第11話 ジュピターは妻に熱される(前編)
「その時ねぇ、陛下が魔力切れで寝込んでしまって数日目覚めなかったらしいわよぉ」
「へぇー」
皇室騎士団第二部隊、流星の騎士ジュピター・スカイの妻、マリーゴールドは夕飯の買い物に街へと出ていた。
今日は出張から帰ってくる愛おしい旦那様に久々に会える日。腕によりをかけて夕食を豪華にしようと買出しに来ていたのだ。
首都の中心部は様々な食材が揃い、夕刻の準備に買出しに来る人々でかなりの賑わいを見せる。沢山の人たちは忙しなく働きながらも日々の話題を井戸端で交換しあっていた。
最近の話題の中心はもっぱら皇帝陛下のことで、何でも最近出来たという恋人との出会いから恋に至るまでの道中の話題は多く、最初に彼の女性の国に赴いた時には最強と歌われる皇帝陛下も倒れて寝込んでしまう程の困難だったとか。
流石最強の陛下を射止める女性、中々一筋縄ではいかないと皆が納得したが――
「でも噂じゃ、その陛下が寝込んでいる時にお忍びで看病に来られたとかなんとか」
「キャー、寝込んでいる陛下を???」
「ロマンよねぇー看病とか。不謹慎かもしれないけど、いいわぁ」
熱や魔力切れ……寝込んでいて元気の無い彼の看病、と言うワードに萌え萌えキュンキュンする女性達は立ち話をしながらきゃあきゃあと騒いでいた。
「看病……ロマン」
その話を聞いたマリーはウーンと唸りながら考える。思い起こせばジュピターは誰よりも強くカッコよく、頑丈で怪我などは一切した事が無い。少なくともマリーはそんな夫を見てはいない。
疲れた姿さえ見せたのは出会った時の一回のみ。
先日も疲れて倒れたように見えたが、そう見えただけで色々と元気だったし看病に至るまでにはならなかった。
「ジュピターくん……全然倒れたりしないから」
「そうよねぇ。流星の騎士ジュピター様と言ったら昔は名うての冒険者で通っていた方ですもんね」
「剣の腕だけじゃなく身体レベルや体力も相当凄いのでしょうね」
羨ましがらる女性達の言葉にマリーはうんうんと頷いた。
自慢じゃないがジュピターには本当に欠点な無い。欠点が無いところが欠点という位に素敵過ぎるマリーゴールドの王子様だった。
本当に身体レベルや体力も凄いのだ。惚れ惚れする程鍛え上げられた腹筋を、着替えの度に見せられていた事を思い出したマリーは頬を赤らめた。
……だが、その看病というシュチュエーションには憧れた。
普段は見せぬジュピターの弱気な姿、あのいつも鋭く流れるような瞳が、朦朧とした熱っぽい瞳に変わる事を妄想して恥ずかしさの余りマリーは「やだぁ!」と買ったばかりの大根を壁に叩きつけた。
「でも、いいわぁ。伏してけだるげのジュピター様とか色気の塊すぎるわよ絶対」
「あーん、私もジュピター様の看病したいわー」
「マリーちゃん、頑張って」
立ち話の女性陣にきゃあきゃあとエールを受け、マリーは熱くなる頬を押さえながら家へと急いだ。
★★★
「はぁ……今回の遠征も大変だった……」
流星の騎士ジュピター・スカイはやっとの思いで帝国に帰り着いた。
今回の遠征先はグラス大陸スノーマンと呼ばれる外国である。
何故他国、他大陸にまで帝国の騎士が行かねばならぬのだとため息を吐くばかりだが、ため息を吐きたいのは主君である皇帝も同じであり、他国に侵略に行くわけでも干渉する訳でも無い平和主義の皇帝が、何故か他国に泣きつかれた結果こうして遥か遠くの大陸にまで派遣されねばいけない状況にあった。
今回の派遣は件の部隊長の案件では無いし、なんならゲートで繋がっている分帝国内の遠い場所よりも大陸や国自体の距離は近い。
が、とにかく寒い。
グラス大陸は一年の殆どを雪に埋もれさせる程の雪の大陸で、そこに点在する国々も雪で歩きづらく道はあって無いようなもの。
実質的な距離は近くとも随行に時間がかかった。
魔術具や身体強化魔法、着込んだ服装では温まり切らないほどの寒さ。グラス大陸の気候は騎士達の身体を芯まで凍えさせた。
体毛の多い半獣人の騎士も、何なら骨騎士のメアでさえも何故か震えていた。メアについては何の何処が寒いのか皆疑問に思っていたが『骨の芯まで寒くなりますし、遮る肉が無いスカスカの骨の気持ちになったことあります?』という言葉を聞いて、妙に納得した。
だが、そんな中でも何故か元気なのはジュピターである。
「流石ですねジュピターさん……寒くないんですか?」
「……寒くない訳無いだろう」
ジュピターとて寒いものは寒い。だが、冒険者時代の数々で遠征慣れしているジュピターにとって、夜営も気候の険しさも日常だったのだ。
部隊長不在の第二部隊を実質的に率いているジュピターが寒がれば士気が下がる。そう思うと弱音は感嘆には見せられないし、それよりも何よりもジュピターにとっての苦痛はマリーゴールドの元に中々帰れないという実状なのだ。
寒がって仕事効率が上がる訳でも無く、我慢してとっとと帰る方が重要だった。
「あー、これが終われば帰れますねー。ジュピターさんはいいですよねー。帰ったらマリーさんが暖かく迎えてくれて、暖かいご飯が待ってるんだもんなー」
「俺も結婚したいー」
「……無駄口を叩いていないで、寒いならさっさと終わらせて帰るぞ」
そう口では言っていても、口元がにやけているジュピターを騎士達は恨めしそうに見ていた。
そう、これが良いのだ。優越感を感じる為にマリーと結婚した訳では無いが、皆が羨む程の可愛い妻と暖かな帰る場所、待っている温かいご飯は本当に良いものであり、皆の嫉妬も納得のものである。
明日には帰れると想像するだけで、ジュピターは心から暖かくなり、寒いなんて言っている場合では無い。帰る場所があるのは良い物だと幸せをかみ締めていた。
「わぁー……あったけー」
「生き返るー……」
グラス大陸での仕事を終えゲートから帝国に戻れば、年中温暖な帝国の気候が暖かな風となって皆の身体を溶かした。
「今日は陛下が忙しく、報告は明日で良いからこのまま帰って良いらしいですね」
「ああ。今日はこれで解散だ。グラス大陸で冷えた身体を温めてゆっくりと過ごしてくれ」
「あー……魔王領温泉にでも行って来ようかなぁ」
第二部隊の面々がだらけた顔で解散していく中、ジュピターはキリリと……している訳もなく、やはり幸せを隠せない顔でにやける口元を押さえながら帰路についていた。
この時が職務で一番幸せな時だった。
どんな褒章も名誉も、可愛い妻の前では霞む。ジュピターが欲しているのは妻のマリーゴールドであり、会えない時間が長ければ長い程思いは募る。
今、ジュピターの身体が欲しているのはマリーの温もりや笑顔、匂い……マリーちゃんの全てが欲しかった。
帰ったらぎゅっと抱きしめ、会えなかった日数の分だけキスをし、それ以上に愛そうと思い逸る心は足を走らせた。
(ああ……マリーちゃん、マリーちゃん……)
やっと、愛しき我が家の白い屋根が見えた時、ジュピターは喜んだ。あと少しで家だ――
と、思った瞬間、ジュピターの足元が崩れ、大きく開いた大穴に落ちた。
「――は?」
バッシャーーーン!!!
穴の中には水が張られていた。ジュピターは今まで全く影も無かったはずの落とし穴に落ち、水浸しになってしまった。
グラス大陸よりは暖かいとはいえ……木枯らし吹く秋の事であった。
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