王都へ行こう 十三話 また来ます(完結)

 クイドリの肉はジャンさんの屋敷でも好評だった。


「以前もいただいたが、本当にうまいものだな」


 ジャンさんがしみじみと呟いた。ジャンさんの奥様もクイドリのソテーを瞬く間に食べてしまった。そのナイフとフォークの動きは洗練されていたから、俺は目を丸くした。奥様もおいしかったのだろう。


「……この鳥は、王都の近くの林から狩っていらっしゃったのですよね?」


 奥様が口をナプキンで軽く拭いてからにっこりした。


「ええ、兵士の方々の足であれば三、四時間もあれば着くと思います」


 奥様の目が怖い。


「あなた」

「……うーむ……確か一度に複数で襲ってくるのだろう?」


 ジャンさんは唸った。


「そうなんです。最初はオオカミさんが一緒でしたからそれほど苦労はしませんでしたが、ゴートより強いですからあまりオススメはしません」

「うーむ……やはりまずはゴートを狩りに行く方がよさそうだな」


 ジャンさんてけっこう豪快な人ではあるんだけど、自分のこと以外はかなり慎重だ。兵士を行かせて大怪我をしたらとか、ちゃんと考えているんだよな。


「でしたら……同行させていただけばよろしいのではなくて?」


 クイドリの肉だけでなく、羽もかなり立派だったことから奥様が諦めきれないみたいだ。


「クイドリは飛んできますから、剣では難しいんです。どちらかといえば狩人向きの獲物です」


 中川さんがフォローした。確かにそれもそうだ。俺も中川さんの言葉に頷く。俺はもう手頃な石を二、三個投げれば倒せるけど、それはさすがに規格外みたいだ。自分で言うのもなんだが、俺も相当強くなったと思う。

 森の獣さまさまだ。


「そう? それなら、諦めた方がよさそうね。いつでも来てくれてかまわないから、これからもお願いするわ」

「はい、またお世話になると思いますのでその時はお願いします」


 中川さんと奥様がにこにこして、どうにか事なきを得た。ジャンさんはそれなりに強いのだと思うけど、クイドリに対してはどうかわからないし。こればっかりは得物との相性ってものもある。

 それからは町で買物をしたり、またクイドリを狩りに行ったり、王都の外でヤチョウを狩ったり、ナリーさんのお屋敷にお邪魔してロンドさんに会ったりした。ロンドさんも急がないとのことなので、春以降残りの遺品(荷物)を取ってくるという話になった。

 まぁでも、できるだけ早く運んできたいとは思っているんだけど。

 ナリーさんの手元の遺品が多ければ多いほど、ロンドさんが実体化できる時間が伸びるみたいだし。


「こんなことならあのガラクタを捨てなければよかったわ」


 ナリーさんが頬に手を当ててぶつぶつ言っていた。

 ナリーさんはキレイ好きらしく、ロンドさんが行方不明になってから十年はいろいろ取っておいたらしいが、その後は徐々に処分していったのだという。


「ロンド様の遺品があれば実体化に寄与するなんて知っていたら……」

「普通は知らないと思いますよ」


 中川さんがフォローした。


「そうよね? 私だってロンド様が戻っていらっしゃるなんて思ってもみなかったわ。戻っていらっしゃるならせめて置手紙ぐらい用意してくださればいいのに、この方は何も言わずにいなくなったのよ? これだから男は!」


 ナリーさんは当時を思い出したらしくとても怒っていた。半透明なロンドさんがスススとナリーさんから少し離れる。でもどこかへ消えようとは思わないみたいだからいい夫婦なんだと思った。

 ナリーさんの屋敷を辞して、


「早い方がいいよな」


 改めて呟いた。


「そうね。実体化できるのが一日三分じゃナリーさんが可哀想よね」


 ウルト〇マンは三分という話だけど番組では三分以上闘っていた気がする。ってそうじゃなくて。

 これからのことを考えながらジャンさんの屋敷に戻った。

 仕立て屋に向かって品物を受け取った。


「コートを作るのは少し時間がかかるが、せいぜいあと一週間てとこだろう。また来れる時に来て受け取ってくれ」


 職人さんはそう言って楽しそうに笑った。


「ありがとうございます。ブーツ、本当に助かります」


 俺たちの足にぴったりなヤクの毛皮で作られたブーツはとても暖かい。これで冬もどうにかなりそうだ。あとはコートを作ってもらえたら、今度こそ森に向かってもいいだろう。その間にオオカミさんが山へ来てくれるといいんだけど。


「またいつでも来てくれ」

「またいつでも来てね」


 ジャンさん夫妻にも名残惜しそうに見送られた。また一、二週間したら来ますと言ったら、いろいろ準備しておくわと奥様が張り切っていた。何を準備してくれるんだろう。

 そうして散々王都を満喫してから、俺たちはナリーさんの屋敷の裏手にある丘に上った。


「チェイン、王都はどうだった?」

「すっごく楽しかったー。森の側とか山での暮らしもいいけど、王都も楽しいね! 訓練もさせてもらったし!」

「それならよかった」


 楽しんでもらえるのが一番だ。ムコウさん夫妻もにこにこである。


「ブーツのおかげでどうにか山の上でも暮らしていけそうだ」

「そうね。でももっと寒くなるのよねえ」


 ユリンさんは不安そうだ。ユリンさんの気持ちもわかる。森の側で暮らしていた時は、それなりに快適な気候だったみたいだし。

 山の上はこれからどんどん寒くなるのだ。


「そろそろ来るかな」


 まだ姿も見えないけど、俺は「ドラゴンさーん!」と叫んでみた。

 声が響く。

 王都までだってこの声は届かないだろうけど、どうしてドラゴンとかオオカミには届くんだろうな?

 そんなことを考えていたら、南の空に黒い点のようなものが見えてきた。

 お迎えが来てくれたみたいだ。

 思わず笑顔になる。


「ロン様にいっぱいお話を聞いてもらうんだー」


 チェインが嬉しそうに言う。ドラゴンは相変わらずツンデレだろうけど、きっとチェインの話を聞いてくれるに違いない。

 俺はネックウォーマーの内側にいるミコの頭を撫でた。

 ミコがクッと頭を上げ、するりとネックウォーマーから出た。キュッと鳴いて俺の頬を舐める。


「ミコ、ご機嫌だな。やっぱ大きな町より山の方がいいんだよな」

「ミコちゃんずるーい」


 中川さんが笑う。

 ドラゴンの姿がどんどん大きくなってきた。そろそろドラゴンが到着するだろう。

 また山に戻って冬の間どう暮らすかという話をしよう。今年の冬は何もかもが試行錯誤だ。

 でもそれもまた楽しいに違いない。

 俺はミコを撫でながら、ドラゴンが丘に着くのを待ったのだった。



おしまい。


これにて番外編は完結です。次はオオカミが来てから森に移動するなんて話も書きたいですね。冬を越すのもたいへんです。

冬を無事越したら春。南の国編を書くのはいつかなぁ。まったりお待ちいただけると幸いです。


今回もお付き合いありがとうございましたー!

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