87.麓の村を見てこようと思います
「やっぱり……王都へ向かう前に下の村の様子を見に行った方がいいかもしれないわ」
夜、みんなでヤクの毛皮にくるまってから中川さんが呟くように言った。
「そうだね」
あの後兵士たちがどうしたのか、俺たちは敢えて確認していなかった。戻ったはいいがそのまま森の魔獣にやられて死んでしまったかもしれないし、またこちらの方までゴートを狩りにきたりしたのかもしれない。それか……村に来てあの時する予定だった略奪を行ったかもしれない。
だからといって、俺たちがあの村を兵士たちから守る為に滞在するなんてことはしたくなかった。俺たちがまた撃退してしまえば村人たちは俺たちを頼るだろう。そしてもし同じことが起きた時に俺たちがいなかったら、俺たちのことを恨むに違いない。
って、もう恨まれてるかもしれないけどな。
「山田君」
そんなことを考えていたら中川さんに改めて声をかけられた。暗闇の中で、相手の顔なんか見えないのに彼女は少し心配そうな顔をしているように感じられた。
「うん、何?」
「山田君は優しいから、見に行くのは私一人でもいいわ」
「え? 一人でなんて、そんなことさせられないよ。行くなら一緒に行こう。俺も少し気になってたしさ」
「……うん、ありがとう」
「俺の方こそ、ありがとう。正直見に行った方がいいかなとは思ってたんだ。でもなんか言い出せなかった」
寝覚めの悪いことになっているかもしれないけど……それはもうしょうがないと思うしかなかった。最初に村長が森の側にいる兵士たちに取引を持ち掛けようと、ゴートの肉を村人に持って行かせたりしなければ起こらなかったことである。確かに調味料は大事だが、命をかけてまで手に入れるものではなかっただろう。
それにしたってなんで森の方へ向かってしまったんだか。俺が向かった村に持ってった方が安全だっただろうに。
ま、今更言ってもしょうがないんだけどな。
翌朝、下の村の様子を見てきたいとオオカミに伝えた。
『我はかまわぬぞ』
「ありがとう」
念の為ゴートの肉の塊も持っていくことにした。リュックしょってくだけなんだけどな。俺のリュックの中はいろんな肉でいっぱいだ。肉屋じゃないんだぞ。
大体荷物も揃っているし出かけようかと話していたらテトンさんが来た。
「ラン様、どうか私も連れて行ってはいただけないでしょうか」
びっくりした。話を聞かれていたらしい。
「あの……テトンさん。俺たち、ちょっと下の村を見に行くだけなんで……」
「はい、私もそのつもりです」
『そなたたちがかまわぬのなら乗せてやるがどうする?』
オオカミに聞かれた。
「あの……もしかしたらあまり見たくないような状態になっている可能性もあるので……」
「それならばなおのこと、私は見てくる責任があります。元より村にはなんの関係もない、若い貴方たちだけにそんな危ない橋を渡らせたくはありません。それに……だいぶ弓の腕も上がったのです。以前よりも遠くから狙うことが可能になりました」
「んー……それなら、いいのかな? 山田君はどう思う?」
中川さんが首を傾げながらこちらを向いた。あざといけどかわいい。じゃなくて。
「中川さんがいいなら、俺はかまわないよ。でも一応見てくるだけを心得てください」
「はい、ヤマダ様やナカガワ様に迷惑をかけないようにいたします」
話がついたので、俺たちはオオカミに乗せてもらい、麓の村に向かった。村から見えない位置を選んでか、オオカミは東側に大回りして走った。
その途中で兵士たちが東の山を登っていくのを見かけた。なんか兵士じゃない人も若干名共に登っているように見えた。でもオオカミの背の上で口を開けるのは無謀だから、俺は彼らの様子を観察しようとした。しかしオオカミの走るスピードが早すぎて、彼らを見られたのかはその一瞬だけだった。
村から少し離れた岩の影で俺たちはオオカミの背を下りた。
「中川さん、テトンさん、さっきの見た?」
聞いてみたら中川さんとテトンさんは大きく頷いた。
「兵士たちに同行していたのはおそらく……こちらの村の者ではないかと……」
「道案内みたいなものですかね?」
「荷物持ちを兼ねているとは思います。一瞬しか見えませんでしたが、おそらく彼らは村長の腰ぎんちゃくです」
「ああー……じゃあわざわざかってでた感じなのかもしれないな」
「そういうことならそんなに心配する必要もないのかしら?」
「……それはまだなんとも言えませんね」
テトンさんは苦笑した。村に少しの間とはいえ住んでいたわけだから、俺たちが知らないこともテトンさんは知っているに違いなかった。
「彼らがどこへ何しに行ったかにもよると思います」
「確かに……」
なるほどと頷こうとして思い出した。
「あ……俺前に……兵士に、村の東の山でも塩が採れるような場所をあるって言った……」
「なるほど」
テトンさんは軽く頷くと、
「とりあえず村を見に行ってみましょう」
そう言ってくれたので、先ほどのことは一旦忘れて、俺たちは村の方へ向かったのだった。
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