57.塩って貴重だったんだよね

 テトンとケイナの意識が戻ってくるまで、俺たちはゆっくりとお湯を飲んだ。うん、やっぱりお湯は身体が温まっていいな。水は澄んでいる。この辺りの川の水はドラゴンのいる洞窟から流れてきているのだろうかとか考えた。


「ヤ、ヤマダ様……その、いくらなんでもこの石と塩を交換するというのは……」


 やっとテトンさんが戻ってきた。


「足りませんか? でしたらもっと出しますけど……」


 リュックを開けようとするとテトンさんがとんでもないという顔をした。


「いえいえいえいえ!」


 そして慌てたように両手を前に出して振った。


「多すぎです! こんなにいただけませんよ!」

「精製とかしてないんで、ごみとか入ってますからもらっていただけると助かります。その代わりに石を一欠けらいただけたら嬉しいんですが」

「こ、ここここんなものでよければいくらでも差し上げますううううっ!」


 ケイナさんがようやく戻ってきたらしく、今まで拾ってきたという石を両手で掬って差し出してきた。


「いえいえ。これ一ついただければ十分です」


 形がいいものをそっと手に取った。確認の為にもらうだけだし。返しにこれたらとは思うが、返してもらえない場合もあるので買い取る形にしたいのだ。


「あ、あああああのっ! この透明な石ならまだまだ拾えるので、じゃあこれらだけでもっ!」

「わかりました。いただいていきますね。もしも、ドラゴンがこの石と塩を交換するって言ったら知らせに来ますので」


 中川さんがにこやかに答えた。あんまり固辞し続けるのも悪いしな。


「それにしてもキレイな石……花崗岩が多いのかしら、ってことはこの山は火山だったのかな?」


 怖いことを言わないでほしい。あ、でも火山だったってことは温泉もあるのかな。


「この辺って洞窟みたいなところってあったりします」


 中川さんが聞くと、ケイナさんは目を見開いた。


「ど、どうしてそれを……」

「いえ、こんなに水晶が採れるってことは……」


 ケイナさんはテトンさんを見た。そして軽く頷く。


「……防音魔法をかけます」

「え?」


 そんなものまであるのかと感心した。内緒話をする場合、かなりいい魔法なんではないだろうか。


「私の魔力だと少ししか持たないので手短に」

「はい」


 ケイナさんが魔法をかけたようだった。ちょっと音が籠る感じがするけど、これは気のせいだろうか。


「ここから東の方へ登っていくとちょっとした洞窟があります。そこに沢山この石がありました。そのままでは取れないので小槌を使ったりして取れたのがこれらです」

「なるほど。じゃあ岩の下とかにあったというのは嘘なんですね?」

「……申し訳ありません。貴重なものかもしれないと思ったらつい……」


 俺たちは首を振った。


「ケイナさんが警戒するのは当然です。でも水晶が採れる場所を教えてくださいました。それは何故ですか?」

「……塩が、ほしいんです」

「ケイナ」

「塩が沢山あればこんなところで小さくなって暮らさなくてもいい……兵士なんか嫌い。早く森の側に帰りたい……」


 ケイナさんはそう言うと泣き出した。


「テトンさん、俺に防音魔法を教えてください。俺ならおそらくもっと長い間使用できます」

「は、はい……」


 少し、という時間感覚がわからないが、そんなに持たないはずだ。泣き声が漏れたら何事かと見にくる者がいるかもしれない。それに、なんだかよくわからないがこの小屋の周りに人の気配がするのだ。監視されているような気がしたからケイナさんも防音魔法を使ったのかもしれない。


「継承、しましたが……如何ですか?」

「ありがとうございます」


 魔法に集中して探ってみると確かに防音魔法を手に入れていた。


「じゃあ、僕がかけますね」


 そう言って防音魔法を改めてかけた。


「このお礼はまたします」

「いえ……お礼、なんて……」

「いえ、魔法をいただいたんですから当然のことです」


 魔法は貴重だ。俺たちは魔獣の肉を食べていたせいか魔力量が多いようだ。だから魔法をもらえればこうして使うことができる。それはとてもありがたいことだった。

 中川さんを見ると、彼女は嘆息した。


「……山田君って、よく猫とか拾いそうよね?」

「拾いたいと思ったことはあるよ。残念ながら俺の通学路上では見なかったな」


 この村でテトンさんたちは歓迎されていない。それなら、俺たちがもらい受けてもいいんじゃないだろうかと思った。元々テトンさんたちは狩人として過ごしていたのだ。それなら、森の中で暮らしてもいいのではないだろうか。

 もちろん本人たちに聞いてからだけど。


「テトンさん、ケイナさん。俺たちは森の中でこの四か月ほど住んでいたんです。ここより安全とは言えませんが……もしよかったら俺たちと一緒に来ませんか?」

「……ええっ!?」

「もちろんずっと一緒にいる必要はありません。ただ、この村の人たちが貴方たちに対して友好的だとはとても思えないのです」

「それは……」


 テトンさんは目を伏せた。


「テトンッ! 私、この人たちと一緒に行きたいわっ! ここでは狩りだって採取だってそんなにできないじゃないっ! 村の人たちの顔色を窺って暮らすなんてもうまっぴらよっ!」

「だ、だが……」

「いただいたお肉だって、半分以上あの村長に取られちゃったじゃないっ!」

「なんですってえっ!?」


 それを聞いて憤ったのは中川さんだった。いや、まぁ……そういうこともあるんじゃないかなとは俺も少し思ったんだよ。でもなぁ……。


「私たちがテトンさんに渡した肉を村長に奪われたっていうのっ!? 許せないわっ!」

「あ、いや、その……」


 テトンさんがしどろもどろになっている。


「そう、なんです……お前たち二人には多すぎるだろうって……私、仲間にももっと分けたかったのに……」


 またケイナさんが泣き出した。どうすればいいんだこれ。収拾がつかない。俺はテトンさんを見た。テトンさんも困ったような顔をしている。


「仲間って? 森の側に住んでた人たちですか?」


 中川さんが聞いた。ちょっと冷静になってくれたようだ。


「はい……あと一家族いるんですけど、まだ子どもが小さいからあまり家を空けられなくて……なのに役に立たないとか言われて渡される穀物も少なくて……」


 それはひどい。この村は確かに貧しいのかもしれないけど、子どもがいる家族を大事にできない村なんてどうかと思う。


「山田君!」

「はいっ!」

「そちらの家族も連れて行きましょう!」

「えええええ!?」


 つかどーやって連れて行くんですか。まぁ……俺たちの力なら一人でも大人二人ぐらいは軽く抱えて走れそうだけど……。


「山田君も方法を考えて!」


 あー、もー、なー……。

 確かにこんなところにいつまでも置いておけないよな。まぁでもその前にやることがある。


「中川さん、とりあえずさ……塩と交換でここの穀物買い取らないか?」


 そうすればこの人たちにも分けることできそうだしな。中川さんははっとしたような顔をした。

 ちなみに、ミコはこれだけ俺たちが騒いでいても俺の首に巻きついて寝ていた。大物である。



ーーーーー

自分の村の村人を優先するのはしょうがない。でも奪い取るのはどうかと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る