89.東の山の塩田は
オオカミはどんどん山を駆け上って行く。
そして、ピタリと足を止めた。
『あれらか?』
伏せていた顔を上げ、前方を見ると兵士と村人が山を登っていくのが見えた。登るような道も整備されていない為、彼らの歩みは思ったよりもゆっくりだった。
「オオカミさん、塩がありそうなところってあとどれぐらいかな?」
『我は知らぬ』
「あ、そっか。ドラゴンさんに教えてもらったんだっけ……。じゃあ先にもっと上まで登ってもらってもいいか? 塩がありそうな場所を確認しておきたいんだ」
『承知した』
オオカミは一度元の山に戻り、そこから山を駆け上る。そして兵士と村人の姿が見えなくなったところでまた東側の山に移り、そのまま駆け上り始めた。
雲の上に出て、オオカミは更にどんどん走って行く。ヤクが見えた。けれどオオカミは止まらない。いったいどこまで登ったら塩田があるのだろうかと不安になった頃、ようやくオオカミは足を止めた。
『……おそらくはここじゃろうな』
ヤクのいたところよりも高いその場所は、一面雪とは違う白っぽいもので覆われていた。ただその白っぽいものの周りは雪なので、ここは塩分が多すぎるが故に雪が積もっていないのかもしれなかった。
さすがに標高が高いので高山病が怖いなと、俺たちはそろそろとオオカミから下りた。寒いは寒いが風さえ吹かなければそれほどではない。兵士は金属の鎧を身につけていなかっただろうか。あれでここまで登ったら凍傷になってしまうのではないかと心配になった。
「……装備を整えて出直した方がいいと伝えるべきですかね?」
テトンさんに尋ねる。
「そう、ですね……あの恰好でここまで登るのは無謀かと……」
そういう俺たちも氷点下にいる恰好ではないが、慌ててヤクの毛皮を出したのでまだましではある。テトンさんは本当に薄着だったので、中川さんと泡食ってヤクの毛皮でぐるぐる巻きにした。テトンさんは目を白黒させて、
「ありがとうございます……」
と言って苦笑した。いや、こんなところまで勝手に連れてきて風邪とか引かせたらたいへんだし。
『……随分面白いことになっておるな』
「……はい。ヤマダ様もナカガワ様もとても優しい方です」
だってこんなところまで来るとは思ってなかったし。
「オオカミさん、途中でヤクを見たけど、アイツらってこっちが危害を加える気がなくても襲ってくるんだっけか?」
『忘れたのか。何かを見れば突進していただろう』
「あー……」
そういえばそうだった。どうも醤油とか焼肉のタレのおかげと、森で食べまくった魔獣のせいで能力が上がりまくっているということもあり、あまり脅威とも思えないのだった。
ということは、まず彼らはヤクが分布している辺りをどうにかして登り切らないとここまで来られないわけだ。
「……無理だろ」
「私もそう思うわ」
「……すいません、ちょっと息が……」
「あっ!」
テトンさんの息が荒くなっていることにようやく気付いた。急激に空気の薄いところへ登ってきたせいで高山病っぽくなってしまったかもしれない。
「中川さん、塩を適当に採ってくれ。俺はテトンさんを運ぶから」
「うん!」
中川さんは俺の意図がわかってくれたようで、塩の塊をいくつも採ってくれた。それらをリュックから出したビニール袋に詰め、リュックにしまう。そしてテトンさんをオオカミの背に乗せ、俺とヒモで括り付けた。
「オオカミさん、悪いけど雲の下まで戻ってくれ」
『? どうかしたのか?』
「オオカミさん、お願い!」
中川さんもオオカミの背に乗った。そして、塩田は見つけたものの30分ぐらいでまた雲の下へ移動してもらった。だいたいこの一般的な雲は標高2000m付近にあるはずである。あそこからかなり下りてきた気がするから、もしかしたらあの塩田があった位置は標高5000mは超えていたかもしれない。いや、普通じゃ辿り着けないし、多分あそこに辿り着く前にヤクに殺されて全滅だろう。
こわっと思った。
テトンさんはそのままオオカミの背の上にいてもらう。
「も、申し訳ありません……その、頭が……」
「大丈夫ですよ。普通はこんな一気に登って行く場所じゃないですから。そのうち頭痛とか呼吸も楽になると思うのでそれまでは寝そべっていてください」
『人というのは難儀じゃのう』
「たぶんオオカミさんもいっぱい獣を食べてなかったらあそこまで行けなかったと思うよ」
『能力の違い故か』
「そういうこと」
ところでミコやイタチたちは大丈夫だったのだろうか。
「おーい、ミコ。大丈夫か? 体調悪かったりしないか?」
胸ポケットに向かって声をかけたらぴょこりと頭を出した。ククククッと声を出したから大丈夫なのだろう。中川さんとテトンさんの首に巻き付いているイタチたちも元気そうだ。
『イイズナがあの程度でどうにかなるわけはなかろう』
オオカミがフンッと鼻を鳴らした。ミコが下りて、キイイイッ! と威嚇する。
『相手にはせぬよ。病人を乗せておるからな』
オオカミはそっぽを向いた。でも何故かオオカミの尾が足の間にそっとしまわれたのを俺は見てしまった。
……でも見なかったことにしよう。
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ミコさんは最強です(笑)
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