第7話 自爆特攻兵

「重装歩兵部隊は前へ!密集陣形で槍衾を敷け!」


「弩部隊、槍衾の背後にて待機!命令があるまで待て!」


「魔導部隊は誘爆魔法の準備をしろ!」


「治癒魔法部隊は後衛へ。合図があるまで待機」


「急げ!時間はないぞ!」


 魔族の奴隷軍が平原の奥より現れて以降、人類軍は慌ただしくも規律正しく動いている。特に練度の高い兵士ほど一糸乱れぬ動きで陣形を築いていた。


 総司令官から各司令官へと命令が伝わり、それぞれの指揮官の命令のもとに兵士たちは動いていく。その軍隊の動きを僕たち第六騎士団で構成された遊撃部隊は後衛より眺めている状況だった。


 昨夜。人類軍の作戦司令部にて僕ら第六騎士団は正式に人類軍の遊撃部隊として扱われることになった。


 昨日の前哨戦での結果を踏まえての判断だろう。


 いくら僕の加護が強力といえど、僕らは人類軍の正式な部隊というわけではないし、そもそも軍隊の正式な訓練を受けていない。


 今すぐ陣形の組み方を覚えろと言われても困るし、現場で体で覚える時間的な余裕もない。


 だからこそ、比較的自由に動ける遊撃部隊という扱いになるのは当然の結論かもしれない。


「ずいぶん慌ただしいですね」


「ああ、そうだな」


 戦場を睨むルクスに声をかける。ルクスはこちらを見ることなく、


「しばらく俺たちの出番は無さそうだな」


 とぽつりと零す。


「うん?そうですか?」


「ああ。お前は魔族に対する切り札であって、奴隷兵に対する切り札じゃない。そこをはき違えるな」


 そう言われて、僕は平原の奥にいる100万の奴隷人間たちで構成された奴隷兵の部隊を見る。


 約100万。もしかしたらもっと多いかもしれないし、実際にはもっと少ないかもしれない。しかし人間だけで地平線を埋め尽くすこの異様な光景を見れば、膨大な数であることに違いはない。


 一方でこちらの軍隊の数は約30万弱。だいたい3倍以上の戦力差だ。普通に戦えばまず勝ち目はない。それでも出番はないのだろうか?


「不満そうな顔だな?」


 こちらの疑問を読み取ったのか、ようやく僕の方をちらりと見てルクスは笑う。


「数的に圧倒的に不利な状況です。一度撤退して迎撃の準備を整えた方が良いのでは?」


「準備なら既にしている。安心しろ。この手の戦いは人類軍の方が得意なぐらいだ」


「その通りだ。団長が大丈夫と言ったら大丈夫なのだ!わかったら口を慎みなさい、この下郎が!」


 と団長のことを全肯定するのは、第六騎士団の副団長の女騎士、ミレイア。ショートの黒髪に褐色の肌、平均的な男より高い身長に、頭より犬の耳を生やしている獣人族の女だったりする。


 なんでも昔。王族の仕事に嫌気をさして国を出奔したときに獣人族に襲われ、その際に返り討ちにしたら懐かれたのでそのまま一緒に帰国。今では副団長の仕事をさせてるらしい。


「団長!余計な口出しをする部下を叱責しておきました!褒めてください!」


「ああ、そうだな。偉いぞ!よーしよしよし」


「ハァッハァッハァッ…ふふ。それで団長、相手の方が数が多いのですが、逃げなくて良いのですか?!」


 この副団長は腕は立つのだが、ちょっとアホである。


 その疑問があったから質問したんだけどなあ。


「人類軍は今まで何度も奴隷軍に煮え湯を飲まされてきたからな。いい加減、対処法ぐらい考えてるだろ。今回はそのお手並みを拝見しようじゃないか」


 ふむ。どうやらこの事態は人類軍にとっては想定の範囲内のようだな。それならそこまで悲観する必要はないか?


「きたぞ。奴ら、特攻する気だ。ったく、芸の無い奴らだ」


 遠く。平原の奥。まだ数キロメートル以上離れた距離。そんな遠くより、続々と集結している人間の奴隷軍。


 人の波でごったかえすも、敵陣地からは足音以外の音は聞こえない。


 これだけ人がいたらざわつきそうなものだが、どうやら敵陣地にいる奴隷たちは一言も言葉を発していないようだ。


 その不自然すぎる光景を見れば、あそこにいるのが完全なる精神支配を受けた、魔族サイドの人間であることは明白だった。


 魔族による精神支配を受けた人間を解放する手段は、今のところ存在しない。


 そのため、たとえ魔族を倒したとしても、奴隷になった人間を救済することは絶対にない。


 精神魔法より解放する手段がない以上、奴隷となった人間は裏切る可能性が非常に高く、実際それが原因でいくつもの国が滅ぼされたことがある。


 だから、魔族側についた人間は必ず殺す。例外はない。そういうことになっている。


 だがいくら殺したいと思ったところで、手段がなければ意味がないだろう。総司令官のマルゴはどうするつもりなのだろうか?


 そんなことを考えていると、今まで沈黙を保っていた奴隷軍が急に動き出した。


『うおおおおおおおおおおおッ!』


「うわ」

「マジか」

「なんだあれ?」

「山賊かよ」


 兵士たちからそんな言葉が出るのも無理はない。


 奴隷軍は雄叫びをあげると、一気呵成にこちらに向かって走り始めた。


 人、人、人、人。とにかく人の波が集団となってこちらに走り押し寄せてくる。そこに統一された意思はなく、ただ闇雲に集団はこちらに向かって流れ込もうとしていた。


 大地は人の波よって埋め尽くされ、陣形もなにもなく、ただまっすぐに、ボロボロの服を着たままただひたすらにこちらに走ってくる。


 ??


 なぜ武器を持っていない?


 まるで無法者のように集団でこちらに向かって走ってくる何万、いや何十万もの奴隷兵たち。しかし妙なことに、武器らしい武器は持っていない。


 いや、違う。なにか抱えてる…


「あれは自爆特攻兵だな。見てみろ。若い男もいるが女もいるし、ジジイもいる。あんな弱弱しい連中が兵士になれるか。あいつらの役目はただ爆破魔法のかかってる火の魔石を持って特攻。そのまま自爆することだけだ」


 はあ、なるほど。…いや、それまずくないのだろうか?


 爆破魔法といえば、破壊専門の上位魔法だ。そんな強力な魔法のかかってる魔石を持ってあれだけの数の人間が特攻なんてしてきたら、ひとたまりもない。


 何十万という奴隷たちが、自分の死さえいとわずに特攻してくる。正気の沙汰じゃない。


 人類軍はこんな連中を相手に今まで戦ってきたのか?


「だ、団長。あれはどうするつもりなのですか?」


「言っただろ?人類軍は何度も煮え湯を飲まされたって。いいか、何事にも弱点はあるんだよ。確かに爆破魔法は脅威だ。しかしだな…」


――誘爆させてしまえば無駄に終わるぞ、とルクス王子は云う。そして…


 こちらに向かって走ってくる人の群れ。その先頭を走っていた奴隷兵たちが突然、爆破し、肉片を大地にばらまいた。


 ドン!ドン!ドン!……立て続けに破壊音が発生し、黒い煙と火花をあげた。


 なにが起きている?


 爆発は止まらない。こちらに向かって走っていた奴隷兵たちが続々と爆破し、平原は人間の塊で汚されていった。奴らはまだこちらに到達してすらいないのに、特攻という本懐を遂げることなく死んでいく。


「な…あいつら、爆破しやがった」

「マジかよ。無駄死にじゃん」


 人類軍の方を見やれば、魔導士だけで構成されている魔導部隊がなにかの魔法を使っていた。


 まだ爆破していない奴隷兵もいたが、いかんせん奴らは精神魔法によって支配されている。明らかに異常事態なのに、それでもなんの迷いも疑問も抱くことなくこちらに向かって走ってきて、そして…


 ドン!ドン!ドン!


 連続して爆発音が轟き、人間が破裂していく。奴隷兵がいたとし思しき場所より黒い煙がもくもくとあがり、肉片が地面にぼとぼとと落ちていた。


「あれは誘爆魔法だな。敵が火の魔石を持っている、それもご丁寧に爆破魔法を付与してるんだ。だったら誘爆させればいい」


「それは、確かにそうなのですが…」


 確かに間違ってはいない。しかしそれは事前にわかっていないと準備できるものではない…そういうことか。


「総司令官のマルゴ。奴は何度も魔族と戦い、そして負けてきた。確かに敗軍の将かもしれん。だが、何度も負けたからこそわかっていることもある。。敵の戦術がわかっていれば、対処のしようはいくらでもある」


 それは、確かに間違ってはいない。きっと正しいのだろう。だけど…


「でもこの戦術だと、奴隷兵は確実に死にますね」


「ああ、人類を守るためだ。仕方のないことだと割り切れ」


 ルクスは冷徹な眼差しで戦場を見やる。これが魔族と戦う、ということなのだろう。


 敵は人類を滅ぼそうとしているのだ。魔族に容赦をする必要も情けをかける必要もない。そして、魔族側についた人間も、魔族と同じように扱い、殺す。


 やらなければやられる。やられるぐらいなら、やる。


 これはそういう戦争なのだ。

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