90.死なせたいわけじゃないんで
「ここまであとどれぐらいで登ってくるかな」
「あと1時間はかかるんじゃないかしら?」
位置としては雲の下にいる。すぐ上ぐらいを雲が流れていくのが見えた。すごく不思議な光景だなと思う。
大体この辺りで標高2000m付近というところだろうが、ドラゴンのところは更に上だ。ドラゴンのところよりももっともっと上にヤクの生息地があり、それよりも更に上の雪で真っ白になっている地帯に塩田がある。もちろん山が違うのであくまでこれは目安である。(現在いるのは東側の山)
「ラン様、ありがとうございます。楽になりました」
テトンさんが復活したようだった。ドラゴンのところに住んでいるのだ、この辺りであれば高山病も治る。
「あそこまでは、彼らでは辿り着けないと思います」
テトンさんはオオカミの背から下り、こう言った。
「俺もそう思います」
「私も同意するわ」
だからといってただ引き返せと言っても引き返すことはないだろう。俺は中川さんがめいっぱい詰めてくれた塩の塊を出した。はるか上で取ってきた塩である。
「テトンさん、ちょうどよさそうな岩などはありませんか?」
「ヤマダ様……もしや」
「これだけあれば塩田とまでは言いませんがそれなりの量でしょう。兵士たちにいきわたる分ぐらいはあるはずです」
「では、あの辺りがよろしいかと……」
ちょうど岩がごつごつしている辺りを見つけ、そちらへ移動した。
「あれ? これも塩じゃないの?」
岩の上とか、横辺りがなんとなく白くなっているのがわかる。中川さんがそれにそっと触れた。そして少し指で擦る。
「塩っぽいけど……」
さすがに舐めてみる勇気はない。とはいえ有害なものだったりしても困る。テトンさんはしばらく観察してから中川さんのように指に取った。
「ヤマダ様。水を少しいただいてもよろしいですか?」
「あ、はい」
ペットボトルを渡した。
テトンさんは岩についた白い物を地面に置き、そこに少し水をかけた。
特に何も起こらなかった。
「この岩の周りには草は生えていませんね」
そう言ってテトンさんは、今度は白い物をぱくりと口に入れた。
「塩、ですね」
そう言ってから水で口を漱いだ。塩は塩でも別のものが混ざってないとも限らないからだろう。
「この岩の周りにあるのも塩なんだね」
中川さんが感心したように呟いた。
「おそらくこういうちょっとした、塩がある場所はあるんだろうな。塩田みたいな大規模じゃなくても」
「そのようですね。全然気づきませんでした」
テトンさんが感心したように言った。
「山の上で塩が採れることは知っていましたが、この辺りでも採れるなんて……」
「でもここだとこの岩と、むき出しになってるこの辺ぐらいよね。塩は確かにあるけど、採ったらすぐになくなってしまうわ」
「だからこれを撒いていこうよ」
「そうね、そうしましょう。でもせっかく採ってきたんだから、少しは持ち帰ってもいいでしょう?」
「うん、この塊だけ持って帰ろうか」
両手にいっぱいぐらいの塩の塊だけ避けて、残りはそこらへんに撒いた。これを見つければ、兵士たちもこれ以上上には行かないだろう。まさかわざわざ誰かが撒いたとは思うまい。
「一応……確認してから戻った方がいいよな?」
「そうね。様子を見て、なんだったら場所を教えてもいいんじゃない?」
「確かに。その方が面倒はないかも」
「そ、それはさすがに……」
テトンさんが苦笑した。
「塩がある場所を教える人なんて、普通はいませんよ」
そう言われてみればそうだ。俺たちは自分たちで調味料が調達できるから忘れていたが、この世界では塩は貴重なのだ。それは元の世界にだって、場所によってはそういうところもまだあるかもしれない。俺は知らないけど。
「じゃあ、どうしたらいいですか?」
中川さんがテトンさんに尋ねた。
「もし彼らに会うことになったら、今回自分たちでは見つけられなかったということにしましょう。だいたい雲の下辺りで塩が採れるところがあったはずだというようなかんじで話したら、この辺りを重点的に探すかもしれません」
「では、それで」
打合せは済んだので、またオオカミの背に乗って山を下ってみた。兵士たちは思ったよりまだ下の方にいて、ちょうどゴートを狩り終えたところだった。そういえばゴートもけっこう見境なく襲ってくるんだよな。十人ぐらいいて、二頭ぐらい倒せたようだ。
「おおお!?」
オオカミの姿を見た兵士が身構えた。そこはダッシュ一択だと思うけどな。兵士によっては弓を構えてるし。やめとけ、死ぬぞ。
「こんにちはー」
オオカミの上から声をかけてみた。
「え? あれ? なんだ?」
テトンさんと中川さんにはオオカミの上に伏せているよう指示して、俺はオオカミから下りた。オオカミにはここにいてくれるよう伝える。オオカミは頷いた。
「こんにちは、覚えてますか?」
「あっ! あの時の!」
兵士の顔なんて覚えてなかったが、向こうは覚えていてくれたらしい。
「ゴート、危なげなく倒してますね」
「き、貴様たちにはやらんぞ!」
そこへ口を挟んできたのは村人だった。今アンタたちと話してないけど? 俺は苦笑した。
「必要ありません。それよりもどうしてこんなところにいるんですか? 一度森に戻ったのではなかったんですか?」
「ああ、戻ったんだがな。この獣をもっと狩ってこいと上に言われちまってな。もちろん塩も回収しにきた」
「そうだったんですね」
表面上はにこやかに話しているが、兵士の目は笑っていない。その目は、何故俺たちがここに通りかかったのか、その理由を探っているようだった。裏表とか駆け引きとか、そういうの面倒くさいなと思った。
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本日から一日三話更新になります。6時頃、12時頃、20時頃になりますのでよろしくお願いします。
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