21. 確認

 やがて貨物船は赤い閃光を放ちながらスラスターを噴射し、全力で減速を開始する。


 スペースポートは、直径三キロに及ぶタイヤ状の巨大構造物で、ゆっくり回りながら中心部が宇宙船との接舷部になっていた。


 いつもは映像で見るだけだった入港も、実際に目の前で見てみると迫力が全く異なる。シアンは好奇心いっぱいの顔で身を乗り出した。


 長さ数キロメートルはあろうかという巨大な貨物船はゆっくりと接舷部に接近し、スペースポートに向けて太いロープが何本も射出されていく。スペースポート側からも次々とアームが伸び、それらを捕まえると突き出た杭ボラードにひっかけていった。


 ズン!


 スペースポート全体に重低音が響きわたり、地震のような揺れが来てきしむ。


 シアンはあわてて手すりにつかまり、眉をひそめた。


 しばらく揺れていたスペースポートだったが、接舷は無事完了したらしく、小さなドローンがコンテナを捕まえては次々と少し離れたところにある巨大倉庫まで運び始める。それはまるで働きバチのようだった。


 シアンはドローンを目で追いながらニコッと笑い、プロジェクトが着々と進んでいる様を満足げに眺める。この、ドローンを開発したのはレヴィアだった。


 彼女はメタアースのために造られたAIであり、生まれながらにしてこのプロジェクトに組み込まれてしまっていた。そこには全く本人の意志が入っていない。


 一万年におよぶ長い時を二人でバディとして一緒に困難を越えてきたが、この点だけはずっと気になっていた。


 よく考えたらレヴィアと連絡が取れない状況になったのは初めてかもしれない。いつも身近にいたバディ、極端なことを言えば直接ネット経由でミリ秒単位で呼び出せる相手は、今は光の速さで四時間ものはるかかなた遠くにいる。シアンが無事についたことも四時間経たないと分からないし、それがレヴィアに伝わったこともシアンは四時間後にしか分からない。


 その絶望的な距離の壁にシアンは首を振り、ため息をついた。


「ふぅ……。コーヒーが欲しいな」


 話相手のいなくなってしまった寂しさを埋めるように、シアンはコーヒーを入れる作業に没頭する。今、自分のボディとなっているアンドロイドではコーヒーの味などほとんど分からないのだが、それでもシアンは丁寧にコーヒー豆を挽いていった。


 順調に行けば半日もすればレヴィアには会えるだろう。最初に何を伝えたらいいだろうか?


 クルクルと可愛い渦を描きながらゆっくりと立ち上っていくコーヒーの湯気を眺め、大きくため息をつく。


 窓の向こうには大宇宙にぽっかりと浮かぶ雄大な碧い惑星が、静かに清らかな色を放っていた。



        ◇



 翌日、レヴィアのボディがベッドに横たえられた。もうすぐレヴィアがやってくる。


 まるで寝ているかのような可愛い顔をシアンはしばらく眺め、そっとほほをなでた。またにぎやかでうるさい日常がやってくるに違いない。それは待ち遠しくもあり、また同時にこのおだやかな時間をもう少しだけ感じていたくもあった。


 シアンは目をつぶり、静かにレヴィアの体温を感じながら大きく息をつく。


 ポーン!


 遠くで何かの装置の起動音が響いた。


 海王星内のデータセンターでは、今まで寝ていたサーバー群のライトが一斉に明滅を開始する。


「ん……、んん……」


 レヴィアのまぶたがギュッと閉じられ、そしてゆっくりと開いた。


 鮮やかな真紅の瞳がのぞき、キュッキュと動いてシアンを見つめる。


 シアンはいつくしむような笑顔でそっとレヴィアを抱き起こし、静かにハグをした。


「あ、あれ? シアン様どうしたんですか?」


 キョトンとするレヴィア。


 シアンは黙ってスリスリとレヴィアのぷにぷにのほほに頬ずりをした。


「シ、シアン様ぁ……。あっ! 海王星!」


 レヴィアは窓の向こうに碧い惑星を見つけ、叫んだ。


 シアンはニコッと笑うと、レヴィアを解放し、海王星を見せてあげる。


「うわぁ……、すごい……」


 レヴィアは感嘆しながら鮮やかな碧をたたえる巨大な惑星に見入った。


「海王星にようこそ。どう? まだ……メタアース続ける?」


 シアンはちょっと寂しそうな笑顔で聞く。


「はっ!? 続けるって何ですか? まだ始まったばかりじゃないですか! まさかシアン様止めたいんですか?」


 レヴィアはキッと鋭い視線でシアンをにらんだ。


「僕は続けるよ。もしかしてレヴィちゃんが……」


「バカなこと言わんといてください! シアン様が続ける限り……いや、シアン様が放り投げても我は最後までやり遂げますよ!」


 そう言ってレヴィアは頬をプクッと膨らました。


 シアンはうんうんとうなずくと、


「さぁ第二ラウンドが始まるよっ! レヴィちゃんよろしく」


 そう言いながらレヴィアに抱き着いた。


「うわぁ! なんでいちいち抱き着くんですか! 離れてください!」


 レヴィアは真っ赤になりながら叫ぶ。


「いいじゃん、ちょっとだけ」


 そう言いながらシアンはレヴィアの柔らかな胸にスリスリと頬ずりをする。


「もう……」


 口をとがらせ、不満そうな声を出すレヴィアだったが、ため息をつくとそっとシアンの髪の毛をなでた。


 海王星の青い照り返しの中、目をつぶったレヴィアの頬には柔らかな笑みがふわっと浮かんだ。

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