたいけどさあ、死んだら意味ないしな」
「ハッ!領地?爵位?そんなもの、幼女のひとかけらの価値もないわ!やはりこの任務、降りた方が正解だな」
うーん…空気がどんどん悪くなる。
本来、貴族になれることは平民にとって最大級の報酬といっても過言ではない。なにしろ貴族になれば将来が安泰なのだ。
しかし、今はタイミングが悪い。ランバールの貴族といっても、既に魔族によって滅ぼされている国の爵位など意味がないし、土地が余っているといっても魔族から取り戻せない限り領地にはできない。
リターンに対してリスクが大きすぎるか。
ふむ。仕方がない。僕が参戦して簡単に領地を奪還できるという話をして…
「みなのもの!お願いなのじゃ!」
その時。一人の幼女の声が轟いた。
「ん?誰だ?」
「今の声…どこから…」
「よ、幼女の声、だと?」
突然の声にどよめく冒険者たち。やがて彼らの視線が一人の幼女へと向かう。
「わ、妾はランバール国の王のナルシッサなのじゃ!お、お願いなのじゃ!妾に力を化して欲しいのじゃ!」
ざわ…ざわ…
突然のランバールの王の登場。なによりその正体が可憐な金髪幼女だと気づいたことで、冒険者たちがざわつき始める。
「もちろん、みんなの気持ちもわかるのじゃ!妾みたいなダメな王なんかの下につきたくないって気持ち、十分わかるのじゃ。でもお願いなのじゃ。もし国を取り戻すことができたら、爵位でも領地でもなんでもあげるのじゃ!好きなものを言って欲しいのじゃ!わ、妾にできることならなんでもする!だからお願いじゃ、妾のために戦って欲しいのじゃ!」
「え、今なんでもって言った?」
「…うーん、貴族になれるのは良いんだけど、魔族と戦うってのがなあ」
「我、ここに生涯仕える君主を見つけたり。ナルシッサ様、我を其方の剣として使ってくれたまえ」
おや、なんだかナルシッサの登場で空気が変わってきたな。今なら説得できる!
「ここからは他言無用だが、今回の作戦には僕も参加する。既に知っての通り、僕の強さは加護によるものだ。今回の作戦においても加護は使用する。君たちは僕が魔族を討伐するのをただ見学してくれるだけで良い」
「え?そうなの?」
「あの魔王殺しの英雄が代わりに戦ってくれて、それを見るだけで爵位がもらえる…。これさあ、もしかしてめちゃくちゃ美味しい仕事じゃね?」
「幼き女帝よ、我がもし戦場で活躍したら、其方の横に我を置いてもらうことは可能だろうか?」
うむ。だんたん冒険者たちの感触がよくなってきた。これなら大丈夫そうか?
「もちろん、無理強いはしない。参加しない者は去ってもらって構わない。しかし今回の作戦に参加した者には、相応の報酬を約束しよう」
「うむ!妾もみんなのためにいっぱいご褒美用意するのじゃ!」
…これは決まったか?
冒険者たちの反応は様々だ。周囲の顔色を窺って様子を見る者もいるし、ぶつぶつ独り言を口にして考え込む者もいる。中には熱い視線をナルシッサに向ける者もいた。…なんかナルシッサを見る目がヤバい奴が多いな。
「…どうせ人類なんて滅ぶって悲観してたし、博打をうってもいいか?」
「確かに危険だけど、でもこのチャンスをものにすれば人生逆転あるかもな」
「なぜ我はここに生まれたのか。その意味、今こそ見つけたり。幼女帝に栄光あれ!」
結果、去る者はいなかった。
「うむ、ではこれより君たちにはランバール軍として行動してもらう。お前たち、女王陛下に剣を捧げよ!」
「うおおおおおお!ナルシッサ様万歳!」
こうしてナルシッサのために戦う軍を作ることができた。あとは…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます