第4話 ジュピターは妻の為なら寒くない
「休暇はしっかり過ごせたかい?」
「……はい、まぁ……」
「良かったよ。で、戻ってきて早々本当に申し訳ないんだけど、早速調査に出かけて欲しいんだ」
しばしの休暇を終え、早々に呼び出された皇城内の執務室。
配属されたから覚悟はしていたが、やはり出張からの出張……第二部隊の騎士に安住など無かった。
殆どの騎士達は独り身であり、旅に出ていれば食費も部隊持ち。俺以外の騎士達はむしろ色々な地域に旅が出来る事を喜ぶ者すら居た……不満なのは俺だけなのである。ラブラブな妻が待っている既婚者の……ジュピター・スカイだけなのだ。
「……ところでジュピター……一つ突っ込んでもいいかい?」
「……何でしょう? 何か問題でも?」
「ええと……今日は何でそんなに甲冑フル装備なの?」
執務室に並ぶ第二部隊。皇室騎士団の騎士服を身に纏っている騎士達の中で、俺だけが甲冑を全身に纏っていた。冑だけは開けている。
「いや、その……最近寒くなってきましたからね。風邪予防といいますか……」
「そ、そう? あんまり遠方視察に甲冑フル装備で行く人はいないんだけどね……君が負担じゃないならいいんだよ。まぁ今回は然程遠くも無いし……風邪、怖いもんね」
「はい。陛下にこの身を捧げたからには、体調には気をつけねばなりませんからね」
「……」
ひそひそと話し出す騎士達の声を聞かない事にして、俺は何事も無かったかのように執務室を出た。
――風邪予防なんて嘘っぱちである。正直、甲冑が重いとか邪魔だとかに関してはどちらでもいいのだ……こう見えて鍛えている。こんな甲冑如きで流星の騎士の名が鈍る程のやわな身体はしていない。
問題は別の場所にある……何というか、そうだな。肌に直接当たる甲冑が冷たいを通り越して痛い。あと角も物理的に痛い。
率直に言うとアレだ。そう、裸なのだ。甲冑の下は裸。裸甲冑。裸甲冑騎士なんて者は帝国広しと言えど俺だけだろう……いや、そんな嗜好の騎士は世界を探しても何処にも居ないかもしれない。痛いし。
だが、勘違いしないで欲しい。俺にそんな変な趣味は無いから。ならば何故俺の甲冑の下がそんな事になっているのか……?
それには深い海の底にある人魚の国よりも深い訳があるのだ……
それは、マリーちゃんとの別れを惜しむような熱い一夜……こほん、まぁ色々あって休暇も終わり旅立ちの今朝。
俺はいつものようにマリーちゃんが起きる前に身支度を整えようとした。
いつも、長旅の前はそうなのだ。定時で帰る事が出来た頃は毎朝いってらっしゃいのキスを受け、早々に帰ってきた時もおかえりなさいのキスを受ける。
それが長旅に出ると分かる日には、名残惜しすぎてキスが長くなってしまう。一週間分のキスと言って俺を放してくれないマリーちゃんの気持ちは正直愛おしすぎるし、なんならそのままベッドに戻りたい。が、仕事なのでそうも言っていられない。
帰って来たときにいってらっしゃいとおかえりなさいのキスを二倍出来るのだと思えば、家に帰る足取りも気持ちも早くなるだろう。冒険者時代の癖か、出立の際は名残を残さず綺麗に立ち去り、目的地へは湧き上がる気持ちを抑えずに向かうというのが流星である所以なのだ。
と、ちょっとカッコイイ風な事を考えながらも着替えを探す……が、そこで困った事に気がついた。
――俺の服が一枚も無い……?
いつもの騎士団の制服も無ければ、なんならパンツすら無い。昨日まではあったのに……
俺はハッとしてマリーちゃんを振り返った。マリーちゃんはまだすやすやと寝ている……
マリーちゃん、そこまでして俺に行って欲しくないの……?
いや、マリーちゃんの事だからそこまでは考えてないのかもしれない。せめて出立前は起こしてほしいのだと、いってらっしゃいのキスをして欲しいのだと……そう思って寝る前に服を隠したのかもしれない。
だが……マリーちゃんよ、それは出来ない。絶対無理……今いってらっしゃいのキスをしてしまうと絶対に行ってらっしゃらなくなるから……
俺はスキルを駆使し、物音を立てぬよう部屋中を探した。だが、何度何処を探しても、俺のパンツ一つ見つからなかった。マリーちゃん、一体何処に隠したの……? まさか捨ててないよね……?
このままでは裸で登城しなくてはならない……それだけは、避けたい。
部隊長もよくすれすれの格好での目撃例が噂されているのだが、堂々と裸で登城するなんて……最早変態である。
変態がマリーちゃんの夫だなんて……そんな事、俺が許さない。可愛いマリーちゃんの為にも、変態は避けたい。
俺は究極の選択を迫られていた。時間は刻一刻と迫り、日が昇ろうとしている。このままではマリーちゃんも起きてしまうし、集合時間にも遅れてしまう……
そんな俺の目にふと、先日マリーちゃんがどこからか拝借した甲冑が目に入った。マリーちゃん、返さずに持って帰って来てしまったの……?
「……いや、これで行くか……」
俺は背に腹は変えられない思いで、裸に甲冑を着けた。
季節はもう冬にさしかかろうとしている……
(ヴっ……!!!!)
キンッキンに冷えた甲冑は裸の俺には拷問に近かった。こんな物、直接肌に触れていいやつじゃない。薄着に防具を着けている戦士とかはよくこんなん身に纏っているな……尊敬するわ。
そもそも、この甲冑が直接地肌に触れていい感じの装備ではないのだろう。一歩歩く度にダメージが俺に直接降り注ぐ。呪いの防具ってこんな感じなのですかね。
――こうして、俺は甲冑の下はノーガードというとんでもない出で立ちで陛下の前に馳せ参じている訳なんですな。
よく、パンツを履かない健康法があると、寝るときやズボンの下に何も履かない者の話を聞くのだが……甲冑の下がノーガードな騎士は後にも先にも俺だけだろう。いくら何でもどんな猛者だってパンツくらい履いている。
「大丈夫か? 体調でも悪いのかジュピター?」
「いえ、問題ありません。今回は近場なので、サッと行ってサッと帰ってくれば良いので」
「そ、そう?」
そうだ。ありがたい事に、目的地は頑張れば日帰りも可能な距離。いくらなんでも甲冑を全く脱がずに野営や……そもそもトイレすらままなる気がしない……
が、一日くらいなら何とかなるだろう。早いところ仕事を済ませて帰宅すれば問題なく――
その時、執務室の外から静止をふりきりここへ向かう喧騒が聞こえてきた。
「何だ……?」
陛下が訝しげに顔を向けたその時、バンッと開かれた執務室の扉。そこには――妻。
そして、その手に握られていたのは……
「あなた、ごめんなさい! 私、私、どうしてもあなたにいってらっしゃいのキスがしたいばかりに、こんな、こんな酷い事をして……私……」
「マリーちゃん……」
「あなたがそんな格好で強行するなんて思わなくて。でも、私、いってらっしゃいのキスが出来ない事よりもあなたが風邪を引く事の方がダメに決まっているのに……私ったらなんてことを……」
後悔するかのようにポロポロと泣くマリーちゃんが握っていたのは俺のパンツだった。
俺はマリーちゃんの手とパンツを握り、ふるふると首を振った。
「マリーちゃん、俺はマリーちゃんになら何をされたって構わないんだ。この裸甲冑だって、仕事の為に君を1人残し寂しい思いをさせている罰だと思っている」
「……あなた……」
「だから、そのパンツは君が持って待っていてくれ。風邪を引く前に、星より早く君の元へ帰るから……」
マリーちゃんはやっと笑顔になり、こくんと頷いた。
「……え、ジュピター君、その下何も着てないの……? いや、流石に服を着て」
目を見開いて固まる陛下に向き直り、俺は首を振った。
「マリーちゃんがパンツを持って待っていると思えば仕事も捗りますので……俺達の愛の為に、このままで仕事を――」
「――いや、服を着て。皇帝命令だ」
陛下は真顔で、滅多に使わない皇帝命令を俺に下した。
マリーちゃんは「あなたが風邪を引くような作戦は懲り懲りね」と言っていたが、俺は別に構わないよマリーちゃん。
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