第3話 ジュピターの妻はジュピターが居ない間に……
「――と、いう訳で以上が辺境の村の報告になります」
「ああ……ありがとう。本当に助かったよ」
数日ぶりの帝国……皇城の執務室。
流星の騎士ジュピター・スカイは皇室騎士団第二部隊の面々と共に長旅から帰還し、辺境で起きた問題や結果の報告を陛下と宰相に告げていた。
何せ今回の場所は遠かった……
辺境と言うだけあって辿りつくまでに数日、報告を纏めて問題解決や魔獣駆除にまた数日。更に帝国に戻るまでにまた数日……と、復帰早々かなりの時間を費やした。
こちらも早く帰宅したいと逸る気持ちはあれど……辺境で起きた問題があまりに重く、手間取りすぎてしまい結局こんなに遅くなってしまったのだ。
一番面倒だったのは事情聴取だった。
先発として様子を見に行っているはずの部隊長の足取りがとにかく掴めない。部隊長は『月光の騎士』と呼ばれる神出鬼没な変わり者だった。
その噂は帝国中で都市伝説として語られているので、何処かで話が聞けるかもしれない……なので俺からは詳しくは語らないでおこう。語りたくも無い。
「ジュピター、第二部隊への復帰早々面倒な事件の調査で申し訳なかったね」
「ええ……まぁ、事件自体は別に良いのですが」
「うん……皆まで言わなくても分かるよ。久しぶりに戻ってこれたのだからね、今日はもういいよ。後はこちらに任せて、君は早く家に帰ってあげてくれ」
「――はい!!」
流石陛下。俺にまだ聞きたいことは山ほどあっただろう……が、こちらの気持ちを察して話もそこそこに早退を勧めてくれた。
正直、その分陛下の負担が大きくなるだろうから俺個人的にはもう少し皇城に残って仕事をしていきたい所だったのだが、出発前のマリーちゃんの様子を思うとそうも言ってられなかった。
俺についていくと目に涙を溜めて訴えるマリーちゃん……
涙目で見送る妻を置いていくのは本当に忍びなかった。出来ることなら収納魔法にでも入れてでも連れて行きたいし、片時も離れたくない。
辺境に居るときだって、ずっとマリーちゃんの事だけを考えていた……こちらも禁断症状で頭がおかしくなりそうだった。でも……やっとこの腕でマリーちゃんを抱けるのだ。
ああ……何日ぶりのマリーちゃんだろうか……俺に会えて喜ぶマリーちゃんの顔を思うだけで、帰着直後の疲れた足に力が戻る。
ああ……もうすぐマリーちゃんに会える……
町外れの静かな森の中。白い外観の小さな家。
正直、もっと大きな家にも、従者を沢山付ける事も出来た。だが、俺達はそうしない。2人にありあまる小さな家に寄り添って暮らしたいと……それが2人の願いだからだ。
大きな家では距離が遠くなってしまうから……新婚の俺達は家の中でも片時も離れたくないのだ。
愛しい妻……マリーちゃん。
俺は勢いよく扉を開けた。
「マリーちゃん!!! 帰ったよ!!!」
「――あ、あなた……!」
扉の向こうにはマリーちゃんが居た。目に涙をいっぱい溜めている。
「あ……あなた……あなたーーー!!!」
思ったより近くにいたマリーちゃんは両手を広げて走ってきた。……いや、近くに居たと思ったが、近くなかった。何か遠近感がおかしい……
「――え?」
マリーちゃんが俺の傍に寄ってきて初めて気がついた。――でかい……マリーちゃんの身体がでかい……?
いや、でかいというか、何かつよい。パンプアップしている……!?
「ま……マリーちゃん……ですか?」
「あなた……私、頑張ったの」
……何を?
頬を赤らめ恥らうマリーちゃんは筋肉量が半端なかった。頑張ったのは何かわかったけど……何で?
「え……? マリーちゃん??? 何でそんな事になってるの???」
「私、この間あなたに勝てなかったでしょう……だから、あなたが居ない間に頑張ったの。あなたに勝って、陛下に勝って……騎士になってあなたについて行くって!! このバルクなら、あなたに一撃当てる事だって出来るわ」
妻が力こぶを作る。確かに、そのバルクだったら当てられるかもしれませんがね……
「いや……ちょっと待ってくれ……努力の方向が迷子じゃないか、マリーちゃん……」
「どうして……? 私、あなたとひと時だって離れたくないから……だから――」
「マリーちゃん!!!」
「えっ」
俺はマリーちゃんを黙らせるように声を荒らげた。いつもならば唇で塞ぐ感じになるのだけど、ちょっと胸筋量というか胸板が厚すぎて到達できる気がしない。
「マリーちゃん……鏡を見て。その筋肉量のマリーちゃんはお姫様だっこも出来ないし、それに……家も手狭過ぎる……ベッドだってこんなに小さいから、一緒に寝られる余地は無いよ」
2人が辛うじてぎゅうぎゅうと寄り添える程の小さなベッド。今はバルクアップしすぎたマリーちゃん1人だけで定員オーバーである。
「頼むよ……元の可愛いマリーちゃんに戻ってくれ。俺は君に守られたいんじゃない、君を守りたいんだよ……」
「あなた……私……あなたについていく事ばかり考えていて……鍛えることばかり……ごめんなさい……」
「分かってくれて、嬉しいよ」
鏡を見たマリーちゃんはげんなりしていた。俺はマリーちゃんの広い肩をそっと抱き寄せる。
「でも……俺の為に努力してくれるその心は、本当に愛おしいよ。俺のマリーゴールド……」
「あなた……」
目を瞑るマリーちゃん。目を瞑る俺……
キスをしようとした俺達だったが――
「あーーーん! 届かないーーー!」
マリーちゃんがいくら唇を尖らせても、胸筋が邪魔して俺の唇にマリーちゃんの唇が到達する事はなかった。
「もう、バルクはこりごりーーー!」
マリーちゃんが涙を溜めて叫ぶ。
その日はやはり一緒のベッドでは寝られなかったので床で寝た。
ああ……愛おしいマリーちゃん。早く筋肉落としてね。
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