第26話 説得
――王宮
ナルシッサのために軍隊を用意することができた。あとは、カルゴア王とランバール王がそれぞれ密約を結ぶことで必要な手続きは完了する。
「ふぅ、なんだかドキドキするのじゃあ」
「大丈夫です、陛下。私がお傍についています」
王との密約を結ぶべく、ナルシッサとフィリエルはこうして王宮に参じたわけなのだが、
「ふふ、ナルシッサ様、あんなにはしゃいじゃって。子供って可愛らしいね。そうお思わない、リューク?」
「え?う、うん、そうだね」
なぜだろう?冷や汗が止まらない。
普段は明るい色を好むシルフィア。それがなぜか今日は漆黒のドレスを着ている。そんな彼女が僕と腕を組んで一緒に王宮へ参上していた。
なんだか今日はいつも以上に胸元が緩い服装なせいか、彼女の谷間が僕の方からよく覗ける。そんな彼女が胸を押し当てるせいで、腕の感触が幸せだったりするのだが…
すごいグイグイくるな。
「ねえリューク」
「うん?なにかな?」
「私たちも早く、子供を授かりたいね!」
「え?う、うん、そうだね!」
「ふふ。楽しみ」
そして甘えるように僕の肩に頭を載せてくるシルフィア。そんなにくっつかれたら歩き難いのだが、もしそんな事を口にしたらなんだかとんでもない怒りを買いそうだったので、僕はシルフィアの機嫌を損ねないようにゆっくりと、彼女に気を遣いながら王宮へと続く橋を渡り歩いている。
そんな僕らのことを、前方を歩いているフィリエルが時々不安そうにチラチラこちらを見ている。
なんだろう?なんだか息苦しい。今日はこんなにも晴れているのに、すごく空気が重い。
もちろん、シルフィアはすべてを承知している。
僕がフィリエルを抱いていることも、それは加護のために仕方のないことも、そして加護の条件があるので魔族の討伐が完了するまでは妊娠なんて出来ないことも、彼女はちゃんと理解している。魔族との戦争が続く限り、妊娠するわけにもいかないので、シルフィアは適切に避妊はしているのだ。
そう、いくら子供を作りたいと願っても、現状では出来ないということを彼女は正確に理解している。なのになぜそんな声高々にアピールを?そんな大きな声で言ったら前を歩くフィリエルに聞こえるじゃないか!
もちろん、だからといって本当のことを口にするわけにもいかず、僕は…
「シルフィア、愛してるよ。早く子供を作ろうな」
「うん。私も大好きだよ、リューク」
と、いかにもラブラブな恋人同士のような発言をするしかない。そんな熱い言葉を口にする度にフィリエルが気まずそうな反応をする。
これではフィリエルがまるで幸せな二人を邪魔する不倫相手みたいではないか。違うから。そんなことないからね!フィリエル、君のこともちゃんと幸せにするからね!
「ふにゅ?フィリエル、どうしたのじゃ?なんだか汗が凄いぞ?」
「え!だ、大丈夫です。ちょっと緊張で冷や汗を…」
「うむ。そうじゃな。妾も同じじゃ、緊張しておるぞ。でも、もうすぐじゃ。もうすぐ国を取り戻せるのじゃ。へへ、いかんのじゃ、まだ取り戻せてないのに、嬉しくなってしまうのじゃ」
「へ、陛下…ごめんなさい」
「ふにゅ?なんで謝るのじゃ?」
「いえ、なんでもありません。さあ行きましょう」
「うむ!」
爛漫な笑みを浮かべるナルシッサに対して、どこかぎこちなく、罪悪感のある笑みを浮かべるフィリエル。彼女たちはお互いに手をつなぎ、王宮の門を通っていく。
「ふふ、ちょっとイジメすぎたかしら?」
「シルフィア…わざとか?」
「ごめんね。…ふぅ。私もしっかりしないとね」
「ん?」
「大丈夫。今のでストレスは発散したから。ここからはちゃんと仕事するよ」
…え?
そう言ってちらりと僕を見てから、王宮に目を向けて歩くシルフィア。
…もしかして、君が今日ここにやって来たのは、加護関連のことなのかな?てっきり甘えたい気分になってついて来たのだとばかり思っていた。
なんだか嫌な予感がする。…えっ、大丈夫だよね?だって魔族とかまだ襲ってきてないし。僕が戦う予定はまだ先だし。今日じゃないよね?まさか今日やるとか言わないよね?
「落ち着いてリューク。今のに他意はないよ」
よっぽど挙動不審な態度をしたのか、シルフィアが僕を窘める。
「あの新しい恋人と違って私はもう経験者なのに、まだ慣れてないのかしら?」
「慣れるわけないよ。今でもシルフィアが他の男に…ウッ、頭痛が……ふぅ。とにかく慣れるわけないじゃないか」
「ふふ、そっか。それって私のことが好きだからって事でいいのかな?」
「当たり前だよ。なにを言ってるんだ?」
「うん、そうだね。ほら、私たちも急ぎましょ」
そう言って僕を引っ張るシルフィアは、なんだか嬉しそうだったりする。間違っても、間男に抱かれることを嬉しがっているわけではないと信じたい限りだ。
王宮に到着すると、僕らは待合室に案内される。やがて、
「ナルシッサ様。陛下がお待ちです。こちらへどうぞ」
「う、うむ!行くのじゃ!」
王宮の使用人に案内され、ナルシッサたちが出ていく。どうやら王との会談に僕らは呼ばれないらしい。
「リューク様、シルフィア様、ルクス殿下がお呼びです」
あれ?今日はただナルシッサの付き添いのつもりだったのだが、どうやらこちらの動きは完全に筒抜けだったらしく、僕らはルクスに呼ばれる。
しかもシルフィアも一緒ということは、確実に加護の件だ。
「さあ行きましょうリューク」
「うん、それは良いんだけど、もしかして呼ばれた理由とか知ってる?」
「さあ?私はただ呼ばれただけだから。でも…そうね、検討ぐらいはついてるんじゃないかしら?」
まあ、うん、そうだよね。確実にフィリエルの件だよね。
やっぱバレてたか。
ルクス王子のいる執務室に案内される僕たち。そこで…
「せっかく手を出しやすいようにメイドを多く配属しておいたのに、まさか他国の使用人に手を出すとはな。お前、手が早いのか遅いのかよくわからん奴だな」
椅子に座り、なんだか飽きれるような顔をするルクス。今の言い分から察するに、どうやらあの屋敷にいる使用人たちは僕が手を出す前提で配置されていたようだ。
護衛部隊って聞いてたんだけどな。
「護衛部隊でもあるぞ?だいたいそう言っておかないとお前、加護の条件を満たせないだろ?」
そんな僕の内心の疑問に答えていくルクス王子。
確かに、僕の加護の条件は、お互いに愛し合っている異性が寝取られること、だ。
上司に命令されて仕方なく抱かれるのでは意味がない。ちゃんと本人の意思で愛し合ってもらわないと加護が発動できない。
ちなみにこの意思というのは、精神魔法や精神薬によって強制的に作られた意思は…おそらくだが対象外だ。
確証はない。だがそうだと言える確信はあった。
加護を受けた者は、たとえ説明を受けなくても、なんとなく感覚的に加護について理解できるようになる。
そして、加護のルールは絶対だ。条件に狂いはなく、抜け道もない。
これが条件だと定められた以上、その方法で条件を満たすしかないのだ。
そういう意味では、今のフィリエルは条件をしっかり満たしている。僕はフィリエルのことが大好きだし、彼女も僕のことを好きだと思ってくれている。それは加護を通じてひしひしと伝わってきた。
「条件は満たした、そういうことでいいのか?」
とニヤニヤとした顔をしてルクス王子は問うてくる。これは抱いたこともちゃんと把握してるな。
「……あの…」
「ええ、問題なく条件は達しましたよ?」
なんとなく答え辛く、返答に窮していると、シルフィアが勝手に答えた。
「私も仲間ができて嬉しいわ、ね、リューク?」
「…え、あの…うん、そう言ってもらえると僕も嬉しいよ、シルフィア」
「ふふ」
とその表情に笑みを浮かべるシルフィア。しかし先ほどの反応を見る限り、内心は穏やかではないようだ。
「なら問題ないか。ではあの女専用に間男を手配して…」
「ああッ?…うぐッ!」
「リューク、俺に殺気を飛ばすな。お前には俺の加護がかかってることを忘れるなよ?マジで死ぬぞ?」
おっと、そうだった。今の僕はルクス王子の加護によって制約を受けているのだった。もしも忠義に反してルクス王子に反意を抱いたら、僕の首が締まって死ぬ。
まったく、厄介な契約をしてしまったものだな。ふう、うっかり殺意を抱いてせいでちょっと首が締まっちゃったよ。…息の根が止まるかと思った。
「リューク、こうなることはわかってたはずでしょ?それともなに?私だけ他の男に抱かせておいて、他の女は抱かせない、そんな不公平なことを言うつもりかしら?」
「いや、そんなことはない…ただ…」
「ただ、なにかな?」
あれ?シルフィアってこんな冷酷な眼差しを向ける女の子だったっけ?なんか凄い冷たい瞳なんだけど?
「まだフィリエルにはそのことを伝えてないから、急に動かれても困るっていうか…」
「ふむ。で、その辺りはどうなんだ?その女はお前の加護について協力してくれそうか?」
…この人はなにを言ってんだ?
「あの、流石に協力的ではないと思います」
「…それはそうだな」
そらそーよ。どこの世界に愛する男のために他の男に抱かれることを潔しとする女がいるんだよ。いるわけないだろ!いや、いるかもしれないけどさ、フィリエルは違うからね!
「かといって協力してもらわないとね。あと数日もしたらリュークは戦争に出ちゃうのでしょ?」
「うん、そうだね」
「それまでに説得してもらわないと、戦争中、ずーっと、私が間男に抱かれることになるけど、それでいいのかな?」
「よくないよ。体壊すよ?」
「そうだよね。王都を防衛する前回の戦いと違って今回は遠征だからね。戦闘が長引いても良いように、あの人とできるだけ長く一緒にいた方がいいかもしれないよね?」
「な!いや、それは…その…」
「でもやっぱり、一人は限界かも」
え?
シルフィアはじっと僕の方に冷たい眼差しを向ける。
「男の人って、長時間やり続けることって出来ないんでしょ?じゃあ二人目、三人目、ううん、もっとたくさんの男を用意しておかないと、遠征なんて無理じゃないかしら?」
…え?ちょっと待ってよ。それってつまり、ランバールへの遠征が終わるまで、次々とシルフィアがいろんな男に抱かれる、ってこと?
「いや、待ってよ、それは流石に…」
「だってそうでしょ?次の戦いは確実に長期戦になるよね?でもリュークは私が抱かれている時じゃないと力を発揮できないんでしょ?私、困るよ?もしもリュークが加護の恩恵を受けれなくて、そのせいで死んじゃったりしたら。それは絶対に嫌。…じゃあ仕方ないよね?」
――私がいろんな男たちに抱かれても、これは仕方のないことだよね?…とシルフィアが冷徹な眼差しで冷静に理論を展開する。
いや、確かに間違ってはいない。その理屈は正しい。正論ではある。でも、それって…
「シルフィア、君が正論を言っていることはわかる」
「うん、そうだね」
「でも止めてほしい」
「なんで?」
「だって、そんなことしたらシルフィアが壊れちゃうよ。嫌だよ。僕が苦しむのは耐えられる。でもシルフィアを傷つけるのは、耐えられない」
「!…も、もう💓、しょうがないね」
今まで冷徹な眼差しを向けていたシルフィアが一瞬動揺し、忙しなく目を動かすと、少しだけ頬を赤くして考えを改めてくれた。
「…そんなに私のことが…大事なの?」
「当たり前だって。大事に決まってるじゃないか」
「うん、そっか。そうだよね。――じゃあ答えは一つしかないよね」
「え?えっと、なんだっけ?」
「だから…私の負担を減らすためにも、フィリエルさんにお願いするしかないよね?」
シルフィアは僕に囁く。
「リュークはその覚悟、できているよね?」
「…わかった。言うよ。説得できるかどうかわからないけど、フィリエルにもお願いしてみる」
「うん。そうだよね、…大丈夫、私も協力するから。二人で頑張りましょ!ふふ、よかった。リュークならそう言ってくれるって信じてたよ」
やがてシルフィアの目から冷酷さが失われ、いつもの優しい顔に戻った。
「お前も大変だな」
とルクス王子になんだか同情されるような目を向けられた。そういえばこの人もいたんだった。
そうだ。やらなければならない。人類を守るため。そしてシルフィアを守るためにも、僕はフィリエルに協力してもらわないといけないのだ。
フィリエル。彼女は善良な人だ。素晴らしい女性だと思う。そんな彼女のことを、僕は好きになっている。できれば幸せにしてあげたい。
他に方法があれば、それを採用する。でもそんな都合の良い方法は無いのだ。だから、やるしかない。これは仕方のないことなのだから。
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