魔王を討伐して早10年、元勇者の俺が暗殺家から追放された少女と旅に出るまでの話
成瀬リヅ
第1話 出会い
今から10年以上前、この世界を恐怖に陥れた魔王が討伐された。
いや、正確には魔王を”討伐した”と言うべきだろうか。
そう、当時20歳だった俺の手で魔王にトドメをさして早10年以上が経ち、近隣諸国には平和が訪れたのだ。
その後パーティーメンバーはそれぞれ国に戻った後は英雄として讃えられ、使いきれない程の財産を自身の為や国民の為に、はたまた経済の為に使い、今でも悠々自適な生活を送っている。
————ただ1人、俺自身を除いては。
「おいおい、聖女殺しの勇者様が来たぜ」
「帰りな、アンタに売れるモノなんてウチにはないよ」
「早く国から出て行ってくれないもんかね……顔を見るだけで息が詰まるよ」
俺の耳に入ってくるのは、市民たちの心無い声だ。
人で賑わう昼の露店街を少し歩くだけで、俺の周りには”不自然な空間”が生まれる。
そう、誰も俺に近寄りたがらないのだ。
「……おばあさん、リンゴを3つもらえるか?」
「…………」
俺の問いかけに反応を示さない老婆の店主。
とりあえず代金だけはしっかり置いて、俺は木のカゴに入っているリンゴを3つ取った。そして着ている黒いローブのポケットにそれを入れる。
ここの店主は口を聞いてはくれないが、商品を買うことに文句は言ってこない。
それだけで他の店よりは随分とマシなサービスだ。
◇
さて、とりあえずリンゴも含めた最低限の食糧は揃えたし、家に帰って旅に出る支度をしようか。
俺はこの数年で下地を整えて来た”旅の目的”に、いよいよ本格的に向き合うのだ。
”聖女殺しの勇者”と呼ばれる俺が向き合わなければならない、人生最大の目的だ。
「あっ……」
だが俺はここで気付く。
旅に出る前に挨拶を済ませておかないといけない人物に、まだ何も伝えていないことに。
「今から行くとなると、日が沈みそうだが……まぁ、夜の方が顔も見られなくて済むか」
俺は辺境にある自宅に向かっていた足をクルッと回転させ、今来た道を戻り始めた。
なにせ今から会いに行く人物は”王族騎士団”の副団長だ、国の中央に戻らなければ会えるはずもない。
スタスタスタ……
俺は歩くスピードを一切変えることなく、王都の人間たちの訝しげな視線を受けながら中央へと向かって行った。
だがその時だった。
【スッ……】
【サッ……ササッ……】
明らかに不自然な動きを見せる少女の姿が目に入ったのだ。
身長は140cmかそこらだろうか?
黒い布切れのようなモノを頭から羽織っているその少女は、布の隙間からのぞく長くキレイな赤髪を垂らしながら、市民の間を縫うように歩いている。
…………なるほど、アレは一般市民からすればフラフラと歩く少女にしか見えないだろうな。
だが常人離れした動体視力を持つ俺からすれば、彼女が市民の服やカバンから金品を抜き取っている様子は丸分かりだ。
うーん、どうするか。
特に市民に借りがあるわけではないが、少女を放っておく理由もないしな……。
【スゥッ……】
そしてとうとう俺のポケットにたどり着いた少女は、とてつないスピードと丁寧さで手を伸ばし、俺の右ポケットに入っている銀貨数枚にたどり着いていた。
だが俺はそのタイミングで彼女の腕をガッと掴む。
ギリギリ痛くはないが、逃げることも出来ない絶妙な力加減は難しい。
————なんてことを考えていた、その矢先だった。
「……ッ!!」
焦った様子の少女が、自らの懐からギラッと輝く刃物を出していたのだ!
捕まるぐらいなら俺を殺すつもりか。なるほど、なんて早い判断なのだろう。
だが俺には少女の動きを全て把握できるほどに余裕はあった。
どこから攻撃してこようが数秒後には彼女を無力化して、もうスリはしないように約束させているだろう。
と思っていたのだが……。
「え!?」
俺の予想に反して、少女は全く想像のできない行動を取り始めていた。
その行動というのは、紛れもなく"彼女自身の腕を切り落とそうとした事”である。
おそらく掴まれた腕を切り落とす事によって、俺から逃亡しようと考えたのだろう。
(バカヤロウ……!)
俺はとっさに刃物を持った方の彼女の腕もスグに掴み、腕を切り落とすのを止めさせていた。
だがあまりに彼女の判断に躊躇がなかったせいか、俺の反応は少しだけ遅れていた。
その証拠に彼女の腕には少しだけ刃が食い込み、赤い血がタラッと腕をつたっていたのだ。
とはいえ切り落とすほどの重傷まではいかず、なんとか軽傷で止められたのは幸いだった。
「おい、落ち着け。俺はお前を捕まえるつもりはない。むしろ助けてやりたいぐらいだ」
「……くっ、離せ!捕まった私に価値はないし、お前に話す事は何もない!」
そう言うと少女は刃物の先を俺の顔に向けていた。
だが長年魔物などの危険生物と戦って来たせいか、俺は反射的に刃物を手刀で砕いていた。
考える前に体が動いていたのだ、これは言い訳のしようもない。
「はぇ……!?」
一瞬の出来事に、困惑した様子の少女。
だが俺の身体能力があれば、この程度の安物の刃物なら手刀で砕けてしまうんだ。
幸か不幸か俺の身体能力は衰える事のない普遍のモノだから、シンプルな動作なら戦いのブランクも関係なかった。
「か、勝手に砕いてしまってすまない。ついクセでね……。とにかくだ!俺の話を聞いてくれ。スリをしなければならないほど生活が苦しいなら、俺も力にはなれると思う。決して体を売らせたり、奴隷にしたりはしない」
「そんなの……信じられる訳がないでしょ!?」
黒い布の隙間から見える彼女の大きな瞳は、綺麗な赤色に見えた。
しばらく見惚れてしまうような、宝石のように鮮やかな瞳だ。
「確かに、信じる要素が少なすぎるか……。なら自分が安全と思える一定の距離を空けたままでいいから、俺の家まで来なさい。そこで食糧と金は欲しいだけやろう」
「な、なんでそんな事するの!?意味が分からないよ!」
「意味か……」
確かに彼女の言っている事はもっともだ。だが残念な事に、俺自身にも正解は分からない。
ただ彼女を見た瞬間に、他人とは思えない感情が浮かんできたのは事実だった。
—————念の為言っておくが、コレは恋心とかの類ではない。
もっと深い、言葉では表せない独特のモヤモヤだ。
とりあえず彼女には”それっぽい理由”だけ伝えておく事にしよう。
「助け合う事に理由は必要なのか?なにせ俺は人に嫌われているからね。その影響なのか、逆に無償の親切をしたくなるんだよ。いつか自分に返ってくればいいという自分なりのワガママかもしれないね」
「意味分かんないね……」
「うん、君の言う通りだと思うよ。でも行こうか、もうスリはしちゃダメだよ?」
そう言うと俺は再度足を反対方向に向け直し、再び辺境に建つ大きな自宅へと戻っていくのだった。
この少女との出会いが、全ての始まりだとも知らずに……。
————————
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