58.スパイス足りない問題とあっさり見つかる人

 昼飯を食べ終えてからはちょっとした騒ぎになってしまった。

 飯屋の店長が胡椒の実を油で焼いたりしたから、匂いがあちこちに広がってしまったせいである。(店の扉も窓も開いているから外にまで匂いが広がったのだ)

 焼いた胡椒の実は非常に香ばしくていい香りだ。それを油ごと料理の上にかけたもんだからうまいのなんのって。すごい量だと思った料理はみんなで食べつくしてしまった。スパイスって素晴らしい。


「いやー、こんなにうめえ料理は久しぶりだ!」


 兵士が叫ぶ。それを回りの客たちが恨めしそうに睨んだ。実際に恨まれないといいんだけどとか、心配になってしまう。

 約束通り兵士と飯屋の店長にはスパイスを少し分けることになった。客たちも次々に譲ってくれと声を上げたが、テトンさんがにっこりと笑んだ。


「すみません。これ以上は商業ギルドで売って参りましたので、そちらで聞いてくださいませんか?」


 そう言うと、何人かは慌てて店を出て行った。商業ギルドなら高くても確実に手に入るから、そちらに向かった方がいいと思ったのだろう。それに商業ギルドを通した品というのは一定の品質が保証されている。それでも個人的にしつこく言ってきた者には、兵士がにらみを利かせて追い払った。


「いやあ、すまないな」


 兵士は苦笑した。


「いえ、おいしい店を紹介していただきありがとうございました」


 そう礼を言って、こっそり塩の包みも渡しておいた。塩ぐらいならいいはずだ。

 そのまま店を出ようとしたら、港の方からドドドドドと音が聞こえてきて何事かと振り向いた。これが森なら魔獣か? と思うようなすごい音である。

 テトンさんが何故か俺と中川さんを盾にするようにして、スススと後ろへ移動した。

 あのー、テトンさんの方が背が高いから俺たちじゃ隠れないと思うんですけどー……。

 果たして、音の正体は馬だった。

 正確には、前より真ん中にいる高そうな服を着た男性を守るようにして兵士たちが馬に乗って道を走ってきた。近づいてくるとダカッダカッダカッダカッなんて音がする。その音は時代劇を彷彿とさせた。

 そのまま通り過ぎていくかと思っていた集団は、何故か少し過ぎた辺りで馬の首を返した。

 なんだろう? 目当ての物でも見つかったんだろうか?

 高そうな服を着た人がこちらを向いて前に出る。


「久しいな、我が弟よ」


 え? と思った。

 間違いなく俺ではない。俺は一人っ子だし。

 振り向くと、テトンさんが両手で顔を覆っていた。

 そういえばここはクベル侯爵の領地(?)だもんな。港町を納めているのがお兄さんでも全然おかしくはないだろう。


「……なんで見つけるんです……そんなに目敏くなくていいんですけど」


 テトンさんがぶつぶつと呟いた。テトンさんの横にいるケイナさんがふふ、と笑った。


「テトン、と奥方か。是非町長館に来てもらいたいのだが、否やは言うまいな?」


 お兄さん(?)にそう言われて、テトンさんは大きくため息をついた。


「行きませんよ。今日は勇者様に付いて来たのです。町長館に寄っているヒマはありません」


 テトンさんがうんざりしたように答えたが、中川さんがそれに待ったをかけた。小声でテトンさんに話しかける。


「テトンさん、お兄さんが町長さんってことは……貿易船の状況も少しはわかるんじゃないかしら?」

「……さすがはナカガワ様です! 兄さん、少し聞きたいことがありますので町長館へ向かいます。こちらのお二人とイイズナ様をお連れしてもいいですよね?」


 お兄さんは俺と中川さんを眺め、「イイズナ様だと?」といぶかし気に呟いた。


「どちらにいらっしゃるのだ?」


 俺たちは首に巻きついているイタチたちを撫でた。何事かとミコが顔を上げる。お兄さんは目を見開いた。


「イイズナ様がこんなにいらっしゃるとは……わかった。町長館は私たちが来た道を戻った先にある。案内しよう」

「よろしくお願いします」


 テトンさんが頭を下げた。


「あれ? でも町の方へ向かわれてましたよね? そちらへはいいんですか?」


 中川さんが気づいたように疑問を口にする。確かにテトンさんを探しに来たのならいいが、そうでないなら用事を先に済まされた方がいいのではないかと思う。だって急いでいたみたいだし。


「ああ……今行っても無駄足だろう、いいんだ。それよりもこちらをもてなす方が大事だからな」


 お兄さんて本当にテトンさんのことが好きなんだなと思った。俺、一人っ子だからそういうのわかんないんだよな。お兄さんが急いでいた理由は気になったけど、とりあえず俺たちはお兄さんに招かれるがままに町長館へ向かった。



 町長館は港に近い位置にあった。

 三階建ての、それなりに大きい建物である。これは町長館であって、役所ではないんだよなと考えた。町長館って、ようはお兄さんが住んでいる家なんだろう。


「こちらへどうぞ」


 兵士とメイドさんに案内されて、俺たちはそのまま応接間のようなところへ通された。


「イイズナ様には肉をお出しすればいいのかな?」

「そう、ですね。先ほど昼食は出しましたが肉があると助かります」

「魚肉でもいいだろうか」

「いいんじゃないですか?」


 そういえば港町に来たのにさっきの食堂では魚介類は見なかったな。魚介はここではありふれてるから、肉でもてなしてくれたんだろうか?

 せっかく港町に来たんだから、魚介類も食べたいなと思ったのだった。


次の更新は、21日(土)です。よろしくー

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