第11話 凱旋
人類を滅亡寸前まで追い詰めていた魔族の軍勢。そんな魔族軍を撃退し、王都を守り、あまつさえ五魔王の一角であるギュレイドスの討伐に成功した。
まさに偉業。それは絶望に瀕していた人類にとってあまりにも輝かしい希望が生まれた瞬間だった。
「あまり暗い顔をするな。今やお前は国の、いや人類にとっての英雄だぞ」
ナルグ平野での戦いから三日後。これ以上、魔族軍の侵攻がないことを確認した人類軍の総司令部は一度、王都へと帰還するか否かを会議することになった。
いくら損害が少なく済んだとはいえ、決して無傷というわけではない。死者も出たし、武器や装備の損耗だってある。なにより物資の補給が圧倒的に不足しており、これ以上軍をナルグ平野に駐留する意味がなくなりつつあった。
なにより、人類が魔族に勝利したという報告を王都へと持ち帰ることで、人類はまだ終わっていないという希望を人々にもたらしたいというのが帰還の一番の理由なのかもしれない。
確かにいまだ予断の許さない状況であることに違いはない。しかし、絶望に瀕したまま生きるのと、希望を持って生きるのでは、まるで意味が違う。
そこで総司令部は軍の帰還を決定。一度王都への帰還が決まると、行動はとても速かった。張り詰めていた兵士たちの緊張が和らぎ、行きと違って帰りはとても穏やかで安穏とした雰囲気があった。
まだ戦争は終わってない。いまだ大陸の9割以上は魔族によって支配されているし、魔族によって苦しめられている人たちも大勢いる。しかし、希望は確かに芽生えつつあった。
「お前は希望の象徴だ」
そして現在、人類軍は二列縦隊になって整備された道を進んでいる。
僕はルクス王子から頂戴した大剣を背中に背負った状態で、馬に乗って王都へと帰還している最中であった。僕の隣には、同じく騎乗しているルクス王子が並んで馬を歩かせている。
「そんなお前が暗い顔をしていたら、民が疑問に思うだろ?無理やりでもいいから笑っていろ」
「…やってみます」
「ハァ…。まあ今はそれでいいだろう」
なんとか笑顔を作ろうとしたのだが、ルクス王子の反応を見る限り、できてないのだろう。
ルクスは話題を変える。
「それよりどうだ?その剣は?使い心地は悪くないか?」
剣というのは今、僕の背中にある大剣のことだろう。
「ええ、悪くないですね」
「ふん、なら上等だ。あの時の状態のお前は強すぎるからな。急ごしらえだが用意できて良かったぞ」
この大剣は、貴重な金属であるアダマンタイトで作られた大剣らしい。アダマンタイトといえば、超硬度の金属で、とても価値のある代物だ。
よくこんな大剣が戦場にあったよな。
「俺が持ってきたわけじゃない。魔族の前哨軍から鹵獲したものだ。たぶん、お前が斃した魔族の誰かが持っていたんだろうな」
なるほど、そういうことか。
魔族は力が強い。それだけに人間サイズの武器は基本的に使えない。もちろん、使おうと思えば使えるのだろうが、パワーがある分、すぐに壊してしまう。
だからこそ、魔族が使用する武器は基本的に頑丈なものが多く、武器としての性能よりも耐久性を重視されることが多い。
このアダマンタイトの大剣。確かに貴重な金属で作られているが、それだけだ。
刃が鋭くないので切れ味が悪そうで、これでは剣で斬るというより叩くという表現が相応しい。正直、これだったらこん棒を持つのと変わらないのかもしれない。
だが、これで良い。
こん棒は折れるが、この大剣はどれほど固いものを斬ろうとも折れないからだ。
僕自身、加護が発動している時の力を持て余しているところがある。正直、切れ味の良い剣よりも、切れ味が悪くても良いから折れない剣が欲しいところであった。
その点、この大剣は頑丈さという点では最高点だ。
戦争なんてものは、要は相手を殺せば良いだけのものだ。
この頑丈さだけが取柄の大剣は、加護を発動している時の僕にとって、非常にぴったりの武器といえる。
なにより固くて軽いアダマンタイトで出来ているということもあってか、大きさの割に重量が軽いというのが良い。これなら加護を使っていない時でも持ち運びができる。
「ふむ。そろそろ王都だぞ。英雄の凱旋だな」
王都に近いということもあってか、よく整備された道が続いていたのだが、やがて王都を囲む城壁が見えるところまで来ると、人でにぎわう声が届いてきた。
城門を前にして一度停止をする人類軍。やがて城門がゆっくりと開き、人類軍が前に動き出す。すると、
「わああああああああ!」
まさに割れんばかりの歓声が人類軍を迎えた。
人類軍が進む道を挟むように大勢の人々が集まり、笑顔を浮かべ、歓声をあげていた。
二列縦隊になって進む人類軍。それを歓迎するように花びらが舞い散り、ラッパが鳴り、そして人々が熱狂的な声をあげる。
「人類軍万歳!」
「英雄の凱旋だ!」
「ありがとう!」
王都にある王宮へと向かう人類軍。そんな彼らの勝利を祝うように人々は祝福の声をあげ続けた。
人類軍はゆっくりと、とても緩慢な動きでそんな人の波の中を進んでいる。中には兵士に駆けよって花束を渡している女や子供もいた。
「おい、あれネトラレイスキー伯爵じゃねえか!」
「魔王を討ち取った英雄か!」
「キャー!素敵ー!ルクス王子、生で見たけどカッコ良すぎ…」
「カルゴアに栄光あれ!カルゴアの勇者に万歳!」
「寝取られ好き!寝取られ好き!ネトラレイスキー伯爵、あんた最高だぜ!」
僕らが城門を抜けて王宮への道を馬に乗って進むと、そんな黄色い声が飛んできた。…なんかよくわからない声援も飛んでいるが、まあ彼らが歓迎していることに違いはないだろう。
それにしても僕の顔、知られてるのか?いや、違う。
僕はそっと横を向く。見れば、ルクス王子が爽やかな笑顔を浮かべて王都の市民たちに手を振っている。
「ほら、お前も手を振っておけ。英雄は英雄らしくな」
慣れてる。さすが王子だ。僕もルクス王子に倣った方が良いのかもしれない。
正直、気乗りはしない。しかし、これも軍人の仕事なのだろう。僕はなんとか笑顔を作ろうと顔を歪め、歓声を送る市民に向かって手を振った。
「キャー!みてみて、私に手を振ってる!」
「バカ、違うわよ!あんたみたいなブス、眼中にないわよ。王子は私に手を振ってるのよ!」
「はあ、これだからバカは。いい、あんたみたいなビッチに王子が興味持つわけないでしょ?ルクス様はね、私みたいな高貴な女が好きなの。わかる?王子はね、私に手を振ってるの。おわかり?」
「うるせえブス!引っ叩くよ!」
「ああ!上等だ!やってみろビッチが!」
なんかたまに歓声に混じって怒声が飛び交っているが、なんだろう?女同士で争っている人たちがいるが、うん、あれは僕とは関係なさそうだな。
「はは、ったく、この国の奴らは本当バカばっかだな」
と笑顔を浮かべつつ、どこか嬉しそうな顔をして平民を眺めるルクス王子。
その顔はとても優しく、戦場の時の厳しい顔とは違う顔つきだった。
ルクス王子にとって、これがどんな手を使ってでも守りたいものなのかもしれない。
「お前ら、あんまりケンカするなよ。お前らが傷つくと俺が悲しむぞ?」
「え!お、王子が私に声をかけてる!」
「はーい!私たち、もうケンカしませーん!」
「いって!おい、お前、足踏んでるぞ!」
なんというか、やはり慣れてるな、この王子。
そんなやり取りをしつつ、やがて人類軍は王宮の前にある広場へと到達する。そこには宰相や大臣たち、そしてこの国の王がいた。
広場には事前に設置されたのであろう舞台があり、そこの壇上にて王が人類軍を迎える。
「勇敢なる兵士たちよ、よくぞ帰ってきた。よくぞ暴虐な魔族より人類を救ってくれた。王国民を代表して感謝を捧げよう。人類軍に栄光あれ!我々は今日この瞬間、魔族に打ち勝った!我々はまだ負けていない!我々はまだ滅んでいないぞ!我々は生きている!それはこれからもだ!」
そして市民たちから割れんばかりの歓声が上がる。
…いくらなんでもこの声援、過剰すぎないか?
いや、もちろん人類にとって魔族に勝つことは宿願であった。魔族がいる限り、人類に明るい未来はない。
だからこそ、喜ぶのは当然だし、魔族に勝利した軍を歓迎するのは当たり前のことなのかもしれない。
ただ、魔族はまだいる。魔王もまだ残っている。まだまだ人類が生き残るには予断の許さない状況だ。
「サクラだよ」
と王子は小さい声で僕に囁いた。
「今の人類には希望がない。確かにお前は強いが、まだすべての人類を奮い立たせるほどの希望ではない。いくら希望があっても、人民の心が死んでしまったらできるものもできなくなってしまうからな。たとえサクラを使ったとしても、無理にでも勝利に酔ってもらわないと困る。そのためのサクラだ」
…それは、そうなのだろう。
人類にはまだやるべきことが多くある。ただ魔族に勝てば救われるという話でもない。
人類を再び魔族の侵攻前のように繁栄されるためには、市民一人ひとりの努力が必要になる。
それには、無理やりだろうと希望を持たせる必要がある。絶望の中ではやる気も出ないだろう。
やがて勝利を祝う式典は終わりを告げる。魔王を斃したという功績がある以上、さすがにすぐには帰してはもらえず、王や宰相より祝福の言葉を賜り、普段であれば滅多に話さないような上位の貴族の方々にも声をかけられた。
「あいつら、ちょっと前まで死んだような面をしてたくせに、急にやる気を出してきたな。リューク、ああいう連中には気をつけろよ」
次々と列を成して挨拶に来る貴族たちから僕を無理やり引き離すと、ルクスはそんなことを言った。
確かにルクス王子の言う通り、貴族たちの動きが若干、活発になっている。どうやら魔族から土地を奪還した後の土地について、誰がその土地を支配するのか、領地についていろいろ話しているようだ。
お前らが戦ったわけでもないのに、都合の良い連中だ。
そんな貴族たちの謀略からようやく解放されて王都にある僕とシルフィアが住む屋敷に帰れるようになったのは、すっかり日が沈んだ深夜であった。
王都には現在、二つの屋敷がある。父と母、そしてネトラレイスキー家の使用人たちが住まう屋敷と、僕とシルフィアが住む屋敷だ。
もともとは王都に屋敷は一つしか無かったのだが、ルクス王子の取り計らいにより王宮にすぐ行ける場所にある屋敷を新たにもらったのだ。
建前としては、第六騎士団の仕事をしてもらうために近くに住まわせた、ということになっている。しかし本当は…いついかなる時であってもすぐに王宮にシルフィアを呼び寄せるため、だ。
今や僕とシルフィアは人類の希望なのだ。僕だけじゃない。シルフィアの命だって重要なのだ。もしもシルフィアに万が一のことがあったら僕の加護は発動せず、人類は魔族に負ける。
そんなことだけはあってはならない。だからこそこの屋敷にはルクス王子が手配した護衛部隊によって常に監視され、シルフィアは警護されている。
そんなシルフィアの待つ屋敷に戻る。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
僕の帰宅に合わせて使用人のメイドが扉を明け、お辞儀をして迎え入れる。
このメイドもルクスが手配した使用人だが、ただのメイドではない。シルフィアの護衛も兼ねているメイドなので、見た目の可愛さとは裏腹にかなりの手練れらしい。
「シルフィアはどうしてる?もう寝てしまったか?」
「いえ、ご主人様をお待ちしております」
…そうか。
僕はシルフィアが待つ屋敷の居間へと向かう。廊下を進む足がやけに重く感じた。
どくん。心臓が緊張で唸る。
使用人が扉を開けると、居間に設えたソファに座るシルフィアがいた。
シルフィアはこちらを見ると、驚いたような顔をし、瞬きを数回し、そして、
「リューク、おかえり。待ってたよ」
ホッと安堵したような笑顔を僕に向けた。
「ただいま、シルフィア。帰ったよ」
僕は使用人たちに部屋を出るように言いつけると、シルフィアの隣に座る。部屋には居間、僕たち二人しかいない。
僕は、僕は…
しばらくの沈黙のうち、シルフィアが僕に言葉をかける。
「リューク、なにがあったか教えてくれる?」
――それとも私が話す方が先かな?と彼女は僕に選択肢を与えた。
どくん、どくん、心臓の音がやけにうるさく感じた。僕は…
選択肢は二つ。僕の話をするか、それともシルフィアの話をするか。
シルフィアの話。それはつまり、シルフィアが他の男に抱かれた話、という意味だ。
シルフィアは、抱かれた。どこの誰とも知らない間男に、抱かれたのだ。
僕はあらためて隣に座るシルフィアを見る。
透き通るような白く、綺麗な肌をした女性だ。その深紅に染まる髪もとても綺麗で、近くに座るとほんのり甘い香りが漂ってくる。
大人になったシルフィアは、子供のころと違って大人っぽさが増し、体も女性らしくなっている。
これから眠るつもりだったのだろう。寝巻姿のシルフィアの胸元はゆったりとしていて、その豊かな谷間が覗けた。
美しい女だと思う。そんな彼女が僕以外の男に抱かれた。それはもう隠しようのない事実だ。なにしろ加護を通じて直接その現場を見ているのだから。
その話を、僕は……直接彼女から聞かないとならない。
もちろん、聞かないという選択肢もある。このまま黙ってもらうこともできるだろう。しかし、もしもそんな事をしたら、僕の心が壊れてしまうかもしれない。
シルフィアは、別に好きで他の男に抱かれているわけではない。これは人類を助けるための、仕方のないことなのだ。それはわかっている。これは、仕方のないことなのだ。
だから、抱かれるのは良い。良くはないけど、耐えられる。問題は…
シルフィア…君は、他の男に抱かれた時、気持ち良かったのだろうか?
その疑問が頭の中で渦巻いて離れない。どうしてもこの疑問だけは解決して欲しかった。
真実を教えて欲しかった。なにが起きたのか、なにを感じていたのか、どうしてあんなことになったのか、すべてをシルフィアの口から聞きたかった。ただ…
とても今すぐ聞ける勇気がなかったので、先に戦場の話をすることにした。
魔族との戦いはひとまず終了したというのに、僕の戦いはまだ終わっていない、そんな気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます