30.森の周りが不穏らしい

 話をまとめよう再び。

 南西にある安全地帯? にはヘビの知り合いが住んでいる。知り合いが住んでるから安全地帯なんだろうな。

 その知り合いはよく森の中を回っているらしい。そしてそのスピードはヘビよりも速いのだという。どんだけ速いんだよ。


「え? でも俺が会ったことはないよな?」


 森の中をパトロールはしているけど安全地帯には寄らないのか?


『ここはイイズナの縄張りだ。用がなければ立ち寄ることなどない』

「あー、そういうことか……」


 この森の中にはこういった生き物の縄張りが全部で五か所ほどあり、南には南東と南西に、北には一か所あるのだそうだ。そこを侵す者が入ってくれば攻撃はするが、人間は脅威にはならないので基本は放置するという。


「人間って脅威にならないのか……」


 そもそもこの森を踏破できる人間が全然いないんだもんな。確かに脅威にはならないかもしれない。今はまだ。

 さてその知り合いの話だが、ヘビが俺たちの話をすると納得したように何度も頷き、近々訪ねてくると言っていたそうだ。それを早く言ってくれよ。


「来てくれるって……私たちに興味を持ってくれたってことなのかな?」


 中川さんが首を傾げた。


『そのようじゃ。我はかの者の話を確かめに行った。果たして、随分な数の人間たちが獣に食われておったのぉ』

「え? スクリ、森のキワまで行ってきたのか?」

『うむ。南と北、両方見てきたぞ。北は森に多少入ったところでみな事切れておったが』

「そっか」


 だからスクリの帰りが遅かったんだな。でも知り合いに会って南に行って、北に行ったにしては帰ってくるのが早くないか? そのことを聞いたら、そなたらを乗せてはおらぬ故な、と言われてしまった。一人ならいくらでもスピードを出せるということなんだろう。おんぶにだっこですいません。

 知り合いについてもこちらを訪ねてくれるというなら向かう手間が省けるというものだ。でもどんな姿をしてるんだろな。ヘビではなさそうだけど。

 雨の日なんて鍋にたまった水をビニール袋に移すぐらいしかやることがない。イタチたちもうちの屋根と屋根の間でまったりしているようだ。大手を振って休める日なんだろうな。笹の葉のスープもあるし、昼はそれに生米を入れてくつくつ煮ることにした。粥とか雑炊のようなものだ。

 まったりしすぎて忘れていた。恒例の水筒開けターイム。何故か中川さんとミコにじーっと見られながら開けるというのは毎回居心地が悪い。今日の調味料はなんだろう。水筒のコップにとろとろと透明っぽいものが出てきた。なんかてかてかしている。

 こ、これは……。

 舐めてみた。


「油だー!」

「油!? やったじゃない!」


 中川さんと大喜びである。これを肉を焼く時に塗れば更においしく食べられること必定だ。何せここの魔獣ときたらみんな筋肉質の赤身で、しっかり焼かなければいけないとは思うが脂分がほとんどないから焼けば焼くほど硬くなってしまうのだ。それに油があれば炒め物だって、揚げ物だってできる。いや、さすがに揚げ物はやらないけど、でもミートフォンデュっぽいことをやりたいじゃないか! 肉をサイコロ状に切って揚げていろんな味付けで食べるのだ。なにせ調味料だけはふんだんにある。ビバ、油!

 さっそく竹筒に油を入れ替え、水筒の中にお湯を入れて振ってからスープの中に入れた。ツナとかオイルサーディンの油だけでもいいけど普通の油がこんなに恋しくなるものだとは思わなかったな。そんなわけでちょっと中華っぽい雑炊を食べてにこにこである。ヘビは別に毎日食事はしなくてもいいようなのでこれ幸いと寝ている。イタチたちにはポテチを提供したので彼らも機嫌がよさそうだった。食べ物がおいしいって幸せだよな。

 そんなわけでマップ上に赤い点が見えた時も死んでから対処すればいいなんて悠長に構えていた。

 だが、今回の敵は違った。


「あれ?」


 赤い点は流れるような動きでこちらに来ているのに雄叫びも地響きもしてこない。


「どうしたの?」

「え? これは……」


 中川さんに聞かれたがそれどころではなかった。


「スクリ!」


 赤い点はどんどん近づいてきて―


「キュウウウウウウッッ!」


 これはイタチの声じゃないか。


『しまった!』


 スクリがするすると木を登る。俺も慌てて木の下から出た。

 キイイイイイッッ!!

 ミコが叫び、他のイタチたちも威嚇するように声を上げる。だが脅威は上昇していく。スクリでも間に合わなかったようだった。

 そうだ、俺は空からの脅威をすっかり忘れていた。何か投げる物、と落ちている石を拾い、渾身の力ででかい鳥に向かって投げた。もう夢中だった。


「ギャアアッ!」


 ちょうど首のところに当たったのか、鳥がバランスを崩す。しめた! とまた石を投げた。今度は羽に当たった。鳥はイタチを離した。


「間に合えっ!」


 ダッシュしてイタチが落ちる方向にスライディングする。もう無我夢中だった。


「きゃーーーーーっっ!」


 中川さんの悲鳴。

 そして手の中に……。


「だ、大丈夫かっ!?」

「キュ……」


 い き て たーーーーーーっっ!


 俺は急いでイタチを抱え込んだ。


「山田君!」


 中川さんが悲鳴を上げた。わかっている。まだ赤い点は安全地帯の上をぐるぐると旋回していた。石を当てられたぐらいで逃げるはずがなかったのだ。だがスクリが俺の側に来たことで、鳥は諦めたようだった。そのまま飛んでいこうとした時、黄色い点が飛んでくるのがマップ上に見えた。


「……へ?」

『……来たか。アヤツはいつもおいしいところをかっさらっていくのぅ』


 空を見上げた。

 灰色の毛並みの、でかいオオカミが鳥を咥えて飛び降りた。

 その光景に、なんのファンタジーだよ、と俺は思ったのだった。

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