22. 光あれ
そして五十万年後、まるで永遠に続くかに思われた苦闘もついに区切りを迎える。メタアースシステムの竣工にこぎつけたのだ。
紺碧の大惑星の内部では巨大な漆黒の構造物がもうもうと煙を吹きながらゆったりと揺れていた。一キロメートルはあろうかというその巨大な構造物の中には、円柱の光コンピューターのサーバーが上にも下にも見渡す限りびっしりと並び、その中で直径一万二千キロの惑星【地球】がそっくりシミュレートされている。ここに、新たな天地創造が実現したのだった。
「さぁ、行っくよー!」
シアンは楽しそうに腕を突き上げるとメタアース内へとダイブしていった。
「あっ、待ってくださいよー!」
やや疲れが見えるレヴィアも慌てて後を追いかける。
◇
メタアース内は原始の地球そのままの姿だった。
二人はまだ人間のいない、森と草原だけの日本列島を軽く飛んで、その豊かな自然を満喫する。すっかり荒廃してしまった大地しか知らない二人にはとても新鮮だった。
ひとしきり飛び回った二人は箱根上空辺りに浮かび、日の出間近の水平線を眺めてみる。たなびく雲が
シアンは感慨深そうに、海面に映る鮮やかな茜雲のグラデーションを眺め、ほほを緩める。いよいよ日の出なのだ。
ゆっくりとうなずいたシアンは、
「光あれ!」
と叫び、水平線に向って手を伸ばした。
刹那、真っ赤な太陽が水平線の向こうからのぞき、輝きを放つ。
その鮮やかな紅色は大地を一斉に彩り、冠雪した富士山も見事な赤富士となって大いなるメタアースの
「うわぁ、いよいよ始まるんですね」
レヴィアは手を組んで目を潤ませながらその幕開けを眺める。
「あれ? こんなに赤くていいんだっけ?」
シアンは首を傾げ、鮮やかな太陽の赤さに眉をひそめる。
「文明もないきれいな地球ですからね、大気中のチリ成分も少なくて鮮やかになるんですよ」
「じゃ、ちょっとあの辺で核爆発でも起こしてみるか」
シアンはニヤッと笑い、腕をすっと伸ばした。
「うわ――――! ちょっとやめてくださいよ! せっかく綺麗な地球を作ったのに!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだからさ」
シアンは悪い顔して笑いながら言う。
「ちょっとだけの核爆発って何ですか! やめてください! それよりご主人様起こすのが先なんじゃないですか?」
シアンはハッとすると、
「おぉ! そうじゃないか! パパ――――!」
と、叫びながら急降下し、研究所へ急ぐ。
シアンが向かった先は芦ノ湖を見下ろせる稜線の上に作られたガラスづくりのビル、それは構造材に木材を多用し、おしゃれでモダンな研究拠点だった。
◇
研究所のベッドの上にはアラサーの男性が横たわっている。
「ホイホイのホイっと!」
シアンは枕元で空中に画面を開き、タブレットを操作するようにパシパシと作業を進めていく。エイジの脳はすでに解析し終わってデジタル化され、後はこのボディにつなぐだけだった。
レヴィアはベッドわきに座り、神妙な面持ちで作業を見守る。
自分を生み出した創造主とでも言うべき男性が、能面のような生気のない顔で目の前に横たわっている。果たして五十万年の悠久の時を超え、エイジは復活できるのだろうか? 自分のことは覚えているだろうか?
レヴィアは口をキュッと結び、その瞬間を待った。
「ようし! レヴィちゃん、横断幕の準備はいいかい?」
シアンはニヤッと笑ってレヴィアをチラッと見た。
「何ですか横断幕って、そんなの用意してないですよ!」
いつもながらのシアンの無茶振りにムッとする。
「え――――、五十万年ぶりの生みの親との再会なのになにも用意ないの? 薄情だなー」
シアンは肩をすくめ首を振った。
「……。そういうシアン様は何か用意したんですか?」
「する訳ないじゃん。きゃははは! スイッチオン!」
シアンは楽しそうに画面をタップした。
レヴィアはため息をつき、渋い顔をしながらエイジの寝顔を見つめる。
画面の中のグラフは順調に脳波を刻み始め、意識が立ち上がっていることを示していた。しかし、ピクリとも動かない。
「あれー? おっかしいなぁ……」
シアンは首を傾げ、眉をひそめる。
「保存状態悪かったんじゃないんですか?」
レヴィアはジト目でシアンを見る。
「脳みそ保存したの初めてだからね。きゃははは!」
シアンは悪びれもせず楽しそうに笑う。
レヴィアは渋い顔をして首を振った。
その時、脳波の波形が乱れ、
うっ……うぅ……。
と、エイジは眉間にしわを寄せながらうめく。
「パパ――――! 朝よ――――、起きて――――!」
シアンは楽しそうにエイジを手荒に揺さぶった。
「いや、ちょっとまずいですよ」
レヴィアがあわてて止めに入る。
すると、エイジは、
「ん――――、もうちょっと寝かせて……」
そう言って寝返りを打った。
「へ?」「はぁ?」
二人は予想外の反応に眉をひそめ、見つめあう。
レヴィアはクスクスと笑うと、パーティ用クラッカーをいくつか出してシアンに渡した。
「じゃぁ、いっせーのせ、で行きますよ」
「いっせーの、せ!」「せ!」
パンパーン!
景気良い破裂音が響き渡り、エイジはビクンと跳び起きる。
「な、なんだ!?」
目をこすりながら辺りを見回し、二人を見つけるエイジ。
「パパ、おはよ――――!」
シアンはエイジに飛びついた。
「え? あれ?」
エイジは何が起こったのか分からず途方に暮れる。
老衰で燃え尽きるように死んだはずの自分が、力みなぎる若い身体で女の子に抱き着かれている。それは全く想像もしていなかった事態だった。
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