29.帰ってきた

 ヘビが帰ってきたのは夕方だったので、俺たちは簡単に夕飯を済ませて暗くなる頃には寝床に入った。

 魔獣たちが攻めてこないのならば急いで話を聞く必要もない。明日の朝聞かせてもらえばいいだろうという判断だった。

 寝床は一応取り外し可能にはしているが、位置としては中川さんの寝床の並びなのでちょっとどきどきする。いや、これは冗談だけどな。ちゃんと仕切り用の壁も設置してるし、彼女は寝る時は基本テントの中だ。お互い着替えもするから気兼ねなくできた方がいいだろ? って俺は相変わらず誰に言い訳をしているんだ。

 翌朝は雨だった。椿の木の下にいるだけでもそんなに濡れはしないけど、今は竹で自作した屋根を二重にしているから全然濡れない。雨がひどい時はたまにぽつぽつ落ちてくることはあるけれど。今日の雨はしとしと降っているから全く濡れる気配もなかった。

 雨が降っているとどうしてこんなに眠いのだろう。寝床にかけているビニールシートを剥がし、どうにか起き上がった。腹が減ったのだ。雨の日は火が熾せないのが難点だ。やはり雨の日用にも炊事場所を作った方がいいだろう。まぁでも中川さんの寝床と俺の寝床の間の竹の板を外せばいいだけなんだけどな。


「おーい、火ぃ起こすぞ~」


 屋根の上にいるだろうイタチたちに声をかけた。トトトトトッとイタチたちが移動する音がした。声かけないで火をつけたらイタチたちが燻されてしまう。

 雨の日は簡単な煮炊きしかできないが、昨日笹の葉を取ってきておいてよかったと思う。普通は若い葉以外は食べられるものではないと思うが、竹林の笹はみんななんだか柔らかくておいしいのだ。それを煮たスープがまたうまい。なんとなくタケノコっぽい味がするのである。こんなところも異世界なんだなと思った。サバ缶の汁、ツナ缶、鶏ガラスープの素に笹の葉を鍋に入れてぐつぐつ煮る。水はとりあえずペットボトルからどぼどぼ入れた。これでおいしいスープの出来上がりだ。後は米でも炊けば完璧だろう。

 ああそうだ。せっかくの雨なんだからもう一つの鍋を置いておこう。こっちは空気が元の世界ほどは汚染されていないから雨水がそのまま飲める。

 クククククッとミコがご機嫌で鳴く。

 ミコにはサバをあげている。あれだけではとても足りないだろうが、椿の木には本当に大量に芋虫がいるらしく、普段はそれをエサにしているようだ。そしてもちろんミコたちのエサはそれだけではない。


「おいしそうな匂い……おはよう~……」


 寝ぼけ眼で中川さんが起きてきた。


「朝起きて何かできてるのって幸せだね……」

「そうだな。おはよう、中川さん」


 ステンレスのカップにスープを入れて渡した。それからお弁当箱の中からおにぎりも。ごはんは後で炊けばいいと思う。


「笹もおいしいよね。もっと早く気づいてればごはんが充実したのに」


 中川さんが悔やむように言う。


「タケノコは知っててもまさか笹の葉がこんなにおいしいなんて知らないよな。こっちの世界特有だとは思うけどさ」

「そうだね~」


 元の世界に戻ったら笹の葉を食べて「やっぱ違う!」って言ってみたい。戻れるかどうかは知らんけど。


「炊事場が別にほしいな。濡れないような場所で」

「そしたらこの木の下になるよね」

「うん、晴れたらまた屋根を作ろうかな」

「山田君、竹の加工得意だよね」


 中川さんが笑む。


「こっちに来てからだよ。それまではせいぜい親父の日曜大工に付き合うぐらいしか……」

「そういうのも全部役に立ってるんだよね……」

「うん、多分……そうじゃないかな」


 家族の話をしても、別にホームシックにはならなかった。それはきっと横にいるミコとか、中川さんのおかげだと思う。


『……そなたらはなにを起きておるのじゃ。とっとと寝るがよい』


 ヘビが不機嫌そうに起きてきた。ゆっくりゆっくりこちらへ来るのはきっと雨だからだろう。


「スクリ、おはよう。もう昼みたいよ」


 中川さんがそんなヘビを見て笑った。


『……雨の時は寝るものじゃ』

「スクリは寝ててもいいよ。私たちは起きちゃうだけだから」


 俺はリュックから新聞紙にくるんだ肉を出した。いろいろ検証してみた結果、どうも俺のリュックの中に入れたものは腐敗が遅くなることがわかったのだ。生肉を新聞紙にくるんで入れておいても、悪くなってきたなと思うまでに十日はかかったのである。これはなかなかに嬉しいことだった。


『おお……彼方は気がきくのぅ……』


 もう一塊あるが、それはイタチ用である。一昨日狩ったイノシシもどきの肉を、スクリは嬉しそうに食べた。まんま一飲みである。それでいいのか。うん、いいんだろうな。


『うむ……そなたたちのおかげでよりうまいメシが食べられるようになった。感謝する』


 俺と中川さんは苦笑した。そんな大それたことはしていない。


「満足してくれたならよかったわ。さっそくだけど、何をして、何を聞いてきたのか教えてもらってもいい?」


 中川さんが単刀直入に聞く。そう、俺も実は聞きたくてたまらなかったのだ。

 スクリは少しの間黙っていたが、やがて口を開いた。


『……我は南西の方角へ向かった。そこにかの者がいたからじゃ。かの者は森の南と北に獣たちが集中していると言っていた』


 南と北って、確か人の国があるんだよな?


『ここ一月ほどじゃが、人間たちが盛んに森に入ってこようとしているらしい。故に獣たちも南と北に集まっているのじゃろう』

「ってことは、南も北も、どっちの人々も森に入ろうとしているのか?」

『そのようじゃ。じゃが人間たちがまとまってくれば獣も増えるというもの。未だかの者が住む場所には一人も辿り着いていないそうじゃ』

「……その人が住んでいるところって、スクリでもここから二日近くかかるんだっけ?」

『うむ』

「ってことは南の、人間が住む国からの方が近いってことだよな」

『そういうことにはなるのう。じゃがのぅ、かの者の住まう場所に辿り着けた人間はこれまで三人ぐらいしかおらぬ。一人は主となったそうじゃが、それ以外はすぐに事切れたそうじゃ』

「え? そしたらここで亡くなった人は……」

『その者は北から来たのじゃろう』

「あ、そっか」


 とにかく踏破が難しい森であるようだ。


「ごめん、話の腰を折っちゃって。続けてくれ」


 そしてその後も質問を交えながらいろいろヘビから聞きだしたのだった。

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