58.思ったよりも穏やかじゃない
とりあえずケイナさんを宥めて、防音魔法を解いた。そして塩と石は一旦こちらで回収した。もし誰かに奪い取られたらことだからだ。
森に連れて行くにしてもオオカミたちと相談する必要がある。だって連れて行くのは誰かの縄張りだから。もしさしつかえなければドラゴンのところで彼らを一度預かってもらい、こちらの用が済んでから迎えに行ってもいいのではないかと思った。
だってドラゴンてさ、人懐っこそうじゃん?
「こちらの穀物って売るほどありますかね?」
「たぶん、あるんじゃないかしら。買い取るって言われたら喜んで出しそうだけど……」
涙を拭いたケイナさんが言う。
「ただ、足元を見られる可能性はあります」
テトンさんに言われた。
「うーん……俺たちまず相場がわからないんですよね。どれぐらいの量だったらこの塩の量で買い取れるのかとか、基準みたいなの教えてもらってもいいですか?」
テトンさんに渡す予定とは別の塩の塊を出して見せたら、テトンさんが息を飲んだ。
「こ、こんなに、たくさん……そ、そしたらたぶん……この麻袋で二袋ぐらいになるかもしれません」
ケイナさんが口を押えてそう教えてくれた。中川さんが首を傾げた。
「粟、ですよね。稗もあるのかな」
「両方、です」
「わかりました、ありがとうございます。それで、この近くって他にも村はありますか?」
ケイナさんとテトンさんは顔を見合わせた。
「ここから一番近い村ですと……北西の方向に一日歩けばありますが……」
「塩を買っているのはそこからですか」
「そのようです」
岩塩が近くにあるということだろうか。
「そこから買っている塩と比べてこの塩はどうでしょう?」
「……少し、いただいても?」
「どうぞどうぞ」
テトンさんはおそるおそる小さな欠片を取ると、ケイナさんに渡した。ケイナさんが一口舐める。そして目を見開いた。
「……こちらの方が、いいものだわ!」
味とかでわかるものなんだろうか。俺にはよくわからないけど。中川さんはにっこりした。
「山田君、この塩を持って近くの村に行ってきて? きっとオオカミさんに乗ればすぐでしょう?」
「え? でも中川さんは……」
「私はここでケイナさんたちの護衛をするわ。一欠けらだけ塩をもらってもいい?」
俺は狼狽えた。中川さんを護衛として残すなんてそんなこと俺にはできないと思った。
「そんなこと、できないよ」
「山田君。その塩を持って穀物を買いに行ってくれればいいのよ。そうしたら相場がわかるでしょう? オオカミさんに乗って行けば二時間もかからないで帰ってこられるはずだわ。そのぐらいの間私がどうにかできないと思って?」
中川さんの言っていることはわかる。でもできれば中川さんをこんな危険な村に残しておきたくはなかった。
「どうしてもっていうなら醤油鉄砲を二つおいていってくれる? そうすれば獣の襲撃があっても対処できそうじゃない?」
「あ、ああ……じゃあ、ついでにこれも置いていくよ」
俺は醤油鉄砲と一緒に醤油を入れた細い竹筒を中川さんに渡した。
「ミコ……」
できることなら中川さんと一緒にいてほしいと思い声をかけたが、ミコは俺の首から離れなかった。あからさまにそっぽを向く。
中川さんはしょうがないなぁと言うように嘆息した。
「山田君ってば心配性ね。大丈夫よ、私も森の獣をいっぱい一緒に食べたじゃない。きっと誰にも負けたりなんてしないわ」
「じゃあ……できるだけ危険なことはしないでくれ。何かあったら逃げてくれ、頼む」
「わかったわ。逃げるなら、ドラゴンさんのところまで逃げるわね」
「うん、よろしく」
それでも不安はあったが、ここで押し問答していてもしかたないので小屋を出た。
「? なんですか?」
小屋の表には何故か、門番と村長、そして男たちが何人かいた。思った通りだった。
「いやあ、君たちが戻ってきてくれたと聞いてね。何か協力できないかと思ってここで待たせてもらっていたんだよ」
村長が胡散臭い笑顔で近づいてきた。それ以上近づかないでほしい。
「……水臭いですね。それなら声をかけてくれてもいいじゃないですか。僕はこれからちょっと出かけてきますので、また後ででいいですか?」
「……どこへ行くのかね?」
「隣村です。塩を扱っているというので気になりまして。あ、でもオオカミさんに乗って行くのですぐ戻ってきます。その後で話をさせてください」
「……いいだろう。君が戻ってくるまで待っていることにするよ」
「よろしくお願いします」
頭を下げて村から出た。オオカミは村の側で昼寝をしていた。村長たちがあのままおとなしくしているとは考えづらい。俺はできるだけ大きな声で話したから、あの小屋の中にも俺と村長との会話はしっかり聞こえていただろう。中川さんに頼るようで悪いが、今は隣村に向かう方が先決だった。
「オオカミさん、ここから北西にある村の位置ってわかる?」
『……ああ、わかるぞ。向かえばいいのか?』
「よろしく頼む」
『あの娘はどうした』
「いろいろあって留守番してもらってるよ」
『人間というのは面倒なものじゃのう』
オオカミはクァーッと大きなあくびをすると、身体を前後に伸ばして俺に乗るように言った。
『急いだ方がよいか』
「できれば、お願いします」
『では風になるとしよう。しっかり掴まっておれよ!』
「うわぁっ!?」
風という表現は遜色なかった。オオカミは本当にありえないぐらいのスピードで野を駆けた。口を開けていたら舌を噛んでしまいそうだった。それぐらい速く、オオカミは原っぱも駆け抜けた。体感的には一時間もかからなかったのではないかと思う。ありえないスピードでオオカミは村と村の間を駆け抜け、そして北西の村の側に連れて行ってくれた。
「……ありがとう、オオカミさん」
乗っている方がへとへとだった。途中で補助魔法を自分にかけなかったら危なかったかもしれない。
『たまには思う存分駆けるのもいいものじゃのう』
そんなスピードで俺は振り回されたのかよ。そっとため息をつく。空を見上げると太陽の位置はあまり変わっていないように見えた。
村の柵が見える。そこには門番と思しき男性が二人立っていた。それだけでも、こちらの村が麓の村よりも裕福らしいということがわかった。俺はオオカミさんにここで待っているように頼み、村の柵の方へと歩いていった。
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