91.どこまでも相容れないのはしょうがない
「あ」
ちょうどゴートがこちらへ突進してきたのが見えたので、反射的にポケットに入れていた石を投げた。
「バアアアアアアッ!」
ゴートは叫び声を上げてドドドドドッ! と走って来たが、兵士たちのところへ到達する前にバタッと倒れた。
「危ない危ない」
汗を拭く真似をした。別にあれぐらいなんてことない。おそらくあの角さえ避けられるならば素手でも倒せそうである。俺、どんだけ能力上がってんだろうなぁ。
兵士を見ると顔が引きつっていた。マップをさりげなく確認すると、兵士だろうと思われる点は黄色だった。だが村人の方がオレンジがかっている。なんでなんだろうなと内心ため息をついた。
「あれを狩ってこいって言われてるんですよね?」
「あ、ああ……」
「俺はこんなかんじで狩れるんで、今のは差し上げますよ」
「いいのか? 何も返せるものはないんだが……」
兵士は訝しそうな顔をした。義理堅いのか、俺の実力を見てビビッているのかどっちなんだろう。それでふと思い出した。そういえばゴートってこの辺りでは極上の肉なんじゃなかったっけ? 王都のお祝いで使う為にわざわざ兵士が狩りにくるとかなんとか言ってたような……。(44話参照)
ってことは。
「えーと、俺オオカミさんと行動してるんでこの獣の肉ってけっこう食べられるんですよ。だから気にしないでください」
「ああ……それならもらおう。ついでに塩がある場所を教えてもらえると助かるんだが……」
俺は少し考えるような顔をした。
「……もう少し上ですね。雲の下辺りだったような気がします」
「本当だな!?」
また村人が口を挟んできた。なんでいちいち絡んでくるんだかなぁ。村長の腰巾着ってことだけはわかってるけどさ。
「いちいち口を挟むな!」
「へ、へいっ……」
兵士に叱られて村人は後ろへ下がった。俺は苦笑した。村人は俺を射殺さんばかりに睨んでいる。俺、なんかしたっけ? 食い物渡してやっただけなんだけど。
「雲の下か……もう少し上がらねばならんな。手伝ってもらうわけには……いかんか」
兵士はオオカミの方を見る。オオカミは中川さんとテトンさんが見えないようにする為か、頭を上げていた。ありがたいことである。
「はい、たまたま見かけただけなので」
「これからどこかへ行くつもりなのか?」
「はい。まだ一度も行ったことがないので王都の辺りまで行ってみようかと思っています」
「そうか。だが……」
「いくらなんでもオオカミさんに乗って王都へは入りませんよ」
「そうか。そうだよな」
兵士はあからさまにほっとしたような顔を見せた。まぁ、常識的に考えればそうだろう。こちらはオオカミじゃなくてドラゴンに乗って王都へ突撃する気満々だが。
「じゃあ、俺たちはこれで」
「ちょっと聞きたいんだが」
「はい?」
「なんで山の上からやってきたんだ?」
あー、そっちかー。
俺は肩を竦めた。
「ああ、実はちょっと塩を取ってから行こうと思ったんですけど、うまく見つけられなかったんですよね。場所的に狭い範囲なんで見落としたかもしれないんですが」
「それで納得するとでも?」
塩を根こそぎ採りに行ったと思われてるのかもしれない。教えたのは俺なんだけどなぁ。ああもう面倒くさいな。
「……さすがに隣の山の塩田はドラゴンに占拠されてますからね。そっちよりは現実的でしょう?」
兵士たちの顔色が変わる。村人は真っ青になった。
「ド、ドラゴンだと!? どういうことだ!?」
「わ、わしらもなんのことだかさっぱり……」
全く、嘘をつくのが下手だよな。
「それじゃ」
声だけかけてオオカミに向かって駆け、その背に乗った。
「隣山を下っていくフリをしてくれ」
『承知した』
オオカミはすぐに駆けだした。
「あっ、待てっ!」
兵士に声をかけられたが俺たちは無視した。ゴートを狩るのも手伝ってやったし、塩のある場所も教えてやった。もう関わり合うことはないだろう。
マップで確認した点は黄色とオレンジが混在していた。オレンジは村人だ。なんであんなに敵意を持たれるようになってしまったのだろう。やっぱりテトンさんたちを労働力だと思っていたからだろうか。それもまた随分と勝手な話だと思う。
オオカミはしばらく下って兵士たちの姿が見えなくなってから山を駆け上り始めた。オオカミってやっぱすごいなとしみじみ思う。
そうしてドラゴンの縄張りについた時、俺はほっとした。
あんな交渉まがいのことをするのは本当に向いてない。
「山田君、ありがとう」
「え? 何が?」
中川さんに礼を言われてきょとんとした。
「何って、兵士の相手とかしてくれたじゃない」
「あー……でも全然うまくいかなかったし……」
「それは向こうが疑り深すぎただけでしょ? 確かに、狩ったゴートを丸々あげるっていうのは気前がよすぎたかもしれないわね」
「あー、そっか……」
それもあって警戒されたのか。でもあげたんだからいいじゃないか。
「あ、でも。こっちの塩田はドラゴンが占拠してるって兵士に教えちゃったけど大丈夫なのかしら? 兵士が攻めてきたりしない?」
「あ」
まずいことを言ったか? と思ったけれど。
「それはありえません」
オオカミの背から下りたテトンさんが即答した。
「ドラゴンは最強種です。こちらの山にロン様がいることは兵士の知るところになりましたから、今頃泡を食って逃げ出しているところでしょう。塩も採れたかどうかわかりませんね」
「え? そういうもんなんですか?」
あの村長、俺にドラゴンを狩ってほしい的な態度とってたけどな。
「村の上にロン様が住んでいると知られたのです。もう兵士がこちらの方まで来ることはないでしょう」
「……村長が思っていた以上にドラゴンはすごい存在なんだってことか……」
「あの村の者たちは本当の意味でドラゴンの恐ろしさを知りません。ラン様の存在もです。だからあのような暴言を……」
「あー、もういいですから。それより戻りましょう」
中川さんと苦笑した。マフラーになっていたミコがキュッと鳴いた。それを宥めるように撫でる。本当にミコは癒しだ。
怒りに震えるテトンさんを促して、俺たちはやっと洞窟の側の家に戻ったのだった。
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