117.恋愛小説ではないけれど

 その後武器屋や防具屋などを見て、途中串焼きを食べたりし、夕方にジャンさんの屋敷に戻った。

 なんだかんだいって、ミコやテトンさんの首に巻きついているイタチもキョロキョロしていたことから、少しは楽しめたのではないかと思う。


「ミコ、俺は今日楽しかったけど、ミコは楽しかったか?」


 首に巻きついているミコを撫でると、ククククッとミコが鳴いた。


「そっか」


 肯定してくれたようで嬉しかったから、帰りに思い出して花を買った。見たことがないピンク色の花だったけど、花言葉とかこっちの世界でもあるのかな。そんなことを考えながら館に戻ったら。


「……おかえりなさい」


 ちょっと口を尖らせた中川さんが、若草色のロングワンピース姿で俺の帰りを出迎えてくれた。


「うわっ、かわいい……」


 思わずそう呟いてしまった。すぐ隣にいたケイナさんの姿は目に入らなかった。


「えっ!?」


 中川さんがびっくりしたように声を上げた。だっていつも後ろで一つに括られていた長い髪は、今はハーフアップというのだろうか、一部だけ後ろで止められているような状態であとは流されている。元々中川さんが好きだったのに、これじゃあもっと好きになってしまうじゃないかと思った。


「た、ただいま……」


 照れ隠しに挨拶すると、中川さんが近づいてきた。


「おかえりなさい。もう夕方だけど、どこまで行ってたの?」

「あ、うん……」


 俺はなんかもういろいろとテンパってしまい、花を中川さんの前に出した。


「えっ!? お花?」

「う、うん……」


 なにか言わなくては、と思ったのだけど言葉がうまく出てこない。


「……その……中川さんに……」


 中川さんはそっと花を受け取ってくれて……そして一気に赤くなった。


「あ、あり、がと……」

「ど、どう、いた、しま、して……」


 ぎこちなくお互いに笑ってから視線を感じてそちらを見れば、テトンさんとケイナさんがニヤニヤしながら俺たちを見ていた。ち、ちくしょう! どーせ童貞ですよ! 文句あっか!(混乱中

 テトンさんの腕にケイナさんが腕を絡めた。


「こんなに遅くまでどこへ行ってたの? せっかく貴方に見せたくて着替えて待っていたのに」


 ケイナさんがテトンさんに甘えるように言った。え? ってことは中川さんももしかして?


「……いつ帰ってくるのかなって、思ってた」

「ご、ごめん。つい楽しくて……あ、そうだ。ヤクの毛でショールっていうの? それを作ってもらうように頼んだんだ。二日後にはできるって聞いたから……」

「それは、私の?」

「うん。中川さんにと、思って……」

「ありがとう……楽しみにしてる」


 まだできたわけではないけど、そう言ってもらえてとても嬉しかった。


「……ええと、その……髪も、服も、似合ってる、ね……」


 気の利いたことは全く言えないけど、こっちに来てからずっと同じ恰好をしていたからワンピース姿の彼女はとても新鮮だった。


「……ありがと」

「立ち話もなんですし、部屋に戻りましょうか?」


 ケイナさんに声をかけられて、俺たちは何度も頷いた。動くタイミングが全くつかめなかったので助かった。部屋に戻る前に洗浄魔法をかけてキレイにしておく。本当にこの魔法は便利だ。おかげであんまりシャワーとかも浴びる習慣がないというのはいただけないが。風呂入りたいな。どっかで温泉とか沸いてないんだろうか。

 部屋に戻って、中川さんと二人、今日あったことをぎこちなく話した。


「……山田君のそういう恰好も……なんか新鮮だわ」

「いつも着てるのだと目立つって言われてさ……」

「そうかもしれないわね。上着の質が良すぎるのよ。でもそれはしょうがないわよね」

「しょうがないよな」


 中川さんとお互いに苦笑した。

 こっちの衣裳が悪いというわけではないが、ゴムもファスナーもないからいろいろ限られてはくる。ゴムって天然ゴムはどうやって作るんだっけか。そもそもこっちの世界にゴムの木は存在するんだろうか。

 そんなことを考えている間に夕飯の準備ができましたと声をかけられ、俺は部屋から追い出された。女性はその都度着替えるものらしい。


「え? また着替えるの?」


 という中川さんの戸惑うような声が聞こえて、俺は思わず笑んでしまった。次はどんな恰好をするんだろう。髪形や服で印象は変わるし、そうでなくたって中川さんは好きな女の子だ。伴侶だと言われたのも嬉しかった。

 ま、でも結婚するとなったら俺からプロポーズはしないとだよな。こちらの世界では求婚の際どうするんだろう。まさか給料三か月分の指輪とかだったらどうしたらいいか迷う。

 やがて、今度はえんじ色のワンピースを着せられた中川さんが困ったような表情をして出てきた。その色も似合うなと思い、


「キレイだ……」


 と口から言葉が出てしまった。中川さんは目に見えて真っ赤になった。

 なんともお互いぎこちなくて、それは初々しい恋のようだった。

 初恋とまでは言わなくても、確かにお互い意識していて……そして未来が少しずつ見えてきたようだ。

 絶対に彼女を幸せにするのだと、俺は改めて決意するのだった。



ーーーーー

今年もどうぞよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る