88.マップの色が変わってきているらしい?

 オオカミには村の手前で待っていてもらうことにした。

 俺たちが普通の声で呼べばすぐに駆けつけてくれるらしい。食べる物によって聴力も上がったりするのかと聞いたら、わからないと言われた。それもそうだ。普通の声で聞こえるのならばありがたい。


「あっ! テトン!」


 村の方に向かって歩いていくと、門番の青年がテトンさんに気づいた。


「トロ、指をささないでください」


 テトンさんが青年を窘めた。


「村で変わったことがないか見に来ただけです。何もないようでしたらこのまま帰りますから」

「帰るって、アンタ……ちょっと待ってろ!」


 青年はテトンさんを睨みつけると、足早に村の中へ駆けて行った。

 これってもしかして、テトンさんにはあまりよくない展開なんだろうか? 中川さんと顔を見合わせた。


「申し訳ありません。もしかしたらヤマダ様たちに迷惑をかけてしまうかもしれません……」


 テトンさんはそう言って困ったように笑んだ。


「いえ、迷惑なことなんてありませんよ」


 軽く答えてから、なんの気なしにマップを見たら、なんか点の色が違って見えた。

 え? とテトンさんだろう点を見直す。中川さんとミコは相変わらず青いのだが(中川さんやテトンさんに重なっている黄色い点はイタチだろう)、黄色かったはずのテトンさんらしき点が緑色っぽくなっていた。これはいったいどういうことなんだろう。少し離れたところにいるオオカミの点も緑だ。やはり誰かが俺に向ける感情によって色が変わっていくに違いない。それならばやっぱり中川さんやミコには嫌われないようにすることが大事だな。もっと気遣うようにしよう。相手が俺にどんな感情を向けているかわかるマップというのはとても便利だ。もしも赤ばっかりだったらそれはそれで凹む。そう考えると参考程度にとらえることが重要なのかもしれなかった。

 ぼーっと突っ立って待っているのもアレなので、村の周囲を見回して変化がないかどうか確認した。いつも見ているマップは範囲を拡げたり狭めたりすることもできる。限界まで範囲を広げてみると、村の中の点が沢山見えてちょっと目がチカチカしてきた。

 ん? このオレンジっぽい色はなんだろう?

 門番の青年が村長を連れて戻ってきた。

 村長は険しい顔をし、村の入口で止まると怒鳴り始めた。


「おいテトン! 勝手に村を出て行くとはどういうことだ! しかもムコウたちも連れて行っただろう!」

「勝手に、と言われましても、元々私たちは間借りしていた身ですから……」


 テトンさんが苦笑する。


「お前たちがいないと収穫の手が足りないんだ! とっとと戻ってきて収穫を手伝うか獣でも狩ってこい!」

「えええええ……」


 中川さんが信じられないものを見るような目をした。村長の言い分もそうなのだが、獣ってなんだろうと思った。今までゴートはなかなか狩れないようなことを言っていたからゴートではないだろうと思う。他にも何かこの辺りに獣がいるのかな。


「今までお世話になりました。こちらのヤマダ様、ナカガワ様のおかげでようやく新天地を見つけたのでそちらで暮らす予定です。もうこちらには戻ってきません」

「なんだと!? だったら今まで置いてやった世話代を払っていけ! それができないなら収穫か狩りでもしろ!」

「うわあああ……」


 俺も中川さんもどん引きである。貧しい村だというのはわかるが、どこまでがめついのだろうか。


「村長」


 俺はたまらず村長に声をかけた。


「ん? ああ、アンタたちか。ゴートを狩ってくれたりしたことは感謝しているが、勝手に労働力を奪っていくというのはどういう了見なんだ?」


 そうか、俺らにも苦情を言うんだ、とある意味感心してしまった。


「それについては後ほど。それより、先ほど兵士たちとこの村の人たちが東側の山を登っていくのを見かけたのですが、なにかあるんですか?」


 村長はギクッとしたように身体を少し震わせた。何かやましいことでもあるんだろうか。


「い、いや……その……アンタたちが教えたと聞いたが……」

「なんのことでしょう?」

「ひ、東の山の上で塩が固まった場所があると言っていたと聞いたぞ」

「ええ、あるみたいですね。まだ確認はしていませんが……ただ、相当上にあるらしいですよ。途中に獰猛な獣もいるみたいですし、大丈夫ですかね?」

「な、なんだって!?」


 村長が驚いたような顔をした。


「この辺りにはゴートだっているじゃないですか? それ以外にも獣がいないはずはないでしょう」


 中川さんが呆れたように答えた。


「だ、だがそんなことは全く……」

「塩がほしいようなことを言っていたからお伝えしましたけど、その時に何も聞かれませんでしたから。詳細を尋ねていただけたらお答えしましたよ」

「そ、それは詭弁だ!」

「ここに住んでいるのですから、ある程度の危険性はわかっているはずです。だいたいこの山の上にはドラゴンが住んでいるんですから、東側の山に何もいないわけはないでしょう」

「そ、それはそうだが……」

「きちんと装備を整えていけば辿り着けるかもしれません。それ以外、特に問題はないですか?」

「……人手が足りん。肉もない」


 テトンさんが苦笑した。


「ヤマダ様、申し訳ありません」

「どれぐらい出せばいいですか?」

「一頭分を」

「わかりました」


 テトンさんたちが狩った一頭分のゴートの肉を出し、テトンさんに渡した。


「村長、今まで置いていただき、ありがとうございました」


 テトンさんはそう言って一頭分のゴートの肉を村長に渡した。


「あ、ああ……おい、持っていけ」


 村長は門番の青年に指示して、すぐに肉を全て村の中に入れた。


「テトンからはもらったが、アンタたちはどうしてくれるんだ?」


 俺たちからも何かもらうつもりのようだ。中川さんがそっぽを向いた。がめつくならないと生きていけないのかもしれないが、こんなところに住んでいるのだから自分たちで狩りぐらい行えないと困るだろう。


「じゃあ、そうですね。兵士と村の人たちを見てきますよ。何かあったら一度だけ助けてきます。それでは」


 俺たちは村長の返答を待たず、踵を返した。


「お、おいっ!」


 オオカミの元へ戻り、その背に乗れば、もう村長は声をかけてはこなかった。


「オオカミさん、さっきの兵士たちと村人が上っていたところの近くまで、まず向かってくれないか」

『わかった』


 オオカミは何も聞かず、俺たちを乗せて飛ぶように走り出した。

 マップを確認する。村長と門番の青年らしき点の色は、赤に近いオレンジ色をしていた。

 もうこの村に来ることはないだろうと思った。




ーーーーー

どこまでもがめつい村長でした。生き延びるためにはしかたないとはいえ、ちょっと悲しいですね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る