116.男だけで出かける理由
市場はちょうど王都の真ん中ぐらいの位置にあった。
館から徒歩で行けることを考えると、王都ってけっこう狭いんだな。でもここに市場は集中しているらしく、通りには全て屋台が軒を連ねていた。こんな通りが三本ぐらいあると聞き、わくわくしてきた。
野菜や肉などの食料品が売っている場所を見て回る。日本で見かけたような野菜を見つけては店主に声をかけて聞いたりした。肉は家畜が主で、たまに獣の肉を売る店もあったがテトンさんが首を振った。王都で扱われている獣の肉はおいしくないらしい。ってことはそんなに能力は上がらないのかなと思った。
調味料を売っている店もあったが、価格を聞くとあれもこれも高くてびっくりした。まぁ胡椒はその昔金と同等の価値があったというぐらいだからそういうものなのかもしれなかった。
「……随分香辛料の価格が高騰していますね」
テトンさんが苦々しい顔で呟いた。
「普段はもっと安いんですか?」
「香辛料は森の浅いところで採取できるのです。兵士にそんなことわかるわけがありませんし……森の側の家もどうなっているのか心配です」
テトンさんはそう言って肩を竦めた。香辛料の採取は元々テトンさんたち森の側に住んでいた人が行っていたらしい。その人たちをそこから追い出したわけだから、香辛料を採取する人がいなくなってしまった。
「あそこから追い出されて二か月ほどですが……さすがに影響が出てきたようです」
「兵士は……香辛料の採取はしませんよね……」
「さすがに知識がないと難しいですね」
神託の通りにしてとっとと撤退してくれればいいのだが。
「……神罰ってどんなことが起こるんでしょうね?」
「ロンド様ですので……森の側に雷ぐらいは落ちそうな気はします」
「なるほど」
テトンさんがさらりと言った。確かに雷っぽいかもしれないなと納得した。
果物を見ていたらミコが反応したので、撫でつつオレンジっぽい果物をいくつか買った。ミコとテトンさんの首に巻きついていたイタチがオレンジを食べたさそうにしていたので、公園っぽいところで食べさせた。
「果物も好きなんですね」
俺たちも果物を摘まんだ。そんなに甘くはないけど、すっぱくもなかった。
「果物ってどこで作ってるんですかね?」
ちょっとだけ気になった。なんだか少し元気になったような気がしたのだ。まぁ気のせいかもしれないけど。
「果物は……王都の南側で栽培されています」
「王都の中ですか?」
「いいえ、外です。なので獣に襲われることもあるので栽培はたいへんなようです」
「そうなんですか……」
果物と言われると普通暖かい場所で採れるものと考えてしまう。だとしたら森では果物は採れないのだろうか。森の方がこの王都より南にあるはずなのだが。
「ヤマダ様、森の浅いところでは果物などは見ませんでした。もし……」
「すみません。俺がいたのは森の真ん中辺りでしたが果物は見ませんでした」
「そうでしたか」
果物はなるほどけっこういい値段だった。女性陣は果物を喜ぶだろうか。少し彼女たちにも買っていくことした。
「……ああ、そうですね。女性陣に果物か……」
テトンさんははっとしたような顔をした。
「本当は花の方がいいかもしれないんですけど」
俺は苦笑して頭を掻いた。
「花ですか……そういう心を長らく忘れていた気がします」
「あ、でも……今花を買ったら萎れてしまいそうですから、帰りに覚えていたら買っていきましょうか」
「……そうですね」
そんなことを言っているが、俺は今まで母の日ぐらいしか花を買って贈ったことはない。中川さんに花を贈ったら喜んでもらえるだろうか。つか、そんなこと考えるぐらいなら好きなものをもっと聞いておくべきだったと後悔した。あんなに一緒にいたのに会話が足りないようだ。
お互い笑い合って市場を冷やかし、仕立て屋のある一角まで足を伸ばした。
「こちらに腕のいい職人がいます。ヤクでしたっけ? あの毛皮で何を作られますか?」
テトンさんに店を案内してもらって、何を作るかを聞かれた。布団はケイナさんたちに作ってもらったからいいけど、あれで何を作ることができるんだろうか。セーターとか帽子とか、手袋とか作れるだろうか。もこもこの巻きスカートみたいなものはどうだろう。巻スカートでなくても誰でも巻けるようなものだったら俺も寝る時に使えるかな。
「上着とか、帽子とかですかね」
「……一応聞いてみましょうか」
店に入ると慇懃無礼な対応をされたけど、材料持込で、この素材ならどうだろうとヤクの毛皮を出したら、いきなり態度が変わって上にも下にもつかぬ扱いをされた。
「こ、こんな素晴らしい毛皮をいったいどこで……」
職人さんに突撃された。
「あー……えーと」
俺は目を泳がせた。
「山の上の、かなり高いところで手に入れたとお聞きしましたが……」
そういえばまだテトンさんたちはあそこまで連れて行ったことはなかったな。
「山の上に生息している獣の毛皮です」
そう白状したら職人は目を見開いた。
「……そうか。そう簡単に手に入るものじゃあねえか……」
職人が残念そうに呟いた。俺としてはこちらの望むものを作ってくれさえすればいくら提供してもかまわないのだが、まずは職人の腕を見ようという話になった。あれ? でもなんか作ってもらうにしても三日じゃ足りないよな?
とりあえずショールのようなものを作ってもらおうと話しをしたら、二日で仕上げてくれるというのでそれで頼むことにした。
中川さんにプレゼントできるといいな、なんて思った。
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年内更新はこれで最後です。また来年もどうぞよろしくお願いします。
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