56.交渉って難しそう

 ミコたちには小さく切ったヤクの肉も出した。

 両手で持って食べる姿がかわいい。食べてる物はあんまりかわいくないけど。

 隣に腰かけている中川さんにドギマギしたり、ミコたちを眺めていると奥の扉が再び開いた。

 少し恰幅のいいおじさんが入ってきた。身なりはきちんとしている。


「お待たせしました。当方商業ギルドでギルド長を務めておりますガンプティと申します」


 ハンプティダンプティみたいな名前だなと思った。

 テトンさんとケイナさんが立ち上がる。俺たちも立ち上がろうとしたが、テトンさんに制された。


「お初にお目にかかります、テトンと申します。こちらは妻のケイナ。そちらの方々は勇者さまです」

「ほうほう。白いイイズナ様を連れていらっしゃるとは……魔神が降臨されたのかと思いましたぞ」


 そういえばミコは魔神の花嫁なんて言われているんだっけ? どういうことなのかは全然わからないけどな。つーか、歴史とかそういうのってどっかである程度学べないもんかなと考えてしまう。

 学校で勉強とかたりいって思ってたけど、知識って大事なんだなぁ。歴史も含めて。


「魔神は天から我らを見守ってくださいます。白いイイズナ様は勇者さまと共にいらっしゃいました」

「それは素晴らしい!」


 しばらく社交辞令が続き、黙っていても肌がむずむずと痒くなり始めた頃、ギルド長は本題に入った。


「ところで……香辛料を売ってくださるということですが、何を売ってくださいますか?」

「ヤマダ様、胡椒と山椒、ラージャオを出していただけますか?」

「はい」


 テトンさんに言われてリュックからテトンさんたちが採取した物を出した。全てビニールに入れてある。


「? この透明な袋はなんですかな? 見たことがありませんが……」


 さすが商業ギルドのギルド長だ。さっそくビニール袋が気になったらしい。


「これは保管用の袋です」

「ほほう……ちょっと触ってもよろしいですかな?」

「いえ、ご遠慮ください」


 テトンさんは断った。まぁビニールもリュックから何枚でも出そうと思えば出せるんだけど、いつまで出てくるかわからないしな。ロンドさんは俺が死ぬまで使えるようなこと言ってたけどさ。

 テトンさんは袋から胡椒、山椒とラージャオを出した。けっこうな量である。

 胡椒も山椒も枝についた実の状態だし、ラージャオもまんま唐辛子だ。

 ギルド長の目の色が変わった。


「こんなに売っていただいてもよろしいのですか?」


 テトンさんに見られて頷いた。胡椒も山椒も山の上の家の横で林になっているので、入っている分を売るのは全く問題ない。それに俺には調味料が出てくる水筒もあるし。ちなみにラージャオは辛いからあまりみな使わない。少しあればいいぐらいなので一、二本あれば十分だ。


「はい、いかほどになりますか?」


 テトンさんがにっこりして尋ねた。


「そうですな……定期的に卸していただけるのであれば、胡椒はこの量で金貨二枚というところでしょうか。山椒は金貨一枚、ラージャオも金貨一枚になります」


 香辛料って考えるとけっこうな価格になるんじゃなかろうか。

 俺は目を丸くした。


「定期的には、約束しかねます」

「そうなると残念ですが、もう少し安くなってしまいます」

「そうですか」


 ケイナさんがテトンさんの袖を軽く引いた。テトンさんが笑む。

 そしてビニール袋から出した香辛料をまた袋にしまい始めた。


「では、この話はなかったことに……」

「お待ちください!」


 ギルド長が慌てたように両手を前に出した。


「……ですが、先ほどおっしゃられていた金額より安くですと、我々も生活していけませんので」


 テトンさんの笑みが深くなった。目が笑っていなくて怖い。


「で、では先ほどの価格でいかがでしょうか?」

「うーん……できればあと、銀貨を一枚足していただけると嬉しいです」

「かしこまりました。金貨四枚と銀貨一枚で購入させてください」

「わかりました。いいでしょう」


 交渉ってこういう風にやるんだ、と隣で見ながら思った。俺にはとてもできない芸当だな。やっぱテトンさんたちに付いてきてもらってよかった。

 香辛料も無事売れたし、時間的にはそろそろ昼だろうかと考えていたら、


「今後とも御贔屓に」


 とギルド長が言った後、


「テトン様、町長館には行かれましたか?」


 とテトンさんに聞いた。


「いや……」

「現在の町長はリントン様でございます。久しぶりにご兄弟の仲を深められてはいかがですか?」

「……言われるまでもない」

「ありがとうございました」


 どうやらギルド長はテトンさんの名を聞いた時に、テトンさんがクベル侯爵の息子だと気づいたようだった。食えないなと思う。


「ミコ、行くぞ」


 ソファから立ち上がると、ミコたちが俺たちのところへ戻ってきた。洗浄魔法をかけて首に巻きついてもらう。ミコはちょっと怒っているようだったが、汚れたままで首に巻きつかれるのは勘弁だ。


「勇者さま、どうかテトン様をよろしくお願いします」

「はい」


 ギルド長に言われて笑んだ。

 商業ギルドのギルド長がいい人でよかったと思ったのだった。


次の更新は、14日(土)です。よろしくー

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