第2話 勇者物語
結局少女は俺の言った通り、一定の距離を保ちつつ自宅まで付いてきていた。
だがその歩いている間にも、俺の頭の中には気になる事がいくつも生まれている。
まず1つ、それは彼女が躊躇なく自身の腕を切り落とそうとした事である。
あの判断を瞬時にできる少女など、果たしてこの世界に何人いるのだろう?
普段から”それが当たり前”と思える環境で過ごしていなければ、その理由は説明できないだろ?
そして気になる事の2つ目は、その生活環境を証明づけるような”歩き方”である。
なにせ1時間近く俺の後ろを歩いている彼女からは、全くと言っていい程に足音が聴こえず、付いてきている事を忘れてしまうほどに気配を消すのも上手かった。
実は過去に俺は、この歩き方をしている人物に出会った事がある。
そう、それは間違いなく”暗殺者”の歩き方そのものなのだ。
ちなみに俺が過去に出会った暗殺者は成人している男性だったが、殺される前にスグに捉えて王族騎士団に差し出している。
—————まぁそんな話はどうでもいい。
問題は”あの10歳前後に見える少女”が本物の暗殺者なのか?と言う事だ。
とにかく最低限の警戒だけは怠らないようにしないと。
「おーい、着いたぞ。沢山歩かせてしまって、すまなかった」
「沢山歩く……?この程度、散歩と変わらないよ」
「ほぉ、中々強いじゃないか。どうする、中に入るか?嫌なら食料と金だけ外に持ってくるが」
すると赤髪の少女は驚いたような表情を浮かべる。
どうやら本当に食糧や金を貰えるとは思っていなかったようだ。
「そ、そんな無条件で食料とお金を貰えるわけ……ワナにしても、分かりやす過ぎるよ!」
「ワナでもなく、本当に親切心なんだけどな……。まあいい、とりあえずそこで待っていてくれ。今から取ってくる」
「え、えぇ!?……うーん、じゃあ私も行く!行くから待ってよ!!」
お、突然の心変わり。
理由は分からないが、まぁ特に問いただす必要もないだろう。
【ガチャ】
扉を開けると、いつもの匂いが俺の鼻に広がる。
もう何年もかぎ続けた、慣れ親しんだ自宅の匂いだ。
……だがもう少しすればこの家も出ていく事になると考えると、少しだけ寂しさも感じている自分がいる。
————なんて事を考えていた矢先だった。
「すっごーい!この刀、アナタのモノ?」
「!?」
この瞬間まで外にいると”思い込んでいた”少女が、気付けば俺の家に入って背後を取っていたのだ。
俺は決して警戒を怠っていた訳ではない。ただ純粋に彼女の”気配を消す技術”が異常に高かっのだ。
だが幸い彼女から敵意はなくなっている。
もしあったとすれば、今の俺はとっくに攻撃を受けていただろう。
とにかくこの子が暗殺関係の者である可能性はグンと上がったので、さらに警戒は高めた方が良さそうだ。
「ねぇ、聞いてる?この刀、アナタのモノなの??」
「あ、あぁすまない。そうだな、俺の刀で間違いない。特別な力が”まだ”宿っているから、あまり無闇に触らないでもらえるとありがたい」
するとそれを聞いた少女は、突然目を輝かせ始めた!
そもそも出会った時から思っていたのだが、俺は彼女の行動や心理が全く読めない。
家に着くまではあんなに警戒していたのに、気付けばその警戒していた相手の家に上がり込んで室内を物色しているこの状況を飲み込むのには、少し時間がかかりそうだ。
だが彼女は俺のそんな疑問に気付く事はなく、輝いた目で俺に語り始めていた。
「オジサン!刀に力が宿ってるって……”勇者物語”みたいでカッコいいね!」
「勇者物語……」
【勇者物語】
それはもう、何百回と聞いた小説のタイトルだ。
先ほどまで居た王都では、絵本にもなっているらしい。
なんでそんなに詳しいのかって?
それの答えは実に単純で、物語の主人公は”俺”なのだ。
10年前に”各国の王国騎士団”や”神話の怪物の名を冠する動物達”と共に討伐した魔王との戦いを描いた、いわゆる戦記である。
とはいえ俺にとってはウソの多い創作物のようなモノで、最後まで読んだ記憶はない。
というか俺、今オジサンって呼ばれた?いやまぁオジサンなんだけど……。
だが肉体は全く衰えていないせいか、ほんの少し、ほんの少しだけグサッと胸が痛かった。
「オジサンは読んだ事ある?勇者物語」
「いや……お兄さんは無いな。そういうモノには興味がなくてね」
「えー、もったいないね!すごく面白いのに。特に最後の魔王との戦いで、勇者が刀に聖女様の命を乗せて魔王を倒すんだよ!カッコいいでしょ?」
「……ん?」
ここで俺は違和感を覚えた。
なぜなら彼女は今、聖女の命を奪ってまで魔王を倒した勇者を”カッコいい”と言ったのだ。
というのも王都の市民達にとっては、聖女の命を奪って魔王を倒した勇者は”悪”とされている。
まぁその原因となったのは現在のこの国の王が、俺の手柄を息子のモノにするために”俺が無理やり聖女の命を奪った”と国民の前で言い放ち、息子の活躍を5倍ほど盛って話したせいなのだ。
ちなみにその息子というのは俺と同じ”魔王討伐の選ばれし5人”であり、先ほど俺が別れの挨拶を言いに行こうとした”王国騎士団の副団長”でもある。
”選ばれし5人”っていうのは簡単に言うと、魔王討伐に立ち上がった各国の騎士団から集められた、最強の5人の精鋭達のことである。
厳密には俺は騎士団に入っていなかったが、そこまで話すと長くなりすぎるので割愛させてもらう……。
まぁ、今となっては地位も名誉も、全てどうでもいい事なんだけどな。
「勇者はカッコ良くなんてないよ。ただ力に恵まれただけの、どこにでもいる世間知らずの青年さ」
「そ、そんな事ないよ!きっと私は勇者と聖女様の間には信頼関係があったんだと思うな。じゃないと、自分の命を使ってまで力を与えたりしないでしょ?」
彼女はとても、とても純粋な目で俺に言い放っていた。
なんの澱みもない、果てしなく澄んだ赤く大きな瞳だ。
【ツゥー……】
気付けば俺の左目から、水のようなモノが流れていた。
この水が伝う感覚は、きっと10年ぶりのような気がしている。
「オジサン、なんで泣いてるの?」
「泣いてる……?」
木で出来たボロボロの床には、水滴の跡だけがポツポツと増えていった。
————————
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