56.麓の村にまたお邪魔した
今って何時ぐらいなんだろうか。
朝なのか昼なのか。大体の時間が知りたい。
「……山田君のスマホってもううんともすんとも言わない?」
中川さんに首を傾げて聞かれた。
「ただの板だよ、今は」
さすがの俺のリュックもそこまでは対応してくれなかったようだった。つーかさ、このリュックって絶対どっかの神様が売ってくれたんだよな? この世界の神様かどうかは知らないけどさ。どっかに連絡取りたいとまでは思わないにしても時計機能とカメラ機能ぐらい使わせてくれてもいいじゃないか。カメラを何に使うんだって? んなもんミコを撮りまくるに決まってんだろーがっ! あ、もちろん中川さんの笑顔とかも撮りたいけどなっ!(正直)
「そっかー。やっぱりそうだよね」
中川さんが残念そうに呟いた。いけないいけない。大まかでも時間を知りたいという話だった。
今日は太陽が出ているから、太陽の位置で昼より前だということはわかった。
「テトンさんいるかなぁ」
「いるといいな」
普段はこの村で何をしているんだろうか。やっぱり農作業? なのかな。
一昨日と同じくオオカミも一緒に村の入口へ向かうと、
「ああっ! またっ!」
という驚いたような声がした。村の門番? はどうやら固定らしい。
「お、お前たちっ! 今日は何を……」
「テトンさんに会いに来ました。呼んでいただくことってできます?」
そう尋ねたら青年はあからさまにほっとしたようだった。俺たちが何かするとでも思ったのだろうか。オオカミが怖いのかもしれない。
「わかった。呼んでくるからそこを動くなよ!」
「はーい。ありがとうございますー」
村に入ろうなんて思っていない。青年は急いで村の中に入っていった。待っている間一人も門番がいないのはどうなんだろう。でも普段まず人が訪ねてくることもなさそうだった。村の柵の外側に畑っぽいものが見えた。今ってもしかしたら秋なんだろうかと実りを見ながら思った。
「ラン様! ヤマダ様とナカガワ様も……今日はどうかされましたか?」
テトンは俺たちの姿を見ると目を輝かせた。
「聞きたいことがあったから来たんだけど、どこか、話せるような場所ってあるかな?」
「それでしたら是非私の家へ……ただ、急きょ作った家なので、家とも言えない代物なのですが……」
「じゃあそちらにお邪魔させてください」
中川さんがテトンの言葉を遮るような形でにこやかに言った。だが門番の青年は難色を示した。
「なっ! 村にまた入れるのか!?」
「トロ、お前は礼を言ったのか? なんなのだその態度は」
「に、肉が食べられたのは嬉しいが……」
なんかいろいろと葛藤があるらしい。
「お肉、食べてくれたんですね? よかったです!」
中川さんがにこにこしながら言う。あえて空気を読まないスタイルだ。案の定青年は顔を赤くして「あ、ああ……」とだけ答えた。結局礼の言葉も聞けないまま、村の入口から入ってすぐぐらいにある小さな建物に連れて行かれた。オオカミは村の外にいることにしたらしい。その方がいいだろう。
中川さんはぽかんと口を開けた。呆れたのかもしれない。なにせかろうじて雨露が防げる程度の建物だったからだ。きっと煮炊きもこの建物の外でやるのだろうと思われた。
「ねえ、山田君……これだったら、森の私たちの家の方がましじゃない?」
中川さんが彼らに聞こえないよう小さい声で言う。森の家、というか椿の木々の下に竹で作った屋根のようなものがつり下がっているだけといったような野宿スタイルだが、あっちの方が開放感もあるし中川さんの好みなのかもしれない。
「本当に申し訳ありません。狭いところで……」
小屋の中に入ると、粗末な服を着た女性がいた。小屋の中には寝台のような台がある他は背もたれのない椅子のような物が二つあり、真ん中に低いテーブルがあるだけだった。やっぱり煮炊きは外で行っているようである。
「あら? お客様かしら? こんにちは。今湯を沸かすわね」
そう言って女性は外へ出て行った。
「先日肉をいただき本当にありがとうございました。おかげで久しぶりにおいしい肉が腹いっぱい食べられました」
テトンはそう言って深々と頭を下げた。
「いえ、あれはテトンさんの正当な報酬です。ゴートを運んでくださり、とても助かりました」
「少しでもお役に立ててよかったです」
テトンはそう言って笑んだ。
「あの……ぶしつけな質問で申し訳ないのですが、テトンさんはずっとこちらに住まわれる予定ですか?」
「いえ……できることなら森の側に戻りたいとは思っています。ですが今あの辺りは国の兵士が沢山いますから、本当にどうしたらいいのかと困っています」
「そうですか。元々テトンさんは何をして暮らしていたのですか?」
「狩人をしていました。ですが主にしていたのは森での採取です。あの森は一年中豊かで、いつでも食べられる物が取れましたから……」
「じゃあ、ここで暮らすのって相当不便なんじゃないですか?」
中川さんがびっくりしたように言う。
「ええまぁ……この山も少し上に登れば食べられる葉などはあるので、今はそれと農作業の手伝いなどで暮らしている状態です」
「なにか、他に困っていることってないですか?」
「困っていること、ですか?」
テトンは戸惑ったようだった。
「これが不足しているとか、そういうものがあればと思ったんですけど。塩とかもないみたいですし……」
「そうですね」
テトンは苦笑した。
「確かに塩はぎりぎりです。自分たちの分を確保しているのが精いっぱいで……。本当は山の上に行けば塩が獲れるんですけど、いつの頃からかドラゴンが住み着いて威嚇してくるというので取りに行く人もいなくなったそうです。なので近くの村から物々交換で手に入れたりしていますね」
やっぱりドラゴンのせいで塩が手に入らない状況になっているようだ。中川さんと顔を見合わせて頷いた。
「その、ドラゴンなんですけど、ドラゴンって宝石とかが大好きなんですよ。宝石とまではいかなくても、光る石とか持ってないですか? もしかしたらそれと塩を交換してくれるかもしれませんよ」
「え? そ、それは本当、ですか?」
「ええ、それがドラゴンの求める物であれば交換してくれると思います。この辺りでは透明な石などはありませんか?」
「透明な石……ちょっと待ってください。ケイナ!」
「はいはい、今お湯ができましたよ~」
外に出ていた女性が木でできたお椀にお湯を入れて持ってきてくれた。ありがたいと思った。
「ケイナ、お前確か石拾いが好きだったと思うんだが、見せてもらってもいいか?」
「え?」
女性―ケイナさんは目を丸くし、瞬きをした。
「あんなものただのガラクタよ? 見た目がキレイだから拾ってるだけだし……」
「いいから見せてくれ。言い忘れたが、こちらの方々が先日肉を提供してくれたんだ」
ケイナさんは目を見開いた。
「まぁ! あんなにおいしい肉をこちらの方たちが? 本当にありがとうございました。とてもおいしかったです」
彼女はそう言って俺たちに深々と頭を下げた。
「いえ、あの……こちらの、テトンさんが案内をしてくれたり荷運びもしてくださったのでそのお礼ですから、気になさらないでください」
「いいえ、たかが荷運びぐらいであんなにいい肉を沢山いただけるなんてことはありえません。せめてお礼ぐらい言わせてください」
いい人なんだなぁと思った。で、ケイナさんの石コレクションを見せてもらった。
「この辺りに来てからはこういう石が拾えるようになったんです」
そう言って見せてくれたのは、透明だけど中に筋っぽいものが薄っすらと見える石だった。
「これ……水晶じゃないかしら。この石って私たちの他にも誰かに見せたりしました?」
「いいえ? ただの趣味ですから」
水晶ってこちらの世界では宝石になるんだろうか。俺からすれば宝石に見えるけど。
「これって、いくつもありますけど……この辺りでは普通に獲れる石なのかしら?」
「ええ、大きな岩の側とかにあってキレイなの。いっぱいあるからよかったらあげますけど?」
こちらの世界での水晶の価値がわからないのが痛い。
「テトンさん……塩がなくて困ってるんですよね?」
「ええ、まぁ……」
テトンはここでなんで塩? と思ったようだった。水晶ならばきっとドラゴンは塩をわけてくれるのではないだろうか。一応俺もドラゴンから少し塩をもらってきていた。
新聞紙にくるんだ塩の塊をリュックから出した。
「え? それは……」
「ドラゴンのところからもらってきた塩の塊です。あまりキレイではないですけど、この村で採っていた塩というのはこれだと思います」
「ド、ドラゴンからもらってきたですって?」
「これとその透明な石を交換してもらえませんか?」
「えええ?」
テトンとケイナは目を見開き、口をぽかんと開けた。
それからしばらくの間、二人の意識はなかなか戻ってこなかった。
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