57.そろそろごはんの時間です

「ちょうどいい時間ですね」


 商業ギルドを出て、太陽の位置を確認したテトンさんが町の門の方向を見やった。


「そうね。ちょうどお昼だわ。あー、楽しかった!」


 ケイナさんが笑顔で軽く腕を伸ばした。


「価格交渉って本当に楽しいわね~」

「ケイナは交渉が好きだな」


 先ほどのテトンさんとギルド長のやりとりがケイナさんは楽しかったらしい。この価格で、というのが叶うのは確かに面白いかもしれないと思った。

 足が門の方に向いている。


「あのー……この恰好のまま詰所まで行きます?」


 ずっと黙っていた中川さんが控えめに聞いた。テトンさんとケイナさんは顔を見合わせた。


「着替えましょう」

「その方がいいわ」


 というわけでまた宿に向かい、先ほど着ていた服に着替えてから門番の詰所へ向かった。

 詰所の前で、兵士が待っていた。


「もう来ないかと心配したぞ」

「すみません。ちょっと用事を済ませておりまして」

「そうか。じゃあ行こうか」


 兵士は笑って俺たちを食堂へ案内してくれた。


「ここのメシは安くてうまいんだ。遠慮なく食ってくれ」

「あのう、床でイイズナたちにメシをあげてもいいですかね?」


 一応店員に聞くと、店長だというかなり恰幅のいいおじさんが出てきた。


「イイズナ様だと?」

「はい」


 俺たちは首に巻きついているイタチに顔を出すよう頭を撫でた。何事かとイタチたちが顔を上げる。


「うわっ、本当にイイズナ様だっ!」


 店長は目を見開いて驚いた。兵士も困ったような顔をしている。


「えっと、いいですか?」

「あ、ああ、もちろん……」


 一応床にダンボールを敷いてから水を器にもらい、イタチたちに先ほどより大きな塊の肉をあげた。イタチたちは本当によく食べる。


「……イイズナ様、金かかりそうだな……」


 兵士が苦笑して言った。


「うーん、確かに町で一緒に暮らすとなると金はかかるかもしれないですねー」


 山だの森だので暮らしていると獲物にはことかかないのであまり実感が湧かない。


「……森から来たんだったか」

「はい」


 テトンさんが答えた。


「おらよ」


 店長が持ってきた料理はなかなかに豪快だった。肉の塊を焼いた物、サラダも大きめのボウルにどどんである。そして大量のジャガイモ。大きめに茹でられたジャガイモがとてもおいしそうだった。


「塩ぐれえしかねえが、勘弁してくれよ」

「香辛料がないのが困りモンでな」


 店長がぼやくように言い、兵士が呟いた。

 テトンさんに目くばせされて、リュックから小分けにした胡椒の実を出した。これは宿で打ち合わせていたことである。今はどこも香辛料が不足しているから、小分けにした香辛料をすぐに出せるようにした方がいいという話だった。

 なのでテトンさんたちが採取した胡椒、山椒、ラージャオ、ローリエ、生姜などは大きめの葉で作った袋に入れておいた。


「それは……」

「胡椒の実ですよ。すみません、店長。これを料理に混ぜてもいいですか?」


 テトンさんが俺から葉っぱの袋を受け取って店長に声をかけた。


「胡椒……!」


 兵士は小声で叫んだ。周りの人たちに聞かれないようにだろう。


「ん? そりゃあなんだ?」


 店長が近づいてきた。テトンさんが店長を手招いて、「胡椒の実ですよ」と小声で告げた。


「お、おう……かまわねえが、もしよかったら少し売ってくれねえか?」

「食べ終わってからでいいですか?」

「もちろんだ!」


 店長は袋を受け取ると、「ちょっと待ってろ」と厨房にとって返した。胡椒の実を潰してくるのかなと思ったら、香ばしい匂いがしてきた。


「うわっ、なんだ? スパイスじゃねえのか?」

「いい匂いだな! 新しい料理か?」


 店内にいる客が口々に言う。


「うるせえ! てめえらにはやらねーよ!」

「なんだよ、ケチ!」

「油で揚げているのかしら?」

「そうかもしれませんね。いい香り……」


 ケイナさんと中川さんはにこにこしている。ミコがカリカリと俺の足を掻いた。


「ごはん終わり?」


 キュウウッとミコが鳴く。もしかしたら匂いが嫌だったんだろうか。イタチたちは食べ終えたみたいだ。イタチたちが表へ出ようとしているのを察して、


「ちょっと出てきます」


 とみんなに断り、イタチたちと食堂の外へ出た。


「えっ?」


 食堂の前に人が続々と集まってきている。なんだろうと思いながら、俺はイタチたちに用を足させる為に一旦食堂を離れた。

 イタチたちはミコが一緒なら俺の言うこともよく聞いてくれる。ミコがリーダーなんだよな。

 イタチたちに洗浄魔法をかけ、ミコは俺の首に、カイは俺の肩に、他の二匹のイタチはそれぞれ俺の腕にくっついた。だっこちゃんか? って、だっこちゃんて名称自体が大分古そうだ。


「うわっ……」


 食堂に戻ると人だかりができていた。


「すいませーん……」


 人をかき分けて食堂の中に入ると、俺たちのテーブルの料理がとてもいい匂いを発していた。胡椒の実のせいだろう。

 スパイスってすごいなと思った。


「山田君、おかえり。早く食べないとなくなるわよ」

「ああうん」


 店長がドヤ顔をして俺たちのテーブルの横にいる。


「うめえっ! 胡椒だけでこんなに変わるもんなんだな!」


 兵士がとても嬉しそうに肉を頬張っていた。

 やっぱスパイスは重要だ。店内にいる他の客が恨めしそうに俺たちを見ている。

 つーか、香辛料足りなすぎだろ。

 内心ため息をつきながら、俺もごはんをおいしくいただいたのだった。


次の更新は、18日(水)です。よろしくー

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